アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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第84話

 病み上がりだからとセリカにリヤカーに乗せられて運ばれるイオリ。えいほえいほとリヤカーを引きながら向かうのは化け鮫横丁。彼女がそこに店を構える柴関ラーメンでアルバイトをしている事を知っていたイオリは目的地については思っていた通りだった。

 

 だが、そこに広がっていた光景は思っていたものとは別物だった。

 

 昼夜問わずに賑わい人が絶えずどこからともなく薫ってくる良い香りで満たされていたそこには、壊された店舗であった瓦礫と、何処からか漂ってくる焦げ臭さで満ちていた。

 

 イオリの息が詰まる。

 

 ここが、ここが本当に化け鮫横丁なのかと目を疑う。大人も生徒も、何処に所属しているのかも関係なく、楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに皆が笑って居たあの場所なのかと。時折見かける見知った店舗はしかし、辛うじて形を保っているだけで今にも崩れそうで。なにかに壊された建物なんて飽きるほど見てきた筈なのに、どうしようも無く胸が締め付けられ軋み苦しくて、寒くもないのに…ただ震えた。

 

「ふぅ、到着!」

 

 そんな声が聞こえると同時に止まる。反射的に視線を向けると、見えたのは半分に折れた柴関ラーメンの看板と瓦礫の山だった。まさかと、嫌な想像が脳裏を掠め、それじゃあとなにかを言おうとしながら近づいてきたセリカに反応を返すことも出来ずただ見つめて。

 

 ガラリッと、瓦礫が転がる音が響く。そして、瓦礫の向こうから姿を表したのは、柴大将だった。

 

「あー、ここにもねぇか。それならここら辺っておぉ、セリカちゃんか! それはリヤカーか。持ってきてくれたのかありがとよ!」

「あ、はいどういたしましてってそうじゃないですよなにやってるんですか!?」

「何って、探し物ついでに片付けをだな」

「いや探し物って、安静にしてるようにって言われてたじゃないですか!」

 

 と、怒るセリカにこの程度どうと言うことはないと盛大に笑う柴大将。そこら中包帯まみれでとても大丈夫には見えない…けれど、生きていた。無事だった。それが本当に嬉しくて。

 

 一瞬、視界に赤が映り目の前の二人が血塗れで倒れている光景が過る。

 

 強烈な吐き気に、思わず口を手で押さえる。改めて見ればそこにはなんの問題もない二人が居る。今のは幻覚、いやただの妄想の類いでしかない。

 

 だけど、それはきっとあり得た光景だ。或いは、今この瞬間こそ夢で目が覚めたら…皆、死んでいて。だとすれば原因は、なにも出来ずやられた自分が、弱かったせいで。あぁ、思考が良くない方へと向かっているとイオリは自覚する。けれどどうしても止められなくて。

 

「お、あったあった!」

 

 響く柴大将の声に正気に戻る。視線を向ければセリカに手伝って貰いながら何か瓦礫を退かしている。暫くしてよいしょと言って瓦礫から掘り起こされたのは…柴関ラーメンと書かれた幟旗だった。

 

「良し、思ってたより傷付いてないな」

「これ探してたんですか」

「おう、必要な物だからな!」

 

 言って、瓦礫からパタパタと気を付けながら駆け足で降りて。声が聞こえた。

 

「あ、お前それ」

「へへ、見つかったぜ」

「まじか、一番は柴の野郎だったかー。くっそー」

「本来なら私の方が先に始められる筈だったのに破れたせいで。もっと頑丈にすべきだったか」

「なによ柴ちゃんもう見つけたのってセリカちゃんにイオリちゃんも居たのね。あ、さては手伝って貰ったわね? 卑怯だわぁ」

「あぁあぁ、聞こえない聞こえない!」

 

 わいわいと、何時の間にか集まってきてた住人たちを押し退けて柴大将は駆けていき、すぐに戻ってくる。屋台と一緒に。

 

「よーし! これで完璧だな。柴関ラーメン開店だ!」

 

 屋台に明かりを灯し立てられた幟旗の前で言いながら胸を張る。それを見て悔しそうにしている住人にたいして少し誇らしげだった。

 

「良し、じゃあやるか!」

「いや良しじゃなくてなにやってるんですか大将!?」

「何って、料理だよ。俺はこれしか出来ないからな」

 

 それだけ言うと、ちょっと待ってなとだけ言って調理を始める柴大将。それを見て、唖然とした…いや呆れた様子のセリカ。そして、イオリは気が付いた。もしもを考えてしまって目を逸らし耳を塞いでいたせいで、気が付くのに遅れてしまったが、やっと気が付けた。

 

 何時の間にか、幾つもの声が聞こえてくる事に。

 

「あぁ、やっぱり小麦粉がぶちまけられてら」「うちの無事だったから幾つか分けましょうか?」「まじ、助かるわ!」「その代わりコンロ貸して、うちの壊れちゃったから」「おう好きなだけ使いな!」「誰かー、鍋だけ無事だったんだけど誰か使うー?」「おぉ使う使う」「お前ら魚を買えるだけ買ってきてやったぞ! 存分に使え!」「はぁー? お前なにやってるんだよちゃんと幾らしたか教えろよ払うから」「かいざー牧場から屋台借りてきたぞ!」「おっしゃ、これで行ける!」「おらおらどんどん作るからどんどん食えー! ひもじい思いなんて出来ると思うなよー!」

