夜:特異現象捜査部/ヒマリの部屋
ヒマリの部屋に到着したセイアは、ベッドサイドに座ってヒマリが取り出した機械が動くのを待っていた。
「……これは?」
「ふふ、すぐにわかりますよ……では、再生します」
尋ねるセイアを横目に、"カチ"とヒマリがボタンを押すと、ざらついた音質で録音が流れ始めた。
『部長の事、どう思ってるの?』
『────どう、とは?』
『無線は今切ってるよ、部長がルイさんの事どう思ってるか……気付いてるでしょ』
『………………ああ、気付いている』
『じゃあ、どう思ってるの?』
『……悪くは思っていない、いや……素直に言うのなら、好ましく思っている』
『……現状がこうでなければ、ヒマリの想いに応える事もできる』
『だが今、応えてしまえば……彼女の想いを利用する事になってしまう、それだけはしたくない』
『ふーん、今更だと思うけど?部長はルイさんが好きだからここまでしてるんだし』
『……返す言葉もない、それに……私にはセイアが居る』
『いわゆるストックホルム症候群のようなものだろうが……セイアも、私にそのような想いを向けている』
『……やっぱり、そっちにも気付いてたんだ』
『ああ……しかし今、どちらかの想いに応えれば……予期せぬ不和が起きる可能性がある、それは避けなければならない』
『……例えどちらかに応えるとしても、私は大罪人だ……二人を幸福にすることなどできはしない』
『……うーん、そういう問題じゃないと思うけど』
『なんにせよ、今は調査に集中してくれ』
「…………」
録音は終了し、部屋に残されたのは唖然としたセイアと微笑みを浮かべたヒマリ。
「……彼女の真意を私だけが知っている、というのも良くないと思いましてね」
「さて、ルイさんは私たちの想いに気付いています……今は理由をつけて気付いていないふりをしていますが……」
そう続けて、隣で黙っているセイアの方をちらりと見ると……彼女の顔は赤く染まっていた。
「ふ、ふふ……気付いていたのかい……そうか……」
なにやらぶつぶつと話しながら、セイアはヒマリのベッドにぼすんと顔を埋めた。
(……セイアさんは随分思い切ったアプローチを掛けていましたから……気付いたうえで知らないふりをされていたとなると……やはり恥ずかしいのでしょうか)
そう思案しつつ、セイアに声をかける。
「まあ、そういう訳ですから……」
ぱたぱたと尻尾を揺らしながら唸るセイアの頭を撫で、ヒマリは彼女を落ち着かせる。
「……うう、すまない……恥ずかしいところを見せたね……」
セイアは未だ火照った頬を隠しながら、そっと顔を上げた。
「いえいえ、気にしませんよ」
ヒマリはにこりと笑って返し……妖しい笑みを湛え、セイアにそっと囁く。
「セイアさん……彼女の言った"予期せぬ不和"、それが何を示すかおわかりでしょう?」
「っ……ああ、君と、私が……その、不和を起こすかもしれないという事だろう?」
セイアは言葉に詰まりながら、少し気恥ずかしそうに答え……それにヒマリは目を細め、囁く。
「ええ……つまり、私とセイアさんが"仲良く"していれば……彼女は私たちに応えてくれる、という事ではありませんか?」
「……君、まさか……」
ぎし、とベッドを軋ませて、ヒマリはセイアにもたれかかる。
「ルイには、貴方が……そして、私が居なければなりません。どちらかではなく……貴方と私の二人が必要だと。貴方がここに来から、セイアさんと共に過ごすルイさんを見てそう感じました」
「……セイアさん、私たちは知り合ってから短いですが……貴方が聡明で、善良であると私は理解しています」
「そして……私はセイアさんなら、構いませんよ」
困惑するセイアの手を取り、じっと目を合わせる。
「…………つまり、君は……」
セイアが視線を合わせると、ヒマリはゆっくりと続けた。
「ええ、ルイを私とセイアさんの二人で支えていかないか……という提案です」
「……今の彼女が頼れるのは私達だけ、それを利用する形になるのは理解しています」
「それでも、私はルイの傍に居たいのです」
「……そうか……」
沈痛に胸中を語るヒマリに、セイアは言葉に詰まる。
……ヒマリの考えには、正直なところ……同意できる。
(……どんな形であれ、私も今のルイの傍に居たいというのは……事実だ)
「…………」
俯いて熟考するセイアを見つめるヒマリは、黙して彼女の回答を待つ。
