【完結】聖魔法少女マルタの一日   作:ほいれんで・くー

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幕間一/第二章「私は主人公なんてやりたくない。活躍もしたくないわ」

幕間一

 

 なんとか第一章を書くことができた。とりあえず私は安堵した。私は作者として作品内に存在を確定することができた。それに、主人公のマルタはけっこう魅力的な登場人物として書けただろう。

 

 だが、私はすでに疑念を抱いている。この黒猫、私が作中において変容を遂げたこの黒猫は、はたして私とまったく同じなのだろうか? 私の代弁者として、いや、私自身の化身として、この猫はすんなりと話を進めていくことができるのだろうか?

 

 すでに第一章の最初から、作者が作者として物語内に存在することの難しさを私は痛感していた。私は私らしく語ろうと努力したが、書き上がったものはまったく私らしい語りになっていない。私は今後も私として語ることができるのか?

 

 私はまた不安になった。今日はクリニックに行かねばならない。だが、このような話を医師に話して何になる? 私はきっと、あの狭い北側の診察室に元気よく挨拶をして入り、二、三の世間話をして、それから「今回も順調でした」と愛想笑いをしながら医師に言う。医師はまた六週間分お薬をお出ししておきますね、という……診察はたったの五分にも満たない。良い医師だとは思う。だから、不安が収まらないのは、私のせいなのだ。

 

 この作品で、私は不安に打ち克つことができるのだろうか。そう思った私はふと気になって、これまで書いたマルタの言動をもう一度チェックした。

 

 マルタは、私が考えたとおりの発言をしている時もあれば、まさにマルタ自身が考えたとしか思えないような発言をしていた。私が書いているはずなのに。不思議だ。

 

 私から生まれたのに、どこまでも私にとっては未知な存在……それがマルタだ。人は誰しも、このような存在を心の中に抱えている。自らのうちにあって、自らでも分からない謎の存在……これを書きたいから、人は作家になるのではないか? 

 

 しかし、こういう話を、小説を書いたことがない人間にすると、みな意外そうな顔をする。そのような存在などいないという。私にはそのことが不思議でならない。

 

 この作品の鍵は、やはりマルタが握っているのだろう。私は再びキーボードを叩き始めた。不安は膨らんでいたが、書き始めてからは多少落ち着いた。マルタのことを考えると、不安は消えてしまう。

 

 さあ、次はどうやって話を進める? この黒猫の姿では、どうにも語るのが難しいのだが……それでも、進んでいくしかない。

 


第二章「私は主人公なんてやりたくない。活躍もしたくないわ」

 

 世間一般の人間がどう考えているのかは知らないが、私にとって最も不安を掻き立てるものは「先の見通しが立たないこと」である。そのために私は柄にもなく色々と手段を講じる。充分な下調べをし、計画を立て、最初から最後まで全体像を想像し、想定される問題点をいくつか書き出し、そのための備えを整える。こうすることでようやく不安が消える。これは仕事だろうが旅行だろうがその他のイベントだろうがすべてに当てはまる。私の見通しが結果的に正しいと立証されるか、されないかは問題ではない。ある程度の見通しが立ちさえすればそれで良いのだ。

 

 だが創作に関しては逆に、この「先の見通しが立たないこと」が重要になってくると私は考えている。いやむしろ、「先の見通しをあえて立てないこと」が創作を創作たらしめる根本なのではないか。私はそうとすら思う。そんな馬鹿な、という人もいるかもしれない。だってさ、書店で売っている創作の指南書を読んでみなよ。必ず書いてあるよ、「まずはプロットを作成しろ」って。プロットってのはつまり設計図で、設計図を描くということはつまり先の見通しを立てることでしょ。プロットなしで創作ができるわけがないじゃん、はい論破。草でも食って反芻してなさい。

 

 分かってないな。いや、この言葉遣いは上品ではない。言い直そう。あなたのおっしゃることは部分的には正しい。しかし、もっと本質的なことを考えて欲しいと私は思う。そもそも、なぜ創作の指南書においてプロットを書けとしつこいくらいまでに書いてあるのか? それはまさにそれが「創作の指南書」であるからだ。指南書というのはつまり教育書であり、教育書ということは間違ったことを書けないという制約を負っている。あえて間違ったことを教えるという教育もあるのかもしれないが、現代世界というものはますます間違いを許容しない方向へと発展しているので、今後あえて間違いしか述べない教育書が出ることは、ないとは言いきれないが、まあ、ないだろう。なんて嫌な世の中だ。

 

 また話が少し逸れた。私もプロットを書くというのは間違いではないと思う。むしろ有益だし、積極的に正しいとさえ言えるとも思う。設計図もなしに複雑なものを作ることはできないからだ。設計図もなしにロケットとか原子力発電所とか作れますか? きっと美少女ないし美少年アンドロイドも作れない。よし、この点については確認ができた。

 

 だが、考えをさらに進めて欲しい。その逆はどうだろうか? つまり「プロットを書かないこと」は間違っているだろうか?

