目の前の光景に、ミヤコは困惑しながらも警戒を緩める事はなかった。
どう考えてもおかしい、流石にこんなに脆い訳がないと。或いは罠かもしれないとサキと共に一歩下がり様子を見る…が、目の前の光景が幻ではないと言わんばかりにドスゲネポスは小さく断末魔を上げると、そのまま命を落とした。
「…調べてきます。RABBIT2は、周囲の警戒を」
「了解」
それだけのやり取りをしてから、ミヤコは銃を構えながらゆっくりと近づく。ドスゲネポスの近くまで着いたらまずは確認、しっかり死んでいた。それから何かおかしな箇所は無いかと視線を走らせ。
「んんっ!?」
明らかにおかしな事を見つけた。
ドスゲネポスの傷が深すぎるのだ。それこそ場所によっては弾が骨まで達している…所か、貫通している物まで見られた。
武器の性能が向上しているから、或いはこのドスゲネポスが何らかの理由で衰弱していたから。ミヤコが直ぐに思い浮かんだこんな状態になった理由はこの二つ。しかし、それが正しいと断言できる程の知識や経験が自分にあるとは思っていないミヤコは、この場で判断せず所謂専門家の人たちに見て貰う為にスマホを取り出す、写真を一枚。
「…良し」
と、小さく声を溢しながら撮った写真を確認…問題なし、綺麗に撮れている。後は幾つか別角度から撮って、それから比較する為にゲネポスの写真も必要かと思い。
突然、スマホの画面が乱れブツンと電源が落ちた。
「…む」
突然の事に若干驚きながらも電源を入れ直そうとするが、しかしスマホは反応しない。偶然、このタイミングで壊れてしまったのか…それとも何かが起こっているのか。恐らくは後者なのだろう。
「RABBIT2、問題が発生している可能性があります」
「いや可能性ではなく実際に起こっているぞ。RABBIT3との通信が繋がらない」
その言葉に、視線をサキへと向けると彼女は通信機に触れながら険しい表情を浮かべていた。ミヤコもまた、通信機に触れ言葉にする。RABBIT1からRABBIT3へ。返答は、無い。
「…RABBIT4とは?」
「一応はって感じだな。ノイズが酷すぎて上手く聞き取れないが」
成程と頷きながらふっと息を吐くミヤコの思考は極めて冷静だった。
それはSRTの生徒として通信障害或いは妨害が発生した場合を想定しての訓練をしっかりとこなしてきたからと言うのもあるが、単純に色々と気になる点はあれど目標であるドスゲネポスの討伐が完了しているからと言うのが大きい。流石に行動中にこんな事が起こっていたらここまで冷静では居られなかっただろう。
とは言え、異常に異常が重なって非常に頭の痛い状態にはなっている。この状況下に於いての正しいと対応とは何かを考える。
その時、ノイズ混じりの声が響く。
【ミヤ――ん――キちゃ―――そ――ら―――なれっ―駄目――き―】
「!」
通信機から聞こえてきたのはミユの声。サキの言っていた通り酷いノイズに阻まれているが、その声からは強い焦りが感じられた。自然と、サキと視線が交わる。恐らく彼女の方でも何かを問題が発生したのだろう。そう判断した故に彼女たちは…。
唐突に…『死』を幻視した
「―――っ!!」
その行動はほぼ反射的なものだった。
倒れる様に地面に伏せ頭を守る。何故そうしたのかと言えば感じたからだ。あの時、あのディアブロスが暴れ回っていた時のアビドスで蔓延していた独特の空気を。即ち…なにもしなければ、死ぬ。
言ってしまえば只の勘でしかないそれに迷う事なくしたがった結果、もしもこの場に肉食の生物が居れば食らってくれと言わんばかりに隙を晒し。
直後に襲った破滅的な轟音と衝撃から身を守る事が出来たのだ。
「う、ぐぅぅっ!」
呻きながら、耐える。
耳鳴りが酷く音が聞こえず顔を上げる事が出来ず何が起こっているのかを知る事も出来ず、またそんな余裕も無い。彼女が出来たのはただ耐えるだけ。
耐えて、耐えて、耐え続けて。
「げほっ」
暫くして、耳鳴り収まり自分の咳き込む声が聞こえた。何時の間にか荒れ狂っていた衝撃も収まっており、ミヤコは静かに顔を上げた。見えたのは土煙だけ、周囲がどの様な状況なのか分からない。幸い、先程まで痛い程感じていた死の気配…とでも呼べば良いのか、兎も角独特なそれは感じられない。
故に、土煙が落ち着いてきたのを見計らって状況を確認する為にやけに重く感じる体に力を込めて立ち上がる。
地形が変わっていた。
「え、あ…はぁ?」
先程まであった筈のそれなりに大きかった筈の岩山が崩れていた。只の平地だった筈の場所が抉れていた。まるで爆撃でもされた様な…いや、だとしてもここまでにはならないだろうと言う惨状がミヤコの眼前に広がっていた。
「げっほ、げほっ、うぉぇ…一体なんなんだこれは。やけに体が…いやこれ装備が重くなって?」
「!! サキ! 無事でしたか!」
「いや今作戦行動中…いや、今はそれを気にしてる場合ではないか」
唖然としていたミヤコの耳に声が届き、振り返ってみればそう呟きながら普段とは違いふらふらと若干覚束ない足取りでミヤコの元まで歩いてくるサキ。パッと見、彼女も軽傷程度で済んでいるようだ。
「それにしても…本当に、何が起こったんだこれは?」
そう呟かれた言葉。思わず溢れた独り言の様なその疑問に答えられる者は…一人だけ。
今まさに彼女達の無事を祈りながら駆けている少女、RABBIT4・霞沢ミユ。彼女だけがそれを見ていた。
あの空を流れる彗星の如き…生きた災いたる『龍』の姿を。