例えば私が最強だったとして   作:散髪どっこいしょ野郎

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クラシック級

「あけましておめでとうございます、トレーナーさん」

 

「ああ。今年もよろしく」

 

 

 年明け早々から既にトレーニングは始まっていた。

 

 初詣に向かった神社からトレセン学園まで走って移動。その際には青年がバイクを駆って後ろから随行していった。

 

 

──────────────────────

 

 

「まだまだ、あと十周!」

 

「はいっ」

 

 

 カワミコハルの才は底知らず。朝から晩まで走っても疲労の色を見せない。

 

 彼の周囲からは『詰め込みすぎではないか』との声もあったが、他ならぬ彼女自身が余裕でこなしていたためその意見もすぐに沈んでいった。

 

 怪我は、アスリートの多くが悩まされてきた問題だ。ウマ娘もその例に漏れず、無茶なトレーニングをした結果負った怪我により選手生命を絶たれる事例もある。

 

 しかしカワミコハルはありとあらゆる面に於いて例外だった。

 

 スプリンターを超えたスピードとステイヤーを超えたスタミナ、更にはいくら走っても消耗しない玉体。

 

 正に才貌両全。少女の絶世の美貌からモデルにならないかとの誘いもあったぐらいだ。

 

 

「……綺麗」

 

 

 通りがかった者は思わず呟く。彼女の走る姿は、面向不背の様相を呈していた。

 

 

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「「「乾杯!」」」

 

 

 トレセン学園近くの居酒屋にて、トレーナーたちの飲み会が開かれていた。今回は青年も参加している。

 

 

「それでねぇ、私の所のウマ娘は皆いい子でねぇ、うぅ……トレーナーやってきてよかったよ本当に……」

 

「また始まったよ泣き上戸」

 

 

 夜が深まる程に酒は進み、一部の者は早くも酔いが回っていた。

 

 

「そういや、キミの所の……カワミコハルはすごいよね。いきなりGⅠ獲っちゃうどころか世界記録を更新するなんて」

 

 

 誰かがそう言うと、注目が青年に集まった。誰もが彼の担当ウマ娘のことを評価していた故に。

 

 

「まあ、これもひとえに彼女のおかげですよ」

 

 

 青年は慎重に言葉を選んだが、嘘は無かった。まだまだ未熟な己を信じてついてきてくれるカワミコハルには多大なる感謝を感じていた。

 

 夜は更けていく。

 

 

──────────────────────

 

 

「あれ、コハル?」

 

 

 二次会には行かず真っ直ぐ帰ろうとしていた彼が見たのは、間違いなくカワミコハルその人だった。

 

 門限も近いのに一人で何をしているのだろう。

 

 彼女のいる公園に踏み込もうとした彼だが──異変に気づいた。

 

 少女の顔からは一切の表情が削ぎ落とされていた。石のように無機質で、氷のように冷たい。

 

 

「カワミ、コハル?」

 

「────ああ。トレーナーさんでしたか。いかがなされましたか?」

 

 

 彼が恐る恐る声をかけると少女はいつもの様子に戻り、言葉を返した。青年は乾ききった唇を舐め、言葉を探した。

 

 

「こん……な、時間に、どうしたんだ?夜に一人だと危ないぞ?」

 

「……申し訳ありません。少し、夜風に当たりたくて」

 

 

 彼女はそう言ってみせるが、先程の様子から見ると到底そんな風には思えない。しかし追求することもできず、青年は口をつぐむばかりだった。

 

 

「……寮まで送るよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 改めて表情を覗き見る。そこには無機質さも冷たさも無かった。

 

 

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「っ、ふ……っ」

 

「……すごいなあ」

 

 

 思わず感嘆する程に、少女のパフォーマンスは洗練されていた。

 

 整った容姿からキレのあるダンス。加えて人々を魅了する歌声と来たものだから、ウイニングライブは常に完璧だった。

 

