朝:ミレニアム自治区/郊外道路
(………………)
────エンジン音だけが響く装甲車の中で、私は黙々と装備の点検を進めていた。
現在時刻は9時前。
早朝行われたブリーフィングを終えた私とエイミは、禁足地へと向けて移動中だ。
"キキッ!!" 「……おっと」
そんな中、不意に車両が停止し、ずっしりとした慣性をその身に受ける。
「止まりなさい!!……ここから先は進入禁止区域です」
車外の音声を拾って車内に流すスピーカーが起動し、外部の状況を知らせた。
(……予想通り、捕まったか)
本来、禁足地への侵入は原則許可されない上に、されるにしても膨大な手続きの上でようやく立ち入りが許可されるような地域なのだが────。
「────ああ、なるほど……それでしたら、手続きは結構です」
バタン、と扉が閉められる音と共に、運転席のエイミから通信が入る
"……もう少しで内部に入るから、すぐに出られるようにね"
「ああ、用意はできている」
"おっけー、じゃあ目につかないとこ着いたら言うね"
「了解」
その会話から数分ほど経過すると……車両が再び停止した。
"ふぅ、着いたよ"
「ああ、すぐに降りる」
"ガチャ……"
「……よい、しょっ」
ビーコンや調査用の装備を背負って後部の扉を押し開き、外に出る。
持ち込んだ装備は余りに重く、脚部装甲の補助なしではまともに動く事も叶わないだろう。
────ミレニアム禁足地、ここは出所不明の妨害電波が飛び交い……数百メートルも離れてしまえば、まともな通信は使えなくなる。
そのせいでこんな大荷物を背負う羽目になっているのだが……とはいえ、過去の調査よりは気楽にやれそうだ。
そんな事を考えつつ。隆起したコンクリートの上に立ち、周辺を眺める。
広がる景色はかつて見たものと変わりなく……ビルの残骸と陥没した道路、そこに倒壊した、あるいは寸前の建造物が立ち並ぶ、いわゆる"終末"を彷彿とさせるものだ。
「……さて」
運転席へと歩いていき、エイミへ声をかける。
「運転ありがとう。無線の調子はどうだ?」
そう尋ねると、車両の無線中継機を調整していたエイミは車から上半身を出した。
「うん、今中継してる。もう繋がってるよ」
エイミがそう言ったと同時に、やわらかな声がイヤーマフから聞こえだした。
"あー、あー……、聞こえていますか?"
「ああ、明瞭だ」
その返事を聞いて、ヒマリは深呼吸をする。
"すぅ……ふぅ。では、始めましょうか"
"目的地は現在地より北西に1200m先、地下に存在する兵器工場です"
"目的地周辺へはドローンで先導いたしますので、くれぐれも足元に気を付けて進行してください"
「了解した」
「まあ、いつも通りだね……ちょっと暑いけど、頑張ろう」
エイミは軽く伸びをして、ショットガンと通信機を背負った。
「よし、では行こうか」
私もビーコンや監視カメラ等の機器が詰まったバックパックを背負いなおし、私たちは目標地点に向けて移動を開始した。
≪"目的地まであと700m地点"≫
以前よりも崩れている道が多く、大荷物な事もあり……進行には想定よりも時間がかかっていた。
「……最初に来た時と変わらないと思ったが、進めば進むほど……地形が変わっているな、厄介だ」
瓦礫を踏みしめ、陥没した道路を飛び越えながら、愚痴を吐き出す。
「そうだね……あのおっきい戦車が動き回るだけで地面とか崩れちゃうだろうし、奥に行けばいく程地形も変わっちゃってそう」
「確かにな……目的地が踏み潰されていなければいいが……っ、と……ふう」
溜め息と共に障害物を乗り越え、進み続ける。
"通信の中継が妨害されないエリアまで進めばドローンで確認できますので……とりあえずはそこまで進行してください"
「了解。移動を続ける」
「おっけー、もうちょっと頑張ろう」
私達はそう返して、道というにはあまりにも荒れ果てた道を進んでいく────。
《"目的地まであと350m地点"》
"……ここなら届くでしょう、一度待機してください"
先導していたドローンを一度停止させ、ヒマリはそう告げた。
「了解した。近くの廃墟内で待機する」
「おっけー、じゃあ急いで機材設置して、少し休憩しよっか」
「ああ、そうしよう」
近くの廃墟の中に中継器とモニターを設置し、ヒマリが送ったドローンの映像を映し出す。
「モニターと通信機の設置が完了した。映像は明瞭に映っている」
"了解しました。もう少しで目的地周辺ですので……入り口を共に探していただけると助かります"
「わかった」
以前私が撮った映像に映っていた入り口の風景と見比べながら、地上と照らし合わせる。
そうして上空から目的地周辺をドローンで捜索している内────随分変わってしまった景色の中に、押し潰された入り口を発見した。
「止めてくれ。見つけた……ここだ、入り口が潰れているように見えるが、横の陥没した場所から侵入できそうだ」
"こちらでも確認しました、侵入できるか内部まで確認しましょうか?"
