第110話
本日のアビドス自治区の天気、曇り時々砂。
余り良い天気とは言えない空の元『黒見セリカ』とその友人、そして沢山の弁当を載せたトラックが走っていく。
「見事に雲ばっかりだねぇ。飛んでる砂も多めだし…つまり今夜はワンチャン釣れるかも知れないって事!」
「え、何が?」
「ばかでかいサシミウオ。今日みたいな天気の日の深夜にだけ姿を見せるんだよ」
「へぇー、そんなの居るのね。知らなかった」
「まぁ見つかったの本当に最近だから知らなくてもおかしくはないでしょ。あたしが知ってたのだってたまたまだし」
「なるほどねー…それにしても最近見つかったばかりの割に分かってる事多いわね。発見者誰?」
「例のメイドさん」
「あぁあの人ね」
と、そんな会話をしながら彼女達が向かっているのはビナーという謎の機械によって空けられた大穴、そこで壁の建築を行っている人たちの元に昼食の弁当を届けに向かっている所だ。
そう、壁だ。現在、アビドス高校は大穴に転落防止用の壁を造っているのだ。本当なら蓋の様な物を造って完全に塞ぐか、そもそも埋め立ててしまえればその方が良かったのだが、それを行うのは文字通り穴が大き過ぎて現実的では無いのだ。
「あ、そうだセリカちゃんも一緒にどう? 確か今日バイト休みだったよね?」
「確かにこれといって予定は無いけど…ん?」
友人の誘いにどうしようかと考えているとふと視界の端に歩道に立っている三人のトリニティ生の姿が映る。同じ学園の生徒が一緒に居るだけの別におかしな事はない、普通の光景だ。
ただ三人の内の二人が声を荒げ、残りの一人が困りながらも落ち着かせようとしている様に見えるその様子は余り普通とは言えなかった。
一体どうしたのかと思い、窓を開けて耳を傾ける。
「――すから! どう考えても今噂になってるアビドス砂漠に潜むと言う金色に輝く空飛ぶ大鮫を探す方が優先順位は上でしょうが!!」
「はぁぁああ有り得ませんがぁ!? ペロロ様よりも優先されるべき事などこの世に存在しませんがぁ!?」
「お二人とも落ち着いてくださいまし。ほら、ペロロちゃんのキーホルダーと鮫映画ですわよ」
「あ、う、おぉぁさめぇぇー…」
「あ、あ あ、ペロロ様あ、あ あ」
「怖いのでもう少し普通の反応していただけません?」
どうやら情熱が溢れでて暴走してしまっているだけのようだ。
ああ言う事は割とアビドスではよくある事、取り敢えず問題無さそうなので普通に通り過ぎる。と、ふと聞こえた会話の中に一つ気になることがあったセリカは窓を閉めながら友人に問いかける。
「ねぇ、空飛ぶ鮫なんて居たっけ?」
「いやー、知ってる限りではそんな面白い生物見つかってない、筈」
「よねぇ」
居ない、とは言わない。見つかっていないだけでそう言うのが居てもおかしくないのがアビドス砂漠である。
「それにしても、最近かなり増えたよねぇ、噂話。なんだっけ、確かに『アビドスの泥は美容効果が凄いから使うと撃たれても弾が滑って当たらない位肌がスベスベになる』、とか言うのもあったわよね」
「あったあった。あとあれ、『ドスゲネポスみたいな取り巻きを連れてるボスモンスターは回りが本体だからそっちを先に片付ければ何も出来ない雑魚になる』ってやつ」
「あー、あれね。今考えても真に受けた人が居なくて良かったわよねあれ」
「ほんとにね」
なんて友人は笑いながらトラックを停めた。目的地に着いたのだ。
「よいしょ」
軽く声を溢しながらセリカはトラックを降り、見渡す。今、自分達が居る駐車場から見えるのは幾つかのテントが立てられている公園に、そこを忙しなく動き回っている幾人ものアビドス生達の姿だ。
「相変わらず、忙しそうだね」
「そうね。まぁやってる事が事だから仕方ないけど」
「それはそうなんだけどさぁ、個人的にはお昼位はゆっくり休んで欲しいんだよね」
「それはそう」
と、トラックを降りてきた友人の言葉に同意しながら一緒に弁当を運び始める。すると彼女達の存在に気が付いた幾人かがふらふらと寄ってきた。
「あ、こんちはー。二人が居るってことはもうお昼かー」
「そうよー」
「おいっす、今日の弁当なに?」
「のり弁と味噌汁、あとデザートに冷凍ミカンだね」
「おぉ良いね。あ、あたし作業してる連中呼んでくるよ」
「ありがと、よろしくね」
「サンドイッチみたいにぱっと食べられるの無い?」
「無いから素直にゆっくり食べて休め」
「はーい」
そんな賑やかさを引き連れてテントに弁当を運び込めば、更に多くの少女達が今さら空腹を思い出したと言わんばかりに腹をさすりながらどんどん集まっていく。そして、運び込んだ弁当をきちんと食べ始めたのを確認したセリカは、クーラーボックスを運んでいる友人に声をかける。
「それじゃ、私は先に行ってるわよ」
「あい、気をつけてねー」
「分かってるわよ」
言いながらセリカはトラックへと向かい、取り出したのは愛用している狩猟用装備一式。慣れた手付きでそれを身に付け、問題が無い事を確認し一言良しと声を溢し歩きだした彼女が向かうのは大穴。
その底である。
【生物記録】
『サシミ・エンペラー(仮称)』
光の届かない曇り空の砂舞う深夜にのみ姿を現すという巨大なサシミウオ。その威容は正しく頂点そのもの。キングとエンペラーのどちらが相応しいかの議論は未だに終わっていない。
正直、サシミウオとは思えないでかさをしているがちゃんとサシミウオなので鱗まで美味しく食べる事が出来る。