「うむ、これでやっとまともな防護手段を手に入れられた…が、ふむ」
「ぐぅぉー!」
「んぎゃー!? 理事ー! 助けてください理事ー!」
「…まずは盾の使い方の学び直しから始めるべきだったか。あと元をつけろ元を」
「ん! クンチュウ嫌い!」
それが狩りから帰ってきたシロコの第一声だった。
何があったのかと言えば事故にあったのだ。と言っても狩猟中に予期せぬ事態に出会したわけではない。寧ろ狩猟事態は恙無く終わり。途中までは良い狩りだったとご機嫌で自転車を漕いでいた。
のだが、カーブを曲がる際に丁度道路を這っていたクンチュウとぶつかり吹っ飛んでしまったのだ。
その結果、無駄な怪我と、クンチュウの素材が増えることとなったのだった。因みにアビドス内でのクンチュウとの衝突事故はかなり多く、そのせいかアビドス自治区内で乗り物、特に二輪車の類いを利用している人がとても少ないのだとか。あちこちに絆創膏を貼った状態でガジガジと草のようなものを齧っているシロコを横目にアヤネに教えて貰った先生だった。
成程と先生は納得しつつ、もう一つ気になったこととしてシロコが齧っているものはなんなのかと問いかける。
「あ、はい。あれは薬草ですね。呼んで字の如く、薬としての利用が可能な植物なんです。本来は治療薬の材料として使用されるのですが薬草単品でもかすり傷程度であれば十分に治す事が出来るのであの様に直接使用する人も珍しくはないんですよ」
「ん!」
言って、アヤネが説明を終えると同時に見せつけるように頬の絆創膏をとって見せるシロコ。帰ってきたばかりの頃にはあった筈の傷が既に無くなっていた。これは凄いなと思うと同時に、なぜこんなに便利なものが他の場所では見ないのかと疑問に思い聞いてみれば。
「あぁそれはですね。この薬草は、いえ薬草に限った話ではなくアビドス砂漠新生態系において発見されている植物の多くに高い繁殖能力が確認されていまして。下手に他自治区に持ち出し根付いてしまうと既存の生態系に深刻な被害を出す危険性が高いと言う事でアビドス自治区からの持ち出しが固く禁じられているんです…まぁ他にも不良たちの悪用防止も目的に含まれてはいますが。下手に広がると薬草によって助かる人よりも悪用に因って増える犯罪の方が深刻になりかねませんので」
と、そこまで説明を終えた所で急にシロコが立ち上がり。
「ん! 完治!」
見せつける様にポーズを決めるシロコ。その言葉の通り、傷一つ無い。おぉ、と思わず拍手する先生にふんすと自慢げに鼻をならす。
「ん、それじゃあ先生、アビドス案内の続き。時間も良い感じだからアビドス一の観光地に案内する」
「時間…あぁ、成程。確かに良い時間ですし丁度良いですね」
「ん、アヤネも一緒に行こう。今日は臨時収入があったから手伝ってくれたお礼も兼ねて奢ってあげる」
「良いんですか? それじゃあお言葉に甘えて」
それじゃあ準備してきますねとパタパタと早足で去っていくアヤネを見送った先生は時計を見る、丁度夕食時だ。シロコは先生の方へと振り返り力強く一言。
「ん、アビドスのご飯はキヴォトス1!」
アビドスの住人たちにここでもっとも賑わっている場所はと問いかければ皆が皆満面の笑みを浮かべて案内する場所。
それこそがアビドスが誇る食の楽園『化け鮫横丁』である。
鮫と蛙が合体したような不思議な生物が風船のごとく膨らんでいる絵をシンボルとするその場所は様々な飲食店の集う場所。アビドスの新生物、その素材食材を使って料理してみたい、持ち出せないなら移住してでも料理したいと言う極まった料理人が集まった事によって出来たここはどこもかしこも味は基本的に一級品。たまに変なのあるけど。
そんな魅力溢れる店が並ぶ中、先生がシロコたちに連れられて来たのは大きな犬獣人の絵が描かれた看板が目印の『柴関ラーメン』。アビドスに新たな生態系が生まれるより前から店を構えるそこで先生はテーブル席で竜骨ラーメンと言う名の一杯を口にし一言溢した。
ただ、美味しいと。
見た目は豚骨に近いが、違う。どれかといえば魚介の様ないやそれも違うかと思う、なんとも不思議な味だが美味しい、これは確かだ。しっかりとした、けれど柔らかい叉焼を頬張り幾度と無く頷く。今まで食べたラーメンと比べても間違いなく一番といえる味だ。
「んぐ、はふぅ…ん、いつも通り美味しい」
「あったり前でしょうシロコ先輩! 柴大将のラーメンなんだから!」
と、アヤネの同級生で友達だと言う柴関ラーメンでアルバイトをしている黒髪と猫耳が特徴的な『黒見セリカ』という生徒は、ね、柴大将! と声をかける。
