化け鮫横丁を、セリカとハルナは無言で歩いていた。
依頼を完遂し、大物の狩猟を成し遂げたとは思えない静寂がそこにあった。何故無言なのかと言えばあるものを食べているからだ。柴の大将が作ろうとしていた新作のラーメンではない。歩きながら食べるものではないし、そもそも単純にまた完成していないので違う。2人が頑張ってくれたお陰でイメージ通りにはなってきたが細かい調整がまだ必要だと柴の大将は言っていた。もう少し待っていて欲しいとも。
ハルナ曰く、美食は一日にして成らずですわね、との事だ。
では結局なにを食べているのかと言えば、ダイミョウザザミの身である。純粋に味に興味があったハルナにどうせなら自分も食べてみたいとセリカが提案した結果、今の状況なのだ。そうして食べた最初の感想は、2人とも同じもの。
「…かったいわね」
「かたいですわね」
というものだった。食感としては、焼きすぎた牛肉が近いかと思いながら中々噛み千切れない身に苦戦する。あの巨体を問題なく動かしていた事を考えれば別におかしくはないが、それにしてもと思えるほど強靭であった。だが、嫌とは感じていなかった。千切ろうと噛む毎に強い旨味がこれでもかと溢れてくるのだ。
「ふんぬ!」
強引にブチリッ! と引きちぎり咀嚼するセリカ。いつまでも旨味を感じさせるそれはジャーキーやスルメを思い浮かばせる。
「…いつまでも味するから呑み込むタイミングが分からないわねこれ」
「ふむ…味は蟹に近くも乾物の様な濃さを感じさせ、しかし特有の強さは無くさっぱりとしていますわね。この硬さには難儀しますが、いえ少し癖になってきましたわね。そしてこの止めどなく溢れる旨味はまさしく大名行列の如く、名は体を表すとはこの事ですわね。えぇ、えぇ間違いなく美味ですわこれは」
「なにその表現?」
良く分からないと首をかしげながら今度は千切らずにチミチミと噛み続けるセリカ。それにしてもと、隣を歩きながら、いつの間にか買っていた飲み物を飲んでいるハルナに問いかける。
「良かったの? 随分楽しみにしてたのに柴大将の新作食べられなかったけど」
「えぇ、構いませんわ。先程も言いましたが美食とは一日で完成するものではありませんわ。ましてや、新たに作り出そうと言うのです、相応の時間がかかるのは当然の事ですわ」
「気に入らないからって爆破しないでしょうね?」
「それは、味と程度によりますわね。尤も、そこは心配しておりませんが。貴女もそうでしょう?」
「まぁ、柴大将が不味いものを客に出そうとなんてしないだろうけど」
「けど?」
「なんかそれ以外のところが気にくわないからとかって爆破しないか心配してるのよ」
「私をなんだと思っていらっしゃるので?」
「気に入らない店を爆破する生粋のテロリスト」
「それは気に入らないような状態の店側が悪いのですわ」
「やっぱり生粋のテロリストじゃないの」
呆れながら言うセリカに楽しそうに微笑むハルナ。
「まぁ、安心してくださいな。少なくとも今のところ柴関ラーメンは、いえ化け鮫横丁にある店は爆破するつもりはありませんわ」
「ほんとに?」
「えぇ、本当ですわ。なにせここの皆様は味に真摯ですので」
その言葉に、味に真摯でない飲食店とはと若干疑問に思うセリカ。まぁでもそう言う店もあるのだろう。
「さてと、それではどうしましょうか。次なる美食を求めて何処に…あら」
「え、なに? どうしたの? もしかして唐突に爆破したくなったとかじゃないわよね?」
「本当に私の事をなんだと思ってるので? そうではなく、どうやらまだアビドスでの美食が味わえそうだと思っただけですわ」
「は?」
どう言うことだと問いかけようとして、妙に辺りが騒がしい事に気がつく。いつの間にか飲食店から人が出てきていて、皆同じ方向をどこか期待するように見ている。そういえばハルナも同じ方を見ているなとセリカもまたそちらを、アビドス砂漠が広がっている方角を見て。
「あ」
砂嵐を、見た。
「これは、あれですわね」
「そうね、間違いでなければそろそろ!」
言い終わる前に、アビドス高校から信号弾が撃ち上がる。それは、アビドス砂祭り開催を告げるもの。化け鮫横丁が歓声で埋め尽くされた。
「はっはっは! 来たなぁおい砂祭り!」
「ですなぁ、じゃあ祭りに参加する子達のためにたっぷり準備するとしましょうかね!」
「今回はどれだけのバカたちが参加するのか楽しみだ!」
皆、喜び期待に胸踊らせながら料理人たちが動き出す。屋台を開く為に港やアビドス高校へ走るものに、店に駆け込んで沢山食わせてやると調理を開始する。なかには自分も参加してやると飛び出そうとした人が頭を叩かれてたりもする。
「相変わらず凄いですわね」
「当然よ、アビドス一のお祭りなんだから!」
「えぇ、そうですわね。前回食したアプケロス肉の唐揚げは絶品だったのを覚えていますわ」
「あぁあそこの! 本当に美味しいわよねあそこの唐揚げ! 砂祭りでしか出してないの勿体ない位なのよね」
「あらそうだったんですわね。通りで探しても見つからないわけですわ」
「結構多いのよ、砂祭り限定の料理出してる所。ほら、あそこの串カツ屋が出してる肝串カツなんかも砂祭り限定なのよ」
「なるほど、それは興味深いですわね」
「…色々案内しましょうか?」
「あら、よろしいので?」
「えぇ、変なことされるよりはそっちの方が良いと思っただけ。だからその縄しまいなさいよ」
「そう言うことでしたら。えぇ分かりましたわ」
言いながらいつの間にか取り出していた縄をしまうハルナ。正直砂祭りに参加したかったがまぁ縛られるよりはましかと切り替えて、何処を案内しようかと。取り合えず口をさっぱりさせたいから飲み物を買おうかな、なんて思いながら歩き出す。
「…あれ?」
直後に、気になることがあって止まった。
「? どうかしましたか?」
「いや、なんて言うかその」
首をかしげるハルナに、何となく感じたことをセリカは口にする。
「なんか…砂嵐が何時もより大きい様な」
いつも以上の活気に満ちた化け鮫横丁。
そこを一人の少女が歩いていく。
白いドレスの少女は串焼き片手に楽しげに、あるいは愛でるよう人々を見つめ。
ふと、何かに気がついた様に視線を外し…何処かへと姿を消した。