アビドス砂漠で狩りに生きる。   作:春山乃都

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「よいしょ、よいしょ」
「失礼します。ユメ先輩。準備は出来てますか?」
「んー、あとちょっと…んしょっと。ふぅー、うん。準備完了!」

「じゃあ、始めよっか」


第98話

 ディアブロス特異個体との戦いから、数日後。

 

 生存競争を生き抜いた少女達は現在、アビドス自治区の病院で入院していた。

 

 そうなったのは別におかしな事ではない、寧ろ当然の事だろう。作戦に参加した生徒は皆、程度の差こそあれど疲労困憊且つ負傷していて。更に言えばトリニティ救護騎士団団長、蒼森ミネがアビドス自治区に訪れていたのだ。

 

 

 溢れんばかりの救護魂を滾らせている彼女が、そんな状態の少女達を見逃す筈が無かった…と言うだけの事だ。

 

 

「いやー、端から救護してるのは何度も見てきたけど…実際にされる側に立って見ると迫力凄いね」

「確かに救護中のミネさまの気迫は凄まじいものですからね。あ、こちら見舞いの品です」

「お、ありがとー☆」

「そしてこちら、貴女様が入院した結果溜まった書類の一部です」

「うん、そっちは全く有り難くないかな…」

 

 病院の一室、広々とした個室のベットの上でクルルンが普段身に付けているクルルヤックのマスクを拭きながら言葉を溢す彼女の目の前に、同じトリニティがティーパーティー所属を示す制服を身に纏う少女は鞄から取り出した複数の果物の入った手提げ籠…と、書類の束をバサッと置いた。

 

「大丈夫です、きちんとミネさまから問題なしと太鼓判を押していただけた枚数且つ郊外に持ち出しても問題なしと判断された物なので…それにゲヘナの風紀委員長は平然と書類を捌いていたそうです、つまり貴女様もいけますっ!」

「ごめん、あれと比べられるのちょっと困るじゃんね」

 

 あれ、とかなり失礼な言い方ではあるがこればっかりは仕方がないと彼女は思っている。なにせゲヘナ風紀委員長空崎ヒナは、あのディアブロスの突進が直撃したにも関わらず左腕と肋骨が数本骨折しただけに止まり、挙げ句その状態で書類仕事をしていたのだ。一般的生徒から見れば自分も大概ではあるだろうが流石に人外に片足突っ込んでそうな彼女と比べられても…といった感じである。

 

 

 尚、そんなヒナも怪我人である事に変わりはないので普通に部下らしい変な格好をした少女に仕事は禁止と言われていたのは記憶に新しい。

 

 

 なんて事を考えた所で目の前の書類が消えるわけでもなく、仕方ないと言わんばかりに溜め息を吐きながら拭き終わったマスクを装着し、ベットから立ち上がる。

 

「まぁ仕事に関しては分かったよ。でもやるのは明日でお願い、これから用事があるし」

「きちんとしていただけるのであれば…しかし、用事ですか。もう日も暮れていますが大丈夫なので?」

「大丈夫だよ。ちゃんと許可取ってるし」

「そうですか…それで、その用事とは?」

 

 と、首を傾げながら聞く少女にクルルンは答える。

 

「歌を聴きに行くんだ」

 

 

 

 

 

 知らぬ者、初めて聴く者からすれば聴き慣れぬその言葉は、その歌はずっと歌われてきた物。

 

 そう、ずっとだ。砂漠にジエン・モーランが出現してから…いいや初めて狩りを、初めて命を奪ったあの日からずっと歌われてきた。かつて、アビドスの人々に狩りを、大自然との付き合い方を教えてくれた恩人達が同じ様に教えてくれた…命との向き合い方。

 

 

 その内の一つである歌を…『鎮魂歌』を遠い遠い空の果てに、深い深い地の底に、命の眠る場所に届く様にとアビドス校舎の屋上で梔子ユメは心より祈り、歌う。

 

 

 その眠りが、安らかなものでありますように。

 

 

「…ん」

 

 静かに、けれどしっかりとアビドスに響き渡る歌に、砂狼シロコは耳を傾けながらも身を隠すようにひっそりと裏路地を進んでいた。

 

