「あれ、どうしたんですか。随分とご機嫌ですけど」
「あ、うん! あのね、先生を招待したんだけど、来てくれるって!」
「先生って、あの例のシャーレの先生の事ですか?」
「そうだよー! スッゴい忙しくて休む暇もないって噂を聞いたからアビドスで砂祭りを楽しんで貰ってリフレッシュして貰えたらなって思ったの!」
「確かに、すごい業務量だとは聞きますね…あれでも砂嵐の接近なんて確認されてませんよね?」
「ほえ?」
「……」
「……」
「先輩?」
「ひぃん!」
『アビドス高等学校』
それは嘗て、砂に呑まれ朽ちて行く定めにあった学園。
だったこと等、ある時現れた巨龍によってその定めの方こそ砂に呑まれた今となっては思い至る者の方が稀であろう事は間違いないだろう。
多くの生徒で賑わう学園の今を見た先生がそうであるように。とは言っても、今現在の先生の視線は活気と共にある学園と生徒たちではなく聳える壁に。
いいや、そう思えるほど巨大な生物…龍へと注がれていた。
砂漠に程近い筈にも拘らず不自然と言えるほどに緑豊かなアビドス高校から少し外れた位置にある広場、或は唯一砂漠であるのだと思い出させる砂場に存在するそれは、壁と言ったが寧ろ山と呼ぶべきかもしれないと思いながら。
妙に柔らかそうな腹を空に向けながら気持ち良さそうに寝息を轟かせている『ジエン・モーラン』と言う巨龍を目にして、先生はただただ圧倒され、一言大きいと溢すのみだった。
「ん、アビドス自慢の子。よく寝る子だから元気に成長中」
え、まだ成長中なの? 思わず溢れた言葉にシロコは頷いた。それを見てアビドスに訪れる前にシャーレの仕事を手伝ってくれていた当番の生徒が教えてくれた事に心から納得した様に頷きながら改めて龍を見る。
これが『アビドス砂漠新生態系』の生き物かと。
『アビドス砂漠新生態系』
それは凡そ2年程前に、突如としてアビドス砂漠で存在が確認されたキヴォトスに存在する既存の生態系とはまるで異なる生物群の事である。生態系の頂点である鯨を思わせる姿をした巨龍『ジエン・モーラン』は勿論の事。他多種多様な生物たちは生物とは思えぬほどに皆一様に巨大であり、強靭であった。
今となっては完全にアビドス砂漠に定着していると言える彼らは、しかし存在が確認された当初は唐突に現れたとしか言い様が無く、様々な憶測を生んだと言う。
砂漠と言う環境が生んだ怪物だの。
どこぞの企業が作り上げた兵器だの。
或は、異世界から紛れ込んできたモンスターである、なんて突拍子もない意見まであったらしい。
尚、その意見ないし噂話を聞いた当時を知るアビドス高等学校の生徒たちは、なぜか皆曖昧な笑みを浮かべるばかりだった、とか。
「それじゃあ、行こう先生」
こっちと、ジエン・モーランの近くで何かを拾っているアビドス生徒たちがこちらに気付き振られた手に軽く振り返しながら校内へと向かうシロコに着いていく先生。
「んぉっすおはよ」「あ、先輩おはよー」「頼まれてた装備の修理終わりました」「おーありがとう、あとで確認するから部室に置いといて」「素材が足りないよぉー!」「クエー!」「誰かー、新作の味見おねがーい」「お、いいね食べる食べる」「んー? なんかこの盾の収まりが悪いな」「もっと軽いのにします?」「あれ、今日の目標なんだっけ?」「ちゃんと確認しときなさいよ」「キノコうめぇ!」
「砂砂砂砂研磨研磨研磨石石石いしぃー!! もういやー! 自由とふわふわ求めてあいきゃんふらぁーい!」
「ぶ、ぶちょー!?」
「んぉ? あーみてみてーまた手芸部が飛んでるー」
「ほんとだ、風物詩だねぇ」
わいわいがやがやがっしゃーんんぎゃっすじゆうだーぶちょうがにげたぞつかまえろーあっあっおーう。
声が、校内中から聞こえる。
寂しさと静寂とは無縁だと言わんばかりに砂漠の熱にも負けぬ活気が校内に満ちていた。右に左にと忙しく、しかしそれ以上に楽しげに動き回る生徒を見て良い学校だと、素直に思い言う。
聞こえたのだろうシロコは小さく、ん、とだけ嬉しそうに溢した。
「ん、ここ」
しばらく歩き、時おり生徒たちからの挨拶に挨拶を返しながら辿り着いたのは『巨竜対策委員会』と書かれた張り紙のある教室。迷い無く教室へと入っていくシロコに続いて先生も足を入ると、人影が三つ。
一人は桃色の長髪を纏めた小柄な生徒。
一人は困った様子のメガネをかけた生徒。
そして一人は、『私は駄目駄目な留年生徒会長です』と書かれた札をぶら下げながら正座させられている生徒だ。
「あ、おはようございますシロコ先輩」
「ん、おはようアヤネ、ホシノ先輩とユメもおはよう」
「おはようシロコちゃん」
「おはようシロコちゃん! 出来れば呼び捨ては」
「あぁん?」
「ひぃん、ごめんなんでもないです…」
ユメと呼ばれた生徒がホシノと呼ばれた生徒に睨まれ縮こまる姿を見た困ったように乾いた笑いを溢すアヤネという生徒だ。
とりあえず、どういう状況なのか気になるところ。
「あ、すみませんこんな状況で。私は『奥空アヤネ』と言います。えっと、シャーレの先生でよろしいでしょうか?」
という問い掛け頷いて見せると困ったように笑みを浮かべるアヤネ。
「来るのを知っていたの?」