 今、こうしてダンスレッスンに励んでいる間も、口を挟む点が無い程に完成されていた。

 

 

「…………」

 

 

 改めて、あの夜のことについて考える。夜風に当たりたくて、との言い分だったが、あの雰囲気からはとてもそう思えない。

 

 だからといってどこか問題があるのかと聞かれれば、何も答えることはできない。ギリギリとはいえ門限は守っているし、ウマ娘の力ならよほどのことでもない限り身を脅かされることもないだろう。

 

 

「トレーナーさん」

 

「────。っ、ああ。どうした?」

 

 

 意識が浮上する。

 

 

「お疲れのようですね。私はまだ大丈夫なので、先にお帰りになりますか?」

 

「いや、大丈夫だよ。えーっと、アドバイスは……」

 

 

 いつの間にか心配をかけてしまっていた。彼女の前で思考に没頭するのはやめようと、彼は心の奥で誓った。

 

 

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 皐月賞。彼女は当然一番人気だった。

 

 出走するウマ娘は間違いなく誰もが強かった。だが、カワミコハルを相手にするにはあまりにも分が悪かった。

 

 レース内容は二着を大差に突き放してのレコード勝利。クラシック三冠は既に確定しているように扱われていた。

 

 

「優勝、おめでとうございます。カワミコハルさん」

 

「ありがとうございます」

 

 

 記者からの取材にも平常心で挑む少女。万が一のことがないように青年は傍にいた。

 

 

「次走は日本ダービーでしょうか」

 

「いえ、日本ダービーには出走しますがその前にNHKマイルカップに挑みます」

 

 

 どよめく周囲。連闘はウマ娘にかなりの負担を強いる。脚は平気なのかと、取材陣からは懸念の声が。

 

 

「彼女ならば可能であると判断したが故に、です。怪我は起こりませんし、起こさせません」

 

 

 断言までしてみせた青年の前に、マスコミは閉口せざるを得なかった。

 

 

──────────────────────

 

 

 できるだけ多くのGⅠを獲りたい、というのは彼女からの要望である。

 

 通常であれば休み休み出走させるのがセオリー。だが、彼女の異常性は通常からは考えられない程の試みを可能としていた。

 

 元々ホープフルステークスの前に朝日杯フューチュリティステークスに出走する案もあったが、一旦様子見で参戦は取り止めに。

 

 しかし実際本番のレースが終了した後も平然としていたカワミコハルを前に、クラシック級ではローテーションを詰め込みに詰め込むことになった。

 

 その結果が、これだ。

 

 

・NHKマイルカップ……レコード勝利

 

・日本ダービー東京優駿……レコード勝利

 

・安田記念……レコード勝利

 

・宝塚記念……レコード勝利

 

・ジャパンダートダービー……レコード勝利

 

 

 特に安田記念~ジャパンダートダービーまでは三連闘にまでなったがそれでもカワミコハルは余裕綽々だった。

 

 信じられない程の過密スケジュールをこなしてみせた少女を前に、青年は(おのの)く。この子はウマ娘の域を超えた何かだ。

 

 気づけば夏合宿を迎え、彼女は更にレベルアップしていく。今世代の顔は間違いなくカワミコハルだった。

 

 

「じゃ、タイヤ引き二十往復!」

 

「はい……っ」

 

 

 特注のアンクルウェイトと追加の重り、特大のタイヤを体に縛りながら少女は歩みを進める。恐ろしいことに、ウマ娘の身体能力を以てしても引きずることは難しい特大タイヤを赤子の手をひねるように動かしていた。

 

 

(スピード、パワー、スタミナ、全てに於いて申し分ない。それでも尚成長するんだから、恐ろしいことだ)

 

 

 ムラがあるわけでもなく、性格が荒いわけでもない。正に完璧といったウマ娘だが、青年の中では不穏な何かが渦巻いていた。

 

 

──────────────────────

 

 

 波の流れる音が聞こえる。

 