────暫くして、セイアはゆっくりと顔を上げ……ヒマリの目を見つめる。
「────わかった、ルイがどう言うかにもよるが……私も、君なら構わない」
「私は既に、全てが終わるまでルイと共に……彼女の傍に居ると決めたんだ」
セイアはぽつぽつと自分に言い聞かせるように、決意の言葉を呟く。
そして、ふっと笑い、ヒマリの手を取った。
「わかるさ……君も、そうなんだろう?」
その言葉に、ヒマリは頷く。
「……ええ、私も……彼女と最後を共にする覚悟です」
ヒマリがセイアの手を握り返すと、セイアは小さく頷いた。
「……決まりだね。ヒマリ……私と共に、ルイの傍に居よう」
「……ええ、この罪が許されないとしても……最後まで、一緒に。」
────ルイの知らない所で、二人は固い決意を交わしたのだった。
夜:特異現象捜査部/ルイとセイアの部屋
「…………どうしたものか」
片付けを終え、先んじて部屋に戻ったルイはベッドサイドに座り……手帳を膝に置いて一人思案していた。
(……無人機の開発は不可能。ならば在り物を利用するしかない……しかし、大型の兵器は基本的に有人が前提だ)
先日の調査によって無人機の開発が頓挫したせいで、新たな対抗策を考えざるを得なくなった。
少なくとも、戦車やヘリに対抗する手段を持っていなければ、今後の行動は不可能と言っていいだろう。
「……対戦車ランチャーは嵩張る上に一発撃ちきり、赤外線ホーミングランチャーは入手性と携行性に難がありすぎる……」
ぶつぶつと呟きながら、どうにか現状で用意出来る者は無いか考える。
「……対物ライフルならヘリのローター部を狙えば堕とせるだろうが……戦車の装甲を貫通できるとは思えない上に、取り回しが悪すぎる……対多数戦には致命的に相性が悪い」
対空機関砲や戦車を撃破、あるいは無力化できなければそもそも私に勝ち目はない……航空機よりも、地上戦力の撃破を重視するべきか。
「……駄目だ、相手が悪すぎる……」
大きくため息を吐いて、"ぎし"……とベッドに倒れ掛かると……背後に二つの人影が見えた。
「……セイア、おかえり。……それにヒマリも」
身を起こし、入室した二人へ軽く手を上げて挨拶する。
「ああ、ただいま……少し話し込んでしまってね、遅くなってしまった」
そう言いながら、セイアはそっと私の隣に座る。
「こんばんは……失礼しますね?」
セイアの後ろからいつもの車椅子に乗り、ヒマリは私の目の前に来た。
「構わない、まだ寝るには少し早い時間だからな……それで、どうかしたか?」
私が問いかけると、ヒマリはにこりと笑って、私の隣へと車椅子を動かした。
「ええ……大事なお話があります、少し、お耳を貸していただいても?」
セイアが隣に居るのに、わざわざ耳打ちをする。
明らかに不自然なその頼みを……無警戒に私は受け入れた。
「……構わないが……」
ヒマリの口元に耳を寄せる。
「……失礼しますね」
"ぐいっ" "ぼすっ"
すると、ヒマリはそっと私の首に腕を回し……抱き着くような形で、私をベッドに押し倒した。
「っ……何のつもりだ、二人とも……」
いくら無防備だったとしても、ヒマリに押された程度で私は倒れない。
しかし……ヒマリに抱き着かれた瞬間、セイアが私の肩を後ろに引き倒したのだ。
ヒマリに圧し掛かられ、ベッドに倒れた私を共に見下ろすように、二人は私を見る。
「……すまない、ヒマリから全て聞いたよ……」
「申し訳ありませんが……あの無線の内容をセイアさんにもお聞かせしました」
「なっ……!?」
ヒマリがセイアにあの話をするとは想定していなかった。
私が全面的に悪いとはいえ、状況は……悪そうだ。
「……君が悪いんだよ……"予期せぬ不和"などと言って、私たちの想いを無視しようとした、君がね」
「貴方がそのつもりなら……これからは、二人で貴方を支えていこう、という話を先ほど致しました……つまり」
「私たちは君の物で……君は私たちの物だ。そういう事だよ」
妖しい笑みを浮かべながら、二人はどこか興奮した様子で私を見下ろす。
「…………セイア、ヒマリ、やめてくれ」
「止めません」 「止めないよ」
私の弱弱しい懇願を、二人はにべもなく断った。
「……失礼しますね?」
私の左肩にヒマリが手を伸ばす。
「……ッ、待ってくれ……!」
"カシュッ"
ヒマリは器用に指先を動かして、義手の付け根にあるロックを解除した。
