「ほんぎゃあああああああ!」
生徒の絶叫が響く。
「おぉああああああああああ!! にゃーああああああ!!」
「あぁもう! もうちょっと静かに出来ないの!?」
「ごめんねー! でも少し位威嚇として作用してくれたらと思ってー! いやでも今の状況だと意味無さそうだし効果があっても逆効果か、止めよ」
「こんな状況でも一気に冷静になれるの素直に羨ましいわ!」
なんて、ある意味何時も通りな園芸部の生徒とそんなやり取りをする『黒見セリカ』。彼女達が居るのは自治区から自然公園へと陸路で向かえるルート上に築かれた壁。大自然の脅威から身を守る為にアビドス自治区に住む人々が協力して作り上げたそれを背に彼女達は、修羅場の中に立っていた。
彼女の視線の先に広がりのは文字通り視界を埋め尽くす程の数のアプケロスやリノプロスと言った草食動物達がバリケードに体当たりし軋ませ、勢いそのままに草食動物同士がぶつかり合い傷つけ合う。縄張り争いではない、唯ここに居る草食動物の大半が混乱し暴れ回っているだけの正気の存在しない光景が広がっている。
セリカはひたすら愛銃の引き金を引き続けながら思う。少し前までは怯えてはいたがここまで無秩序に暴れる様な事はしていなかった、だから問題のない場所まで誘導する準備を進めていたと言うのにどうしてこんな事に、と。いや、どうしてではない。原因は分かっている。
自然公園の状態が悪い方向で噛み合ってしまった結果だ。
例のセルレギオスによる一時的な大型肉食動物の減少とそれに繁殖期が重なった結果の個体数の増加。ディアブロスとビナーの争いに巻き込まれないようにと起こった草食動物達の大移動に、これはまだ彼女達は知らないことだがその二体の争いによって生じた地形の変化。それらが、想定を遥かに越える数の草食動物達が押し寄せる結果へと繋がったのだ。
そして今の状況を、狂乱を生んだ原因が…ゲネポス達の襲撃だ。
いや、それが襲撃であるかは分からない。ゲネポス達もまたあの二体から逃げてきただけかも知れない。が、関係無い。草食動物達にとって自分達の捕食者の出現は冷静さをが恐怖で塗り潰されるには十分な理由だった。
銃声と咆哮に交じり悲鳴が、断末魔が響く。尋常ではない数の混乱する草食動物の群れに飛び込んだ、或いは呑まれてしまい押し潰されたゲネポスのものだ。
完全に興奮し、恐怖し、混乱している。駄目だ、もし今の状態の草食動物達がバリケードを突破し壁を越え自治区に流れ込んでしまったら、今の消耗しきったアビドスでは堪えられない。
そして、事態は更に悪化する。
彼女達の視界の端で何匹もの草食動物が跳んだ。
「はぁ!?」
あの種はあんな跳躍力があったのかと思わずか視線をもっていかれ、気付く。違う、跳んでいるのではなく吹き飛ばされているのだと。
そして、それを成した存在は。
「ゴォオアアアアアアアアアッ!」
「アンジャナフ!? 嘘でしょう!?」
何故、どうしてと疑問に思っている余裕は無かった。怒り狂い何かを探しながら突き進むアンジャナフに吹き飛ばされた一匹の草食動物、リノプロスが凄まじい勢いでバリケードに叩きつけられた。
ミシリッと聞きたくない音が響く。
あ、と言う誰かの呟きは直後のバリケードの崩れる音に呑まれ…それすらもなだれ込んできた草食動物の群れに押し潰された。
「ヤバいヤバい! 下がれ下がれ!」
「いや駄目! ここを通らせたら自治区が!」
「そもそも下がる余裕がっ!?」
生き物が生存の為に傷付いた体を動かして血を撒き散らしながら進む。反射的に、少女達は引き金を引く、止まらない。誰かの悲鳴が咆哮が掻き消し、壁を超えて自治区へと溢れる。
寸前に、彼女達の背後から飛び出してきた何台もの車両が眼前に止まり群れに向かって弾幕を張り押し止めた。
「これって…っ!」
溢れた声に答えるようにセリカの眼前に車が一台停車する。もしやと思いながら見るとでかでかと書かれた文字は彼女の想像した通りの物…ではなく『給食部』と言うもので。
「…え、あ、はぁ!?」
「到着、ですわね」
「うわぁ、すごい状況」
「だねー、スッゴい数…美味しそー!」
「ふふ、これだけいれば文字通り食べ放題でしょうね」
「美食研究会!? なんで!?」
「勿論、美食の為ですわ」
突然の知り合いの登場に再び何故、どうしてと溢れた疑問に当然の様に言いながら車から降りてくるのは『黒舘ハルナ』と、それから…一人の大人。
「! 先せ…えぇっ?」