「通信状況によるが……行けるか?」
"あまり奥まで行かなければ問題はないでしょう。侵入します"
「よし、頼んだ」
それと同時に、ドローンはどんどんと降下していき……地下施設内部へと侵入した。
"ふむ……見た所、内部構造自体は以前の調査から変わっていないようですが……"
ドローンのフラッシュライトに照らされるまでもなく、内部には明りが灯っていた。
「……電気が通っているな。以前来たときはインフラは全滅していたはずだが……」
「なにか居るって事?」
"その可能性もあります。警戒しつつ進みましょう"
エイミの問いにそう答え、慎重にヒマリのドローンは地下通路を進行していく。
……寒色の電灯に照らされた通路をまっすぐ進んでいくうちに、ドローンは大きな部屋に出た。
「これは……倉庫か?」
「それにしては……めちゃくちゃじゃない?」
エイミの言う通り、散乱した鉄屑の中に機械部品や何に使うのかわからない大きなパーツが混ざっている。
更にはオートマタの腕や銃、頭部まで転がっており……ここに何かがあるのは間違いなさそうだ。
"……思いがけない収穫ですね。ここより先は通信が不安定なので、進むのは止めておきましょう"
「そうだな、ここまで見る事ができただけでも十分な収穫だ」
確かに映像にはノイズが混ざり始めており、これ以上はドローンロストの可能性がある。
ここは引き返すべきだろう。
引き返すドローンのカメラを眺めつつ、内部の状態についての議論を交わす。
「……そもそもこのエリアにインフラは存在しないはずだが……何故動いているんだ?」
"誰かが作った。あるいは、内部に発電できるような何かが存在する……という事も考えられます"
「うーん……オートマタとあの戦車を見る限り、"それ"が友好的……っていうのはあんまり考えにくいよね……」
「そうだな……乗っ取るつもりだったが、これは予想外だ……」
「何にせよ、内部調査は必須だろう。ドローンが帰還次第、移動を再開する」
頭を悩ませても、目の前の異常現象は事実存在している、調査をしないという訳にはいかないだろう。
「おっけー、準備しとくね」
帰還するドローンの映像を横目にエイミと荷物を纏めていると、ドローンが侵入した穴へと戻る直前……唐突にモニターが真っ白に染まり、ぶつりと映像が切れた。
《SIGNAL LOST》とだけ表示された画面が、モニターに寂しく映しだされた。
「……何だ?」
「……部長、何があったの?」
"────ロストしました……ドローンより最後に送られた信号は強い衝撃を受けた時に発せられるものです、恐らく……撃墜されたものと思っていいでしょう"
それを聞いて、場に緊張が走る。
「そうか……内部に敵性存在が居る可能性が高いな。警戒を怠るべきではないか」
「エイミ、予備のドローンは?」
「うん、今起動したよ」
「よし……ヒマリ、ドローンの調子は?」
"少しお待ちを……ふむ、問題ありません。すぐに移動を開始できます"
「わかった。では……移動を再開する、周辺状況には気を配ってくれ」
「りょーかい」
"ええ"
そうして荷物を背負いなおした私とエイミは、目的地へと移動を再開した。
《"目的地まであと50m"》
崩落したビルを超え、先の陥没した大通りに着地する。
視界の先には先ほどドローンで侵入した穴が映る。
目的地はもう目の前だ。
「……視認できた、あそこが先ほど侵入した穴だ」
「私も見えた……どうする?そのまま侵入しちゃう?」
「いや……念のため周辺を確認したい。ドローンが撃墜されたと仮定するなら、相手は警戒しているだろう」
「相手が多脚戦車やオートマタの主ならば、連中が集結、あるいは潜伏している可能性がある」
「……ヒマリ、頼めるか?」
"わかりました、軽く偵察してきますので……少し休憩していてください"
ヒマリがそう返事すると同時に、ドローンは高高度へと飛び上がった。
「ふう……ちょっと喉乾いちゃったし、ちょうど良かった」
エイミは水筒を取り出して、その辺りの瓦礫に腰かけた。
そんな中、私は思案を始める。
(インフラが復活していた所を鑑みるに……オートマタや例の多脚戦車が何処から来て、何故活動を続けられるか。その答えがここにある可能性が高い)
地下に放棄された兵器工場と、巨大な地下倉庫……乗っ取って利用しようと思っていたが、こうなってはそれどころではない。
しかし……放っておくにはあまりにも危険で、不確定だ。
("異常機械群"。その正体はここで確認しておくべきだな……)
「……ルイさんは座らないの?」
棒立ちで思考していた私を、エイミが現実に引き戻す。
「いや……少し考え事をしていた」
エイミの隣に腰かけて、一度荷物を下ろす。
「……ルイさんも飲む?」
「いただこう」
エイミが差し出したコップを受け取り、口に運ぶ。