「……今は、あなたの体温を感じさせてください」
"ゴトッ"
私から取り上げた義手を、ヒマリはそっとベッドの下に置いた。
「ふふ……私たちが、君の事をどれだけ想っているか……知ってほしくてね」
そう言いながら、セイアはそっと私の翼に指を添わせ……きゅ、と優しく握った。
「っ……!」
神経の集中する翼に触れられ、刺激にぴくりと私の体が震える。
「……人の翼は気軽に触っていい物ではないぞ、セイア……!」
「知っているよ……これは愛情表現のようなものさ」
身を捩って抵抗するが、セイアは止まらない。
これは少し……まずい気がする。
「……ああ、本当に……失われてしまったんですね」
ヒマリは這いずるようにして私の傍に横になり、義手が装着されていた左腕の付け根に触れ、慈しむように撫でる。
彼女の悲哀に満ちた声が、私の耳を通り……ちくりと胸を刺した。
"ぼすっ"
二人は倒れ込むように横になって、私を挟むような形になった。
「……ルイ、私たちは君の傍に居ると決めたよ」
「はい……たとえどのような結末になっても、二人で支えていこうと……先程、共に決めました」
耳元で囁きながら、二人は私の翼や腕を撫で続ける。
「っ……翼は、やめてくれ……」
私の言葉に耳を貸さず、二人はさらに身を寄せる。
より強くなったヒマリのヘアオイルの素朴な香りと、セイアの甘い香りが私の思考を揺さぶる。
「……ルイ、君の答えを聞きたい」
「……貴方が何と答えたとしても……私たちは貴方に付いていきますよ」
二人は優しく、甘く私を問い詰める。
「…………」
「なあ……君が、私たちを巻き込んだんだ……責任を取るべきだと思わないかい?」
「その通りです……私達をここまで狂わせたのですから、その責任は取ってください、ね?」
沈黙し、抵抗の意を示す私の耳元で二人は囁く。
「ルイ、貴方を愛しています」 「君が好きなんだ、ルイ」
……二人の甘い誘惑に、私の理性は限界だった。
「……わかった、わかったから……離してくれ……!」
「ふふ……何がわかったんだい?私たちのその答えを聞いているんだ」
「っ……私も、二人の事は好きだ……だが……んぐっ!?」
"だが"、そう続けた瞬間、ヒマリがそっと私の口を手で塞ぐ。
「好きなら好きでいいじゃないですか、私たちは相思です……ならば、他の問題は考えなくていいでしょう」
そう言って、ヒマリは手を退けた。
「……さあ、もう一度答えを聞かせてくれ」
二人は微笑み、私の答えを待つ。
「……ひとつ、聞かせてくれ。……本当に、私がいいのか?……私に待つのは逃れえぬ破滅、どのような結末になろうと、私は君たちを置いていくだろう、それでもいいのか?」
二人が私を愛し、私が二人を愛したとして……最後には、この身に余る代償を支払う事になるだろう。
それは二人を置いて不幸にすることに他ならず、そんな事は望まない。
……しかし、私の問いに対して二人は呆れたように微笑んで、ため息を吐いた。
「はぁ……諦めの悪い人ですね……破滅など怖くはありません、私達には貴方が居れば十分ですから」
ヒマリの言葉に、セイアは頷く。
「そして……私たちは君に置いて行かせるつもりも、行かれるつもりもない。共に地獄に堕ちよう、ルイ」
二人はそう告げて、曇りなくしっかりとした眼差しで私の手を取る。
……退路は失われた、私は二人にこの想いを捧げるべきなのだろう。
それが、彼女たちの望む私の"責任"なのだというのなら。
重ねられた手を握り返す。
「…………セイア、ヒマリ……私も、君たちの事が好きだ。……どうか、私と最後を共にして欲しい」
私がそう返事をすると、二人はにっこりと笑って私の上から退いて……私の右手を引き、起き上がらせた。
「……ふふっ、これで私たちは恋人、という事でいいのかな?」
「ええ……せっかく相思になったのですから、失礼しますね?」
前からヒマリが、その隣からセイアが抱き着く。
「……これからも、よろしく」
右手を大きく伸ばして二人を抱き返す。
「勿論です……私たちはもう二度と、離れる事はありません。この明星ヒマリの名に懸けて、誓いましょう」
「……ルイ、君を愛している、勿論、ヒマリも共に」
腕の中で小さく呟く二人は、とても安心したような表情をしていた。
「……私も、二人を愛すると誓おう」
そうして……退廃的な誓いと、破滅的な関係がここに成立した。
……いずれ来たる終焉を、共に迎えると誓って。