朝:特異現象捜査部/サーバールーム
「────失礼する」
早朝、ヒマリに呼ばれた私はサーバールームへと訪れた。
セキュリティを解除し、入室すると……私に気付いたヒマリは、いつも通りのたおやかな微笑みを向ける。
「おはようございます。」
「おはよう、ヒマリ……それで、話とは?」
私の言葉を聞いて、ヒマリは小さく頷く。
「今後の話です。結論から言うと……私とセイアさんの二人は動向および意図の調査に専念し……ルイさん、あなたには装備の見直しをお願いします。」
ヒマリはそう簡潔に説明して、捕捉するように付け足した。
「……本日付けでミレニアム、トリニティ、ゲヘナ……三大校全てが共同で貴方への対応、先生への警護を行う事を決定しました。」
「……貴方の戦い方のコンセプトは知っています、ですが……敵が増え過ぎました。」
「トリニティ、ゲヘナはシャーレの超法規的権限で自校の部隊を他校に派兵できるように。」
「ミレニアムは……あの声明を受け、生徒会"セミナー"が機甲部隊を即応体制に就かせ、有事には他校へ派遣する事を決定しました。」
「この情報は公になっていませんが……既に動ける体制が整っています。」
ヒマリは表情を曇らせ、そう告げる、
まずい事になった、と感じるが……その全てが悪いという訳ではない。
「……そうか……トリニティとゲヘナが表立って共同声明を出したのは歓迎するべきだろうが……」
あの議長やミカ。それらに準ずる強硬派を押しのけて、両校が共同の声明を出したというのは大きな一歩だ。
ミレニアムまで参戦したのは……大きな痛手ではあるが。
あの声明の時点で想定できたとはいえ、ミレニアムの機甲部隊を実際に相手取るとなるとかなり厳しい物がある。
その思考を読み取るかのように、ヒマリは口を開いた。
「自覚はおありでしょうが、貴方の装備では機甲部隊の車両やヘリに対して無力です。」
「それを除いたとしても現状、貴方は追われる側であり……攻める側でもあります」
「貴方の得意とする"多数を相手取らず、場を荒らして局所的な戦いに持ち込む"やり方にも限界が来ています。」
……彼女の言葉通り、私の戦い方には限界が来ている。
機動力を利用した攪乱。一撃離脱。格闘戦。
これら全てに共通するのは、あくまで人間を相手取る場合のみ、その効力が完全に発揮されるという事。
ヘリや戦車相手に生身で機動戦を挑むのは愚策であるし、一撃離脱も物量の前では限界が来る。格闘戦など、言わずもがなだろう。
……そもそも、数的不利が度を越し始めている。
二面どころか四方から迫りくる物量の前では、私など容赦なく圧殺されるだろう。
「その自覚はある……先日も、危ない局面が多かったからな。」
「二人のサポートもあり、運よく切り抜けたが……シスターフッドに囲まれた時は肝が冷えた」
「そして、君の言う通り……私は機甲部隊に対抗する装備は持ち合わせていない。」
機甲部隊の参戦も想定される今、武装の見直しは必須だ。
「つまり、武装の見直しは願ってもない提案だ……ヒマリ、そちらは任せてもいいか?」
「ええ、勿論です。共有すべき事案は連絡しますので、こちらの事は心配せずに専念してくださいね?」
ヒマリはにこりと笑い、返事をする。
「……ありがとう、では……早速始めるとしよう。何かあったら連絡してくれ」
「ええ、それでは……」
そうして、私が次にやるべきことが決まった。
昼:特異現象捜査部/作業室
「────」
作業室のホワイトボードの前でルイは瞑目し、思案していた。
「────機動力を損なわず、多数を相手取るように……かつ対大型兵器も視野に入れつつ……今まで通りの機動力を維持しながらとなると、難しいな……」
"戦いは数"、空崎ヒナや剣先ツルギなどの一部の例外を除き……それは戦場の鉄則だ。
私のような存在は、特にその事実を突きつけられる事になる。
数の差を覆し、勝利するというのは生半可な事では可能ではない。
「……とにかく、想定状況と実現可能ラインを擦り合わせるべきか……」
一人呟き、ホワイトボードにざっくりと課題と要件を書き込む。
