午後:アビドス砂漠/道路
ビルや工場の立ち並ぶミレニアム自治区を抜けしばらくして。
側面の窓より見える景色は一面の淡褐色に変わっていた。
「エイミ、そろそろいいだろう。助手席に移動するから一度停めてくれ」
運転してくれているエイミに有線でそう伝えると、"りょーかい"という返事と共に装甲車は減速を始めた。
────"ばたん"、とドアを閉め、助手席に座る。
「おかえり」
「ただいま」
そう返事をして、エイミの方を見る。
「運転を変わろうか?」
数時間の運転を経ている彼女を休ませようとそう尋ねたが、エイミは少し考えて、首を振った。
「いやー……この装甲車結構多機能だから、多分私が運転する方が良いかな、案内だけお願いするよ」
「わかった、もう少しで現地に着く。それまで頼んだ」
そう返して、地図を開く。
装甲車は再び始動し、目的地へと進み始めた。
夕方:アビドス近郊/ブラックマーケット
メインロードより少し外れ、倉庫と廃墟が立ち並ぶエリア。
「ここだ……少し待っていてくれ」
一度停車してもらい、助手席の扉を開ける。
「降りるの?一人で大丈夫?」
「いや……あそこの建物が見えるか?あれは私が所有する倉庫だ、装備品の調整や車両のガレージも兼ねていたから、内部に異常が無ければそこに駐車するのが安全だと思ってな」
「……おっけー、入り口の方に回そうか?」
「頼んだ、ここから見て右側面にあるシャッターを開ける、そこに回してくれ」
「りょーかい」
エイミの返事に頷いて飛び降りるように車を降り、指紋と暗証番号を入力して入り口の電子ロックを開錠する。
内部に異常は見られず、物資の入ったクレートに積もった埃が、強盗や空き巣の類の侵入が無かったことを示していた。
「……問題はなさそうだ」
パチ、パチと配電盤を操作し、コントロールボードを操作してシャッターを上げる。
ガラガラと大きな音を立ててシャッターが上がりきると、装甲車が中に入ってきた。
手を上げて停車を指示すると、エイミは駐車を完了させて降車する。
「よーし……ここから徒歩?」
「ああ、交流のあるディーラーに会いに行く」
軽く伸びをしながらそう尋ねるエイミに肯定を返しながら、積んできた装備を下ろす。
「とはいえ……用意があるから、少し休んでいてくれ」
ガレージの端にあるソファを指差すと、エイミはそこにごろりと横になった。
「わかったー……」
ぱたぱたと手で体を扇ぎながら、エイミは答えた。
「暑いか?……少し待っていろ」
確かにこのガレージは少し熱が籠る。
業務用の扇風機を倉庫から引っ張り出し、エイミの隣に置いた。
「……おおーー……いいね」
私がわざと逸らした風向きをエイミは自分の方向に向け、気持ちよさそうな声を上げている。
「……直撃させてもいいが、喉をやられないようにな……」
そう伝えつつ装備を降ろし、ラックに掛ける。
「さて……」
倉庫内の物資をいくつか確認しつつ、クレートの底に隠された操作盤を操作すると倉庫の隅にあるコンテナのロックが外れ、ギィと音を立てた。
内部には中程度のサイズの金庫があり、カチカチと慣れた手つきで開錠する。
その内蔵物は記憶に相違なく、複数のアタッシュケースと積み重ねられたゴールドインゴットが鎮座していた。
(……もう来ることは無いだろう、全て持っていくか)
アタッシュケースを一つ残し、それ以外の全てを乗ってきた装甲車に積み込んで再度施錠する。
(時間があれば銀行内に預けた資金も回収してしまいたいが……まあ、店主との交渉次第だな……)
そういえば、交渉に当たり確認したい事が一つある。
それを済ませなければ交渉は上手くいかないだろう。
エイミを休ませるついでに、私一人で行くとしよう。
確認を終えて倉庫に戻ってきた私の目に飛び込んできたのは、業務用扇風機の暴風の中、安らかな顔で眠っているエイミ。
彼女の綺麗な髪が風に揺られ……もとい吹き飛ばされ、ばたばたと暴れている。
(……あの身体は一体どうなっているんだ……?)
