漕ぐ、ただ自転車を漕いで漕いで漕ぎ続けて前へと進む。
ペース配分も何もあったものじゃない全力疾走。進む速度は自動車よりも遥かに速く、道無き道を強引に直進する。シロコの体感としては相当の距離を走ったが目的地のオアシス跡地まではどれ程か。
あと少しなのか、まだ遠いのか。どちらにせよシロコにとって酷く険しい道程である事は明らかだった。
「ハッ、ハッ、ッ! ハァ!」
呼吸が乱れる。
走り続けるシロコの背後から聞こえるディアブロスの地面を抉る勢いで疾走する音と、常に彼女の背に突き刺さるプレッシャーが重石となってシロコの体からスタミナを、心から余裕を削り取っていく。
分かっていた事だが尋常ではなくきつい。気まぐれでキヴォトスを一周してみた時でさえここまでにはならなかったのに、何て思考が良くない方へと傾きかけるのを歯を食い縛って耐える。プレッシャーに関してはどうしようもないが足音は寧ろプラスだ、確実に自分を追い掛けて来てくれているわけだからと無理やり余裕を作る為にそう考えて…ふと気が付く。
音が変わった。今までとは違う何かを抉るような、或いは掘り砕いて居るようなと…。
「っ!?」
思い至ると同時に、振り返る。そこにディアブロスの姿は…あった。ただし地面へと潜っていく尻尾だけが見えている状態。それも直ぐに見えなくなった。
不味いとシロコは焦る。今、一番してほしくない行動を取られた。なにせ、シロコの知識の中にある地面に潜った際のディアブロスの行動は二種、地中からの攻撃か…移動である。このまま自分に向かってきてくれるならば何の問題も無いが、もしもの自分を無視してアビドスに向かう様ならば全てが破綻する。
脳裏に浮かぶ最悪の光景にどうすべきかと、一瞬の迷い…次の瞬間、悪寒が走り迷いを塗り潰し勘、或いは染み付いた経験が体を動かして減速ではなく前へと進ませた。
直後、地面が弾け飛びシロコは自転車と一緒に宙に吹き飛ばされた。
嫌な浮遊感を感じながら散弾の如くばら蒔かれた地面であった欠片が身体中に叩き付けられる。だが、なんとか直撃は避けた。最後の一漕ぎ、凡そ一歩と少し程度の前進が命を繋いだ。
だが致命的だった。痛みに表情を歪めながら視界に入り込む後輪がひしゃげもげかけている愛車の姿。素人が見ても、駄目だと分かる有り様。要である自転車の有り様に、地面から飛び出しながらこちらに向かってくるディアブロスに、なすすべなく。
何て事をシロコが思う筈もなく。
「ふんっ!!」
浮きながらも強引に手を伸ばし自転車を掴み取り…そのままこちらに向かってくるディアブロスの顔面に全力で叩き付け盛大に自爆させる。
爆風が全身を叩き付けシロコは吹き飛ばされる。だが距離を取ることが出来て好都合だ。ありがとうと内心で自身の愛車(四代目)に感謝を告げながらと痛みを気合いで堪えながらなんとか受け身取り、勢いそのままに立ち上がり転がっていた愛銃を拾い上げありったけの弾丸を叩き込みながら走り出す。
向かう先は当然、オアシス跡地。先程吹き飛ばされた際に大体の距離が分かった、あと少しだ。シロコの健脚ならば問題なく走って辿り着ける。
普段通りならば。
ズンッ…と、視線の先でディアブロスが頭部に纏わりつく黒煙を振り払いながら地面が軋み砕ける音が響かせて凄まじい勢いで走る。重圧と共に沸き上がる恐怖を振り払いながら弾丸だけでなく手榴弾も投げ付けながら走り続ける。そして、ディアブロスもまた走り続け止まらない。手榴弾は虚しく音を響かせるばかり。
