最初はちょっとした遊びだった。
誰一人として経験のない砂の上を行く船。その訓練中に誰が最初に目的地に辿り着けるか競争していた、というだけの物だった。
切っ掛けは単純だった。
アビドスの特異性が広く知られ始め、同じように砂上船に乗る人も増えてきたところで何時もと同じようにちょっとした遊びとして誰が一番速いか競争しようと提案しただけの事だった。
単に、キヴォトスに於いてそれが起爆スイッチだったというだけの事だ。爆発的に広がる、という意味で。
カラフルな煙が空に咲き、軽やかな音と共に声が響く。
【やってまいりました、第2回アビドス砂上船レース。砂上最速を決めるこの戦いの実況は私、奥空アヤネがおこなって参ります。不馴れではありますがどうかよろしくお願いします。そして解説にはゲストとしてミレニアムサイエンススクールより『豊見コトリ』さんをお招きしました】
【ミレニアムサイエンススクール一年! 『エンジニア部』所属の豊見コトリです! 同じく不馴れではありますがよろしくお願いします!】
「お、始まったな」
「ですわね…このお肉硬いですわね」
「そうか? このくらいが丁度良いと思うけど」
「顎が強靭過ぎますわ」
なんて、声を聞きながら親しげに会話するのはゲヘナとトリニティの生徒の二人。他自治区ではまず見られない組み合わせの二人はしかし狩猟愛好会の仲間である故にいがみ合う事はなく楽しげに会話を続ける。
「あの子、出場して絶対勝つって豪語していましたが大丈夫なのでしょうかね?」
「さぁ? まぁでも何だかんだ砂上船の扱い上手いから良いところまで行けるんじゃないか?」
「あら、勝てるとは言いませんのね?」
「速さ求めて暴走しそうじゃん」
「まぁ、あのバカならそうなりそうですわね」
全くどうにか成らないものかと呟きながらもどこか心配し、それ以上に勝利を信じている様子を見て、やっぱり仲良しだなと思いながら風に揺られ角に引っ掛かった髪を払いながらレース用に設置されている画面を見る。丁度、今は出場者たちの駈る特徴的な砂上船の紹介が始まった所だった。
【一目でどこの学園の物なのか分かる事で有名なトリニティの砂上船『ロイヤルティー』。白を基調とした優雅なデザインと三つの旗が特徴的な美しい船ですね】
【芸術品を思わせる優美さですね。ですがその美しさに負けず劣らず性能もまた一級のそれ! 速度、耐久、操作性の三種のバランスは正しくトリニティの名に相応しいものでしょう。しかし万能である故に操舵手の技量こそ試されるもの。湖面を行く白鳥が絶え間ない努力をしているように。かの船は沈み行くか美しく羽ばたくか、見物ですね!】
「幾ら金掛かったんだあれ?」
「さぁ? まぁ大きさも小型のものですから程ほどだとは思いますわよ?」
「トリニティの程ほどはこえぇよ」
想像したくもないと肩を竦めながら耳を傾ける。
【続きましてはこれまた一目で分かるゲヘナの砂上船『砂虎号』。紫と黒という色以上にその刺々しさが特徴です】
【まさしくゲヘナに相応しい様相ですね。ですが! その攻撃的見た目からは想像できない程の圧倒的な耐久性能と操作性こそ強みとする質実剛健の体現! 最高速度こそ遅めですがその操作性を持って悪魔の如く狡猾に行くか、それとも耐久任せの大胆な攻めを持って勝利をもぎ取るのか。非常に楽しみですね!】
「なんだからしいのからしくないのか分からない船ですわね」
「だなー」
「他人事ですわね」
「言われても『万魔殿』の作った船だし、詳しくは知らないよ」
知ってる事と言えばあれはそもそもレース用じゃなくて砂漠にある『なにか』を探すためのだとか言う噂話位だ。
【続いてこれまた一目で分かるミレニアムの砂上船『ジェットストリーム君』。見ただけでもスピード特化と分かる流線型。メタリックシルバーが日の光を反射して非常に眩しいですね】
【残念ながらあの船に関しましては同じミレニアムの私も詳しくは知らないのですが、噂では『セミナー』と『ヴェリタス』の共同開発品なのだとか。どの様な結果を残すのかドキドキしますね!】
【私は別の意味でドキドキしています】
「あら? ミレニアムの船には別の方が乗って居るのですね? ならあのバカはどこに?」
「態々バカって言う意味あるか? というか聞いてなかったのか? あいつなら個人参加するからアビドスが貸し出してる一般的な小型砂上船に乗ってるぞ」
「あらそうでしたのね…なんでそんなことを? あの子なら普通に学園代表として参加出来たでしょうに」
「なんか必要な事だからとか言ってたぞ」
「…どういう事ですの?」
さぁ?と同じく首を傾げていると、音が鳴り響く。それは間もなくレースが開始する合図。画面に映るのは砂漠を走らせ綺麗に横に並ぶ砂上船達。ただそれだけで参加者達の練度が伺える光景に、周囲の人々から話し声が消え静かにその時を待つ。
そして、始まりを告げる空砲の音が轟く。
【アビドス砂上船レース! 今、スタートです!】