 

 考えるのが面倒になってきたので先に私の結論を言ってしまうが、「プロットを書かないこと」は間違いではない。なるほどプロットがない。プロットがないから先の見通しが立たない。先の見通しが立たないから不安だ。

 

 不安、不安。なんという嫌な言葉だ。なんという嫌な感情だ。

 

 だが、この不安こそが重要なのだ!

 

 なぜなら私にとっては、不安こそ創作活動を推進する原動力だからだ。「この先どうなるか分からない」「この先ちゃんと話が進むか分からない」「もしかしたら話が終わらないかもしれない」「せっかく書き始めた作品が完成しないかもしれない」 ああ、こんな不安が常に脳内を駆け巡っている。そして、不安というものは考えたところで絶対に解消しない。解消させるにはただ一つ、行動するしかない。だから私は書くしかない。

 

 私は物語を作る作者である。作者がすることはただ一つ、書くことである。不安が書くことを促すというのであれば、私は自分からその不安を受け入れ、それどころか不安を増幅させる必要がある。だから私はプロットを書かない。私は書きたいからだ。私は不安の効能を信じているし、信じざるを得ない。

 

 いかん、ひとつここで重要なことを書き忘れていた。もし「作家」になりたいという人間がいるとするならば(私としてはチャールズ・ブコウスキーの墓碑銘に倣って「突っ張るな!」と言いたいが)、その人は絶対にプロットを書いた方が良い。いや、より正確に言うと、「要求されたならば、プロットをしっかりと書いて提出できるようになっておいた方が良い」 なぜなら作家とは出版社との関係の中でこそ存在ができるのであって、そして出版社とは常にプロット、つまり先の見通しを必要としているからである。

 

 なんだっけ? どうして私はこんな話を第二章の頭からずっとしているのだっけ? せっかく第一章を丸々すべて費やして主人公のマルタと作者である私が関係を結ぶことができたのに、どうして私はプロットについてだらだらと(いや、私としてはそれなりに筋の通ったことを語ったつもりであるが)述べたのか? そうだ! その理由を思い出した。それは、これから私はマルタに重要なことを伝えなければならないからであった。

 

 私は言った。

 

「マルタさん、あの、大事なお話があるので聞いていただけませんか?」

 

 マルタはちょうどJR中央線快速東京行きの電車に乗ったところだった。今朝の突然の雨のせいで乗客たちの体は濡れていて、車内には微かに黴臭さにも似た臭気が漂っていた。朝の通勤通学ラッシュの時間であるため混雑していたが、誰もがこれから送ることになる長い一日を想像して打ちひしがれていたため、車内はごく静かだった。そこに私の声が妙に大きく響いたのだった。

 

 マルタは焦ったように言った。

 

「ちょっと猫ちゃん! 大きな声を出したらダメよ!」

 

 おや、マルタは私のこと猫ちゃんと呼び始めたぞ。その呼び方ひとつでマルタの人となりが分かるというものだ。しかし私としてはそこで「はあ、そうですか」とただ頷いていてはいけない。マルタは今、私とポーランド語で話している。ということは、彼女の「猫ちゃん」というのもまたポーランド語である。こういう会話文の中で一単語だけ外国語を混ぜることで効果のある表現ができるというのは作者にとっては常識であるから、ここはいちおう「猫ちゃん」がポーランド語で何と言うか、調べなければならない。

 

 ふむ、ふむ。なるほどね。ポーランド語で「猫ちゃん」は「kotek」というらしい。猫「kot」に指小辞「er」がついて「子猫ちゃん」になるようだ。知らんけど。読み方としては「コテク」で良いようだ。調べた甲斐があった。これからは本文中に「コテク」と書くようにしよう。ちなみにポーランド語には厄介なことに呼格というものがあり、「何かに呼びかける時には活用して形が変わる」という面倒な文法規則があるのだが、私はそこまで再現しない。創作には独自の経済性があるからだ。つまり余計な手間はごめんだということだ。

 

 マルタはまた言った。

 

「ちょっと、コテク! 話を聞いているの? 返事をして」

 