驚きつつ、扇風機を止めてエイミを揺する。
「……エイミ、起きろ」
「ん……ねてた?……ふあぁ」
エイミはぱちりと目を開けて、大きく伸びをした。
「1時間ほどだ。起こして悪いが……あまり長居はできない、店主の元に行くぞ」
「おっけ~……」
未だ眠そうな目を擦りながら、エイミは横に置いた装備を持ち上げた。
「待ってくれ、ここからは変装をして欲しい……これを」
私が厚手の服と防塵マスクを渡すと、エイミは露骨に嫌そうな顔をする。
「……暑いからあんまり着たくないかも」
「作業用の空調服だ、私の来ているようなコートよりは余程マシだろう」
「……暑いのは分かるが……ヒマリに疑いの目が向いている今、君が堂々と表を歩くのは許容できない」
「これまで顔出してたし今更だと思うけど……」
「アビドスに居たことで何か言われたら"特異現象捜査部としてビナーの調査に来た"、とでも言い訳すればいいが、ブラックマーケットに居るのが目撃されれば流石に言い訳も苦しくなる。悪いが我慢してくれ」
「はぁ……しょうがないなあ」
そう言って空調服と防塵マスクを受け取ったエイミは、手早く着用した。
「……ねえこれすごく怪しくない?」
フードを被り、さながら防疫服のような外見になったエイミは不満を隠さずに伝える。
「……すまない、怪しいのは否定できないが、顔を見られるよりはマシだろう」
「それと……これを」
その場に置いてあったセーフティゴーグルを渡すと、エイミはそっとそれをソファに置いた。
「……ルイさん、もしかしてふざけてる?」
じっとりとした目を向けるエイミに、参ったと小さく手を上げる、
「……悪かった、サングラスを使ってくれ」
エイミはそれを受け取り、大きくため息を吐きながらサングラスをかけた。
「はあ……多分、今キヴォトスで一番怪しいのは私だね」
そう言いつつ、エイミはショットガンを持った。
「……我慢してくれ、そう長くはならないだろう」
アタッシュケースと装備の入った鞄を持ち上げる。
「はぁい」
不満そうなエイミと共に、私たちは店主の元へと向かった。
夜:アビドス近郊/ブラックマーケット
日も落ち切り、辺りが建物の影によって暗闇に包まれる中、私たちは道を歩む。
夜闇の中すれ違う事も少なく、たまに誰かがこちらを認識しては大小の悲鳴を上げて道を外れていく。
「……この格好、怪しいとかじゃなくてお化けだと思われてない?」
「……まあ、相手から避けてくれるのなら好都合だろう」
隙間風に呑まれるような小声でそんな会話をしつつ、改めてフードを深く被る。
そんな事をしているうち……見慣れた店舗の前に着いた。
シャッターが下りているが、側面の窓の奥には小さな明りが見える。
「ここだ、事務所の電気は点いている。店主は居るだろう」
"コンコン"と数度窓を叩き、返事がない事を確認する。
「……予想はしていたが……出てこないな」
「……まあ、閉店してるからね……」
「はあ……仕方ない、下がっていろ」
窓の格子を掴む。
「えっ、本気?」
「……奴は金さえ払えば文句は言っても仕事はする、多少強引な手を使っても問題ない」
「……ふっ!」
"バキンッ!"
