第90話
砂狼シロコは、思う。
「スゥー…ハァー」
「クエー」
ヤッくん吸いは万病に効くと。少なくとも全身に気力が満ちていくのを感じられるので健康には間違いなく良い。残念ながら同意してくれる同士は少ないが、まぁ吸う対象の好みは人それぞれだと別に気にはしていないシロコなのだった。
「スゥー…ハフゥ。ん、元気一杯。ありがとうヤッくん」
「クエーッ!」
たっぷり吸い込んでから顔を上げてお礼を言いながら優しく撫でる。気持ち良さそうに鳴くヤッくんに優しく微笑み、ふと自分がプレゼントした色違いのお揃いマフラーがほどけ掛けている事に気がつく。まぁ自分で直せるわけも無いから仕方ないと優しく丁寧に、苦しくならないように気を付けながら確りと巻き直す。
「ん、良し。これで、寒くない」
「クエ? クエックエー!」
良く分からないのか首を傾げて、良く分からないまま嬉しそうに跳ねるクルルヤックにシロコも嬉しそうに笑い。
「ん、それじゃあ…行ってくる」
「クエ?」
離れる。何時もならこのままでも一緒に走ったりボール遊びするのだが、再び首を傾げるクルルヤックに軽く手を振って、シロコは自転車に乗り走り出す。
「クエー…」
どこか寂しげな声を背に、彼女が向かう。
狩りへと。
日の沈んだアビドス砂漠自然公園。幾度と無く訪れているその場所は、凍える程に寒く酷く静かで…しかし同時に騒がしいともシロコは感じた。
「…ん」
自然公園全体が殺気立っている。
生き物達は脅威を前に身を潜めているが縄張りを荒らされた故にどうしようもない程に、怒っていた。不味い、とシロコは思う。このままだとアビドスが限界を向かえる前に自然公園内で酷い争いが起こる。それこそ生態系に致命的なダメージを残してしまう程の。
ふっと、息を吐きベースキャンプから出て自転車を漕ぎ進む。不安定な地面を確りと進みながら問題なしとシロコは内心で思う。
元々、彼女の自転車は特別製だ。それはいつか狩猟にも活用できるように…とかは一切考えておらず。
ただ鬱陶しくて仕方が無いクンチュウのあん畜生に衝突されても問題ないようにと色んな人の手を借りて改造に改造を重ねた結果、いつの間にかどんな悪路だろうが問題なく進める走破性と耐久力を手に入れてしまっていたと言う逸品だ。
残念ながら未だクンチュウに勝利出来ていないし、乗り物関係の研究開発を行っているというミレニアム生の手を借りた結果自爆装置が取り付けられてしまっている。が、今回に限って言えばぶん投げて爆弾代わりに出来ると考えればそう悪い物ではないだろう…後で絶対外してもらうけど。
潜む生き物達を不必要に刺激しないように慎重に進むシロコ。目標の大体の現在地に向かいながら、思わず顔しかめた。
「…地形が変わってる」
それは例のディアブロスとビナーとか言う機械のせいだ、主にビナー。実の所、映像越しに見てはいたが実際に自分の目で見るとより酷く、思わずシロコのハンドルを握る手に力が籠る。
だからシロコは一旦止まり深呼吸。気持ちを昂らせた所で無駄に体力を消費するだけと気持ちを落ち着かせる。手に込めてしまった無駄な力を抜き、軽く振って確かめて頷くと再び走り始める。
暫く走りながら集中し、耳を澄ませ進む。常に全力疾走でもしていなければそろそろ目標を視認できる位置まで来た筈だからと。
そして…聞こえた。重いなにかが地面を踏みしめる音。シロコは静かに動き、隠れながら音のした方へと向かう。
「居た」
特徴的な三ツ又の角を持つディアブロス。ビナーとの戦いが原因か幾らか角が欠け、傷も目につく。だが、未だ確りと両足で地面を踏みしめるゆっくりとだが確実に歩き進んでいる…アビドスに向かって。
それを確認したシロコは通信機を取り出した。
「ん、目標発見」
【了解です。タイミングはお任せします】
「分かった」
短いやり取りを終え、通信機をしまうと愛銃を取り出して構える。静かに、そして確りと狙いを定めてある感情を込める。
それは極めて単純な感情…怒りだ。
実の所、思考が野生動物のそれに近いところがあるシロコはディアブロスのやった事は何処までいっても自然で繰り広げられる生存競争、縄張り争いの域を出ないと思っている。自分達がやって来たことをやり返されただけだと。故に、理不尽だとは思わない。
だがそれはそれとして非常に怒っていた。
だから、これでもかと込める。故郷と言えるアビドスを荒らされた事への怒りを。大好きな人達を傷つけられた事への怒りを。友達を悲しませた事への怒りを。そして何よりも。
狙ったように自分やホシノ先輩が居ないタイミングで襲ってきやがってこのやろうと言う怒りを込めて…引き金を引く。
銃弾が飛ぶ、真っ直ぐと。歩むディアブロスの顔面に向かって突き進む。
そして、直撃。
弾丸は、僅かに音を立てて甲殻に突き刺さり、割れた欠片と共に地面に落ちる。効果は薄い…だが、確かにディアブロスの分厚い甲殻に傷を付けた。だが、それをシロコは確認すること無く勢い良くペダルを踏み込み走り出す。
なにせ、ディアブロスが既にシロコを睨み付けていたのだから。
「ギュウゥゥァアアアアアア!!」
咆哮が、命がけの鬼ごっこの始まりを告げる。