「おう、不味いもんを腹一杯食わせちゃ柴の名が泣いちまうからな! 旨いもんを腹一杯食わせてこそよ!」
言って呵呵大笑。好い人だと先生は思いながらメンマを一口。うん、これも旨い。
「今空いているか?」
「あ、いらっしゃいませー!」
何て考えていると入り口から声がして接客の為にかけていくセリカにつられ先生も視線を向けると、知り合いが立っていて思わず声を出す。
あ、イオリだ、やっほ。と、とても軽い挨拶を。
声をかけられたイオリこと、『銀鏡イオリ』は視線を向け少し驚いた表情を浮かべ綺麗な銀髪のツインテールを揺らしながら近づいてくる。
「先生じゃないか。まさかアビドスで会うとは思ってなかった」
「ん、先生イオリと知り合い?」
言って首を傾げるシロコに頷いて見せる。何度か仕事を手伝ったり手伝って貰ったりした仲だと、説明しどうせだからとシロコとなんか黙々とチャーハンを食べていたアヤネに許可を取り相席する事となった。そしてイオリが注文を済ませたのを確認してから、問いかける。
二人は知り合いなのかと。
正直、不思議だったのだ。イオリはシロコたちアビドス高校の生徒ではなく『ゲヘナ学園』というキヴォトスでもトップクラスのマンモス校の生徒だ。確かにアビドスとゲヘナは位置的に近いといえば近いかもしれないが見たところ二人は割と親しげだ。なにか理由でもあるのだろうかと。
「あー、それはだな先生。私、というか私たち『ゲヘナ学園風紀委員会』がアビドスの治安維持の手伝いをしてるからなんだよ」
「ん、何時もお世話になってる」
これまた意外な答えだった。どうしてそんなことになったのかと聞けば。
「そのだな、何回か前の砂祭りの時にうちの生徒がはしゃぎすぎて…アビドス高校の校舎を吹っ飛ばしたんだ」
「ん、ほぼ全壊状態」
凄い派手にやらかしてた。
「で、だ。そのときの砂祭りに私ら風紀委員会も参加してたからって理由で『万魔殿』の馬鹿が『キキキ、風紀委員ともあろう者達が居てこの体たらくとは、これは予算を減らすべきだよなぁ』とか言い出したんだ。で、それが嫌なら責任を取れって事になって。それならとアビドス側からの要請で手伝いをしてるって事」
「ん、私たちはどうしてもアビドス砂漠の生き物達の対処に追われて手が足りなかったから、渡りに船だった。今も足りてるとは言えないけど」
「そう思うならば我々の提案を受けて欲しいものだがな」
と、会話に入り込む別の声。それはまた入り口の方からで店内に良く響いたその声に客も店員も視線をそちらに向けると人影、それは軍服を纏ったロボット市民。
「…ジェネラル」
小さく、シロコが呟く。誰なのかと聞けば元理事の後釜なのだと。彼は武装した部下を連れだって店へと入りゆっくりと見渡すと先生達の元へと近づく。
「我々、カイザーの力があればここアビドスをより確実に守ることが出来るのだと幾度と無く提案しているのだがな」
「アビドスの利権を搾り取る事しか考えてない癖に良く言う」
ぼそりと呟かれたイオリの言葉に、やれやれと肩を竦める。
「手助けをし対価を受けとるという当然の事をしようとしているだけだ。そんな事も分からないのかな君は? あぁ、いやゲヘナの生徒であるのならそれも仕方がない事か」
「実際損得なんて考えてない奴らばっかりだからうちは」
「いやそこは否定してくれ、今後のゲヘナとの取引を真剣に考え直さねばならなくなる」
割と本気で困った様子のジェネラルは、気を取り直してシロコを見る。
「さて話を戻そう。どうだろう、君から我々の提案を受ける様にアビドス生徒会に」
「ん、お断り」
即答だった。彼女に向けて伸ばそうとしていた手が中途半端な位置で止まる。
「話を聞く気も無し、か」
「ん」
困ったものだと呟き。
「ではシャーレの先生はどう思うかな? 大人として生徒を諭すべきではないかな?」
と、視線を向けられ。
それが生徒が望んでいる事、やりたい事であるならば大人として尊重し応援するだけだと。これまた即答した。
「…情報通りの愚か者、か」
しばしの沈黙の後に小さく一言。軽く首を振ると踵を返し外に向かう。
「ちょっと、店にきたならなにか食べてきなさいよ」
というセリカの言葉になにも返さず店の外に出て。あぁそうだと振り返る。
「我々は何時でも手を取る準備がある事はしっかりと理解してくれ。きっと、近い内に必要になるだろうからな」
そう言葉を残し、去っていった。
その言葉の意味を知るのは、凡そ数日後の事だった。