 夜の海辺は月明かりもありどこか神秘的な雰囲気に包まれていた。その中に、二つの影。

 

 

「「…………」」

 

 

 カワミコハルと、そのトレーナー。両者は無言で波打ち際を眺めていた。

 

 公園での出来事がどうしても気になり、彼は夜になるまで浜辺を見張っていた。すると案の定少女が現れた。

 

 

『……涼みに来たのか?』

 

『…………はい』

 

 

 嘘だった。両者共に分かりきっていた嘘だが、その建前が壁となりお互いに踏み出せずにいた。

 

 

「……コハル」

 

「はい」

 

「今から俺が言うことは、くだらない自分語りだ。そんなに気にしないでくれ」

 

「……はい」

 

「──俺は、」

 

 

 彼は滔々と語る。自身がトレーナーになった理由を。

 

 彼の生まれは、どこにでもあるような一般家庭だった。幼い彼をトレーナーの道に突き動かしたのは、テレビ中継でのレース映像。

 

 なんて速いんだろう。なんて強いんだろう。俺も彼女らのような凄いウマ娘を育成できるだろうか。

 

 そんな憧れと野望が少年に夢を抱かせた。

 

 そこからは遊ぶ時間を捨て去り勉強、寝る間も惜しんで勉強……と、とにかく夢へ向かって一直線の日々だった。

 

 彼にはそれなりの才があった。トレーナー試験には一発合格。しかし担当ウマ娘が見つからない焦りが募る。

 

 そんな中出逢ったのが、カワミコハル。ありとあらゆる道を踏破する彼女に、青年は夢を見た。

 

 

「……とまあ、そんな感じで、君は俺にとって夢をくれた存在なんだ。だからなんだって話だけど……けどな。俺は君のトレーナーなんだ。だから、何か悩みがあったら俺にぶつけてくれ。できる限り応えてみせるから」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 

 しかし、その言葉もお互いの間にある壁を打ち破るには至らなかった。

 

 だが無意味だったわけではない。少女の裡に、一つの芽生えが確かにあった。

 

 

──────────────────────

 

 

「せっかくだし夏祭りに行かないか?」

 

「祭り……ですか」

 

 

 トレーニングもそこそこに、彼は唐突に誘いを設けた。彼女としても断る理由はなかったため、二人で夏祭りに繰り出すことに。

 

 

「……綺麗ですね、花火」

 

「そうだな」

 

 

 花火に照らされた少女の表情を、彼は盗み見る。人混みは苦手だろうかという懸念点があったがこの様子なら問題は無さそうだ。

 

 

「トレーナーさん」

 

「なんだ?」

 

「ありがとうございました。私を連れ出してくれて。今日行かなければ、きっとこの美しさには気づけなかった」

 

「……そうか」

 

 

 青年は慈しむように微笑む。和やかな時間。これをできるだけ伸ばしていきたいと、考えながら。

 

 

──────────────────────

 

 

 夏合宿が終わり、彼らは再びレースとトレーニングに明け暮れていた。

 

 

・スプリンターズステークス……レコード勝利

 

・マイルチャンピオンシップ南部杯……レコード勝利

 

 

 菊花賞を目前に控えているというのに一切休む余裕の無いローテーション。しかしと言うべきか、やはりと言うべきか、少女は涼しげな顔でこなしている。

 

 

「あぁ~……!つっかれたぁ~!」

 

「お疲れ様です」

 

 

 誰より疲れてるのは君だろ、と言うのを堪え、青年は椅子にどっかりと腰掛ける。

 

 何故青年は疲弊しているのか。それはレースの度に方々へ移動を繰り返しているからである。尚カワミコハルはいつも通り平然としていたが。

 

 

「コハル」

 

「はい、いかがなされましたか?」

 

 

 不意に呼び止められ、彼女は青年と目を合わせる。

 

 

「……走るのは、どうだ?」

 

「…………どう、とは」

 

 

