アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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第73話

「なん、ですのあれ…」

 

 冷や汗が止まらない。只でさえ二頭目のディアブロスの出現と言う絶望的状況に故、仕方ない事だろう。だが、それ以上に新たに現れたディアブロスを見て理解してしまった。

 

 

 あれは、駄目だと。

 

 

 抗うとか、隙を見てとかそんなものは一切通用しない。意識を向けられた瞬間に死が確定するような理不尽そのものであると本能が理解してしまった。

 

 動かなければ、逃げなければと、こんな事をしている余裕なぞ無いと分かっているのに…友人たちが死にかけているのに体が震えて動いてくれず、視線すら動かせないでいた。

 

 その瞬間、殿としてか最後尾を走っていた少女と、『陸八魔アル』と目があった。

 

 いや、正確に言えば彼女が自分達の存在に気がついたと言うだけだろう。本当に、それだけで見ただけでも余裕など皆無であると分かる彼女たちは。

 

「ムツキ! ハルカ! あの子達をお願い!」

「はい!」

「まっかせて!」

 

 迷うこと無く、自分達の元へと駆けてくる。自分達を囮にするつもりなのだろうか。それも仕方ない事だと心の何処かで思っていると。

 

「し、失礼します!」

「ぉぼぇっ!?」

「ほらほら、早く走らないと死んじゃうよ!」

「え、あ、は、はい」

 

 状況が状況なだけに乱暴に担がれたせいか血を吐き出しお互いのゲヘナの制服を汚しているのを横目に、強めに手を引かれ、震えるだけだった体が漸く動き出した。

 

「ふ、ぐぅ、はぁ! な、なんで!?」

 

 気絶している人を背負っていると言う状況に苦戦しながらも後先考えずにただ全力で足を動かし駆けながら、問いを投げつける。なぜ態々助けようとしているのか、自分達を囮にすれば確実に助かっただろうにと。知り合いではあったがそこまで仲が良かったわけでもないのにと。そう、アルに問い掛ければ、彼女は見慣れた笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「傷ついた女子供を見捨てるなんてアウトローじゃないでしょう?」

 

 

 いやそれ貴女たちだって同じような状況だしそもそもアウトローならむしろ見捨てて囮にするところですわよ!?…と、言いそうになったが何とか堪えた。助けて貰っておいて何様だと思ったからだ。他二人もしょうがないなぁ的な雰囲気出しているし。え、もしかして何時もこんな感じなのかとちょっと驚いた。

 

 とはいえ、だ。

 

「どう、しますの!? このままだと間違いなく追い付かれますわよ!?」

 

 自分達を助けたから、と言うのもあるが純粋に今の自分達の速度ではディアブロスの突進から逃れる術がない。さらに言えば仮に避けられたとしても相手は二頭居るのだ。そこまで考えたところで改めてどうしようもない状況だと軽く絶望する。

 

「ぁあ……いや、どうにか、ごっへ…なるかも」

 

 と、力が入らないのか担がれた状態で体を揺さぶられながらも掠れた声を溢す。どう言うことかと聞けばあれと言いながら視線を背後に向けていた。反射的に振り替えると。

 

 

「オォオォアアアアアアアッ!」

「ギュゥウアアアアアアアア!」

 

 

 二頭のディアブロスが吠え威嚇しあっていた。

 

 そう言えばディアブロスは非常に縄張り意識が強い生物だったなと思い出し。同種とはいえ、いやだからこそ仲良く一緒にとはいかないと言うことか。このまま縄張り争いを始めてくれれば確かに逃げきれる。その思いが通じたのかディアブロス達は互いに突進を繰り出し。

 

 

 一撃だった。

 

 

 三ツ又の伸びた角を持つディアブロスの突進が、皹が入ってたとはいえそれでも頑強である筈の角をへし折りそれに止まらずディアブロスの巨体を吹き飛ばし壁に叩き付けた。幾ら、一回りほど大きかったとはいえ、余りにも桁外れすぎる。