 客観的に見れば、今のマルタは自分のカバンに向かって何やら異国の言語で話しかけている奇妙な女子高校生となってしまう。であるから、作者である私としては周りの乗客の反応も書かねばならない。「乗客たちは無関心を装いつつも一斉にマルタへ向けて無言の関心を示した」とかなんとか……

 

 だが、私はこの「書かねばならない」というのが嫌いだ。およそ創作物というのはこの世に存在するありとあらゆる「ねばならない」から解放されるために作られるのではないのか? だから私は周りの乗客について書かない。書かないから、マルタが変な顔で見られることもない。さて、話を続けていこう。

 

 私はマルタに言った。

 

「マルタさん、とても大事な話なのです。聞いていただけますか?」

 

 マルタはきょろきょろと辺りを見回した。乗客たちが何の反応も示さないことを疑問に思いつつも、マルタは私に答えた。

 

「それならさっさと言って。そしてまた黙って」

 

 私は言った。

 

「ありがとうございます。では、言いますが……」

 

 私はいったん言葉を切った。次に発する言葉を強調し、印象的なものにするためにこういう書き方をするのである。

 

 そして満を持して私は言った。

 

「実は、この作品にプロットはいっさいないんですよ」

 

 マルタは「はぁ?」というフィラーを発した。

 

「何? プロット? プロットって何のこと? 『陰謀』のこと?」

 

 私は答えた。

 

「確かにプロットには『陰謀』という意味がありますね。フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』(アメリカに対する陰謀)という作品もありますし。でも、ここで私が言っているのは『筋書き』という意味のプロットです」

 

 マルタはまだよく飲み込めていないというような顔をして言った。

 

「筋書き? どういうこと?」

 

 私はまた言った。

 

「だから、この作品にはプロット(筋書き)がないのですよ。あなたにとっては残念なことかもしれませんが」

 

 ますますその表情の上で疑問の色を深めながら、しかしどこか呆れたような口調でマルタは言った。

 

「ごめん、全然分からないわ。まったく意味が分からない」

 

 私は言った。

 

「意味が分からないというのは、どういう点においてですか?」

 

 いかん! ただの会話文が続いている! 第一章でも書いたが、会話文というものは次なる展開のための跳躍台である。私がこれだけ会話文を続けているということは、つまり私が次なる展開に詰まっているということである。私は煙草を吸った。ええと、これで……十八か。十八ね。そろそろ一箱が無くなっちまうぞ。しかし煙草を吸ったことで私は良いことを思いついた。さらに続けて会話文を垂れ流すよりも、ここで私が作者としての権能を発揮して、マルタの心の中をすべて明かしてしまおう。それが一番手っ取り早い。

 

 マルタは言った、「まったく意味が分からない」と。彼女が分からないと思っているのは以下の諸点に関してである。ひとつ、「この作品」と言っているが、その意味は? ふたつ、「プロット」がないとはどういうことか? みっつ、作品においてプロットがないことが自分自身にとってどのような意味を持っているのか?

 

 なるほどマルタには論理的な思考力がある。まず観察し、不明な点を列挙し、情報を整理して、段階に応じて推論を進めていく。ここからまたひとつ、マルタの性格というか人となりに関して情報を追加することができる。「マルタは数学を初め、学校の勉強が得意である。偏差値は70くらいある」

 

 私はマルタに言った。

 

「先ほど私はあなたに言いました。私は作者で、この世界を、いやこの作品を今、現在進行形で書いているところなのです。しかし、その上で一般的には必要とされているプロットを私は持っていないということなのです。いや、私自身の創作論によればそのプロットがないということこそ重要なのですが……」

 

 私の話を遮るようにマルタが言った。

 

「コテク、言いたいことはたくさんあるんだけど、さっき三鷹を通過したところだから、そろそろ吉祥寺に着くわ。電車から降りたらまた話をして。あんまり聞きたくない話なんだけど」

 

 その言葉のとおり、ほどなくして電車は吉祥寺駅に到着した。ああ、懐かしき吉祥寺よ。この町には私の思い出が詰まっている。朝、寝ぼけて駅の鋼鉄製の支柱に腕をぶつけ、腕時計のガラス面に傷がついたこと、帰り道、暗くなったホーム上の自動販売機でミックスジュースを買って飲んだこと、ある日、小学生が電車から降りる時にランドセルの蓋が開き、その中身がすべて車両とホームの隙間へ雪崩のように落ちていったのをなすすべもなく眺めていたこと……しかしそんな感慨を余所にマルタはどんどん先へと歩みを進めている。なぜなら彼女は遅刻しそうだからである。

