アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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砂上最速決定戦! アビドス砂上船レース!
第52話


「…困ったな」

「困りましたね」

「どうしましょうか理事?」

「元を付けろ元を…だが、そうだな。どうしたものか」

 

 そんなやり取りがされているのはかいざー牧場の事務所の一室。椅子に背を預けながら元理事が眺めているのは一つの箱と手紙。手紙に書かれている内容を簡単に言えば。

 

『旨い酒が作れたから飲ませてやる! スッゴい良いものだから部下でも知り合いでも誘って飲んでくれ! あ、感想は後で聞かせてくれよ!』

 

 と、言うものである。箱の中身を見れば、1本の酒瓶。内容的には飲んだ感想を求めている…と見せかけて送り主が旨いものは皆で楽しんでこそだからな、がはは! というタイプなので極めて単純に誰かと一緒に飲んで美味しさを共有して欲しいだけなのだろう、が問題が一つ。

 

「お前達、酒は飲めるか?」

「無理っす」

「同じく」

「生徒用ビールなら行けますぜ!」

「ジュースだそれは」

 

 これである。自分以外に酒が飲める奴が居ない。普通なら付き合いの在るアビドスの大人でも誘えば良いのだが、先ほど行ったように送り主の性格を考えると生徒以外には片端からこの手紙と酒が送られている事だろう。利益云々を考えればあり得ない事だが昔同じ事して倉を空にしてたし、十分にあり得る事だ。

 

 そして、そんな純粋な善意に助けられた事がある身としては、出来れば願いを叶えてやりたい所なのだが。と、自然の化身みたいな奴らに滅茶苦茶にされて助けを求めたら利益にならないからと切り捨てられた元理事は思う。

 

 とはいえ、アビドス関係の知り合い以外は前の会社関係の者ばかり、正直一緒に飲んでも旨いとは言えない。

 

「あ、シャーレの先生呼んでみるのはどうです?」

「貴様正気か?」

 

 さてどうしたものかと考えていると部下の一人がそんなことを言う。確かに先生とは知り合いではあるが、本当にそれだけの関係だ。そんな飲みに誘うような仲では無い。そもそも死ぬほど忙しい事で有名な先生を誘ったところで来れるかも分からない。故にもう、正気か? としか言いようがない。のだが。

 

「まぁまぁ、他に候補も居ないんですし」

「むぅ」

 

 確かに、その通りだ。更にいえばこれを切っ掛けにより親密に成れればこれ以上無い利益に繋がる事だろう。と、そこまで考えて若干自分が嫌に成りつつも、仕方ないとため息一つ。

 

「では、誘うだけ誘ってみるか」

 

 と、呟いてから思う。そもそも先生は酒が飲めるのか?…と。

 

 

 

 

 結論からいえば、普通に飲めると誘ったら割りとすぐに来てくれた先生は答えた。

 

「誘っておいてなんだが、本当に大丈夫なのか?」

 

 アビドスの化け鮫横丁を歩きながらそう疑問を投げ掛ける。すると先生は大丈夫だと苦笑を浮かべながら言う。なんでも現在、先生は連休の真っ只中なのだと言う。

 

 成程そうなのかと頷きながら言えば、先生は詳しく説明をし始めた。なんでも昨日までは普通に仕事があったのだが今月二度目の徹夜六日目に突入すると同時に救護っ!の一言を聞くと同時に意識を失い、ベッドの上で目を醒ますとそのまま『本日の業務は終了です。というか今日から数日は休んでください、最低でも3日!』と、言われてシャーレから放り出されてしまったのだとか。

 

 で、そこまではまぁ仕方ないと思ったのだが、それならと生徒たちの手伝いをしようとしたら護衛をしてくれると言ってくれたRABBIT小隊に凄い目で見られた上で。

 

『それでは休暇に成らないぞ先生!』

 

 と滅茶苦茶怒られてしまったので、そもそも休暇ってどう過ごすものだっただろうかと考えていた所に今回の誘いがあったので来た…と言う事らしい。

 

 元理事はちょっと悲しくなった。

 

「先生っ!」

 

 後ろに居た護衛の生徒も憐れみの視線を向けていた。というかもしかして彼女たちは護衛もそうだが監視役なのではと思わなくもない。

 

「まぁ、なんだ…今日はゆっくり酒でも飲んで休め、うん」

 

 そう言えば先生は頷きながらお酒飲むの久しぶりだ、なんて言い。そう言えば首を傾げてどこに向かっているのかと問いかけた。

 

「ん、あぁそう言えば言っていなかったな。私の行き付けのやきとり屋だ。良い酒を飲むなら良い肴が必要だろう?」

 

 かいざー牧場の肉を、とも思ったが調理技術という点で見ればどうしても劣る。ならいっそちゃんとした店でという事だ。ちなみにきちんと許可は取ってあるし個室も確保済みだ、というかその店の店長の所にも酒が届いているそうで、それに合うものを作ってやると言われてたりする。期待しかない。

 

「っと、ここだ」

 

 言って指差すのは『あびどすの焼き鳥』という割りと攻めた店名の店。だがそれに見合った味だと太鼓判を押しながら失礼すると店に入る。

 

 

「くっくっく」

 

 

 と、そこに黒スーツの異形が座っていた。一言、こんな場所で出会うべき存在では無いと断言できる人であって人でなし。揺らぐ影の如きそれは間違いなく悪い大人だった。

 

 

 

「くっくっく、やはり働く大人や物欲しげに視線を向けてくる生徒を眺めながら飲む酒は格別ですね」

 

 

 違った、駄目な大人だった。

 

「何をしているんだ貴様は?」

 

 そして元理事の知り合いだった。現に、元理事の姿を見ておやと声を溢す。

 

「これはカイザーPMC元理事、この様な場所で奇遇ですね。それに…くっくっく! まさかシャーレの先生とお会いできるとは!」

 

 そう機嫌が良いと言わんばかりに笑う。胡散臭さを隠そうともしない目の前の大人に、前にでて先生を守ろうとするRABBIT小隊を押し止めながら、誰だと問いかける。

 

「おっと、これは失礼。私は『黒服』と、そう呼ばれている者です。神秘の探求者であり、今現在は人探しをしている最中の、悪い大人という奴ですよ」

「悪いというか駄目な大人だけどな今の貴様は」

「くっくっく! これは手厳しい。しかしまぁ、否定はいたしませんよ。目的を果たせていないと言う点で見れば、駄目なと呼ばれるのも仕方の無いこと。して、先生は如何様でこの地に訪れたので? かの『預言者』は活発であれど邂逅の時は未だ遠く、であるならば単純に考えて…『あれ』を見に来たと言った所でしょうか?」

「いや、小難しい事言わせておいてなんだが単に酒を飲みに来ただけだぞ?」

「!! 成程成程。至極当然の事でしたか。先生と酒…救世主とワイン、成程」

 

 なんて、くっくっくと心底楽しげに笑う黒服。何が成程なのかと思いながら、ちょっとした疑問を口にする。あれってなんだと。

 

「あぁ、そうですね。反応を見るにご存じない様で。えぇ、そう小難しい事ではありません。祭りですよ。アビドスが誇る砂祭りと並ぶ大イベント」

 

 

 

 

「それ即ち『アビドス砂上船レース』ですよ」

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