廃墟の影、セリカは気づかれないように隠れながらダイミョウザザミを観察していた。
先程と違い今は辺りにあるものを壊してはいないが、それでも興奮した様子なのは変わらずここに居ない何者かに向けて威嚇し、かと思えば今度は忙しなく動き回っている。
準備している間に落ち着いて、なんて事になってたらなんて考えていたがやはり駄目そうだとセリカは思いながら、スマホで何度かダイミョウザザミを撮る。アビドスの新生態系の生物は未だに謎が多い。なのでどんな些細な事でも記録を残しておくのがアビドスの生徒の基本だ。まぁ、些細等と言うレベルの事態ではなさそうだけど。
「! 来たぁわっとと!」
と、その時スマホが震えメッセージが届く。狩猟中の常識としてマナーモードになっているそれの震えに手からスマホが溢れそうになって慌てて持ち直し、ほっと一息。それから届いたメッセージを確認すると一言。
準備完了、とだけ。それを見たセリカはスマホをしまってから深呼吸をして。
「うん、良し!」
パシンと軽く頬を叩き立ち上がると、勢い良く廃墟の影から飛び出して勢いそのままに引き金を引く。
タンッ! と一発。放たれた弾丸は真っ直ぐダイミョウザザミへと向かい…背負うヤドに当たり弾かれる。しかし、気にすることなく続けて2発、3発と撃ち続ける。
その全てがヤドによって弾かれるが、軋む音を鳴らしながら振り返るダイミョウザザミに意識を向けられた事を確認してから。
「こっちよ!」
そう叫びながら再び引き金を引く。そして放たれた弾丸は今度は無防備に曝されていた顔面に命中した。
「ギ!?」
「あ、やば」
思わず溢れた言葉。ただ意識を向けさせる為だけの攻撃が思わぬ場所に当たってしまった。そしてダイミョウザザミは、急所の一つである顔面に弾丸を撃ち込まれ怯んだように仰け反り…直後に瞳を蠢かせ勢い良く口から泡を吹き出しながらセリカに向かって鋏を振り上げながら走り始めた。
間違いなく、怒っている。
「っ!」
予定になかった怒りを引き出してしまい焦るセリカだが、それでもやること自体は変わりないと武器をしまい全力で逃げ始めた。
「! ギ、ギギギギギギ!」
逃げ出したセリカを見てより激しく音を響かせるダイミョウザザミ。先程逃げられた時の事を思い出したのか、それともなんの関係もなくただ逃げられてムカついているのかは分からない。が、よりセリカに強い怒りを向けているのは間違いない。
「どう? 来てる? 来てるわね!」
そして逃げているセリカの方は、チラチラと背後を確認しながら走り続ける。前を見て走らなければ危ないのは当然なのだが、一切後ろを見ずに走るのはもっと危険である。
「っ!! あっぶ!?」
視界に映るセリカを追うダイミョウザザミが不意に立ち止まり、鋏で口元を隠すように動かした。それを見た瞬間セリカは勢い良く前に向かって飛んだ。ズザーと音を立てて滑るセリカの真上をダイミョウザザミから放たれた水の塊が通りすぎる。単純に量と勢いが凄まじいそれは直撃すればただでは済まないだろう。降り注ぐ勢いを失った水を全身に浴びながら、目の前にあった廃墟の壁が吹き飛んだのを見て冷や汗を流しながらも、止まっていては駄目だと急いで立ち上がり、再び走り出す。
水を吐き出したダイミョウザザミは、当たらなかったことの苛立ちを表すようにヤドを揺らし鋏を振り上げながらさらに速度を上げて追う。
「あとちょっと、あとちょっと!」
言いながら走りつつ、位置を確認するように見渡す。
「! あった! ダイミョウザザミは!?」
目的地である廃墟が視界に入り、背後のダイミョウザザミを改めて確認する。追ってきている、問題なし。あと一息だと足に力を込めて進み廃墟の壁に空いた穴から中へと入り、そのまま通りすぎて出入り口から外へと走り出ると滑るように振り返りながら止まる。
視線の先には、セリカが利用した穴の空いた壁を粉砕しながらセリカに向かって突き進むダイミョウザザミの姿。そしてセリカはダイミョウザザミが廃墟の中に入り込んだのを確認すると同時に、武器を構え狙い撃つ。
目標はダイミョウザザミ、ではなく廃墟に設置しておいた爆薬がたっぷり詰まったドラム缶だ。
「ギギ!?」
着弾、直後に爆炎がダイミョウザザミに直撃する。そして追い討ちをかける様に廃墟が崩れ瓦礫がダイミョウザザミに降り注ぐ。前の事を考えれば有効打にはならないだろうが、動きを止めるには十分であるとも分かっている、だからセリカは瓦礫を退かし這い出て来ようとしているダイミョウザザミに。
背を向け、その場から走り去り姿を隠した。何故なら、予定通りに事が進めば、この場に居続けるのは危険だからだ。その理由は、すぐに姿を表した。
「ギ、ギギギ」