 

 マルタはホームの下りエスカレーターに乗ると、そのすぐ下にある南改札口を抜け、そして京王井の頭線のプラットフォームへ向けて歩いていった。マルタのパスケースは革製のお洒落なものだった。クラクフの革職人が作ったものだ。きっと彼女がポーランドから持ってきたものだろう。駅構内を行く人々はすべて似通っていて、墨絵のようにぼんやりとしたシルエットだった。それは仕方がない。今の私にそういった細々としたものを的確に描写する気力がないからである。

 

 その理由は六である。六! おや、と思ったであろう。ほら、引っかかったね。これは煙草の本数ではない。これは私が今朝から今に至るまでトイレに行った回数である。それも、腹痛のために行った回数である。昨日の勤務がビミョーに辛かったせいで、今日の私の健康状態は悪ガキのいたずらによって脚を一本一本もがれたことで死にかけているコオロギのようなものになっている。いや、比喩が適切ではない。今一つコオロギと腹痛、下痢というのは観念連合的に結びつきが薄い。まあ、どうでも良い。私は今、腹痛に苦しめられている。だから余計なことがいっさい書けないのだ。困ったことだ。

 

 それでも話を続けなければならない。そうだ、またルールを追加しておこう。「どんなに苦しい時でも小説を書け」 まさに作者とはフレディ・マーキュリーが歌うまでもなく「ショー・マスト・ゴー・オン」という修羅道に身を置いている。あるいはルッジェーロ・レオンカヴァッロの「道化師」でも良いが、作者は仮令(そう、これで「たとい」と読む。しかし世の中にはこれを「例え」と書く人が多いんだなぁ、これが)腹痛に苦しめられようと話だけは先へと進めなければならない。

 

 そんなことを考えている間にマルタは井の頭線渋谷駅行きへ乗車していた。いや、この書き方もやはり卑怯である。私は意図的にその間の描写を省いたのだ。まあ、マルタが昇りのエスカレーターに乗って、改札を通って、鳩の白い糞に塗れている茶色の線路を下に見ながら、今日自分を久我山駅まで運んでいく電車に乗るなんてシーンを書いたところで、何も面白味がないだろうから仕方がない。マルタにとってそれはルーティンであり、大半の人々にとってもそれはルーティンであろうから、書いても何も面白くないだろう。

 

 電車に乗り、電車が発車し、数秒が経ったところでマルタは私に話しかけてきた。私としては今度こそ吉祥寺駅発の井の頭線の車内の様子を事細かく書こうと思っていたところだったのだが(というのは先ほど胃腸薬を飲んだことでようやく腹痛が収まったからである)、彼女に話しかけられたのならば(いや、やはり正確ではない書き方だ。私は話しかけられたのではない。私の手が勝手に「マルタが私に話しかけてきた」と書いてしまったのだ)仕方がない。答えるしかないだろう。さて、マルタは私に何と言ったのか?

 

 マルタは言った。

 

「ねえ、コテク。ところで、さっきの話なんだけど、あなたは作者で、今私がここにこうして生きている世界を記述している真っ最中で、でもプロットがないと言ったわね。端的に私の考えを言うと、あなたはちょっと狂っているというか、というよりちょっとどころかだいぶおかしいというか、少なくともこの忙しい朝から積極的に話をしようとは思えないような人間……じゃなかった、猫なんだけど」

 

 ようやく話が進み始めたので私は安堵した。このまま良い感じで話が進むだろう。私はすぐに答えることにしたが、その間にコーラを飲み、煙草を吸い、トイレに行った。今度のトイレは腹痛のためではない。小さい方のトイレである。つまり、七。煙草は十九。いや、もう一本吸った。二十。さらに吸っちまったぞ、二十一。

 

 私は言った。

 

「しかし私が作者であるというのは紛れもない事実なのですよ」

 

 マルタはどこか宙を見ていた。彼女はつり革広告へと目を走らせていた。ああ、まただ。私の手がまた余計なことを書いている! 私は普段、京王井の頭線に乗らない。私が日常的にこの路線に乗っていたのは今からだいたい二十年ほど前の話だ。だからこの電車内にどのような広告があるのか、私はリアリティのある描写をすることができない。

 

 しかしここは開き直ってしまおう。ルールを追加する。「リアリティなんてクソくらえ」 でも私は前に書いたことを取り消せないから、ここで一応はつり革広告について描写しておく。それはポーランド広報文化センターが主催している「ポーランド・フェス二〇二四」の広告だった。恵比寿ガーデンプレイスのセンター広場と時計広場で開催されるらしい。入場無料、予約不要。