・機動力を損なわない程度に軽量、あるいは使い捨てる事ができる。
・多面的な戦闘に対応でき、特に飛行中の使用が可能である。
・車両やヘリに有効である。
「……フフ」
自分で書いていておかしくなってしまい、呆れにも似た笑いが出る。
いくらなんでも無理がある。
自分の置かれた状況は、想像よりも苦境のようだ。
「……装備で全てをカバーするのは不可能だ。いっその事……戦車やヘリでも改造できればいいんだが」
戦車等の大型兵器ならば私の機動力を損なわず、場合によっては引き上げられ……かつ、必要に応じて切り捨てられる。
大型のドローンなんかもいい。攻撃ヘリのロケット砲でも搭載すれば、車両の一団、一般生徒の大隊程度なら薙ぎ払えるだろう……接近に気付かれさえしなければ。
……その"気付かれない"という要件に難があるから今まで使ってこなかったのだが。
「……困ったな」
堂々巡りの思考に呑まれそうになるが、一度整理する。
とにかく、現時点で必要なのは火力だ。
最適なのは車両に搭載されるような大口径の機銃や徹甲弾、あるいは攻撃ヘリのロケット砲やチェーンガンの榴弾のような大威力かつ連射可能な兵器。
しかし、そのような兵器は個人での運用に当然ながら難があり……無理に扱うにしても、機動力は相応に落とさざるを得ないだろう。
……それは避けたい。
やはり、私とは別で動ける無人機をバックアップに着ける形が一番無難かつ効果的かもしれない。
一度その方面で考えよう。
移動や輸送の面を考えるのなら、飛行するタイプにするのが無難だ。
それならばロケット砲とチェーンガンは載せたい。
大型化により捕捉されやすくなる事は避けられないが……こちらにはヒマリが居る、彼女ならレーダーや対空砲の自動照準も妨害できる。
更にヒマリからの支援効果を高めるのなら、ドローンキャリアーとしての機能も欲しい。
……随伴というよりは要請に応じて待機ポイントから出撃、車両や部隊を薙ぎ払うシステムの方が奇襲性が高まる。ならば高速での飛行が可能かつ高空での安定度が高いティルトローター式にするべきか?
────そんなことを考えつつ、ホワイトボードを埋めていくうち……無人機の構想が固まった。
夜:特異現象捜査部/共用スペース
「────という訳なんだが、どう思う?」
エイミを含めた4人で夕食を食べ終わり、食後の歓談ついでにヒマリに用意した資料を渡し、意見を請う。
「……車両やヘリ、大部隊を相手取るとなると……やはり大型になりますか……」
ヒマリは渡した資料を軽く読んで、困ったようにそう呟いた。
「機動力に制圧火力。そして、この無人機自体がドローンキャリアーとして運用可能だ。現状、一番必要な物が揃っている」
「しかし、だ」
そう言って、ヒマリの目の前の椅子に座り……目を合わせる。
「……ええ」
ヒマリはぴくりと睫毛を動かし、小さく頷いて……これから始まる話が重要な事であると理解したようだ。
「開発環境の事を考えると、ここで開発するには限界がある。」
「……その通りです、ここではその無人機のように大型の兵器は開発できないでしょう、目につかないようなテスト環境もありませんし……」
ヒマリは首肯し、困ったように顔を上げて、私の回答を待つ。
彼女の言う通り、このビルは大型の兵器を開発できるほどのスペースはない。
それに対する答えは当然、持ち合わせている。
「ヒマリ、かつて共に調査したミレニアムの立ち入り禁止区画を覚えているか?」
「……あそこに使われていない兵器工場と倉庫があったはずだ、そこを制圧し……乗っ取る事ができれば、この無人機を開発する事が可能だ。」
少しだけ驚いたような表情を浮かべ、ヒマリは傾聴の姿勢を続ける。
「場所とテスト環境さえあれば、そう時間はかからずに作り上げられるだろう」
「武装自体は既存の物を搭載する予定だし、大まかな設計は攻撃ヘリ、制御システムは無人機の物をスケーリングして流用するつもりだ……もしそれが難しかったとしても、私ならば調整できる。」
「目につかず、大型の兵器を開発できる環境は私の知る限りあそこだけだ」