だが、それで良い。シロコは優先順位を間違えていない。飽くまで重要なのは目標をオアシス跡地まで誘導する事で、自分が最後まで誘導するのは理想でしかない。故にそれが不可能だと判断した時点で彼女は自分で誘導すること諦めてディアブロスの注意を引き付けることにした。
一秒でも長く…ディアブロスに近づいてくる存在、砂上船に気付かせない為に。
「はいちょっと通りますよー」
なんて気の抜けた声は凄まじい衝突音によって掻き消された。
だがディアブロスは倒れずしっかりと立ち続ける。ギリギリの所で気が付かれ堪えられてしまった。だが問題ない。なにせこの砂上船は……ミレニアム製だ。
「ロケットエンジン点火ぁ!」
「点火ー!」
文字通り爆発的な加速がディアブロスの巨体を一気に押し込み引きずりながら前へと進む。
「ルゥウォオアアアア!」
「うわぁああああ!?」
しかし、進めたのは数十秒。ディアブロスが吼え振るわれた渾身の一撃は砂上船を横転させる。砂上船に乗る生徒達の悲鳴と衝撃が響く。これ以上は動かない、だが動く必要もない。
目的は達した。
そのまま追撃をと一歩踏み出したディアブロスが…止まる。確認するように見渡すと周囲に先程吹き飛ばした砂上船が壁として立ち並んでいる。
「おぉーおぉー、直に見ると随分とだな。おい」
「ケヒ、ギィャハハハ!…あぁ、そして見かけ倒しではない。油断はしない方がいい」
「言われなくてもって感じだね☆…あと相変わらずテンションの上がり下がり凄いねツルギちゃん」
「そうね…早く終わらせて仕事の続きをと思っていたけど、そう簡単には行かなそうね」
声に、振り返ったディアブロスの視線の先には生徒が四人。皆が…キヴォトス最強格。己を殺し得る存在を前にただ殺意と憎悪をのみ滾らせて。
不意に明後日の方向に視線を向ける。いやディアブロスだけではない四人もまた同じ方向へと視線を向けて…ズドンッと何かが視線の先に着弾する。巻き上がる砂煙を眺めながら四人の内の一人、空崎ヒナが呆れたように声を溢す。
「随分と、急いできたわね」
思うに、随分と助けられてきた。
『ちょっと待って、必要な物を直ぐに用意するから!』
『ここの防衛は任して下さいませ。気にせず成したいように』
『はいこれ。私たちが今用意できる最高の武器。先輩なら問題なく使いこなせるでしょ?…アビドスの事、お願いね』
『あぁやはり計算通り! 地下に流れる川を利用すれば砂上船で向かうよりも遥かに速くて辿り着けるよ! 最短ルートは直ぐ導き出すから任せてください!』
『許可を頂きました。船の修理とエンジンの改造は済んでいます。全力でかっ飛ばしますのでしっかりと掴まってて下さいよ!』
『やっぱり、またあの魚もどきが来たわね。ふふ、いいえ気にしなくても良いわ。えぇ、ここは私たちに任せて先に行きなさい!!』
本当に、泣きそうになる程力強く背を押されてしまった。それを堪えながら砂煙から歩みでて愛銃と比べて武骨が過ぎる託されたそれを構え直し少女は…小鳥遊ホシノは応える。
「うへー。そりゃ一大事だからね…急がない理由が無いでしょう?」
これにて役者は勢揃い。
故に始まるは死闘。
『ディアブロス特異個体』…狩猟開始。
Q・なんかホシノ到着早くない? なんかあった?
A・生徒達の全力で頑張ったからと言うのと偶然が重なった結果です。
えぇ、本当に偶然ですとも。
偶々かの預言者が作り出した大穴から彼女が飛び出した際に私がその場に居たのは偶然です。決戦場の位置を教えたのは僅かなれど恩が売れればとは、思いましたがね?
くっくっくっ!