アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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第104話

 その地は、暗がり。

 

 ブラックマーケットよりも更に深い、キヴォトスが三大校たるトリニティ総合学園が抱える巨大な歴史の影の底に沈んだその地の名は…『アリウス分校』。

 

 刻まれた弾痕が直される事無く残り続ける廃墟が立ち並ぶその場所を進んだ先に佇むは荘厳なれど何処か空虚さを纏う建築物、バシリカ。

 

 

 その最奥に…一人の女が、居た。

 

 

 女の名は『ベアトリーチェ』。知る者にマダムと呼ばれる彼女は純白を纏う紅の毒花にして…人であって人でなしの異形たる『大人の女性』である。

 

 淑女然としながら滲み出る淀んだおぞましさを隠そうともしていない彼女は、大きなテーブル上に並べられた幾つもの料理を前に、静かにワインを口にしながら部屋に響くノイズ混じりの声を聞く。

 

【―――の事で。一部地域を除いて、何事もなければ後1ヶ月もすれば復興が完了する見込みとの事です】

 

 テーブルの片隅に置かれた古めかしい通信機の様な見た目をした異物、所謂オーパーツの類いに当たるそれから響くのは『錠前サオリ』の声。彼女が語るのは定期報告、キヴォトスの特異点と化したアビドス自治区の現状。

 

 その内容は自治区が着実に傷を癒していると言う物。それ事態は大変喜ばしい事柄だ、彼女もまたアビドスと言う防壁の早急な修繕を望んでいるからだ。

 

「…宜しい。引き続き任務に注力なさい」

【はっ】

 

 そうとだけだが、告げると報告が終わる。内容その物はベアトリーチェが真に望む物こそ無かったがおおよそ予想の範疇を内、自身の予定通り事が進んでいると思えばそう気にする必要も無いと判断し彼女はナイフとフォークを手に取り。

 

 

 食事と言う『儀式』を執り行う。

 

 

 行う事は通常の食事と変わり無い、ただ料理を食すだけ。けれど元より食事とは他を取り込み己の一部とする行為。故にそれを儀式とするのに必要な事はただ一つ、料理を、食材を特別な物とする事だ。

 

 喰らうのはキヴォトスの内にありながら『テクスト』とはまた違う特異なルールが成立しているアビドスの地にて入手した様々な素材、食材。それらは食事を儀式として成立させるには十分な代物だった。

 

 現に今、料理を口にしその嚥下した瞬間、肉体に力が宿る感覚を覚え…その矮小さに、ベアトリーチェはどうしようもなく苛立った。

 

 確かに力は得た、純粋な身体能力は以前とは比べるまでもない…だが、しかしそれはただ強くなっただけ。目指す領域、即ち『崇高』には程遠い。

 

 とは言え、だ。より強い力をこの食事と言う儀式で得る為により希少な食材、強力な竜の素材…或いは『龍』の血肉を用いるのはリスクが大きすぎる。下手をすればただ力が強いだけの理性無き畜生に落ちる可能性がある。

 

 

 その様な結果、許容出来る筈もない。

 

 

「――ひっ!?」

 

 響く悲鳴に、ベアトリーチェの花弁を思わせる頭部に浮かぶ幾つもの瞳が一斉に入り口へと向けられる。

 

 そこには彼女から溢れた怒気に当てられたのだろう幾人かのアリウス生徒が腰を抜かしていた。その何処までも深い恐怖の視線は己の絶対性を感じさせ、少しばかり溜飲が下がる。

 

 

「マダムが怒ってる…や、やっぱりデザートは抹茶プリンじゃなくてプレーンじゃなきゃいけなかったんだっ!」

「いや寧ろ抹茶プリンの量が少なくて怒ってるのかも…」

「違うって! 絶対、チョコレートプリンじゃなかったから怒ってるのよ!」

「ここは杏仁豆腐の方が良かった可能性が」

 

「「「それはない」」」

「即答は酷いと思います…」

 

 思わずテーブルに突っ伏しそうになった。が、そんな姿見せるものかとプライドで耐えた。そして胸中に浮かぶのは嘗めているとも取れる生徒たちへの怒りではなく困惑だった。

 

 徹底的に刻み込んだ筈の恐怖と虚無の教えと並ぶのではと思える程のこのプリンへの執着は一体何なのか。もしや知らない所で『同胞』がプリンに何かしらのテクストでも書き込みでもしたのかもしれない。というかそうであって欲しい。己の教育とプリンが同格とか考えたくもない。

 

「…何事です?」

 

 思わず溢れそうになった溜め息を気合いとプライドで呑み込み問う。すると一番前に立っていた生徒がはっとした様子でベアトリーチェへと向き直ると抱えていた書類を差し出してきた。

 

「先程、黒いスーツの男性からこれをマダムにと」

「っ!…成程」

 

 書類を受け取り生徒たちを下がらせる。なんか至急カスタードプリンをお持ちいたします! とかいう戯れ言が聞こえたが無視して書類に目を通すと、記されていたのは一つだけ。

 

 

 捜索中の対象が特異空間には既に存在しない事が確認出来た…と。

 

 

「―――ふっ、ふふふ。成程、成程。そうですか」

 

 思わずと言った様子で笑いが溢れるベアトリーチェ。しかしそれは喜びからの物ではない…純粋な怒りからくるものである。

 

 くしゃり、と書類を握り潰す。先程とは比べ様もない程の怒気が溢れる。そして同時に、冷静に思考を巡らせる。捜索中の『奴』が特異空間に居ないと言う事は恐らく何かしらの手段を用いてキヴォトスに隠れ潜んでいるのだろう。であるのならば必要なのは純粋な人手だ。捜索にアリウス生徒を大隊規模で動員する事も考える。

 

 当然、その様な事をすれば存在を気取られるだろう…が、知ったことではない。今のベアトリーチェにとって重要なのは奴を見つけ出す事。奴さえ居なければ今頃己は儀式を成立させ崇高へと至っていた筈なのだ、己の手で惨たらしく殺さねば気が済まない。

 

「直ぐに、見つけ出して差し上げましょう…精々、首を洗って待っていることです」

 

 

 

 

 

 

 

「――『地下生活者っ!』」







・情報開示・

 このキヴォトスに於いて最初にして最大の変化とは即ち、『ゲマトリア』の名を語るのは集団による『地下生活者』の封印。


 その失敗である。
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