龍の起こす嵐が生徒の人生を変える事位、容易な事だろう。
トリニティのゲストハウス。資料室にて浦和ハナコは報告書片手に難しい顔を浮かべていた。
結果から言うと、岩の涙は『マカライト鉱石』と呼ばれる現状アビドス砂漠の一部でのみ採掘が可能とされているものを宝石の様に磨き上げただけのものだった。
植物の類とは違い、鉱石の類は珍しくはあるが別にアビドスからの持ち出しそのものが禁じられているものではない。その上、自慢した生徒自身も普通にアビドス自治区に出向き購入したとも言っていたし、確認も取れている。密漁とは関係ないことだと判断して良いだろう。
が、しかしだからと言って問題が解決したわけでは無く。現状確認されている問題が…二つ。
一つ目は発見されたバサルモスの死体に関して。
これは単純な縄張り争いの結果であると判断された。問題はバサルモスに勝利しただろう生物が未知の存在である可能性が高く、また行方が知れないという点だ。純粋にバサルモスに勝利出来るほどの生物が何時何処に出現するか分からないというのは極めて危険だ。
まぁこれに関してはいい。分かることが少ない現状警戒しながら調査を進める事以外に出来ることが無い。故に考える事はそうはない。
本当に問題なのは二つ目。バサルモスの密漁自体は行われていた点だ。
それが発覚した理由が、トリニティで何故かアビドス産の鉱石や素材を使用した装飾品の類が流行していたからだ。どうにも岩の涙を購入した生徒もまた、いわば流行に乗っただけだったわけだが。その流行具合が異常と言えるレベルだった。アビドス産の装飾品を所持していないのは恥ずかしい、なんて話まで聞こえてくる程だ。
多くの生徒が何処かおかしいとは思いながらも言い出せず、どうにか貴重なアビドスの装飾品を、さらにより質の良いものを手に入れようと動き、そこに需要を見出だした者が密漁に走った。といったところだろう。
言ってしまえば、今回のモモフレンズグッズの転売を行っていた組織を潰した帰りに行きつけの店を覗いたヒフミが見つけた密漁されたバサルモスの素材は、氷山の一角でしかないのかもしれない。
「…思っていたより、根が深いのかもしれませんね」
ボソリと呟きながら弱くテーブルを叩きながら考える。
幸いと言うべきか、密漁の大半が失敗しており成功した者もしんどすぎて割に合わないと皆次はしないとはっきり宣言している事。そしてカイザーの件や薬草騒ぎもあってブラックマーケットの主要な企業やグループが積極的には関わろうとせず、逆にアビドスに貸し借りが作れると手助けに動くものすらいる状況にある。
積極的に密漁を行おうとしているのは後がなかったり、或いは先が見えていない不良や中小企業位のものだ…例の薬草騒ぎの時と同じで。
黒幕、そう呼ぶべき何者かがいる。
だが、それ以上の事が分からない。情報が少なすぎる上に、分かっている情報も正確か判断できず、また相手がわざと提示したものである可能性もある。考えられる目的も、多すぎて絞り込めない。だが、確実に言えるのはその何者かによってアビドスが荒らされているという事。
その事実に気がついたハナコは、苛立ちを表すようにテーブルを荒く叩き…ため息を一つ。
どうにも、掌で踊らされてる感じがあって気分が悪い。気持ちを落ち着かせるために深呼吸をし、その上で冷静になるためになぜこうも苛立っているのかを考える。
根本的に、なぜアビドスが荒らされて気分が悪いのか。アビドスの生徒であったなら分かるが自分はトリニティの生徒だ。どれだけここの居心地が良くてもそこは変わり無い。そもそも、初めて来た時は拐われてきたのだ。
『君が、噂の浦和ハナコちゃん?』
『え、あ、え、あ、は、はい、そうです、けど』
『よろしい! 確保!』
『『アッアッオーウ!』』
『え? いや、え? えぇぇええ!?』
とまぁこの様に、当時はまだ手作り感満載のジャギィフェイクを被った『新生態系生物愛好会』…後に『ジャギィ分派』なんて名乗り始める先輩たちに頭脳労働要員として連れてこられたのだから幾ら当時トリニティで息苦しさを感じ始めていたとは言え、好印象など抱きようが無い筈だったのに。
その後、すぐに自然公園へと向かうことになったのも覚えている。
『あ、暑い』
『ほんとにね! あ、これ飲むと幾分ましだよ』
『あぁ、どうも…はぁ』
『落ち着いたみたいだからさっそくジャギィたちの生態観測! と行きたいけどここら辺では姿が確認されてないからアプケロスの観察に変更!』
