銃口を向けられ、悪意や敵意と相対するのは慣れたものである。
第37話
血が、地面に流れ落ちる。
「お、ごォぇ…っ」
塊となった大量の血が口から溢れ、地面を赤く染める。こんなに血を流したのは何時以来だったか、もしかしたら初めてかもしれないな…なんて何処か他人事の様にツルギは思いながら地面を見ていた。何時も生傷は絶えないが、それでも珍しい大怪我。重傷だ、直ぐに治るとはいえ流石に放置しては不味い。だが、だからこそ冷静に動かねばならない。
「ツルギッ!?」
そう思っていたら視界の端、叫びながらハスミがこちらに向かって脇目も振らず転がりそうになりながらも走ってきているのが見えた。先程の戦闘時とは違う周囲への警戒のない、何時もならばあり得ないだろう軽率な行動。何をしてる、今どんな状況か分かってるのかと言いたかった。しかし口から出たのは血と細い息だけだった。
ハスミを影が覆う。
視線を動かす。空から巨大な生物が、竜が急降下してきている。危ない、だが体が思うように動かない。視線の先のハスミの動きがやけにゆっくりに見えた。ハスミの反応が鈍い、だから普段からちゃんと運動しろと言ってたのに。なんて事を考えながら無理矢理体を動かし迎撃するために銃を構え。
カクンッ…と膝から崩れ落ちた。見れば、辛うじて一歩前に踏み出せた片足に鱗の欠片が突き刺さっていた。
ダメだ、間に合わない。このままではハスミが…ハスミ、が?
「どっせい!」
思考がそれにたどり着こうとした瞬間、ハスミに一人の少女が突撃。ぶつかった勢いそのままに吹き飛び一緒にゴロゴロと地面を転がる事で竜の強襲を強引に避ける。少しの間地面を転げて、止まって直ぐに勢い良く顔を上げハスミの状態を確認する。
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですよね!? じゃあ早く立ってください余裕ないんで!」
畳み掛ける様に言うだけ言って勢い良く立ち上がる。その姿に余裕はなく、ただ焦りばかり滲ませながら駆けていく先には、一匹の竜。
夕日に照らされたその体躯を黄金の如く輝かせながら抉れた、いいや切り裂かれた地面から余りに鋭い爪を引き抜きながらそれは大きく体を震わせ刃の様な鱗を逆立てていた。
「ギュルラァァアアアアア!」
「おらぁこっち見ろおらぁ! 私の方が先輩たちより、そのぉー…そこはかとなく脅威だぞ!」
咆哮に負けぬように全力で叫びながら威嚇するように構えた盾をガンガンッと叩き音を響かせ乱雑に、ただ意識を自分に向けさせる為に弾丸を撃ち続ける。それでも標的の大きさ故か幾つも当たり、しかし強固な鱗に弾かれただ煩わしそうに身を捩るばかり。
「ギュラァァアアッ!」
しかし意識を向けさせる事には成功していた。ギャリギャリと鱗を擦り合わせながら大きく翼を広げ、これでもかと敵意の込められた視線を向ける。その眼前に、小さななにかが投げ込まれた。
生徒たちにとって見慣れたそれを認識したツルギは反射的に問題なく動かせた腕で目を庇う。
直後に、閃光。
「ギュアァアアア!?」
咆哮とは違う悲鳴を上げながら、強烈な光に竜は大きく仰け反り周囲に見境なく槍を思わせる尻尾を振り回す。急に目が見えなくなって混乱しているようだ。
「こっち! 早く洞窟の中に!」
これも追加だとこれでもかとスモークグレネードを辺りにばらまき周辺を煙で埋め尽くしながらそう叫ぶ。確かに、今この場に残るべきではない。一度立て直すべきだ、正しい判断だと足に刺さった鱗を乱暴に引き抜きながら洞窟に向かおうとして。
「ツルギっ!」
「んぐぅ!?」
勢い良く駆けてきたハスミに抱え上げられた。勢いがありすぎて傷に響くし、血が止まっていないから汚れるぞと思ったが、様子を見るに仮にきちんと伝えられていても止まらないだろうと分かった。故に、下手に抵抗せず、けれど負担にならないように気を付けつつ身を預ける。幸い、洞窟までは遠くない。直ぐに逃げ込めるだろう。
そう思った直後、煙を突き抜けて竜が飛びかかってくる。
偶然か、あるいはなにか目印でもあるかのように、正確に走るハスミの背を狙う竜の爪。迎撃、いや駄目だ質量が違いすぎてそれだけでは止まらない。
「わっしょぶふぇ!?」
盾を構えた生徒が間に飛び込んできた。構えた盾と爪が衝突し、鈍い音を響かせハスミの背に向かって吹き飛ばされる。当然、止まれるわけもなくまた二人はぶつかり吹き飛び…洞窟の中に文字通り転がり込む事となった。
「う、うぐぐ、痛い…って、うわぁああああ!? わ、私の盾に綺麗に穴が空いてるぅ!? 高かったのにぃ!」
「言ってる場合じゃないでしょ! もっと奥に! 早く!」
起き上がりながら、手の中にある盾の惨状に嘆く声を上げて。それどころじゃないでしょうと叱咤されてそうだったと起き上がろうとするツルギを手伝ってさらに奥へと向かう。
「ギュルァア!」
「わ、うわわわ!?」
直後、先程まで居た場所に鱗が突き刺さる。衝撃に髪を揺らされ腰を抜かしそうになるが、なんとか気合いで持ちこたえ奥へ向かう。
「ルゥゥウ…ッ!」
暫く、洞窟の入り口に頭を突っ込み、振り回し壁を削る竜。しかしどうにも入り込むには狭すぎると判断したのか、悔しそうに鳴き声を上げると翼を振るい空へを飛んでいった。
「…行った?」
「多分」
暫しの間を置いてから去った事を確信して息を吐く。が、気を抜けるような状況ではない。何せ重傷者が居る。
「ツルギ委員長! 大丈夫、ではないですよね! 急いで手当てをします!」
「ツルギ! ツルギッ!」
「ゴホッ、おぇ…落ち着け、ハスミ」
壁に背を預けた状態のツルギは、普段では考えられないほど取り乱しすがり付いてきているハスミにそう言葉をかける。と、回復薬と包帯やガーゼを取り出していた生徒がこれでもかと驚く。
「うぇ!? ツルギ委員長なんで喋れるんですか!? 明らかに肺がやられてるのに!?」
「治った」
「いや、そんな事…治りかけてる!?」
人外を見るような視線を向けられ、ちょっと違う場所が傷ついたツルギ。まぁ何時もの事だと思いながら立ち上がろうとして、力が入らず崩れ落ちる。そして今さら傷があることに気がついたと言わんばかりに体が痛みを発し始めた。普段ならばもう完治してただろうに、やはり傷が深すぎたと痛みに耐える様に歯を噛み締める。
「く、ぐぅ…っ!」
「あぁもう動かないで下さい。治療しますから!」
「いいや、大丈夫だ」
「大丈夫な訳ないでしょう!」
強くはっきりと叫びながら力ずくで座らされる。やはり力が入らないなと思いながら全くもうと怒りながら慣れた手付きで治療を始めながら、言う。
「委員長はさっき、危うく死にかけたんですよ!?」
生徒たちにとって、殺し合いは非日常であり異常事態である。
狩りという命を奪う行為をなし、確かな殺意と共に命を奪いうる刃を向けらる。そんな慣れぬ生きるか死ぬかのどちらかしか選べない生存競争の場は…少女たちの精神と肉体に尋常ではない重圧を感じさせていた事だろう。