 淡い明かりの元で夜になっても作業を続けていた人も手を止め静かに聞き入る中で何故彼女はこそこそと気が付かれない様に気を付けつつ進むのか。

 

 理由は簡単だ。外出許可が下りなかったので勝手に病院から抜け出してきたからだ。

 

 もし自分が居ないことに気が付いたら騒ぎに成るだろうなと若干、いや結構申し訳なく思いながらもシロコは歩く。普段ならば余り気にしないが今回は十割自分が悪いので流石にという奴だ。実際、今の自分はうろうろしてて良い状態ではないから許可が出ないのも当たり前だと分かっているから、余計に。

 

 だが、だとしてもこの日だけはと抜け出してきた彼女が向かう先はアビドス市街の外れ。他の地域と違って賑わいのない、だが少なくない人が訪れるそこにあるのは程々な大きさの公園と…慰霊碑だ。

 

「ん、来たよ」

 

 そう、淡い灯りに照されながら佇む慰霊碑を前にシロコは小さく呟いて、手を合わせ祈る。

 

 何気なく行っているそれは百鬼夜行の生徒が行っていたそれを真似たもの。所作としては正しいのかは今一分かっていない。けれどその生徒曰く、大切なのは所作の正しさではなく意思であり想いであると言う。

 

 だからこうして歌の響く夜は、無理でない限りは必ずここに訪れて祈っているのだ。

 

「……ん」

「終わった?」

「っ!?」

 

 暫くして、静かに顔をあげると同時に掛けられた声に肩が跳ねるシロコ。振り返ってみると、そこには小鳥遊ホシノが立っていた。瞬間、自分が勝手に病院を抜け出してここに居ることを思い出し反射的に身構える。が、それを見たホシノは軽く手を振って見せた。

 

「そんなに身構えなくても良いよ。ここに居る理由は同じだろうから」

 

 そう言うと彼女もまた慰霊碑の前に立ち、暫く眺めた後静かに目を閉じた。

 

 黙祷、と言うやつだろうか。果たして彼女が祈り思い馳せるのは犠牲に成ってしまった人々か…それとも、己が狩ってきた命達か。

 

 なんて、そんな事を思いながらも何となくホシノの横顔を眺めるシロコ。ふいに彼女は視線を再び慰霊碑へと向けて、そしてホシノに問い掛ける。

 

「ホシノ先輩」

「…何、シロコちゃん?」

 

「あのディアブロスは…何に怒ってたんだろ」

 

 ホシノの視線が自分に向けられるのをシロコは感じた。この疑問は、ずっと胸につかえていたもの。だって自分の知っている生き物達は皆、ずっとずっと声無く叫んでいた。

 

 生きるのだと。

 

 けれど、あのディアブロスは違った。何処までも純粋な殺意は唯、死を望んでいた…自身の命すら例外無く。生物として破綻しているその行動の根源は、溢れんばかりの怒りだった。子を奪われた親の怒りとも違うあれは、一体何があった故なのか。いくら考えても分からなかった。

 

「それは…私にも分からないかな」

 

 ある意味、当然の答えにシロコは唯頷く。あぁ、分からないのは仕方の無い事だ…だから。

 

「だから、ちゃんと調べて…知らないとだね」

「…んっ」

 

 もう一度、彼女は頷く。分からないからそこで終わりではない。歩み寄るのでも、手を差し伸べるのでもなく、相手を知る事をこそが調和の始まりであると思うからこそ。

 

 自然と共に生きていく為に、知る事を諦めてはいけないのだと彼女達は知っている。大自然が教えてくれた故に。

 

 

 間も無く、夜が明ける。響く歌の終わりと共に。

 

 

 そして勝ち取った新たな1日を、彼女達は生きていく。




『歌の日』

 アビドス自治区の深夜、死したものが目覚めると言われている時間帯に行われる祭事。

 それは、彼女達が教わり。だが見たことの無い大元それとは掛け離れたもので、未だ慣れない故のあらも目立つものだ。けれど、響く歌に込められた祈りと誓いは確かなもの。

 彼女達は祈る。その眠りが安らかなものであるようにと。

 彼女達は誓う。己達の今が、多くの命を越えた先にあることを…決して忘れはしないと。
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