第19話
『アビドス砂祭り』
それはアビドス自治区が誇る、キヴォトスに生きるあらゆる大馬鹿者たちが集う祭典。その言い様に、酷い言い方だと参加者たちは笑いながらも否定はしない。なにせ、正真正銘命がけで巨大龍に自ら進んで挑むのだ。死が遠く、故に重いキヴォトスの住人だからこそ、馬鹿者だと自らを称しているのだ。それで構わないのだと胸を張りながら。
そんな龍に挑む馬鹿者たちを置き去りにするほどに早く動くものたちが居る。そう、商売人である。
「砂祭り限定唐揚げだ! どんどん食ってけ!」「一つくれー!」「アビドス砂漠でしか取れない『ガレオスイカ』のジュースはいらんかねー。さっぱり美味しいから飲んでってー」「いちごのジュースない?」「む、出遅れたか。良い位置が取られているな」「おぉかいざーのお人ら漸く来たね! さぁ早く早く! 食べたくて我慢できないんだよ!」「あなたの未来見通します、手相を見れば見通せます。あ、そこのお方手相占いどうですか?」「いや砂祭りにまで来て手相はいいかな…」「おらおらどんどん作ってけ! このペースじゃ幾ら作っても足りねぇぞおい!」「くっくっく、やはりビールには砂肝ですね」「金魚すくいってのはな、どんな時だろうと楽しいもんなんだよ、分かるかい嬢ちゃん」「いや分かんない」「あったあった、あれが美味しいのよ!」「これは初めてみますわね」
「みなさーん! ルールとマナーはしっかり守ってくださーい!」
ここが勝負所だと張りきる人々と祭りの雰囲気に当てられ財布の紐が緩んでいる人々、それぞれの声が入り交じる喧騒に負けぬ声を奥空アヤネは響かせながら文字通りあっという間に道を埋め尽くしていった屋台の群れを見て回っている。
ごった返す人の波に、凄い賑わいだと先生は溢す。
「ん、今回も大盛況」
言いながらシロコは誇らしげにしながらアプケロス肉を使った特製ケバブにかぶりつく。とても美味しそうに食べるなと思いながらも自分もガレオスイカなる物のジュースを飲みながら人にぶつからない様に気を付けながら進む。
「! んむ…先生、あそこ」
とある店を見つけたシロコがケバブを口の中に押し込み指差しながら手を引く。喉に詰まらせないだろうかと心配しながらも連れられ来たのは『御守り屋』という屋台だった。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。私たち手芸部が精神と一緒に研磨した綺麗な御守りは如何ですかー。御利益は小さいけれどしっかりある御守りですよー」
「ん、来た」
「んぇ? お、シロッチじゃんいらっしゃーい。それと先生もいらっしゃーい、砂祭り楽しんでる?」
その問いかけに勿論と答えながら、珍しそうに並べられたそれを見る。アクセサリーの様に見える御守りと呼んでいたこれはなんなのかと問いかけると。
「御守りは御守りだよ。たまに採掘した時とか大型生物の甲殻の隙間とかから取れるんだよ。磨かないと変な石でしかないけど、しっかり手入れすればちゃんと御利益があるんだー」
これとか、なんて手渡された綺麗な石の様な御守り。それを眺めながらどういう御利益があるのかと聞けば。
「キノコが美味しく食べられる様になるんだよそれ持ってると」
先生は、反応に困った。
「ん、先生の反応も分かる。正直、微妙な御利益の御守りが多い」
「そうそう、なんか火事場? とか意味分かんないのも沢山あるんだよね。あーでもこれとか先生におすすめかも」
言いながらこれこれと別の御守りを手渡される先生。これはどんな御利益なのかと言えば。
「それねー、根性? って言うのが付く御利益あるんだって。正直良く分かんない物の一つだけど、先生はお仕事多いから根性が必要になる機会沢山あるかなーって」
否定、出来なかった。最終的には根性で仕事を終わらせることも多々あった先生はありがとうと言い、しっかりと代金を払って受け取った。ついでにキノコが美味しく食べられるという御守りも一緒に。嫌いなわけではないが美味しく食べられるならその方が良いので。
「毎度あり! シロッチもなんか買ってく?」
「ん、今日は欲しいのが無いから良い」
「そうかいっと、それじゃあまた今度学校でね」
「ん、また今度…あ、そうだ。また新しい御守り見つけたら研磨お願い」
そういえばと思い出した様子でそう言い残し先生と一緒に去っていくシロコ。手芸部の生徒は瞳から光を失った…が、いつもの事なので誰も気にしていなかった。
さてと、次は何処を見ようかとシロコは先生の手を引きながら見渡すと珍しいものを見たように目を丸くした。どうかしたのかと疑問に思いながらシロコが見ている方へと視線を向けると、そこには生徒がいた。
