依頼の内容はアビドス砂漠自然公園に生息する野生の草食動物の卵の納品という、割りとありふれた物。卵を求めている理由も、食用というこれまたありふれた物…なのだが。
「…本当に大丈夫なんですかね?」
「ん? 自分で言うのもなんだがそれなりに慣れている。してきたのは狩猟ではなく採集ばかりだから安心してくれとまでは言わないが足手まといになるつもりはないから大丈夫だ」
「あ、いえそこを心配している訳では」
自然公園のベースキャンプにて。そうなのか? と首を傾げるのは依頼主である筈の錠前サオリ。というのも今回の依頼、卵の採取をしたいが一人では出来ないから協力者を探していたというのが正しい様で。
最近、SRTの装備より使い慣れてきた気がしてならない狩猟用装備の調子を確かめながらチラリと横目でサオリを見る。慣れている、という言葉は嘘などではないと判断できる位には使い込んでいる様子の装備を身に付けている。軽装であるのは採取に特化しているからという事なのだろうか。
「何時も一人で?」
「いいや、何時もはチームで行動している。今回一人なのは…その」
言い淀み困った様子で、或いは仕方の無い奴だとでも言いたげに声を溢す。
「チームの内の一人が、拾い食いをして寝込んでいてな」
「…大丈夫なんですか?」
「あぁ、幸いな事にな。だが、目を離すとさらに何かを食べようとするから正直いえば、かなり気になっている」
「なら卵の採集は私たちに任せて戻って貰っても大丈夫ですが」
「…いや、このままで良い。お前達を信用していないと言うわけではないのだが、確実に卵を手に入れたい」
「確実に、ですか…なにか訳でも?」
「…それは」
サオリの表情に僅かに恐怖が混じるのをミヤコは感じ取った。それはなにかあると思うには十二分で。
「卵を取ってこなければ」
微かに震える彼女に思わず手を伸ばし。
「『マダム』がプリンを食べられない!」
「なんて?」
想像の斜め上の回答が飛んできて手が明後日の方向に滑る。マダムって誰だという疑問を置き去りにする謎のプリン。首を傾げざるを得ない。
「以前、『レッドウィンター』の生徒に聞いたんだ。プリンが食べられないのは極刑に値する行為でありクーデターも辞さないと。そんな事をしたらマダムは私を決して許さないだろう…っ!」
「え、いや、あの…別に、プリンが食べれないのはそこまでの事ではないと思いますよ?」
「!? そうなのか!?」
「えぇ、はい。少なくとも法律で罰せられる様な事ではありませんよ。精々、ちょっと残念だなって思う程度ですかね」
「そうなのか…まさか私は騙されて!?」
「騙されたというか常識の違いというか」
少なくともレッドウィンターではそれが当然の事なのかもしれないと、思う。今この瞬間ミヤコの中でレッドウィンターという学園がとてつもない危険地帯として認定された。任務関係で向かうことになるのは仕方ないがそれ以外では近寄りたくないな、と。
まぁそれは置いといて。
「…その、マダム? という人は卵を悪用したりはしないのですか?」
「あぁ、そう言っていた。ただ食べる為だと」
正直、信じられなかった。先程垣間見た彼女の恐怖は間違いなく本物だった。それに。
「それにマダムの同胞だという黒服? という男性も今は其れ所ではないだろうから大丈夫だと言っていたぞ?」
黒服。以前、先生の護衛として訪れた際に出くわした、今回は関係者だからと依頼内容を確認していた際に介入してきた胡散臭い大人。疑ってくださいと言わんばかりの存在だが、話をしていた不知火カヤは疑う様子もなくただ質問を繰り返すだけと言う思いの外あっさりとした対応をしていた。
大丈夫なのかと黒服と別れた後に聞いてみたが。曰く。
『黒服さんは自分で嘘を吐いて騙すのではなく情報を絞った上で相手に疑わせて考え込ませた上で判断を誤らせるタイプなんですよ』
『ですから下手に怪しいと疑うよりとりあえず片っ端から質問すると良いですよ。あの人は本当の事しか言いませんから』
『なにせ、彼は自分から嘘を吐いた瞬間に今までの行いも言葉も全部、意味も価値もなくなってしまいますので。約束や契約とは信頼信用があってこその物ですからね』
との事。正直、大人としては珍しい類いではありませんねとまで言った不知火カヤを初めて尊敬した瞬間だった。
だからこそ、今この場に居て欲しかった。とりあえず黒服が大丈夫としっかり言ったのなら今回は大丈夫でしょうねと判断した彼女は…仕事が山積みなのだと言いながらやって来た防衛室の部下に首根っこ引き摺られて行ってしまった。だから頼れない。
或いは黒服がカヤの言う通りの人物だったのならばここに居れば確認出来るのにと思う。同時に、だから話が終わったらさっさと去っていったのかもしれないとも。
「所でその、黒服さんが言っていたそれ所ではないというのは具体的にどういう状況なんですか?」
「崇高が遠退いたとか、意味と価値の変動がとは言っていたが意味までは。例え話も、私には良く分からなかった」
「そうですか」
今の自分は良い事をしているのか、悪い事をしているのか。或いはそれらに繋がるなにかなのかを判断するために話を続ける。
「その例え話を聞いても良いですか?」
「あぁ、確か…」
思い出そうとしているのか、確認中だった支給品の回復薬片手に視線を巡らせて。
「あぁ、そうだ。『ゲームで言えば最強装備が揃うまで後一歩の所で事前予告なしの仕様変更があったせいで集めていた物が全部ゴミになったようなもの』と言っていたってどうした急に腹部を抑えて!?…もしや攻撃が!?」
「いえ、その、大丈夫なのですが…ちょっと胃がキュっとしたと言いますか」
学生らしく、人並み程度にはゲームを嗜んでいる月雪ミヤコでもその例えはちょっと…胃と心臓に悪かった。
黒服が介入してきたのは放置したら自分達にとって良くないだろうと判断したから。
その迅速な対応のお陰で『アリウス分校』の存在を不知火カヤに知られるだけで済んだよ、やったね!
マダム「は?」