私が全力で引っ張ると格子の固定具が折れ、窓を守る物は無くなった。
「……さて、あまり物騒な音は立てたくないが……」
そう言っている内に、"ガララララララ!!!!"と大きな音を立ててシャッターが開いた。
「おい!!!うちに泥棒たあいい度胸じゃあねえか!!!どうやら死にたいらしいな!?」
ショットガンを持った隻眼の獣人……店主が勢いよく飛び出し、機械頭の護衛と共にこちらに銃を向ける。
「ああ……そちらから出てきてくれて助かった、話をしに来たが居留守を使われて困っていた所だ」
咄嗟にショットガンを構えたエイミを手で制し、フードを外すと……店主はじろじろと私を見回し、頭に刺さった隕石を見て驚いた声を上げて一歩後ずさる。
「ッ!……あんたか、悪いがうちはクリーンをモットーにやっててな、あんたとはこれ以上関わる訳にはいかねえんだ、帰ってくれ」
銃口と牙を見せ威嚇する店主に、毅然として返答する。
「……いいや、帰らない。一つ聞きたいんだが……私の情報はいくらで売れた?」
私の問いに、店主は渋い顔をしながら口を開く。
「……悪かった、だがよ……あの榴弾砲の件に関しちゃあ、それも含めての値段だったって事だ、悪く思わねえでくれ」
「私も、そういう事にしてやるつもりだったが……ひとつ、必要なものが出来た、手切れ金代わりに売ってくれ、長い付き合いだろう?」
そう伝えると、店主は唸り、10秒ほどの思考を挟んで……答える。
「……一応聞くぜ、何が欲しい?」
「輸送ヘリ。最後にこの店に来た時……鹵獲品の写真に混ざっていたのを覚えている」
「悪いな、ありゃあ売り切」
「4番街のアパート、あそこに保管されていると確認は済ませている」
「……クソッ……」
悪態をつく店主は見るからに"弱った"表情をしている。
(……私の勝ちだな)
「……さて、当然だがタダでとは言わない……1億出そう、私からの迷惑料だと思ってくれ」
「輸送を頼めるのなら更に5000万追加で出す、勿論、現金で」
エイミからアタッシュケースを受け取り、開いて見せる。
その中には現金が詰まっており、それを一瞥した店主は唸り、大きなため息を吐いた。
「……俺の負けだ、銃を下ろせ」
店主の言葉と同時に、護衛達が銃を下ろした。
「感謝する。目に付くのは避けたい、中で話そう」
「おうよ……」
普段よりかなりくたびれた様子の店主は、獣耳をペタリと下げて私たちを室内に案内した。
夜:アビドスブラックマーケット/闇ディーラーの事務所
私たちは事務所内に案内され、対面するように椅子に座った。
「さて、商談と行きたいが……悪いが時間が無い」
「対価は1億、極秘に輸送をしてくれるなら追加で5000万、この場で即金で払う」
「これ以上は出せない、金が無いのではなく、二度とこの場所に来ないゆえ、金を取りに行く事が出来ないからだ」
「交渉が済み次第私はすぐに身を隠す、後はお前が輸送に"成功"さえすれば追及を受ける事は無いだろう」
私が言い切ると、店主は頭を抱えながら返事をする。
「……あの時張り切りすぎちまった、あんたにうちの"サンタさん"を見せたのを後悔してるぜ」
「ああ……あの輸送技術は見事だった、寝て起きたらコンテナが廃墟に"生えて"いた時は、流石に感嘆したよ……そのせいでお前が今この状況にある事を考えると、皮肉なものだが」
「ケッ、うちの"サンタさん"はとびきり優秀なんだ、驚いてくれたなら嬉しいね」
悪態の応酬の後、店主は大きく息を吐く。
「はあ……だがうちらにも限界はある、どこに送ってほしいんだ」
店主はそう尋ねながら、机の引き出しから地図を引っ張り出し、広げた。
「ミレニアム・トリニティ・ゲヘナ、その中で最も密輸の成功率が高い場所は?」
「……ミレニアムは無理だ、流通は監視されてる」
「トリニティもあんたのせいで最近は厳しいなんてもんじゃねえ、特に外部から物を入れるなんて事は無理だ、連中、個包装の飴ですら開けて確認しやがる」
「んで、ゲヘナだが……まあ、出来なかねえ、だが校区の中心近くは無理だな、出来るとして郊外も郊外になるがいいか?」
