『アビドス砂漠自然公園』
そこは広大なアビドス砂漠の一角にしてアビドス新生態系の生物たちが住まう領域の中でもっとも人類の生存域に近い場所。果てなく続く砂原と壁のごとく聳える砂嵐を横目に、とある生徒はここを『自然と人類の境界線』と呼んだとか。
【シロコ先輩、聞こえますか?】
「ん、感度良好」
遠い砂嵐を眺めながら通信機越しに聞こえる後輩の声に応え、同時に感謝を述べる。
「急だったのに手伝ってくれてありがとう」
【いえいえ、私は問題ありません。寧ろ急に狩りに出る事になったシロコ先輩の方が心配です】
「大丈夫」
言いながら愛用の自転車から固定してある二丁のアサルトライフルの内の一つを手に取る。狩猟専用装備としての改造が施されている通常のものより重量のあるそれを持ち、構え、ストックで軽く殴る様に振る。込められたこれまた専用の弾丸を確認。そして頷きながらプカプカと傍らで浮遊している狩りの補助してくれるドローンにつけられたカメラを通して見ているだろう後輩と先生に向かってサムズアップして見せる。
「ん、万全」
【そうですか。それでは改めて確認します。今回の狩猟対象はクンチュウです、依頼内容から凡そ五体を討伐、採取をすれば問題無いでしょうからそこを達成ラインとします】
「了解」
それでは出発と言うシロコに、先生は一言。
頑張って、と。
今まで自分がしてきた事柄から大きく解離している、だから有効な手伝いが出来ないだろうと理解したゆえ、ただ応援を送った。慣れているだろうシロコにとってたいした事ではないのかもしれないが、それでも言葉だけでもと。
「ん!」
それに応えるように力強く言葉を返した。
短ければ半日、長ければ週間単位で時間をかける狩猟。その拠点となる場、通称ベースキャンプのある岩場から出たシロコは、容赦なく降り注ぐ日の光に目を細めつつ進む。途中、僅かに生えている草を食んでいるリノプロスに見つからないように出来るだけ音を立てず移動しながら向かうべき場所を思い浮かべる。
シロコの居る新生態系の生物たちが息づくアビドス自然公園。広大なそこは特に人類の生存域に影響を与えやすく、また狩猟に適した岩場と砂漠の一部が狩猟許可区画として解放されている。
シロコが向かうのはそのうちの岩場、雨と風の力によって産み出された洞窟の内部である。
今回の目標であるクンチュウは砂漠に生息する生物らしい高い暑さへの耐性を持っている虫である。故に探せばそこら辺の壁に張り付いている姿が確認できるが、流石にずっと炎天下の元で行動は出来ないのか、昼間は洞窟などの比較的温度の低い場所で過ごしている事が多い。故に、そこを見て回るのが確実なのである。
「ん、大当たり」
のんびりと寛いでいるアプケロスたちの横を抜け、とりあえず一か所目とキャンプから一番近い洞窟を覗き込み、危険な生物が居ないことを確認してから踏み込み辺りを見渡せば目当てのクンチュウが壁に張り付いていた。黄色に近い体色のダンゴムシか、丸っこい海老のような見た目のそれが…4匹ほど。
「…ん、惜しい」
あと一匹居ればここだけで済んだのにと少しばかりがっかりしながら、まぁ仕方がないと気を取り直して武器を構える、のではなくそこら辺に落ちている石の内の一つを拾い上げ。
「ん!」
力一杯に、投げた。ヒュゴゥッとそれだけで威力を察する事が出来る風切り音を立てながら突き進む石は綺麗に壁に張り付いていたクンチュウの内の一匹に命中、鈍い音と悲鳴の様な甲殻の軋む音を響かせながら壁から剥がれボトリと地面に落ちる。
そこから手早く流れるように接近し、ひっくり返り上手く動けずバタバタと暴れるクンチュウの柔らかな腹部に向けて接射。一発、二発。衝撃を受け地面を滑り転がるクンチュウその後すぐに、動きを止めた。虫らしく、ピクピクと痙攣はしているが、確実に仕留めた事をシロコは確認し。
ひょいと、横に避ける。
直後先程まで立っていた場所を転がっていき、そのまま止まる前に壁にぶつかりひっくり返る。自分達が攻撃されていることに気がついたクンチュウたちが壁から降りて転がって突進してきたのである。
もっとも彼らにとって残念なことにそうなることを予測していたシロコがあらかじめ自分に突進してくれば壁にぶつかるように考えて動いていたので、ただ隙を曝すだけの行動でしかないのだが。
「ん、入れ食い」