そう、横からシロコが問い掛けると答えたのホシノという生徒だった。
「知っていたというか、予想していたって感じだね。シロコちゃんが見知らぬ大人と学校に向かってきてるって話が来てたから。あぁ、私は『小鳥遊ホシノ』。ここアビドス高等学校の生徒会副会長兼巨竜対策委員会の会長もしてます。で、こっちのアホアホポヤポヤなのが」
「アホポヤ…あ、おほん! アビドス高等学校生徒会会長の『梔子ユメ』です。よろしくね先生!」
「あ、なに勝手に立とうとしてるんですかまだ許してませんからね梔子生徒会長」
「よ、呼び方に距離を感じる。ほ、ホシノちゃーん、何時もみたいに呼んでほしいなーって」
「じゃあ考えなし先輩で」
「ひぃん! 悪化しちゃった!?」
ひぃんひぃんと独特な泣き方をするユメを見ながら結局どう言うことなのかと先生は訪ねると、アヤネが少し申し訳なさそうに訪ねてきた。
「えっと、その前に一つお尋ねしたいのですが。間違いでなければ先生はアビドスの祭りに参加しにいらしたのですよね?」
その通りだと頷く。確かに自分は祭りに、『アビドス砂祭り』に招待されたのだ、今現在正座させられている生徒会長である梔子ユメに。言いながら送られてきた招待状でもある先生宛の手紙を取り出して見せると。やっぱりかとアヤネは肩を落としシロコとホシノは申し訳なさそうに視線を下げ、招待した筈のユメは視線が盛大に泳いでいた。
なにか問題が起こっているのだろうかと思っていると。
「えっとですね、先生。一から説明しますが、そもそもアビドス砂祭りと言うのは特定の時期に開かれる類いのものではないんです」
「そもそも、正式には祭りって言うのも違うからね。ちゃんとした名前は『砂漠遊泳型巨龍撃退作戦』だったし」
「ん、軍事作戦」
それは知っている。とある生徒から色々教えて貰っていたから、しかし巨龍の迫力や巨龍から採集できる素材の数々が計り知れないほどの価値あるものであったゆえに学園の垣根を越えて様々な生徒たちのみならず大人たちまでが集い、まさしく祭りと呼ぶに相応しい賑わいを見せると。
「うん、それは。絶対先生にも楽しんで貰えるって胸を張って言えます」
微笑みながら言うホシノはしかし直後に再び視線をずらし。
「ただその、内容が内容なだけに祭りのメインである巨龍が、ジエン・モーランが近づいてこないことには砂祭りもなにも無いわけで…」
「さらに言えばジエン・モーランはその巨体ゆえにただ砂漠を進むだけで大規模な砂嵐を巻き起こしてしまい、そのせいで砂嵐の中心に近い場所には居る程度にしか位置把握が出来ない状況でして」
「要するに、何時開けるかも分からない祭りに先生を招待しちゃった訳です。このぽやぽや先輩が」
「ひぃん、だってシャーレの先生が生徒のためにすごい頑張って大変だって聞いたから少しは楽しんで貰いたいなって」
「だったらちゃんと確認してくださいよそんなんだから考えなし先輩なんですよ!」
「ひぃんごめんなさい!」
謝罪の言葉口にするユメと自分もまた色んな生徒の相談を受けては解決してととても忙しくしていると言う事を聞いていたので申し訳ないと頭を下げるホシノに別に構わないと返す。確かに祭りに参加できないのは残念だが別に機会がこれから先ずっと無いと言うわけでもないだろう。少しでも生徒と触れあいたいと思っていたし、祭りも出きるときに改めて楽しませて貰うことにすると。
「それじゃあその時は今まで以上に最高の砂祭りにしてみせますよ! ね、皆!」
「はい! 『アビドス砂祭り管理委員会』の一人としてこの奥空アヤネ。全力で楽しませて見せます!」
「えぇ、その時はちゃんと確認させますので安心してくださいね先生」
「ひぃん」
「ん」
それぞれの言葉に頷き、ぐっとサムズアップして見せたシロコにサムズアップを返す。
「…そう言えば先生。この後の予定は?」
と、ふと疑問に思ったのかそう問いかけがシロコから投げ掛けられる。緊急のなにかがない限りは特には無いと告げる。
「ん! ん! ん!」
手をあげ軽く跳ねながら主張を始めるシロコ。
「それなら私にアビドスを案内させて欲しい」
先生にとって嬉しい提案だが、良いのかと問い掛ければ、ん! と返され。
「私も今日は急ぎの用事はないから大丈夫。それよりもこのままだと先生のアビドスでの思い出がジエンくんのお腹とフェイク団の躍りと鳴き声だけになっちゃう。それは、嫌だから」
「それは確かにそうですね。あと、フェイク団の件について詳しく」
「ん、ジャギィ分派の子達が先生を取り囲んで踊ってた」
「なる程ー」
「うへぇ、またあの子達かぁ」
しょうがないなぁと言わんばかりによいしょと溢しながら動き、ショットガンを手に取る。
「…ちょっと行ってくる」
「はーい、いってらっしゃいホシノちゃん!」
「お気をつけて」
「ん!」
「はいはーい」
言いながら軽く手を振りながら教室を出ていくホシノに尋常ではない圧を感じた先生は思わず程ほどにしてあげて欲しいと伝える。
「……善処しますね」
しばしの沈黙の後の言葉にこの先の事を何となく察してしまった先生は、ただ生徒の無事を祈るのだった。
良い概念はどんどん広がるべきだと思う今日この頃。