店主は地図上にいくつかのポイントをマークし、私たちに見せた。
「……ここでいい、複数のパーツに分解してコンテナに入れてくれ、回収はこちらで行う」
「よし、わかった」
「"サンタ"チームに確認を取る、長くて1時間ほどだ、待てるか?」
「ああ、その程度なら問題ない」
とんとん拍子に商談は進み、後は"サンタ"からの返答を待つのみになった。
「……どうぞ」
用意された椅子に座り、時間が過ぎるのを待っていると、店主の護衛がコーヒーを差し出した。
「ああ、感謝する」
受け取り、口に運ぼうとするとエイミがとんとんと小さく肩を叩いた。
「……飲まない方がいいんじゃない?」
エイミはコーヒーに何か混ぜられていないか心配したようで、フードから覗く目は警戒が滲んでいた。
「大丈夫だ、ここの店主は信用できる、出されるコーヒーはそこそこだが」
私がそう返してコーヒーを一口飲むと、店主は"ヘッ"と笑った。
「聞こえてるぞ!そこそこで悪かったな!あんたがもう少し大人しくうちの大口顧客で居てくれりゃあ、こんなクソみてえな事務所じゃなくて、もっとデカくて綺麗な事務所でいいコーヒーメーカー使って、もっとうめえコーヒーくれてやれたのによ!」
何やら帳簿を付けている店主はそう笑いながら減らず口を叩いた。
「お前にその気があれば今すぐにでもメインロード沿いの大きな事務所を立てられるはずだ、私がお前にいくら払ってきたと思っている」
「んなもん根回しよ、こんなとこで商売するなら目立っても意味ぁねえ、絆と信頼ってやつには金がかかってしょうがなくてな!」
ハハハと笑った店主は"ふぅ"と息を吐いて、帳簿を仕舞う。
仕事も片付いたのか、上機嫌な様子で私達の対面にどかりと座った。
「……で、魔王様よ……あんたなんだってあんなもん欲しがるんだ?」
「ありゃあ不良在庫だから処分できて嬉しいけどよ……」
「以前、"一人で戦争でもする気か"……なんて冗談で言ったが……マジに一人で戦争始めやがって……あんたのおかげで、うちらみたいな闇ディーラーも結構厳しく追及喰らってんだぜ?」
すこし茶化した様子でそう尋ねる店主からは、アルコールの匂いがした。
「それは悪かったな、しかし"日頃の行い"が悪いせいで戦車とヘリに袋叩きにされる予定があってな」
「ハッハハ!違いねえ!あんたほど日頃の行いが悪い奴なんか"災厄の狐"くらいのもんだろ!」
大笑いしながら酒の入っているであろうスキットルを呷った店主は、気道に入ったのかゲホゲホとむせていた。
「仕事中にあまり飲み過ぎるな、この後に連絡があるんだろう?」
少し落ち着いた様子の店主にそう尋ねると、更に笑い始めた。
店主は笑い上戸の様だ。
「仕事中だあ!?仕事終わって帳簿付けてた時に窓ぶっ壊したのは誰だ!?」
「……そうだったな、こちらも切羽詰まっていたんだ」
「んな事わかってるよ……おっと」
"ポポポポポ"と、事務所の固定電話が電子音を発した。
店主はすっと表情を戻し、電話を取る。
1分ほどの短い会話を経て、店主はガチャリと電話を置く。
「よし、うちの輸送チームは問題ないってよ」
「ただ今から分解するから明後日の0時過ぎ、指定地点に輸送するとさ」
「40ftコンテナ二つだ、あまり長く放置するなよ!」
機嫌よく指を二本立てた店主に軽く頭を下げ、エイミと共に立ち上がる。
「了解した、感謝する」
「では……私たちはこれで、邪魔をしたな」
「おう、元気でな!健闘を……祈りたかねえが、まあ精々頑張れや!」
ワハハと笑いながら手を振る店主に軽く手を振り返し、私たちは裏口より店を出た。
「……ねえ、ルイさんって結構悪い人?」
帰り道、私の前に立ち、歩みを止めたエイミはじっとりとした目で私を見つめ、小声でそう尋ねる。
先ほどまでの振る舞いを見て、私が悪人であることを再確認したようだ。
「……フフ、今更気付いたのか?」
「私は悪人だよ、最初から」
「……ふーん……共犯だね」
エイミはそう言って、再び歩み始めた。
その言葉に何も返せないまま、私たちは倉庫に戻った。