便利屋68の4人である。
「んぐん、ぐ?…はぁ、アルちゃんアルちゃん」
「んも? はにぬふひ? ほうはひはほ?」
「あそこに先生居るよ?」
「んも?! へんへー!? んごぉ!?」
「あ、アル様!? だ、だ大丈夫ですか!?」
「あぁもう、そんな慌てるから。はい社長、飲み物」
「んぐごごごご、んご…ぷはぁ! あ、ありがとう。助かったわ」
手渡された飲み物で喉に詰まった食べ物を流し込み、一息付いた便利屋社長『陸八魔アル』は先程の騒ぎなど無かったかの様に先生の元へ近づいてきた。
「こんな所で奇遇ね先生。まさか会えるとは思っていなかったわ」
そう、アルは言う。口元にソースをくっ付けたまま。
「あ、アル様! く、口元、ソースが!?」
「あらそうな…え!? 嘘でしょう!?」
慌てた様子で『伊草ハルカ』がそう言うと慌てた様子でアルは口元を拭う。恥ずかしそうに頬を赤らめながら。
「せんせー、昨日ぶりだね。調子はどう?」
と、未だに口を拭っているアルの横からひょっこり顔を覗かせた『浅黄ムツキ』に問いかけられ頷く先生。割としっかり眠れたし元気だと。
「ん、先生。便利屋と知り合いだったんだ」
そう問いかけるのはシロコ。かなり意外そうな彼女に頷きながら話す。先日、色々あって便利屋の子達と一緒にとある事件を解決したのだと。ちなみに、その事件とは例の薬草関係だったりする。
「そうなんだ」
「そうなんだー、まぁ私たちは完全に別件だったんだけどねー。それでも先生にはすっごい助けられちゃったよ。あ、所でシロコちゃんが砂祭りに参加してないの珍しいね?」
「ん、先生に砂祭りの案内をしてた。そっちこそ砂祭りに参加してないなんて珍しいけど、なにかあったの?」
首を傾げながらシロコが言うと、なぜかアルの肩がビクンッと跳ねた。
「そ、それはあれよ。こう決して人には伝えられないようなそういう」
「船が壊れたから参加できなかっただけ」
「カヨコー!?」
「別に秘密にするような事ではないでしょう?」
「いやでも、私たちのクールでアウトローなイメージが!」
「ん? そんなイメージ無いと思う」
「なんですってー!?」
「す、すみませんすみません! わ、私のせいで!」
「いや違う違うハルカは悪く無いわよ!」
秘密にしようとした事を『鬼方カヨコ』に言われ、さらに追い討ちをかける様にシロコの言葉がアルに突き刺さる。そしてなぜかハルカは謝っていた。
「ん、イメージは兎も角として便利屋の船が壊れるのは何時もの事な気がする」
「そうだねー、うちの船おんぼろだもんね」
「まぁ元は中古の漁船を砂上船に改造しただけのものだからね。普通に使えてたのが奇跡に近いかな」
「あ、あの。やっぱり新しいのを買うべきなのでしょうか?」
「ん、安全を求めるなら新しいの買うべき」
「うぅ、でもせっかく譲ってもらったものだし」
「まぁ買うにせよ直すにせよ今回の砂祭りは不参加確定だねー」
そうなのよね、と肩を落とすアル。どうやら少し前に結構な出費があったそうで懐が寂しかった様だ。落ち込むアルを見て、慰めようとした先生をカヨコが止める。曰く、何時もの事だから気にしなくても良いとのことだ。実際、すぐに気を取り直した様子のアルを見て大丈夫そうだとほっと一息付いて。
パンッ! と音が響く。
何事だと皆が見上げると、そこには真っ赤な信号弾が上げられており。あれはどういう意味なのかとシロコを見ると。
酷く険しい表情をシロコは浮かべていた。いや彼女だけではなく、便利屋の4人もまた緊張した様子で。あれは、なにか不味いのかと聞けば、シロコは答えた。
「ん、アビドス壊滅の危機…」
想像以上に、不味い事が起こっているようだった。
ザワザワと騒がしいアビドス。
何時もとは違う、声の重なりを聞きながら白い少女は変わらず楽しげに、しかし急ぐ様に歩き、進み。
「見つけたぞ」
肩を、捕まれて止まった。
少し不機嫌そうに振り返れば、そこ居るのは『赤衣の男』
「始祖よ、我々がここにいる意味は重すぎることは分かっているだろう。今この瞬間に全てを塗り潰すつもりがないのならば去るべきだ」
その言葉に、分かっていると言いたげに地面に転がる石を蹴ってから仕方ないとため息を吐いてから何処かに向かって歩きだす。
その後ろを監視する様に赤衣の男はついていき、ふいに立ち止まり振り返る。荒れ狂う砂嵐を見つめ。
「死が遠く、故にそれが強く拒絶された世界の幼子たち…か」
「お前たちは老いたる古龍、ただ死に向かうだけの命と…どの様に向き合うのか、見定めさせてもらうとしよう」