アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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第50話

 広く、深く、そして複雑に広がる渓谷。そこに跨がる様に眠る巨龍、ダレン・モーラン。

 

 アビドス以外では絶対に見る事の出来ない自然のみが産み出せる雄大と、そう表現する他ない光景。それが、一切視界に入ってこない。

 

 少女たちの視線の先にあるのは渓谷の底。深く霧の様なものが立ち込めているが、それでもはっきりと目視することが出来た、出来てしまったそれは。

 

 

 数えきれない程の腐りかけの死体の山。

 

 

「うっ」

 

 谷底から吹き上がる生暖かい湿り気を帯びた風。しかしそれは樹海で感じたそれと違う、生臭さを運んできた。新生態系を日々観察してきたからこそ、そこらの生徒やそれこそ大人よりもそれへの耐性がある。あるがしかし限度というものがあると思わず一歩下がる。

 

「ここ…なに?」

「…墓場」

 

 答えを期待したものではなくただの独り言でしかない言葉に、横で同じく底へと視線を向けていたシロコが答えた。確かに、それが一番しっくり来ると何気なくシロコの方へと視線を向ける。

 

 

 なんか、スッゴい顔をしかめていた。それはもう梅干しとか、そういうレベル。

 

 

「し、シロコちゃん? 大丈夫ー?」

「ん、駄目、臭い、無理」

 

 本気で辛いと全身で訴えかけてくる。正直、気持ちは分かる。というか見えていないが多分自分も同じ様な表情浮かべているのだろうなと。

 

「…帰ろっかー」

「ん、知るべき事は知れたから早く帰ろう」

 

 と、行きとは違い急ぐ二人。まぁ二人ともこの場所をしっかり調査したい気持ちが無いわけではないが、ホシノとの約束云々抜きにしても無理である。ここの本格的な調査にはガスマスク必須だなと逃げる様に立ち去る。

 

 結局二人がこの場に居たのはたったの数分程度。あとに残るのは分からぬ景色と、揺蕩う様に浮かぶ虫たちの優しい緑色の光だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「興味深いですね」

 

 それが、消える。

 

 いつの間にか、佇む人影。じっと少女たちの立ち去った方角を見つめるのは人であって人でなしの異形、一人の…『大人の男性』。

 

「複雑な地形、四方より吹き荒れる突風。かの『千刃竜』でさえも気力なく舞えば呆気なく壁へと叩きつけられ命と共にその身を底へと落とす自然の産み出した…竜達の墓場」

 

「アビドスの変生以来、酷く調子の良い『彼』の様にインスピレーションを得られればと思い足を伸ばして見ましたが…まさか彼女がここに訪れるとは、本当に興味深い」

 

 コツ、コツ、コツリとリズム良く靴を鳴らす。思索を巡らせるように、あるいはご機嫌であると主張する様に。

 

「キヴォトスにおいて禁忌とされる死の満ちるこの地を目にして、沸き上がる感情が少女らしい臭気への嫌悪と…安堵とは」

 

「それは『死の神』としての権能の発露でしょうか? あるいは在り方? キヴォトスにて排斥され…しかし在らねばならぬ死の吹き溜まり。この地を冥府と定め存在が安定したと言うことでしょうか?」

 

 ぐる、ぐる、ぐると思考を巡らせながら続く独り言。

 

「しかし、少女は少女のまま。『恐怖』への反転が成った? そんな筈がない、そうであるならば彼女は止まれない。『崇高』への兆し? そんな筈がない、そうであるならば彼女が『生徒』であり続けられる訳がない」

 

「少女が、『生徒』が『生徒』のまま、嘗ての在り方を一欠片といえど獲得していると? 仮に、であるならば理由が、原因が存在する筈。私たちの『同士』ではない。これは確かですね」

 

「一人は、自然の産み出す美を己の作品に取り入れんと奮起し」

「一人は、意味と価値が変化し初めから」

「一人は、探しものの真っ最中」

「私たちはと言えば…遺憾ながらスランプと言うべきか」

 

「ならば原因は…神の存在証明をせんとする『預言者』か。嘗ての支配者達の干渉か。それとも…いえ、流石にあれは違いますかね」

 

「ならばこれは…そう、アビドスの変生を切っ掛けとした『テクスト』の歪み。それによって生じたバグの様なものと言った所でしょうか」

 

 であるならばと、彼は振り返り見つめるは広大な渓谷。

 

「目を向けるべきは生徒たちではなく、アビドスと言う領域そのものと言う事でしょうか? 個人的には文学的思索こそ望ましいのですが」

 

「未知への探求。年甲斐もなく、心踊るものがありますね…あぁいえ、探求に老いも若きも無いと言う事でしょうかね。この際、生徒たちと語らうのも選択肢の一つに成り得ますね」

 

「とは、言うものの」

 

 視線が渓谷の底、屍の溜まり場、もっとも新しき冥府の奥底へと向けられる。

 

「俗に言うなれば『今はその時ではない』と言ったところでしょうか。藪をつつけば龍が出る。私のみがミイラになるのであればまだまし。であるならばまたいずれ…と言う事でしょうね」

「そういうこったぁ!」

 

 

 その一言と共に異形の大人は姿を消した。最初から、そこには存在しなかったかの様に一切の痕跡もなく忽然と。

 

 

 暫くすれば何事も無かった様に虫たちの光が戻る。

 

 と、不意に渓谷へと風が吹き込み幾らかの虫が底へ底へと流されていく。やがて辿り着くのは屍の山。重なりあう死体の近く、生き物の如く蠢く霧の中を虫はさ迷い飛ぶ。

 

 鮮やかな、青色の光を湛えながら。




後のエンドコンテンツおじさんである。
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