溢れた困惑の声にごめん、遅くなったと謝罪し車酔いしているのか若干顔を青くしながらもタブレット片手にしっかりと前を見据えるシャーレの先生。アヤネ曰く、複数の自治区で大きな問題が発生しそれの解決に走り回っていると聞いていたから間に合った事に驚きながらも来てくれことを喜んだが、一瞬でその感情が何処かに行って困惑してしまった。
だって、先生の後を追うように降りてきた生徒が余りに酷い状態だったから。具体的に言うと泣いていた、それはもう顔が涙と鼻水とでぐちゃぐちゃに成っているレベルで泣いていた。
一応、彼女の事も知っているからこそ三度目であるがなんでと思うほか無い。が、申し訳ないがそれを気にしている場合ではない。
「先生! 状況は」
「既に、私が説明済みだ」
遮るように告げながら姿を見せたのは今度こそセリカの想像した通りの存在。即ち『かいざー牧場』の元理事である。
「理事長! 間に合ったのね!!」
「元を付けて長を外せ。本当に何処から長が出てきたんだ。と、そんな事を言っている余裕は無い。あぁその通りだ。そこで顔を青くしている先生とその指揮下にある生徒達の手伝いもあってギリギリだったがな」
そう美食研究会を指差しながら言う彼の背後では弾幕を張りながら車から幾人ものロボット市民、かいざー牧場の社員が飛び出し手にした盾で暴れる草食動物達にぶつかり合い、強引に行き先を変え誘導を開始していた。
「予定通り、我々は今から奴らをかいざー牧場の第二放牧地に誘導する。援護は任せたぞ美食研究会の諸君」
「はーい!」
「うぅ、ちょっと怖いけど頑張るわね!」
「終わったら約束通り食べ放題、宜しくお願いしますね♪」
「あぁ、かいざー牧場の誇る最高品質の肉をあるだけ食わせてやる」
「と言う訳ですわ」
「あぁそう言う事って今は不味いわよ! 酷い興奮状態でこのまま誘導したら」
「問題ない」
給食部と書かれた車に乗り込みながらはっきりと彼は言った。
「奴らに関しては我々はお前たち以上に密接に相対してきた。この程度ならばどうと言うことはない。任せろ」
力強い言葉に、だからと続く。
「あれはお前たちに任せる」
声を塗り潰すように音が轟く。壊れたバリケードの穴を更に押し広げ破壊しながら自治区へとアンジャナフが踏み込んで来ようとしていた。
セリカは、いやその場に居た少女たちは皆力強く頷いた。
「任せてっ!」
その言葉を合図に皆動き出す。かいざーの大人たちは草食動物の誘導を。アビドスの生徒たちは…狩りを。
生徒達が慌ただしく動き出しセリカもまたやってやるわ、と武器を構え直す。と、隣にすっとハルナが立つ。
「あ、貴女は残るのね」
「えぇ、お手伝いをと思いまして」
言いながら同じく武器を構える彼女に、正直に言うと普段は余りに会いたくないが、今はとても頼もしいと素直に思えた。深呼吸をし、軽く見渡す。ハルナは何時も通りに優雅に微笑み、先生は指揮は任せてとタブレットを構えた。
そして、涙を流していた少女がスルリと前に歩み出た。
少女は、唯々己が情けなくて仕方がなかった。
親友の危機に間に合わず、手を伸ばすことすら出来ず。母校の危機に出遅れ、後輩たちに酷い負担をかけてしまった。更には個人的とはいえ大恩あるこのアビドス自治区の危機に至っては偶然今日この日、先生と共に行動していなければ知りもしなかった。
本当に、情けなくて情けなくて。幾ら詫びても足りないだろう。
だが、それでも今はすべき事が、出来ることがある。これ以上の後悔を重ねぬために少女は涙を拭う。
「先生、指揮を」
少女は、『百鬼夜行連合学院』所属『百花繚乱紛争調停委員会』の自称副委員長『御稜ナグサ』は、アビドスに恩ある者として、一人の狩人として静かに背負った己の得物。
身の丈程ある刃を…『太刀』を抜き放ち、静かに構えた。
アンジャナフの討伐報告がなされたのは、これより凡そ一時間後の事だった。
Q・先生はなんでこんなに遅れたんですか?
A・他自治区でマジでヤバい事が発生してしまいその対処してたから。具体的に言うと『デカグラマトンの預言者』の一部がアビドスに向かって移動を始めたり、突然発生した『噂話』のせいで多くの生徒がパニック状態に陥ったりと言った具合に。正直、間に合ったのは奇跡に近い…
いえ、正しく奇跡と言うべきかも知れませんね。
だからこそ、懸念もまた正しかったと言える。
此度は飽くまでマエストロの創作こそ主題。
幾ら先生がアビドスの地に於いて『既に主人公ではない』とはいえ、キヴォトスに於ける主役、或いは救世主であることに代わり無く。
故に、結末が定まってしまいかねない先生の介入を遅らせて頂いた。
それも個人的興味はありますが…今回はマエストロの手助けをと思いましてね。
「そう言うこったぁ!」