第64話
アビドス砂漠奥地。
数日に及ぶ討論の末に龍の眠る地、即ち『龍墓』と名付けられたこの地に築かれた調査拠点の食事場は何時だって喧騒に満ちている。朝昼晩と規則正しく食べに来る生徒も居れば、調査や狩猟に出るから或いはそれから帰ってきたからと訪れる生徒。
「おーい晩御飯の時間だよー」
「あ、ちょっと待ってホシノ先輩! あとちょっと、あとちょっとだけ!」
「うへー、そっかー…それ三回は聞いたんだけど」
「え、あ、まじ? あちょまってぎゃー!?」
そして夢中に成りすぎて食事を抜いた結果、担がれて運ばれてくる生徒にと。来る者が絶えないからこその喧騒だ。それでもたまに聞こえる狂ったような声よりは何倍も健全な騒がしさと言えるだろう。
そんな声を聞きながらミレニアムの生徒は眼鏡が曇るのも気にせず、出来立てのシチューを一口。
濃い、が思いの外さっぱりしている、癖が少ないと言うべきか。
確か今回のシチューには龍墓の草原域に生息していた『アプトノス』と名付けられた新種の草食動物の肉が使われているという話だったか。以前食べたアビドスのかいざー牧場で飼育しているアプケロスの肉を使ったシチューは癖の強いものだったのに。
実は野生と養殖が逆なのではないかと思いながらもう一口。良く煮込まれた肉が口の中で溶けていく感覚が心地よい。控えめに言って、最高である。
「はぁー…やっぱり風呂上がりのシチューは最高だなぁ!」
「風呂上がりのシチューとかあんまり聞かない言葉だなそれ」
「んぇ?」
スプーンを咥えながら声のした方を見ると、そこには繋ぎ姿の生徒が一人、ここに来てから友達に成った狩猟装備開発部の少女がシチューとご飯を持って立っていた。
「隣良い?」
「良いよぉー」
「ありがと」
よいしょと隣の席に座り、手を合わせていただきますと一言。それからご飯をすくいシチューに浸す…のを横で鋭い視線で眺める少女に、何事かと思う。
「えっと、どうしたの? もしかしてシチューにご飯は許せない派?」
「いや、シチューに浸したご飯をドリアと呼ぶべきか真剣に考えてた」
「流石に違うくない?」
調理法が違うわけだしと言う言葉にそれもそうかと取り敢えず納得した様子でパンを千切り浸してパクリ。うむ旨い。
「んぐ、んむ…ふぅ、それで調査の調子はどうなのさ?」
「んもぉ? んー…ん、順調も順調だよ。アビドス生徒会や『セミナー』に無茶言って付いてきた甲斐があったってもんだよ!…困ったことは一つあるけど」
「困ったこと? なんか問題でもあった?」
「調べたい事が多すぎて手が全く足りないことだよぉ! 私があと百人、いや千人は欲しい所だね!」
「そんだけ増えたら生態系壊れそうだな」
「あぁ確かに、さっきの発言は無しで」
「お、おう」
私個人の欲望のために生態系を破壊するなんて反吐が出るねと良いながらパンに具材を乗せて口に放り込む。
「んぉー、あとそだねぇー…はふぅ、強いて言えばミレニアムやアビドスに比べて設備が整ってないから生物捕獲があまり行えない点も気になると言えば気になるけどどうしようもないからねー」
「流石にそこはなー」
「いっそミレニアムはここに分校を作るべきだよ」
「無茶いうじゃん」
「だねぇ。まぁそれをするだけの価値はあると思うけど」
言いながらジャガイモをパクリ。良く煮込まれているがギリギリで形を保っているジャガイモに軽く感動しつつ質問を返す。
「で、そっちは調子どうなの?」
「んー。調子が良いも悪いも無いかなぁ」
「その心は」
「だってあれこれする為の素材が今少ないし」
「成程ねぇ…え、なんで? 倉庫から溢れる程あったじゃん」
「いやなんでって、あぁそっかあの時樹海で生物観察してたんだっけ。この前アビドスから物資補給の為の班が到着してさ。その時ついでに倉庫一杯に積み上がってた素材も乗せれるだけ乗せて運んで貰ったのよ」
「あー、倉庫パンパンだったもんね…え、待って物資補給!? 聞いてないけどその話」
「その話してるとき昆虫観察しながら狂ったように笑いながら踊ってたじゃん」
まじかぁ! と思わず頭を抱える。完全に自業自得なので言い訳も出来ず非常に辛い。
「はぁー、辛いわぁ…でもそっか。それで何人か姿が見えない訳か」
「うん、一緒に乗って帰ったからね。ヤッくん吸いの我慢の限界だからとか言ってたシロコちゃんとか、お偉いさんにせめてテスト位は受けろとお叱り受けたハナコちゃんとかね」
「それで前に見たとき駄々こねてた訳か」
納得した様に頷く。
「という訳で、装備の修理にも必要だから新しいのを作ったりとかは控えてる訳。もうちょっと送る量控えるべきだったと軽く後悔してるよ、特に石炭」
「まぁ確かに今の貴女達にはあれは必須だろうからねぇ」
と、言う。彼女達の石炭とはここ、龍墓近辺で採掘可能であるゆえに『龍石炭』と名付けられた物で。質は一般的な石炭とは比べるまでもなく凄まじいと言う他無く。その火力は今まで手も足もでなかった素材の加工を可能にしたのだ。革命が起きたと呟いたのは誰だったかと思いを馳せる。
「そう言うことなら仕方ないかぁ。今誰か採掘しに行ってたりするの?」
「あぁ、うん」
「丁度ヘルメット団とスケバンの人達が採掘しに行ってくれてるよ」