「いやぁー、やはりアビドスは良い場所ですね」
「書類の山がありませんからね」
「ですねぇ、視界が開けていて最高の景色ですよ」
なんて不知火カヤは言いながらアビドスのゲストハウスにある執務室の椅子…ではなくその脇にあるハンモックに揺られながら軽く伸びをする…とバキゴキゴリと割りと酷い音が身体から響くがまぁ、何時もの事だ。
「そんなにだらけていられる状況ですか?」
「言い方が悪いですね。十全な活動を行うための休息と言って欲しいですね…それで、どうでしたか?」
「RABBIT小隊の皆さんが捕縛、いえ保護した生徒達が例の『友人』で間違いないようです」
「そうですか…確か、彼女達は今は病院でしたよね?」
「はい。命に関わる状態だったとの事で現在はアビドス中央病院で治療中です…が、どうにも怪我だけでは無いようでして」
と、少し言い淀みながらタブレットをカヤに差し出し、と、それがずるっと手から溢れ落ちた。
「おっとぉーうぼへぁ!?」
「あぁ!? すみません室長!」
それをキャッチしつつハンモックから転げ落ちたカヤは慌てて謝罪する部下に気にしなくて良いと軽く手を振って見せ、そのまま床に寝転がりながら映し出された情報に目を通すと顔をしかめた。
「…薬物中毒、ですか」
「えぇはい…どうやら病弱だった様で、それを改善する為の投薬を行った結果そうなったらしく、今回の密漁は更にそれを治療する為の薬を作るのに必要だからと言われたから行ったそうです」
「なんともまぁ質の悪い。治療は可能そうですか?」
「時間を掛ければ緩和は出来るそうですが、完治は難しいと」
「そう、ですか」
溜め息を吐きながらカヤはタブレットを返す。その表情からはどこか苛立ちを感じる。
「彼女達が侵入時に利用したという地下通路の確認はどうですか?」
「…ヴァルキューレ所属の元SRT生徒が急行した所、完全に崩落しており調査は不可能との事です」
思わず、舌打ちが漏れる。部下の前でする態度ではないが、彼女は彼女で露骨に顔をしかめているからお互い様という事で。
「やはり、情報漏洩が起こっているのでしょうか?」
「単純に、利用するのは今回限りだったから壊したという可能性もありますが…まぁ、それを疑うべきでしょうね」
どうしたものかと思考を巡らせながら眼前の誰も居ないハンモックを眺めるカヤ。ゆったりと揺れるそれを何気なく見ていると徐々に気持ちが落ち着いていく。
「…はぁ、取り敢えず出来る事からこつこつとこなして行く他無いでしょうね」
「…はい」
よいしょと起き上がり、二度目の伸び。
「よしっと、FOX小隊の皆さんは?」
「到着しています。現在は密漁品を利用していると思われる薬品各種を第三倉庫へ運び込んでいる所ですね」
「そうですか、では終わり次第アビドス高校生徒に連絡して確認作業に取りかかりましょうか。それと、室長として貴女に指示を出します」
「はい」
「今日の貴女の仕事は終わり! ゆっくり休んでくださいね!」
「え、いや…それで良いんですか?」
「良いもなにも、貴女は今自分が十全のパフォーマンスを発揮出来る状態にあると思っているんですか? 露骨に動きが悪いですよ貴女」
「それは…いえ、正直言ってすごく眠いです」
「でしょう? 良く言うじゃないですか、休むのも仕事の内だって。このまま続けて致命的な失敗するよりは休んでもらった方が助かるのですよ。『リン』を見てくださいよ、会長代行になってから全然休めて無いから疲労が溜まりまくって失言垂れ流してるでしょう?」
「確かにそうですね…改めて考えると大丈夫なんですか、色々と」
「大丈夫じゃないでしょうね色々と。とは言っても彼女、責任感が強いですからね。彼女が休むにはそれこそ生徒会長が帰ってくるか誰かしらにクーデターされて代行の座を引きずり落とされでもしないと無理かもしれませんね」
「成程、いっそ室長がしてみます? クーデター」
「その場合、うまく行ったら貴女を防衛室長に昇進させて上げますよ。権限と責任と仕事と仕事が増えますね。ようこそ過労死予備軍に」
「遠慮願いたいですね」
「全くですね」
と、互いに苦笑を浮かべる。
「そういうことでしたら、はい。分かりました」
「よろしい。なんでしたらこのハンモック使いますか?」
「あ、私煎餅布団じゃないと眠れないので結構です」
「そうですか。なんにせよ、しっかり休んでくださいね。対処すべき問題は山積みなんですから」
ブラックマーケットで蠢き隙を見つけては食らい付いてくる企業。
キヴォトスで暴れまわる『六囚人』に、その裏に潜んでいると噂の『誰か』。
錠前サオリが口にした『アリウス分校』なる存在の確認されていない謎の学園。
未だに根深く残る『雷帝の遺産』という脅威。
そして、アビドス砂漠に住まうものたち。
どれもこれも一筋縄では行かない、寝不足疲労困憊の状態で対処出来る様な問題ではないだろう。いや本当に、今さらながら問題多すぎではないかキヴォトス。
「あー…なんか良い感じに問題が解決しないもんですかね」
「なんですか良い感じにって」
「それは、こう、あれですよあれ。例えば…そう、六囚人が全員誰かに惚れて嫌われたくないから犯罪行為を辞めるとか」
「誰かって誰ですか?」
「えー…先生とか?」
「唯でさえ業務過多の先生にこれ以上厄介事押し付けるのどうかと思いますよ?」
「ですねー。自分で言っておいてなんですが無理がありますね」
当然だが、自分も疲れてるのだろうなとカヤは思う、主に精神的疲労。一区切り付いたら自然公園で狩りに出掛けようかなと考える、最近書類仕事ばかりで無性に体を動かしたい気分なのだ。しかしそれにしてもと考える。
「そのぐらい、都合良く行ってくれれば良いんですがね」
「無理でしょね」
「ですよね」
なんて、会話をする二人は知らない。実は、口にした都合の良い事の半分くらいは本当に起こっている事を。