「ふぅ……ありがとう」
一息ついて、コップをエイミに返す。
「一応エナジーバーとかもあるけど、今食べちゃう?」
「いや……内部では戦闘になる可能性がある、腹に何か入れるのは辞めておこう」
「おっけー」
……それを最後に、しばしの沈黙が流れる。
「……ねえ、ルイさん」
その沈黙を破り、エイミが話しかけてくる。
声色は低く、真面目な話なのだろうと察させた。
「……なんだ?」
「部長の事、どう思ってるの?」
その内容は……予想外だった。
「────どう、とは?」
私の返答を聞いて、エイミは大きくため息を吐き出した。
「無線は今切ってるよ、部長がルイさんの事どう思ってるか……気付いてるでしょ」
外された無線のプラグを私に見せつけ、エイミはそう問いかけた。
しかし……それは今の私にとって、あまりにも答えにくい質問だ。
少しの思考を挟む。
どう答えるべきか……いや、エイミなら問題ないはずだ。
無線が切れているのならば、ヒマリには聞かれる事はないだろう。
「…………ああ、気付いている」
最初は、"友人として"私を想ってくれていると考えていたが。
あれだけのアプローチを経て、"そう思っていた"なんて言い訳は通らないだろう。
「じゃあ、どう思ってるの?」
エイミは核心を求めて、私を問い詰める。
「……悪くは思っていない、いや……素直に言うのなら、彼女の事は好ましく思っている」
……本音だ。
ヒマリの事は好きだし……私の事を想ってくれているのは心から嬉しい。
だとしても。
「……現状がこうでなければ、ヒマリの想いに応える事もできる」
「だが今、応えてしまえば……彼女の想いを利用する事になってしまう。それだけはしたくない」
その言葉を聞いて、エイミはじっとりとした目で私を見た。
「ふーん、今更だと思うけど?部長はルイさんが好きだからここまでしてるんだし」
「……返す言葉もない、それに……私にはセイアが居る」
「いわゆるストックホルム症候群のようなものだろうが……セイアも、私にそのような想いを向けている」
最近、セイアが私に対する依存の兆候を見せている。
知り合いが私しかいない環境で実質的な軟禁状態……気丈に振る舞ってくれているが、本音では寂しく……心細いのだろう。
「……やっぱり、そっちにも気付いてたんだ」
エイミは呆れたような声色でそう言った。
「……ああ。しかし今、どちらかの想いに応えれば……予期せぬ不和が起きる可能性がある、それは避けなければならない」
「……例えどちらかに応えるとしても、私は大罪人だ……二人を幸福にすることなど、できはしないだろう」
セイアも、ヒマリも……とても好ましく思っている。
二人が私を想ってくれる事は、何よりも嬉しい。
しかし……私は二人を利用し、このような行いに加担させた大罪人だ。
そんな私が、二人を幸福になど出来はしないだろう。
「……うーん、そういう問題じゃないと思うけど」
「……何にせよ、今は調査に集中してくれ……ヒマリは無線が切れている事に気付いているはずだ」
"……二人とも?内緒話ですか?無線が切れていますよ"
エイミの詰問を振り切るに丁度、というタイミングで、予備回線を繋げたのであろうヒマリは私たちに問いかける。
「────いや、コードの接触不良だ、今接続し直した」
無線を点け直し、ヒマリに返答する。
"ならいいのですが……とりあえず周辺の偵察は完了しました、結論から言うと……周辺に動体や熱源の反応はありません。今のところ、この周辺は安全と言えるでしょう"
「了解、ドローンが帰還しだい内部調査を始めよう……エイミ、問題ないか?」
「問題ないよ。いつでも行ける」
「よし、では私たちは入り口まで進む、ヒマリはそこまでドローンを回してくれ」
"わかりました"
《"目的地"》
────そこから、数分ほど進むと……目的地の大穴へと到着した。
「……ここだ。最終確認になるが……装備に問題はないか?」
「ん……」
エイミはカチャリ、とショットガンのセーフティを外し、チャンバー内を確認してストックを展開する。
「うん、問題ないよ。いつでも行ける」
「……よし」
「ヒマリはドローンで入り口周辺の警戒を、内部の映像は私とエイミのボディカムを通して確認してくれ」
"わかりました"
「目的は内部にビーコン及び監視カメラの設置。及び、特異現象捜査部への映像中継の確立だ……可能ならば、内部に居ると思われる不明な存在の確認も行いたい」
「私、エイミ、ヒマリ……誰か一人が危険だと判断すれば即座に撤退する。いいか?」
「おっけー」
"了解しました。くれぐれも無理はなさらぬよう"
「ああ……では、これより調査を開始する」
"ザッ……ダンッ!!"
穴へと飛び込み、着地する。
「……では、行くぞ」
────そうして、私たちは地下の調査を開始した。