瓦礫を退けて這い出てきたダイミョウザザミ。降り注いできた瓦礫は兎も角として直撃してしまった爆発は確かにダメージとしてその身に刻まれていた。とはいえ、動けなくなるほどのものではないと細かな破片を体を震わせて落とし、鋏にへばり着いている泥を振って落とす。
そうしてから姿を消したセリカを探す様に瞳を蠢かせる。と、不意にドスドスと重く響く音を感じとり、振り向く。
「ゴォアアアアアアアアアアッ!」
「ギギ!?」
直後に巨大ななにかが突っ込んできて吹き飛ばされた。不意打ちとなったその一撃に、体勢を崩し足が地面を削るダイミョウザザミ。なんとか立ち上がりなにが起きたのかと視線を向ければ…ボルボロスが力強く尾を振り回しながら吼え威嚇していた。
ダイミョウザザミは知らない、先程爆発によって崩れた廃墟の壁にはボルボロスの縄張りを示す泥が付着していたことを。今居る場所が、やつの縄張りである事を。
そしてダイミョウザザミが知らぬ内に縄張りに誘導されていたことを知らぬボルボロスは、純粋に己の縄張りを侵した愚か者に怒りを露にしていた。
「ゴォアアア!」
「!! ギギギギ!」
眼前のボルボロスが頭を下げ、足に力を込め駆ける。先程ダイミョウザザミを吹き飛ばした突進。それを理解しているのか否か、分かりはしないがダイミョウザザミは咄嗟に両鋏を固く閉じ盾として利用し突進を弾き返す。
「ガァ!?」
「ギギギギギ!」
渾身の一撃を弾かれ鑪を踏むボルボロスに鋏を振り上げて叩きつけるダイミョウザザミ。が、ズルリとボルボロスの纏う泥が滑り思ったように攻撃が当たらずに終わる。
「ギギ!」
ならばとボルボロスへと背を向け、自慢のヤドの持つ1本角を利用した突撃をする。直撃すればただでは済まないだろうその突撃に、ボルボロスは力を込めて頭を振り上げ…振り下ろす。
「ゴォアアアアアア!」
「ギギー!?」
衝撃音。どちらも渾身の一撃であったそれは、ボルボロスの一撃がダイミョウザザミのヤドを打ち砕いた。吹き飛び、痛みに悶える様に地を這うダイミョウザザミ。ヤドが破壊されたことを自覚しているのか、急いで器用に鋏を使って地面へと潜り姿を消した。
「…ゴォオアアアアアアアアアアアアッ!!」
しばらくの沈黙の後。己の勝利を確信したボルボロスの咆哮が轟く。
それを、離れた廃墟の屋上で聞いていたセリカは思わず呟いた。
「相変わらず縄張り争いの迫力凄いわね」
なんて、ボルボロスを利用した事に若干申し訳なさを感じながらも、自然の力強さに圧倒されるばかり。と、そうじゃなくてと頭を軽く振ってスマホを見る。
「…上手くいきますように!」
ダイミョウザザミは疲れていた。
ノソノソと自らの縄張り、その中心である巣の中で人が見ればそれだけで疲労困憊であると分かるほどに疲れていた様子でゆっくり歩いていた。
セリカたちが知らず、そして予測した通り。このダイミョウザザミは新たな縄張りで、ずっと暴れ続けていた。それこそ休むこと無く目につく物を当たり散らしていた。が、その結果起こったのはほぼ体力が空っぽの状態でのセリカとの追いかけっこに、爆発の直撃、そして最後にはボルボロスとの戦いの惨敗。ダイミョウザザミの今は、まさしく瀕死と言う他無い状態だ。
いい加減、限界なのである。
流石のダイミョウザザミも恐怖より疲労が強く。眠って休もうといつの間に入り込んできたのか分からない巣の中で転がっている邪魔な物を鋏で退かして眠りにつく。
直前に、タンッ! と銃声が一つ鳴り響き。
大爆発が、ダイミョウザザミを呑み込んだ。
「ダイミョウザザミの行動は分からずともこの地域の事は分かるとは言っていましたが、その通りでしたわね」
そう呟きながらダイミョウザザミの巣にある高台から覗き込むハルナ。
思い出すのはダイミョウザザミの生態には詳しくはないが水没工業地帯の事は良く知っていると豪語したセリカの立てた単純な作戦。現在の水没工業地帯に生息する大型生物の縄張りまでダイミョウザザミを誘導し争わせる。そしてダイミョウザザミの巣に予め複数のドラム缶爆弾を設置しておいて縄張り争いで疲弊し、休息を取るために帰ってきた所を起爆して止めを刺す、ただそれだけの作戦。
単純すぎて穴だらけであり、ダイミョウザザミの縄張りと思われる場所できちんと休める場所はここしかないからとセリカが言った場所が巣では無かった可能性もあった作戦だったが。
「いえ、存外単純なほど成功しやすいのかもしれませんわね」
結果は、ハルナの目の前に転がるこんがりを越えて焦げてしまっているダイミョウザザミが示している。
「ふむ…殻の頑丈さを考えれば身は程好い具合かもしれませんわね」
そう言いダイミョウザザミの味に想いを馳せながらハルナはセリカにメッセージを送る、その内容は勿論。
ダイミョウザザミ…狩猟成功。