アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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第48話

 樹海、それは生命の坩堝。砂漠ではまず感じられない纏わりつくような湿り気を帯びた風は、強弱だけでは成り立たぬ複雑な生存競争が繰り広げられている事を強く感じさせた。

 

 具体的に言えば、虫の種類の多さという形で。

 

「ん、凄い虫の数」

「だねー。しかも見たこと無い種類ばっかりだー…虫避け、ちゃんと効いてると良いけど。毒虫に噛まれませんよーに」

 

 辺りを飛ぶ羽虫に若干苛立ちながらも興味深そうに始めて見る虫を眺めるシロコと、その横で呟きながらも未知の虫に目を輝かせながら写真を撮っている新生態系観察部に所属する少女。

 

『あぁー、そう…だね。シロコちゃんなら、いやでも行くにしても一人では流石に駄目かなぁ? 樹海という見通しの悪い場所を進む訳だし』

 

 と、ホシノが考えながら溢したその言葉に、それなら僕がついてくー、と名乗り出た彼女と共に、二人が樹海の先に聳える岩山の調査を担当する事となったのだ。とは言っても本格的な調査をしに行くわけでは無く、ただあの岩山の正体が本当にダレン・モーランなのかを確認しに行くだけなのだが。

 

 それでも危険で、同時に心踊る冒険であった。

 

「あ、あれカブトムシに似てるー」

「ん、かっこいい…妙な迫力があるけど」

「だねー」

 

 我こそ王者、とでも主張するように巨樹の幹で佇むカブトムシに似ている昆虫を撮る少女はとても満足げである。本音を言えば、腰を据えてしっかり調査したい欲もあるがそれはそれ。これから幾らでも機会はあるだろうから今は連続する初めましてを存分に満喫しよう、そう思う少女の横でなにかを探すように辺りを見渡すシロコ。

 

「んぇー? どしたのーシロコちゃん」

「ん、また『あれ』が居た気がする」

「おー、またかー」

 

 何処に居たのかと問われたシロコはこっちと指差し、そのまま案内するように前に出て進む。後ろを見てはぐれてない事を確かめつつドローンから取り出したナイフで邪魔な蔦や枝を切りつつ暫く歩いていると壁に辿り着く。何があってこんなシロコ達の身の丈を越えるそれが生まれたのか興味はあるが、今はそれ以上に気になるものが二つ。それは壁に何かによって付けられた深い傷跡。

 

 そして、その傷跡に群がるシロコ達にあれと呼ばれていた蛍のように光りを放つ虫の群れ。

 

「相変わらず綺麗に光ってるねー」

「ん、ピカピカ」

 

 そんな事を言いながら二人が近づくも優しい緑色の光りを放つ虫は傷跡から離れる事無く周囲を漂っている。逃げること無く、だからと言って二人に纏わりつくこともしてこないそれを横目にシロコは壁に残っている傷跡に軽く触れる。

 

「…やっぱり。これも、多分今までのと同じ大型生物の」

「今回で3ヵ所目だねー、砂漠ではあんまり見られてないものだけどなにかのマーキングなのかなー? 牙か爪辺りで付けてるのかなー?…けど、うん。それ以上にこの虫が興味深いねー」

「ん、大型生物の傷跡に集まってる?」

「これで集まるのが傷跡だけなのか、それとも痕跡全般なのかで随分と変わってくるねー…なんで集まってるんだろー?…ここに残ってるなにかしらを餌にしてるとかー?」

「分からない」

「だねー、要研究対象だー」

 

 と、ご機嫌な様子でドローンから折り畳み式虫取り網を取り出し。

 

 

 直後に、虫達が勢い良く周囲へと散らばった…放っている光を痛々しさすら感じる赤色に変えながら。

 

 

「んぇ!? なんだー? もしかして捕まえようとしたからー? もろ警戒色ー」

「…違う」

 

 残念そうにしながら網を片手にそう溢す少女に、シロコは否定するように言葉にする。どう言うことかと視線を向けると、彼女はその特徴的な狼耳を忙しなく動かしていて。なにかが起こる、いや居るのだと認識し手早く網をドローンに押し込み周囲を見渡し耳を澄ませる。

 

 シロコの耳がピンッと立つ。捉えたのは、なにか大きなものが樹木を踏み潰す音。

 

「こっち!」

 

 短く、だがはっきりと告げられた言葉に従い出来るだけ音を殺して走り樹木の隙間に二人は体を滑り込ませ息を潜める。

 

 暫くしてから樹木の間から顔を覗かせるのは、強靭な四つ足の…竜。

 

「…あれって」

「うん、間違いなく『ティガレックス』だねー」

 

 声を殺しながら、視線の先の竜…ティガレックスを注視する二人。人の肉体どころか戦車すら切り裂き噛み千切ってしまえるのではと思わせるほどに凶悪な爪を地面に食い込ませ牙を覗かせながら歩くティガレックス。数こそ少ないが自然公園でも姿が確認されている生物で、今までに二回あった狩猟にシロコも参加した事がある。

 

 が、間違っても今のシロコ達二人だけで相手できる存在ではない。

 

 緊張を表す様に息を呑む。バレて襲われたならどう逃げるべきか、煙幕の類いは有効だった筈と懐のスモークグレネードに手を伸ばしながら静かに様子を観察する。

 

 そしてティガレックスはと言えば、壁の手前までゆったりとした調子で歩いていくと…不意に立ち止まりなにかを確認するように鼻を鳴らす。

 

 匂いでバレたかと足に力を込める二人。

 

 しかし、そんな様子になど気がつくこと無く少しばかり周囲を見渡したかと思えば勢い良く爪を壁に食い込ませ一気に駆け上がって行ってしまった。

 

「…ん、もう大丈夫だと思う」

「ぶへぇー」

 

 暫くして、シロコはそう言いながらふっと息を吐きながら少し緊張を緩める。正直生きた心地がしなかったと少女も盛大に声と一緒に息を吐きながら座り込む。

 

「…あの傷ってティガレックスが壁を登った際に出来たものだったんだねー」

「ん、正直意外だった」

 

 そう、言い合う二人。実際記憶が正しければセルレギオス程ではないにしろそれなり以上の飛行能力を有していた筈。あの位の壁なら飛べばすぐなのに…なにか理由があるのだろうかと考えを巡らせていると、少女があっと声を溢した。

 

「どうしたの?」

「いやさー。安心しちゃってたけど良く考えたらティガレックスが移動した先って僕たちの進行方向と同じだったよねー」

「…どうしよう?」

 

 首を傾げながら再びティガレックスの爪痕に光る虫が集まっていくのを見ながら二人して考えるのだった。

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