昼:トリニティ本校/ナギサの執務室
「…………」
演説を終え、執務室へ戻ったナギサは無言でティーカップを口に運ぶ。
一見は優雅なその動作だが、彼女を知る物がその姿を見れば……"追い詰められている"、と認識するだろう。
固く瞑った瞼と、緩やかに震えている手。
その全てが彼女の怒りと疲弊を表しており、彼女の友人が見れば今すぐにでも仮眠室に叩き込むような姿だった。
「──はあ」
ナギサはこくり、と飲み干した紅茶をソーサーに置き、小さくため息を吐き出した。
"コンコン"
それと同時に、部屋の扉がノックされた。
「……どうぞ」
怒りに震える声を取り繕い、返事をする。
「……失礼します」
入室してきた連絡員は、小さくお辞儀をしてナギサの机に書類を置く。
「情報部より、先日のテロで使用されたドローン及び火砲の調査結果です、お時間のある時にでもご確認ください」
机に置かれた資料をナギサは一瞥し、視線を連絡員に向ける。
「……申し訳ありませんが、多忙で読む時間がありません。読み上げて頂けますか?」
「……私が読んでも問題のない資料なのですか?」
少し困惑した様子で、連絡員は尋ねる。
「構いません、私が許可します」
「……かしこまりました。」
ナギサの言葉にそう返事をした連絡員は、書類を手に取って、読み上げる。
「では────使用されたドローンはミレニアム製の一般的なドローンであり、偵察及び状況の監視に使用されたものと思われます。」
「そして、このドローン群がジャミングをしたことによって当時発生した通信障害が引き起こされたようです。」
「ミレニアムに問い合わせた所によると……"あまりにも一般的な品なので入手経路を特定するのは難しい"と。」
「……型番等から企業等に定期的かつ大量に納品されていた数世代前のモデルであることは判明していますが……恐らく、型落ちになった物が裏ルートから流れた物の可能性が高い。との見解です」
「ええと……ドローンに関しての報告はこれで以上です」
連絡員はそう言って返事もしないナギサを見遣るが、こちらには目もくれず別の資料に目を通している。
「……続けてください」
黙ってしまった連絡員にナギサはただそれだけ言って、更に他の書類を手に取る。
「かしこまりました……続けて、火砲の報告書を読み上げます」
「テロに使用された迫撃砲は120mm重迫撃砲が8門、モデルは多様ですが……全て同一規格の砲弾が使用されたことが確認されています」
「その全てにはカイザーより販売されている遠隔操作及び自動装填を可能にする外付けの機械が装着されており……魔王の発言が事実なら、それを使用して遠隔から砲撃を行っていたと思われます。」
「大型の迫撃砲のため、主要道路監視カメラの入出記録を基に、どこから運搬されたか調査したようですが……直近には不審な大型車両の出入りは無く。"元々トリニティ内に有った"、と考えるのが自然、との事です。」
「つまり、トリニティ内に魔王の兵器保管庫が存在する可能性が高い。……と結論付けられています……内容としては以上です。」
連絡員はそう締めくくり、書類を封筒に戻した。
「……わかりました、下がって結構です」
連絡員へそう言って、ナギサは山積みになった書類の束から新しい書類を手に取る。
「……では、失礼します……ナギサ様、ご無理はなさらぬよう」
連絡員は心配そうにそれだけ言って、すごすごと部屋を後にした。
「……はあ」
再び一人になり、ナギサは静寂の支配する部屋へ大きなため息を吐き出す。
「……"何もわかりませんでした"、と言うだけであれだけの内容を作れるというのも才能ですね」
そう独りごち、読んでいた書類をテーブルに置く。
(……あれから殆ど休めていませんね……)
背もたれにもたれかかり、一度休もうかと思った瞬間。
"バァン!!"