 

 マルタがぽつりと言った。

 

「私も参加しようかなぁ……」

 

 無論、マルタは参加することで重度のホームシックを少しでも良いから緩和させようとしているのである。そして私は、それほどまでにマルタがホームシックであることを印象付けようとしてこの一節を書いたのである。すべての文には必ず作者の意図が働いている。

 

 私はマルタに言った。

 

「参加したら良いじゃないですか。あ、でもちょっと待ってください。もしマルタさんがポーランド・フェスに行くということになったら、作者である私はそのように書く内容を決めないといけない。それは避けたいのですよ。だから私はそのように書きません」

 

 だってさ、あんまり面白そうな展開にならなさそうじゃん。とまでは私は言わなかった。ポーランドの留学生が日本のポーランド・フェスに行くなどという話は、どう考えてもポーランド語の教科書に書かれているミニ・スキットのようなものであって、私がこれから書きたいと思っている小説作品には似合わない。だから私はそのように書かない。

 

 マルタは怒ったように言った。

 

「別にあなたは関係ないわ。私がポーランド・フェスに行きたいと思ったら行く。それは純粋に私の意志の問題だから。ところで……」

 

 マルタはさらに言葉を続けた。

 

「コテク、あなたは自分が作者だのなんだのと言っているわね。まだ私としてもまったく意味が分からないんだけど、仮にあなたが作者で、そしてプロットがないのだとすると、それは私にとってどういうことになるのかしら?」

 

 ありがたい、と私は思った。マルタの方から話を続けてくれた。私としてもこれ以上どうやって話を進めたものかと思案していたのだ。作者にとって救いとなるものはプロットではない、キャラクターである。このことはよく覚えておいた方が良いだろう。プロットがなくてもキャラクターが生きたものであれば、それはそれで話が勝手に進んでいく。マルタは勝手に動いてくれて、私のどん詰まりを解消してくれた。

 

 こうなったら一気に話を進めた方が良いだろう。そう判断した私は、思いきってマルタに言った。

 

「あなたは主人公なのです」

 

 マルタは「え?」と言った。

 

「私が主人公? どういうことなの、コテク?」

 

 私は頷いた。しかし私はマルタのカバンの中にいるから、マルタには私の頷きは見えないはずである。マルタにカバンを開けてもらいたいが、先ほどから何度も書いているように、私はキャラクターが自然に動いてくれることを常に望んでいるのであって、私がキャラクターを動かすことは本意ではない。カバンを開けてくれないかなぁと思っていたら、マルタはそうしてくれた。私はカバンから頭を出した。

 

 マルタはその大きな青い目で私を見つめていた。目の下の黒い隈が却って彼女の若さと美しさを増していた。湖のように澄んだ瞳の中には私が映っていた。ほんの数秒の沈黙を挟んだ後に、私はマルタに言った。

 

「ですから、あなたはこの作品における主人公なのですよ、マルタ。私はあなたを主人公にして小説を書きたいと思っていますし、事実もう書き始めてしまっています。現段階で二万字と三千字くらいでしょうか。すでにけっこう話は進んでいるのですよ」

 

 マルタは言った。

 

「それで?」

 

 マルタはさらに言った。

 

「もしそうなら話を急いだ方が良いかもしれないわ。今、三鷹台の駅に着くところだから、久我山駅まであと少ししかない」

 

 書いておきながら思ったが、今の台詞に私の意図がちょっとでも混ざっていないと言い切れるだろうか? 私は彼女の台詞によって時間経過を示したいと思ったのだが、少し説明的すぎる調子になってしまったような気がしてならない。しかし書いてしまったものは仕方がない。それにマルタの言うとおり、久我山駅に着いた後、マルタは徒歩十五分の道を歩いて高校に行くしかない。こういう電車内というある意味で固定された状況でないと複雑な内容の話を展開するのは難しいかもしれない。

 

 私は言った。

 

「問題なのは、あなたが主人公であるのにもかかわらず、プロットがないということです。プロットがないということは、あなたが今後どういう出来事に遭遇して、どういう活躍をするのか、まったく未定だということなのです」

 

 マルタは言った。

 

「私は別にそれでも構わないけど」

 

 電車は三鷹台の駅を発車したところだった。彼女はさらに言った。

 

「だって、活躍したいとかまったく思わないし。今日も一日がなにごともなく終わってくれればそれで良い。ただでさえ朝から変な猫まで拾うことになってしまって、私、はっきり言って疲れているのよ。今日は数学の小テストがあるのに」