私の言葉に、ヒマリは少しだけ黙考し……尋ねた。
「……悪くない案ですが……あそこにはあの"多脚戦車"や、"異常機械群"が居ます。滞在するのは危険なのでは?」
「承知の上だ……それに、最近はずっとヒマリを私の目的に付き合わせ続けている」
「私も、例の異常機械群の動向は危険視している。その現状確認ついでだと思ってくれ」
「……わかりました、とりあえず明日にでも調査に出ましょう。エイミ、明日は空いていますか?」
「うん、空いてるし……話は聞いてたよ、ルイさんについていけばいい?」
「ああ、位置は記憶しているから着いてきてくれるだけで構わない。万が一のことが起こらないよう、私と共に居てくれればいい」
「わかった、準備しとくね」
「ありがとう、急ですまないな」
迅速に話が纏まり、明日ミレニアムの禁足エリアへの調査を行うことが決まった。
「……その立ち入り禁止区画はそんなに危険なのかい?」
蚊帳の外、といった様子で話を聞いていたセイアは、ひと段落着いたところでそう尋ねてきた。
「そう危険な場所ではない。と言いたいが……"安定しない"という表現が一番正しいだろう」
歯切れの悪い私の説明に、ヒマリが捕捉する。
「ええ……その土地自体は昔に使われていた施設であったり、その廃墟の集まりなのですが……」
「どこから来たのかわからない、オーパーツ的な巨大兵器が巡回していたり……指示される事なく動き回り、攻撃を仕掛けてくるオートマタの軍団など……不明な脅威が数多く存在しています。」
ヒマリの補足に重ねて、私は続ける。
「……実は、私の使っているジップラインランチャーはその巨大兵器が使用していた機動装置の模造品だ」
「ミレニアムに駐在していた時にその巨大兵器の映像を撮った事がある。明日のブリーフィングの時にでもその映像を確認してみるといい」
「不明な巨大兵器に、異常機械群か……ミレニアムらしいと言えばらしいんだろうが、大丈夫なのかい?」
心配そうにそう尋ねたセイアに、エイミが答える。
「……部長とルイさんはああ言って脅してるけど……実際はさっき言った二つとの遭遇率も低いし、調査程度ならほぼ安全だよ」
「その巨大兵器はすごく大きいから、遠くに見えたり大きな音がしたら隠れればやりすごせるし……オートマタに見つかったら大人しく逃げれば深追いはしてこないしね」
エイミの説明に首肯し、更に補足する。
「まあ、実際はそんなところだ。兵器や機械群に遭遇するより、水没した施設に落ちる方が余程危険だ。……エイミに随伴を頼んだのはそのリスクヘッジと言う面が強い。そう心配しなくても大丈夫だ。」
「なら、いいんだがね……」
そんな事を話しているうち、時計の針は大きく動き……時刻は深夜に差し掛かろうとしていた。
「……おや、もうこんな時間ですか……」
「21時半か……もういい時間だな、長く付き合わせてしまってすまない。今日は一度解散としよう。」
「ええ、明日もありますし……今日はゆっくり休みましょう」
「そうだね、私も……少し眠くなってきたところだ」
セイアはそう言って小さくあくびをした。
「……では、失礼しよう……おやすみ、二人とも」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみ~」
手を振るヒマリとエイミに手を振り返し、私とセイアは部屋へと戻った。
「……ふぅ」
ぼす、とベッドに横になる。
「隣、失礼するよ」
ベッドに体を預けた私の隣にセイアも寝転がり……電気を消した。
同じ毛布を被り、そっと身を寄せる。
「……ルイ」
暗闇の中で、小さくセイアは私の名を呼ぶ。
「……どうした?」
私が返事をすると、セイアは探るように手を伸ばし……私の手を握った。
「……眠るまででいい、手を握っていてもいいかい?」
そう尋ねる彼女の手を、優しく握り返す。
最近は冷えてきた、この部屋は少し肌寒いのかもしれない。
「もちろんだ……おやすみ、セイア」
「ありがとう、おやすみ……ルイ」
お互いの体温を感じつつ、私達は眠りに落ちた。