 少女は質問の()()()()()()()()()()()()。だが、敢えて気づかなかったふりをする。

 

 

「走るのは、楽しいか?」

 

「……いえ」

 

「そうか。ごめんな、いきなりこんな話して」

 

 

 悲しげに陰る瞳。それ自体が、青年から少女に対する思いを物語っていた。

 

 

──────────────────────

 

 

 菊花賞当日。レース場には雨が降り、コースは完全に重バ場と化していた。

 

 いつも通り地下バ道にて彼女を見送った後、青年は観客席に向かう。すると聞こえてきたのはこんな会話。

 

 

「今日のレースどうなると思う?」

 

「うーん、どうせ今日もカワミコハルがレコード更新して勝つでしょ」

 

「やっぱりそう思う?なんかつまんないよね、結果が見えてる勝負って」

 

 

 皮肉にも、少女は強くなりすぎていた。

 

 耳を塞ぎたかった。その会話を無いことにしてしまいたかった。

 

 ──それでもこれが、観客の意見なのだと。彼は理解せざるを得なかった。

 

 結果──カワミコハルはレコードタイムを大幅に更新して勝利した。

 

 無論、純粋な気持ちから応援してくれるファンも大勢いる。現に今も彼女の勝利を喜んでくれる者がいた。だが、『結果が見えててつまらない』という思いも確かに存在する。

 

 青年にとってそれは何よりも重い結論だった。

 

 

「よくやったな、コハル」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

 いつも通り、少女の元へ。ウイナーズ・サークルへ向かう。

 

 ──それでも、いつか彼女がレースを楽しめるようにさせてあげたい。

 

 彼を支えていたのはそんなエゴイズムだった。

 

 

──────────────────────

 

 

・エリザベス女王杯……レコード勝利

 

・ジャパンカップ……レコード勝利

 

・チャンピオンズカップ……レコード勝利

 

 

 そして……有記念。

 

 

「優勝おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 彼女は向かうところ敵無しだった。しのぎを削り合うような、所謂ライバルはいなかった。

 

 彼女はレース場だとよりいっそう孤独になる。青年は今になってそれを理解していた。

 

 

「噂では凱旋門賞を目指す、との声もありますが!今後どのようなレース展開になされていくおつもりですか!?」

 

「凱旋門賞、ですか」

 

 

 凱旋門賞。世界の果てを決める、未だに日本のウマ娘が制覇したことはない遠い夢のようなレース。

 

 カワミコハルならいけるのではと、世間ではその話で持ちきりだった。

 

 

「……はい。出走します」

 

 

 実のところ、前もって凱旋門賞を目指すことは決めてあった。彼ら二人だけの秘密が、群衆にバレただけのこと。

 

 前代未聞の七連闘、しかもその全てがGⅠレースでありながら、その全てを勝利に収めるカワミコハル。

 

 彼女の存在は他国にも大きく広まっていた。

 

 

──────────────────────

 

 

「お疲れ、コハル」

 

「はい。トレーナーさんも、お疲れ様です」

 

 

 年末のトレーナー室にて久方ぶりの休息を味わう両者。

 

 

「トレーナーさん」

 

「なんだ?」

 

「貴方は今までの私のレースを……どうお思いになりましたか?」

 

「……そーだなぁ……」

 

 

 嘘で取り繕っても、バレるだろう。嘘で成り立つにはこの関係は成熟しすぎた。

 

 彼女が聞いているのは自分の本心。であれば、包み隠さず答えるのが礼儀だろう。

 

 

「相変わらずすごいレースだと思うよ。見てるだけで心が熱くなる」

 

「そう、ですか」

 

 

 憂いを帯びた微笑み。美麗をそのまま形にしたような笑みに、彼の脳内回路は動きを止める。

 

 

「少し散歩してきます」

 

「あ、ああ。遅くならないようになー」

 

 

 少女が出て行ったトレーナー室を、静寂が支配していた。

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