 

 マルタはさらに言った。

 

「私は主人公をやりたくない。活躍もしたくないわ」

 

 うんざりしたような口ぶりだった。そして彼女は口を閉じた。

 

 それはそうだろうなと私は思った。もし私がマルタの立場だったらきっと同じようなことを言うだろう。自分がもし何らかの作品の作中内存在で、しかも主人公で、何らかの活躍をしなければならないのだと言われたとしたら? しかもそれを朝のクソ忙しい時に、これから長い一日をなんとかして終えなければならないと思って気力を振り絞っている時に、正体不明の訳の分からない存在から告げられたとしたら?

 

 本人が望んでいないのに、こちらが意のままに動かすことはできない。それは私のキャラクターの動かし方の美学に反するからだ。この話をするのは何度目だっけ? とにかく、マルタは主人公をやりたくないと言っている。しかも活躍もしたくないと言っている。やりたくないと言っていることをやらせるわけにはいかない。ああ、やはり作者とは全能ではないのだ。キャラクターがいやだと言ったら作者は従わなければならない。

 

 このままでは私は八方ふさがりである。いっそのこと、ここで書いてしまおうか?

 

(おわり)

 

 とてつもない敗北感だ!

 

 しかし、と私は考えた。二十二、二十三。マルタはこう言っているが、事実としてマルタは既に主人公として動き出しているではないか。そして、それなりに活躍もしている。いや、まだ活躍というほどにはマルタは動いていないが……とにかく、この作品はもはやマルタ抜きでは成り立たないようになっている。いや、もしかするとぎりぎり今の段階だったらマルタを主人公から外してもなんとか軌道修正ができるかもしれないが……

 

 マルタ本人がどう言おうと、もうこの作品内にマルタは存在とその意味を確定させてしまっている。だからマルタは主人公をやめることはできないし、それに作者であるこの私も、マルタを主人公から外すことはできない。なぜなら私はマルタによってこの物語世界に存在を結び付けられているのだから。マルタを外せば私も消える。

 

 だからマルタ本人が主人公をやりたくないと言おうが活躍したくないと言おうが私がそれに従う必要はなく、むしろ私には作者として、マルタが主人公として活躍するようにこの先を書かねばならない使命がある。充分な結論だとは思えないが、今はこれで良いだろう。よし、これで何とか先へと進むことができそうだ。

 

 すると、マルタの方から私に話しかけてきた。

 

「……ところで、仮に……仮に、よ。本当に私があなたの言うように主人公だとしたら、あなたは私にどんな活躍をさせたいの?」

 

 良い質問ですね! マルタがこういうことを訊いてくるのは純粋に嬉しい。やはりキャラクターが勝手に動いてくれるのが一番なのだ。

 

 それにしても、どういう活躍をさせるか……そもそも私はこの小説を「誰も書こうとしないような」小説にしたいと思って書き始めた。今更ながら私はこの小説の特徴について言うのだが、私が今書いているのはいわゆる「メタ・フィクション」というものである。

 

 メタ・フィクションの歴史は割と長い。たぶんその嚆矢は十八世紀イギリスの作家ローレンス・スターン『トリストラム・シャンディ』であろう。私はこの小説の存在をサマセット・モームの『読書案内』から知ったのであるが、とにかくこんな滅茶苦茶でしかも面白い小説があったのか! と衝撃を受けたのだ。そして(予想がつくだろうが)、私はまだそれをまったく読んでいない。まあよろしい。

 

 メタ・フィクションというのは、端的に言えば「自己言及的な」語りである。読者に今読んでいるものが「作り話である」と気づかせることで、作りものである虚構(つまりフィクション)と現実の関係についての問題を提示する。なんのこっちゃ? まあ、そういう文学形式のことだ。

 

 言い換えれば、メタ・フィクションとは自己言及的な語りを用いて作者と読者との関係の再構築を促し、さらには作品対読者、虚構対読者という従来の構造を、作者対読者対作品、虚構対読者対現実という三項関係の構造へ変容させようという試みである。たぶん。

 

 前述したようにメタ・フィクションの歴史は長いが、まだまだ未開拓の分野でもあって、それだけやりがいのある仕事ではあるのだが、書き始めてから気が付いたことには、この小説は大変気力と体力を消耗する。一度死んで、それから生まれ変わり、そして生きて、また死ぬ。その一連の霊魂のプロセスを一回繰り返すほどに気力と体力を消耗する。誰もやりたがらなかった理由が今更ながらよく分かった。