 

「…ごめん、やっぱ今の無し、で」

 

 小さく溢れた声。あまりの光景に同じように振り返り見ていたアルが白目を向きながら走っていた…どうやってるんだろうそれ。

 

 だが、それでも意識が逸れていたことは確かだ。お陰で僅かとは言え距離に余裕が出来た。それが同時に心にも余裕を持たせるきっかけとなり。自分達が向かっている方向には砂漠しかない事に気がついた。その瞬間だ。

 

「社長! こっち!」

 

 そんな声と共にエンジンの音が聞こえた。視界に映り込むのはかなりの速度で砂上を突き進む船。そこから投げられたワイヤーを見て、即座に理解した。

 

 全員が勢いそのままに紐を掴み取る。後はこのままと思った瞬間に視界の先、船の上、紐の繋がっている物を見て気がつく。あ、これ釣り用のワイヤーなのか…と。

 

 次の瞬間、全員が勢い良く船に向かって釣り上げられた。

 

「おわぁあああああぶし!?」

「いったぁ」

「あう」

「ぐへぇ」

「ごぼへぇ」

 

 船に叩き付けられるように乗り込む五人。それを確認すると同時に便利屋の最後の1人であるカヨコはなにかを弄り、船が飛ぶ様に加速した。感じからしてジェットエンジンが積まれていて、それを使ったのかと理解してこれなら逃げきれそうだと。

 

 

 そんな甘い考えを船に向かって角を叩きつけんと飛びかかってくるディアブロスの姿が塗りつぶした。

 

 

「っ!?」

 

 気付き咄嗟に、カヨコは舵をきる。速度が出ていたからこその急激な方向転換は、辛うじてその一撃の回避へと繋がった…その代償に、船は大きくバランスを崩す。

 

 更には地面が大きく音を響かせながら崩れ、底の見えぬ大穴へと変貌し砂を飲み込み始めた。

 

「え、ちょ、なんで穴ぁあ!?」

「嘘でしょぉおお!?」

「ま、ずい! もっていかれる!?」

 

 蟻地獄の如く底へ底へと引きずる込む様に流れていく砂に巻き込まれる。只でさえバランスを崩していたのだ、抵抗する用など無く余りにもあっさりと船はさらに傾き、全員が投げ出される。

 

 

「どんな、船…だろうとぉ!」

 

 

 その直前に、今まで背負っていた筈の少女が起き上がりカヨコを押し退け舵を取る。

 

 

「ここはぁ、私の領域だぁあああああああああ!」

 

 血濡れの銀髪を振り乱し、引き裂かれているミレニアムの制服も気にも止めず少女は己の技術を十全に発揮する。

 

 横転しかけていた船が、戻る。余りに強引に、しかし異常な程に繊細な技術によって誰1人取り零すこと無く体勢を立て直して見せた。

 

「す、凄いわね! 後は穴に落ちないように!」

「アルちゃんアルちゃん」

「どうしたのよムツキ! 今は余裕が」

「手遅れ」

 

 言葉の直後に、浮遊感。それが意味する事は一つ…これから落ちると言う事だ。

 

「な、なな、なんですってぇえええええー!?」

「全員なにかに捕まって!」

「もういい加減にしてくださいましぃいいいいいいいい!」

 

 絶叫と共に、穴の底へと落ちていく。必死に捕まっていたせいで、周囲を気にしたり考える余裕が無い。

 

 だから、なぜこんな急に大穴が発生したのかとか。なぜディアブロスが追撃してこなかったのかと。考える事が出来なかった。あぁ、だけどきっと今まさに視界に映り込んでいる存在が。

 

 

 穴から地上に向かって這い上がっていく巨大な『機械の蛇』が関係しているのかも知れないなぁ、なんて思いながら穴の底へと落ちていったのだった。

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