無駄なく最低限の動きで向かってくるクンチュウを避け、曝された弱点に弾を撃ち込んで行く。するとあっという間にクンチュウ4匹の討伐完了である。その手際の良さに、おぉ凄いと先生も思わず称賛の声と拍手を送る。
これにはシロコもふんすと自慢げである。
それからさてととクンチュウに向き直る。狩っただけで終わりではないのだ。カチカチと腕に装着してあるデバイスを操作すると、傍らに浮いていたドローンの一部がカシュッと音を鳴らしながら開き、そこから素材採集用のナイフが飛び出す。
ナイフを受け取ったシロコはクンチュウに近づき慣れた手付きで解体し甲殻を剥ぎ取っていく。
4匹全てから剥ぎ取り終わり、数える。予想通り後1匹狩れば足りる事を確認し、素材をドローンの収納スペースに押し込みナイフもまた内部に収納する。これでナイフの洗浄研磨までしてくれるのだから便利の一言につきる。
流石はキヴォトス一の技術を持つミレニアムサイエンススクールの製品だ、性能が違う。でも正直自爆機能は要らない気がするシロコだった。
「ん、あと1匹」
手早く済ませようと気合いを入れ直す。残り1匹、されど1匹。こういうときに限ってその最後が見つからず其処ら中を駆け回る羽目になることだってあるのだ。油断せずに確実にと洞窟から出て。
なにかに気がつき、すぐに洞窟に戻り身を隠す。
見ていた先生はどうかしたのかと問いかけるより前にアプケロスたちが慌てたように何処かに走り去っていく様子が見え、直後にそれらが姿を表した。
それらが『ジャギィ』と呼ばれていることを先生は教えられていたので知っていた。
先程までアプケロスが居た場所で2体のジャギィが何かを確認するように鳴き合う姿に、あの時の子達って凄いクオリティ高かったんだなと続くように現れたそれに驚く。
単純に大きかった。
『ドスジャギィ』と呼ばれる群れのボス。少なくともジャギィの倍はあるだろうその個体は力を示すかの様な一際大きな特徴的な襟巻きを思わせる部位揺らしながら辺りを見渡し、小さく鳴いた。
画面越しに見ているだけの先生は、しかし言い表しがたい緊張感を感じ思わず唾を飲む。シロコもまた武器を握り直し油断なく息を潜めながらドスジャギィたちを見ている。
と、遠くからジャギィの鳴き声が響きそれに反応したように見合った後ドスジャギィが大きく鳴き、ジャギィたちを引き連れて何処かへと走り去っていった。
「…ん」
ドスジャギィたちが姿を消して暫くしてから改めて洞窟から出るシロコ。走り去った方向を見ながら、問いかける。
「アヤネ、ここら一帯にドスジャギィは」
【いえ、最近は確認されていません。新しく生まれたのか、もしくは他地域から狩りに来たのかと。注意してください】
「ん、分かった」
言ってほぐすようにてを振りながら息を吐くシロコに先生はドスジャギィを狩りに行くのかと問いかければ、緩く首を振って否定する。
「少なくとも、今すぐは狩らない。確認されてる群れの数もなにか異常が無い限りは市街地に向かってくるほどじゃない。狩りに来ただけならなおのこと。寧ろ狩ったことでなにか異常が起こる可能性の方が今のところ高い」
詰まり要監視観察。自分の行動がどのような結果に繋がるのかを考えているシロコの発言にその通りだと先生は納得する。生態系と言うのは複雑で、害あるものの数を減らせば良いというわけではなくその逆もまた然りなのだ。
そこまで思い至った所で、自分が変に手に力がこもっている事と、この場に居る誰よりも緊張していたことに気がつき、少し恥ずかしそうに頬を染めながら謝罪する。
「ん、仕方ない」
【はい、よくある事なのでお気になさらず】
そう返された先生は、ふとそう言えばクンチュウは狩って大丈夫なのかと今さらに疑問に思い問いかけると、シロコが凄い顔をしかめながら答えた。
「ん! 問題無い、寧ろどんどん減らすべき」
【あ、はは…流石にそれは良くないですが。えっとですね、クンチュウに関してはなんですが現状アビドス砂漠に生息している生物にクンチュウを積極的に捕食する個体が確認されて居ないんです。結果、天敵が居ない為か放置すると繁殖しすぎて市街地に良く侵入してきてしまうので積極的な狩りが推奨されているんです】
「ん、良くサイクリングの邪魔される。絶対に許さない」
【今月だけでも3回ぶつかられてますからね、シロコ先輩】
凄まじい怨みを滲ませるシロコ。何となくそれで良いのかと先生が問いかければ力強く返される。
「ん、クンチュウは別!」