アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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刻まれたもの
第83話


「ぅ…ぁあ」

 

 銀鏡イオリの目が覚める。

 

 視界に飛び込んでくるのは毎日見ている寝室の天井…ではない。どこだここは、と言葉を溢そうとして細い息だけが漏れた。体が重い上に痛いし、思考が上手く回らない。自分はどこに居るのかと朦朧としながら考えつつなんとか顔を動かして右を見る。そこにはベットがあり少女が寝ていた。

 

 

 具体的に言うと制服を見るにトリニティの正義実現委員会に所属しているのだろう少女がベッドの上で大量の焼き魚を口に突っ込まれた状態で白目を剥きながら寝ていた。というか気絶していた。

 

 

「……」

 

 イオリは、顔を動かして見なかったことにした。これは多分夢だなと思う、そうであって欲しいと言う願望も含まれている。そうでないと乙女としてどうなんだと思う光景を見てしまった事になる、それは流石に心が痛い。あるいはまた目を閉じれば今度こそ起きれるのだろうかと思いながら今度は左を見る。そこにはベッドがあり少女が寝ていた。

 

 

 具体的に言うと制服を見るにアビドス高校の生徒がなんか緑色の液体を口から溢しながら白目を剥き眠っていた。というか気絶していた。

 

 

「………」

 

 イオリは、顔を動かし見なかったことにした。そして理解した、やはりこれは夢だなと。きっと次の瞬間には目が覚めていつも通りの日常を送る事だろう。或いは夢の中でも眠れば起きられる的なやつかと落ち着くために深呼吸。

 

 すると鼻を擽る幾つもの匂い。薬草の香りに、よく焼けた焼き魚の香ばしい香り、それから消毒液の独特な匂いと。

 

 

 

 濃い…血の香り。

 

 

 

 声もなく悲鳴を上げ、心臓と一緒に体が跳ねる。

 

 そうだ、思い出した。寝ている場合などではない。早く、早く行かなくては。そう思い体を動かそうとして激痛が走り体が軋む。今まで感じたことが無いほどに体が重く、良くないものが喉奥から迫り上がって来るのを感じる。だが、それでも行かなくてはと溢れる感情のままに歯を食い縛りなんとか起き上がり。

 

「あ」

 

 丁度、ガラリッと戸が開き部屋に入ってきた生徒と目があった。その少女はお盆には大量の緑色の液体の入ったガラス瓶と焼きたてなのか香ばしい香りを漂わせている魚が乗っていて。

 

「救護っ!!」

 

 気合いの籠った言葉が聞こえると同時、高速で自分の顔に向かって来る焼き魚を前にイオリの意識は再び闇に落ちた。

 

 

 

 半日後、再び目を覚ましたイオリは口のなかに広がる薬草の苦味と、焼き魚の香ばしさと旨味が広がっていた。

 

 

 

 アビドス産の薬草や焼き魚は他では考えられない高い治癒能力を有している。というのはイオリも知っている、というか体感済みだ。軽い擦り傷を軽く揉んだ薬草を張り付けて治した事だってある。だから飲んだ事は無かったが薬草を加工して作られた回復薬も効果は凄まじいのだろうなとは思っていた。

 

「…流石にここまでとは思っていなかったけど」

 

 と、呟きながら日が傾き始めたアビドスの道を歩くイオリ。軽く調子を確かめるように体を動かすと…激痛が走り思わず立ち止まる。状態が状態だったから完治はしていない、精々気をつければ動ける程度だ。が、怪我をしてから1日と半日しか経過していないのに既にそこまで回復しているのが異常だ。

 

「……」

 

 無言で辺りを見渡す。1日と半日、それが銀鏡イオリがあの化け物に叩きのめされてから経過した時間だ。もうと言うべきかまだと言うべきかは彼女には分からなかった。今居る場所は被害に遇わなかったのか痕跡といえるものはなかったが、それでも何処か空気が痛々しい様に思えて。ふいに、視界の端に誰かが走ってくるのが映り反射的に建物の影に隠れ身を屈める。

 

 まるでやましい事をしている規則違反者のようだと思いながらも、あながち間違いではないなと自嘲気味に笑う。なにせ、ついさっきまで居た場所…病院から抜け出してきたのだから。

 

 自分の事を見てくれた生徒には絶対安静と言われたのに、今こうしているのには理由がある。とは言ってもそう大した事ではなく、自分の所属するゲヘナ風紀委員会へ報告をする為だ。あと、無理矢理回復薬とか焼き魚を突っ込まれて危険を感じたからだ、こう…乙女の尊厳的なやつの危機を。だからまぁ、仕方ない、本当に仕方ない。

 

 

 

 

 

 嘘だ。

 

 小さく、膝を抱える。怒号と、悲鳴が耳から離れてくれない。生々しい血と土煙の香りが鼻の奥にへばり付いていて…視界にずっと、ずっと赤色が映り込んでいる。

 

 ドロドロとしたものが胸の奥に澱んで溜まっている様に感じた。それが何なのか分からなくて、けれどどうしようもなく苦しくて。ただ寝ているだけの自分に堪えきれず病院から抜け出した…いや、逃げ出してしまったのだ。

 

「はぁ…」

 

 自分は何をやっているのだろう、そう思いながらため息を溢す。不調、と言っていいのかも分からないが何時も通りではないのは確かだ。だからといって病院に戻って見て貰うという積もりにもなれず。言い表す事の出来ない感情を抱えながら立ち上がり。

 

「あれ、イオリさん?」

「あ」

 

 丁度、通りかかっていた黒見セリカと目があった。割りと大きめのリヤカーを引いている彼女を見て、気が付かなかった自分に驚きつつ…なんでか、なんと言えば良いのか分からなくて言葉に詰まった。

 

「あ、えっと、こん、ばんは」

「え、あ、はい、こんばんは」

 

 何を言っているんだ自分。こんばんはにはまだ早いだろうにと、どうにも見当外れの事を考えていると、セリカはイオリの事を確かめるように見る。

 

「結構傷が酷かったって聞いたけど、大丈夫なの?」

「え、あ、あぁ、取り敢えずは大丈夫」

「そっか、良かった」

 

 心底安堵した様に息を吐くセリカ。それを見てイオリは何故か、どうしようも無く苦しくなった。笑みを浮かべる彼女の顔を見ていられなくて逃げる様に視線を逸らしリヤカーを見る。

 

「…それは?」

「これ? 瓦礫の撤去というか運搬に使ってるのよ。トラックとか、重機が全然足りなくて」

 

 トラック、というか車両の類いがかなり壊されてしまって。重機の類いは単純に必要とされる場所が多すぎて足りない。結果、それらが用意出来るまでは手作業で片付けて居るのだとか。

 

 それを聞いてイオリは小さくそうかと呟いてから。

 

「なぁ…それ、私も手伝って良いか?」

 

 なにもしない、という選択肢は彼女には無かった。

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