大きな音を立てて勢いよく扉が開けられ、ずかずかと入ってきたのは────
「……ナギサさん!!!これは一体どういう事ですか!!!」
────救護騎士団団長、蒼森ミネ。
「……何故ルイを退学にしたのですか!?あの声明の内容は────」
怒りを隠そうともせず、ナギサの机の前に立ち、怒声を浴びせる。
「……はあ」
ナギサは今日何度目かもわからない溜め息を吐いた。
ゆっくりとミネへと視線を向ける。
「────黙りなさい、蒼森ミネ」
低く、透き通った恐ろしい声で、ナギサはミネの言葉を遮った。
「あの演説の内容に嘘はありません。嘘だと思うのなら証人であるツルギと先生に尋ねてください」
「そして、天城ルイの退学に反対意見があったのなら……なぜ議会に出席しなかったのですか?……そもそも、今までどこをほっつき歩いていたんです?」
「あの時が彼女をトリニティに留める最後のチャンスでした。しかし……確保には失敗、負傷者も多数……先生まで巻き込まれました。これでは、誰も議会を止める事はできません」
「貴方が断りもなく他校に出奔していなければ、あの事件はここまで大きな被害を出さなかったのでは?……貴方が居れば、逃走を許す事無く天城ルイを捕まえられたのではないのですか?」
「ッ……それは、ルイの捜索を……」
「捜索?どこへ行くかも伝えず、職務を放棄し他校へ恐喝まがいに情報を強請りに行くことがですか?」
「……ッ」
一切の反論を許さず、ナギサはミネを追い詰める。
「……話は以上ですか?それなら私はまだやる事が残っていますので、どうかお引き取りを。」
ナギサは最後にそう突き放し、ミネから視線を手元の書類へと戻した。
「………………」
"ぎり"、とミネが歯を食いしばる音が小さく響く。
「ミネさん、政治に興味が無いのは結構ですが……せめて理解はするべきだと、忠言させて頂きます。」
その言葉にミネは更に表情を強張らせたが……くるりとナギサへ背を向け、扉へと歩んだ。
「……お時間を取らせて申し訳ありませんでした、失礼いたします。」
震えた声と、固く握られた拳が、彼女の行き場のない怒りを表していた。
"ばたん"、と閉じられた扉をちらりと見て、息を吐く。
「……はあ」
紅茶を飲もうと手に取ったカップは空で、更にナギサの空虚感を押し広げる。
せめて休憩をと、椅子にもたれ……思案する。
────あの事件の直後、私は天城ルイを討つと決めた。
彼女にどんな目的があろうと、"魔王"は敵だ、絶対に叩き潰す。
目的を挫き、裏切りの代償を支払わせてみせる。
その為なら、どんな手でも使うと決めた。
……あの演説で私が先生および生徒の殺人未遂犯として仕立て上げた事によって、キヴォトス全体が彼女の敵に回った。
直前の会合で天城ルイを殺人未遂犯に仕立て上げる事に先生は反対したが、あの演説で嘘は吐かず、誤解を招く表現を使う事で敵対を促し……全てが終わったら誤解を晴らせばいいと説得した。
何より、腕を失ってなお立ち続ける彼女を……先生は一刻も早く止めたかったのだろう。
渋々と言った様子で、先生は承認書にサインをした。
────これで彼女に逃げ場はない。
次に姿を現した時が彼女の終わりだ。
トリニティを、私たちを、桐藤ナギサを裏切った代償は……安くは済ませない。
あらゆる罪を追求し、償いきれないほどの罪の前で許しを請う彼女を見下ろしながら、紅茶の一つでも飲むとしよう。
そこにミカさんとセイアさんを同席させるのもいいだろう。
そうでもしなければ、この怒りが、痛みが癒える事はない。
彼女が自ら捨て、失った全てを前に……絶望する顔を拝むのが楽しみだ。
「ふ……ふふふ……」
静寂が支配していた部屋に空虚な笑いが漏れる。
怒りで煮立てた哀しみが、桐藤ナギサを支えていた。
昼:シャーレ執務室
"…………"
"先生"は黙し、手元の端末と山積みになった書類を眺めている。
その内容は読むまでもない、先日の事件に対し、無事を尋ねる大量のモモトークと、各校からの支援の表明が記されているのだろう。
護衛に名乗り出る者、治安維持部隊をシャーレ周辺区に配属するという提案書。
"魔王"捜索及び討伐部隊がシャーレ権限下で超法規的行動をするための承認書。
膨大な通知と山積みの書類となって可視化されたキヴォトスの怒りと敵意が、天城ルイに向けられた。
……その原因は、"大人"である私にある。
────桐藤ナギサは暴走している。
あの時のように、疑心ではなく純然たる怒りと悲しみによって。
それを理解してなお、私は暴走する彼女の絵図に乗った。
砲火を遮り、巻き込まれないように私を守った彼女を殺人未遂犯に仕立て上げた。
ナギサの言に寄るなら、"嘘を吐くのではなく、相手が勘違いするだけです……全てが終われば、誤解を晴らせばいいでしょう"
……とんだ屁理屈だ。
しかし天城ルイを捕らえるのなら……これ以上に効果的な策はない。
"勝手に勘違いした他校が独断で動いただけ"と言う建前で、実際には砲火より私を護っていた……という事を私が知らせれば、即座に攻撃は中止されるはずだ。
────ナギサは軍事的にも、政治的にも優れた才覚を持っている。
……"大人"のように卑怯な戦い方をナギサは駆使してまで、ルイの事を捕まえたいのだろう。
やり方は間違っていると言わざるを得ないが……腕を失ったというのに、未だ暴れ続ける彼女を、放っておくわけにはいかない。
彼女達はまだ子供だ、道を誤る事もあるだろう。
しかし……既に取り返しのつかない状況になっている。
ルイは腕を失い、トリニティは首脳の暴走と不在によって大混乱に陥っている。
これ以上、彼女と、彼女の周りの生徒に、何も失わせないために……一刻も早く、天城ルイを止め、ナギサを正気に戻さなければ。
"……私が、頑張らないと"
先生はそう呟いて、再び書類に向き合った。