 

 何時の間にか、日が沈み夜闇が広がるアビドスに幾つもの明かりが灯り人々の声が幾つも重なっていた。何時の間にか瓦礫が見えなくなるほどに立ち並ぶ屋台に、焦げ臭さを塗り潰す様に食欲を刺激する良い香りが漂い始めて。

 

 香りに、明かりに、人の営みに誘われるように一人また一人と住人に生徒たちが、何処に所属しているのかなんて関係なく集まってくる。

 

 今までとなにも変わらない、アビドスの光景がそこにあった。

 

「出来た! 二人とも座ってくれ!」

「え、いや片付け」

「いいからいいから!」

 

 優しく、しかし強引に席へとつかされる二人。彼女達の前には、ごく普通の醤油ラーメンが置かれていた。

 

「あ、美味しそう」

「自分で言うのもなんだが旨いぜ。セリカちゃんみたいに腹が減ってる時は特にな!」

「うぐ…もしかして知ってました?」

「おう。休まず、ずっと片付けや捜索をしててくれたんだろう? これはそのお礼だよ」

「むぅ、そう言うことなら断るのは失礼よね。それなら遠慮無く」

 

 いただきます、そう言って嬉しそうに麺をすすり始めるセリカ、心底美味しいと笑みを浮かべている。そして、イオリは…じっと目の前に置かれたラーメンを見ていた。

 

「イオリちゃんも遠慮無く食ってくれ」

「え、あ」

 

 顔を上げると、柴大将と目が合う。

 

「聞いたぜ。真っ先に現場に駆けつけて誰よりも前に出てくれたって」

 

 ゲヘナの生徒で本来なら関係の無い筈の、しかしそれでも戦ってくれた少女に柴大将はニカリと笑みを浮かべた。

 

「皆の為に、ありがとうな!」

 

 声は、出なかった。ただ無言で箸を取って麺を啜る。スプーンでスープを掬い飲む。また啜って、飲んで、食べて。何時も食べていた物と同じ味。

 

 

 もう食べられないかもしれないと思ってた味だ。

 

 

 ふと気が付く。自分が泣いている事に。そんな積りは全く無かった、だけど止まらなくてずっと溢れ続ける。

 

 なんで、どうして、分からない…いいや、分かっている。

 

 

 きっと、怖かったんだ。

 

 

 自分が死んでいたかも知れない事が怖かった。友達が居なくなっていたかもしれなかった事が怖かった。最初は義務感から、けど砂漠の暑さに負けない程優しい暖かさに満ちていて、何時の間にか好きに成っていたここが壊れて無くなってしまうかも知れなかったのが怖かった。

 

 

 そして、それ以上に悔しかった。

 

 

 もっと強ければ守れたのに。もっと賢ければ救えたのに。もっと色んな事が出来たなら助けれたのに。けれど、自分がそうでは無くて。

 

 だから悔しくて、怖くて、苦しくて、痛くて。

 

「畜生」

 

 やっと出た言葉は、ラーメンを食べながらの言葉としては相応しくないもので。

 

「畜生、畜生畜生ちくじょうぢぐじょぉ…っ!」

 

 それでも止まらないのは、きっとそれが自分に向けた言葉だから。二人はなにも言わず、ただセリカが己の無力を悔いる少女の背を静かに擦る。

 

 それはラーメンの味と同じでとても優しく、そして暖かかった。





 アビドスが誇る化け鮫横丁。

 最悪の怪物に破壊されし尽くされたそこは。しかしそれでも、人々は挫けること無くそこに居る。気が付けば何時もと変わらず喧騒に満ち、暖かな食事が振る舞われている。違いがあるとすれば、幾人も静かに食事をしながら涙を流す者達が居ることで。

 そんな、ただ涙を流す人々を静かに眺める少女が一人。


「珍しいな、何時もならば有無を言わせず制圧していただろうに」

 そう、声をかけるのは正義実現委員会の長、剣先ツルギ。彼女に声をかけられた少女は…トリニティが救護騎士団団長『蒼森ミネ』は、ただ目の前の光景を眺めながら答えた。

「…最初はそのつもりでした。彼女達が皆、救護を必要としていましたから」

 ですが、と彼女は己の手を開き見る。

「きっと、今の彼女達に必要なのは私の救護ではなく…あの方々の暖かな食事なのでしょう」

 力不足ですねと、ギチリッと音を立てて拳を握る。己の無力を呪うように、或いは事に間に合わなかった自分を攻めるように。ツルギは震える手を敢えて見ようとせず、ただ小さくそうかと言葉にする。

 と、そう言えばとミネの視線がツルギに突き刺さる。

「貴女は何故ここに居るのですかツルギ正義実現委員会委員長。貴女も強度の高い救護を必要としている筈なのに」
「…いや、私は治ったから」
「いえそのような事はありません! 早急に救護を!」
「やめろ本当に大丈、待てなんだその構えは…お前まさか首を絞め」
「救護ぉっ!!」

 キュっと、小さな音がしたとかしなかったとか。

 後に彼女は語る。『私の動きに反応できなかった時点で救護が必要だったのは明白です』と。
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