 

 私は迷っている。このような書き方をすることによって、実を言うと私の目的は半ば達成されているのだ。「メタ・フィクション」を書く。だが、世間というのは温かくも意地悪なもので、あまり突飛なことばかりをしているとすぐにそっぽを向く。

 

 なんだっけ? 私は何の話を……そうだ、世間というものは意地悪だという話だ。意地悪というと正確性に欠けるからちょっと詳しく述べたい。世間というものは常に新しいものを望んでいる。新しいファッション、新しい食べ物、新しいサービスに新しい名所……新しいもので望まれていないのは法律と税金だろうが、まあ事程左様に世間は新しい物好きなのである。

 

 そうであるならばメタ・フィクションという新しい創作形式もすんなりと世間に受け入れられそうなものであるのだが、なかなかそうもいかない。

 

 メタ・フィクションは、それだけでは世間に受け入れられないのだ。何故なら世間というものはどこまでも新しいものを求めている半面、どこまでも「これまでと同じようなもの」を求めているからである。つまり世間とは革新と保守の双極的な性質を有しているということだ。

 

 それに、メタ・フィクションはただでさえ読者にとってストレスが大きい形式である。自己と物語世界との関係性を常に問いかけて再検討するように促してくる作品は、それがたとえどれだけ美しい文章、面白い物語であって、やはり苦痛だろう。

 

 私はだんだん不安になってきた。私がこのままだらだらマルタを相手にメタ・フィクション的な話を続けるのは、私にとっては面白い仕事になるかもしれないが、世間の一般大衆にとっては面白いものではあるまい。彼らは「目新しいけど、今まで楽しんできたもの」を求めているからだ。ここで私は何らかのアクションを……アクションじゃないな、ここで私は何らかの仕掛けを講じる必要がある。

 

 つまり、マルタに世間ウケするようなある特殊な性質を付与しなければならないというわけだ。

 

 こんなことをだらだらと書いていたら電車は久我山駅に着いちゃったんじゃないの?と思われるかもしれないが、安心して欲しい。重要なところなので私は意図的にここの時間の流れを遅くしている。作者である私だけが高速でものを考えているのだから、今マルタが乗っている電車が久我山駅に到着するまでまだまだ時間はある。

 

 私はマルタに言った。

 

「いろいろと案はあるんですよ、マルタ。あなたをどういう主人公にして、どんな話にするのかは。説明しましょうか?」

 

 マルタは軽く頷いた。聞きたくないような顔をしているが、その反面、薄い好奇心のようなものが見てとれる。ああ、優等生のマルタ、一度細かいことが気になってしまうとそれが解決されるまで心が落ち着かないという知的ガッツのあるマルタ。そこに私は付け込むわけである。作者とはキャラクターにとっての神ではない。むしろ悪魔だ。キャラクターの心を利用し、甘言を弄して、こちらの意図へと誘導しようとするのだから。

 

 マルタの承諾を得た私は、さっそく自説を開陳することにした。

 

「ひとつには、マルタが超能力者になって、学校に現れる数多くの悪の超能力者とバトルをしていくという展開ですね」

 

 マルタはにべもなく言った。

 

「却下。私は超能力者になんてなりたくないわ。だって超能力者って心が読めたり、遠くのものを近くに引き寄せたり、催眠術で人を操ったりする者でしょ? 私、他の能力はまだ良いとして、心が読めるっていうのは嫌だわ。それはその人の精神性を蹂躙することになるから。『サムエル記』の前書、第十六章七節ではこんな言葉があるわ。『しかるにヱホバ、サムエルにいひたまひけるは其容貌と身長を観るなかれ我すでにかれをすてたりわが視るところは人に異なり人は外の貌を見ヱホバは心をみるなり』と。私、神様のようにはなりたくないの。それは畏れ多いから」

 

 マルタはけっこうな早口でそう言った。

 

 ああ、そうだった! ここまで私は書くのをすっかり忘れていたが、マルタはカトリックの信仰を大切にしている女の子なのである。決して狂信者というわけではないからそこの点については安心して欲しいが、彼女は常に聖書を大切にして、いつも綺麗な革のケースに入った聖書を持ち歩いている。今、私が入っているこのカバンの中にもそれはしっかりと教科書とノートの間に収まっている。

 

 それで、私は第二案を出すことにした。

 