『いや、なん…えぇ?』
死ぬかと思うほどの暑さと、全くの未知の生き物たちとの出会いも忘れようがない。
忘れられないと言えば、始めて砂祭りに参加した時の事。まだまだ拙い技術で作られていた砂上船が壊されそうになるわ、ろくに素材は手に入らないわで散々な目にあった。
『結局手に入ったのはこの鱗一枚…誰が貰う? 多数決で決めるならあたしがおすすめだ! なぜならリーダーだから!』
『ねぇ、砂上船から落っこちて死にかけてた人がなんか言ってるよ』
『本当ですね。私の機転がなかったら船壊されてた人がなにか言ってますね』
『すみませんでしたぁ!』
そう言って土下座した先輩に奢って貰った柴関ラーメンはとても美味しかった。それこそ今まで食べた料理の中で一番と言えるくらいに。
他にも、色々と大変な思いをした。
『まさか、あの新生態系の生き物が人に懐くとは』
『驚きだね☆』
『てっきり、懐くことはないと思ってました』
『そうだね…あれこれもしかしてジャギィも頑張れば懐いてくれる? ちょっとジャギィの巣に行ってくる』
『はい?』
『いやなに言って、ちょっとマジ? あ、待って待ってマジで行く気だこいつ!? ちょ、ハナコちゃん止めるから手伝って!』
『は、はい!』
馬鹿みたいなことをしようとする先輩を頑張って止め、ガチギレするクルルンを眺めたり。
『あはは…えっと、今なんて言いました?』
『ペロロよりジャギィの方がかわいいっていう事実を言っただけだが?』
『は?』
『は?』
『こんにちはー☆ クルルンさんじょ…おっと用事を思い出したじゃんね☆』
『待ってください。本当に待ってくださいミカ様っ! 一人にしないで下さい!』
『クルルンじゃんね。あとすっごい嫌』
幾度となく仁義無き争いに巻き込まれ…最終的にどっちもかわいいよね! で、話が終わる事が分かってから放置するようになったり。
『やばい、まじやばい。具体的に成績がやばい。アビドスで生態調査しかしてないからこのままじゃ留年してしまう!』
『あはは…まぁ、でしょうね』
『よし、勉強しよう…皆で!』
『皆で!?』
勉強して。
『んー、天気悪いなー。これじゃ今日の観察はやめといた方が良いかな?』
『砂漠の雨は危ないですからね』
『と、なると今日の予定が丸々空いちゃうね…あ、そうだカラオケにでも行かない?』
『良いねミカちゃん! それ採用!』
『クルルンじゃんね』
遊んで。
それから、それから…楽しい事が、沢山あった。
「…ふふふ」
思わず、笑みが溢れた。
思い返してみたら、自分は思っていた以上にアビドスでの日々が大好きだった。そう言えば何度か真剣にアビドスへの転校を考えた事があったなと、まぁ仕事の量が尋常ではない事が分かっていたのでやめたのだが。だが、納得がいった。
楽しくて、大好きで、大切な思い出が沢山ある場所が荒らされたというなら苛立たしく思って当然だ、と。
軽く、頬を叩き気を取り直す。これ以上、大切な場所を荒らされて堪るかと改めて報告書や資料を手に取り。
「あ、ハナコちゃん! ここに居たんですね」
「? あらヒフミちゃん、どうかしました?」
といったところで、資料室に顔を出したのはヒフミ。どうかしたのかと首を傾げて見せる。
「あの、ハナコちゃんに用があるって人たちが来てますよ」
「私に?」
さて、誰が来たのだろうかとハナコは軽く片付けてから応接室に向かうのだった。
そして。
「えっと、なんて?」
「ですから、ダイエットしにきました」
「馬鹿なんですか?」
眼前に居る『正義実現委員会』の副委員長たる『羽川ハスミ』の言葉に、思わずそう言ってしまったのだった。
・ジャギィ分派。
キヴォトス中にジャギィの良さを広げる事を目的として居る集団。元は新生態系生物愛好会だったのだが、ジャギィに魅せられた結果、変な方向に突き進んでいる。実はリーダー等の中心人物がトリニティの生徒で、無駄に資金力があるので結構扱いに困ってる人が多い、がそんなもの知らん迷惑かけるならしばくとアビドス生徒に良くボコボコにされている。まぁ、よくあることである。
最近、ファウストとのペロロジャギィかわいい論争を引き起こし研究のために訪れていた山海経の練丹研究会が巻き込まれた結果、訪れていた会員がモモフレンズマスクやジャギィフェイクを被るようになり。
なぜかティーパーティに感謝状が届くと言う珍事を起こしていたりする。
あと、いろんな意味で馬鹿が多い。