「じゃあ超能力者というのはやめるとして、ふたつめの案としては、マルタが悪の組織に誘拐されて改造人間にされてしまうということですね。でもその篤い信仰心によって悪の心にまで染まらなかったマルタは、人類と愛を守るために戦うキリストの戦士として他の改造人間たちとの戦いを繰り広げていく……」

 

 私が最後まで言うのを待つまでもなく、マルタは言った。

 

「却下よ、却下! なんで私が仮面ライダーの出来損ないにならないといけないのよ!」

 

 マルタが仮面ライダーを知っているのは意外だった。でも、悪の秘密結社とキリスト教との組み合わせってけっこう目新しいと思うんだけど……しかし私は抗弁をしなかった。他に良い案があるからだ。これならばきっとマルタは受け入れるに違いない。

 

 私は言った。

 

「それなら、魔法少女はいかがですか?」

 

 マルタの表情が突然変わった。目を大きく見開いていて、私をじっと見つめている。彼女は言った。

 

「今、なんて言ったの?」

 

 いいぞ、明らかに脈のある反応だ。私はもう一度言葉を繰り返した。

 

「あなたは魔法少女となるのです。あなたが魔法少女としてどんな力を持っているのか、そしてどんな敵と戦うのか、敵はいったいどのような野望を抱いているのか、それはまたこれから考えないといけませんが、あなたはとにかく魔法少女になって、これから大活躍をするのです」

 

 マルタは沈黙した。それは明らかに私の言葉について考えている証拠だった。ここで私が先ほど風呂に入りながら考えていたマルタの裏設定について公開しようと思う。

 

 マルタはポーランド西部に位置するヴィエルコポルスカ県、その県都であるポズナンの上流よりの中流家庭の出身なのだが、そんなマルタは小さい頃から日本のアニメに親しんでいた。マルタが数多くある留学先の候補を選んだ時、あえて極東の島国を選んだのは、それが大いに影響したに違いない。

 

 私はマルタの声で言った。

 

「『ああ、私も魔法少女になりたいなぁ』」

 

 マルタは見るからに狼狽した。

 

「ちょっと、それ、何⁉」

 

 それ、何⁉ もなにも、これはマルタが祖国の自宅で日本のアニメを楽しくたっぷり鑑賞してからベッドに横になった後、誰に言うでもなく呟いていた言葉である。マルタは次第に動揺してきている。ここで一気に畳みかけねばならない。

 

 私は言った。

 

「マルタ、あなたは魔法少女に憧れている。マルタ、魔法少女になりなさい」

 

 二十四、二十五。また煙草を吸ってしまった。トイレの回数は……八か九。数えるのを忘れてしまった。マルタがなかなか承諾しないからだ。しかしマルタは言うだろう。きっと、私の望んでいる台詞を。私はそのことに関して不安を抱いていない。

 

 久我山駅が近づき、電車が徐々にその速度を緩め始めた、その時だった。マルタはついに私に向かって言った。

 

「……まあ、良いんじゃない。魔法少女っていうのは。私はすでに十七歳だから、アニメに出てくるような女の子たちよりもちょっと歳を取っちゃっているけど、でも魔法少女になれと言われるならばそれはやぶさかではないわ」

 

 ポーランド語で「やぶさかではない」という言葉はどうやって言い表すのだろうか。そんな埒のないことを思わず私は考えてしまったが、私はそれ以上に達成感に満ち溢れていた。やったぜ、これでついに「言質をとった!」

 

 マルタは言った。

 

「まあ、そんなことが実際に起こるなんて考えていないけどね。あなたは流暢なポーランド語を操る正体不明のコテクで、言っていることが滅茶苦茶で、正直さっさとカバンの外へ放り出したいくらいなんだけど、まあ、朝の憂鬱な通学時間をちょっとだけ楽しいものにしてくれたことにはお礼を言うわ」

 

 私は言った。

 

「いいえ、それだけではありません。あなたはこれからどんどん私にお礼を言うことになりますよ。何せ、これからたくさん変わった出来事が起こって、あなたはそれに巻き込まれていきつつも大活躍をして、主人公としての面目を大いに施すのですから」

 

 マルタは言った。

 

「で、どうなの?」

 

 突然、私の手は勝手にこのような台詞を書いた。それはつまりマルタというキャラクターが自然に発した言葉だということである。私としてはマルタが何を望んでいるのか分からないから、「えっ? 何ですか?」と言わざるを得ない。またここでも跳躍台だ。跳躍台がどこまでも連なっていく。

 

 ちょっとイライラしたようにマルタは言った。

 

「ほら、魔法少女っていったら、何かしらの変身アイテムがあるじゃない。それを構えるなり掲げるなりして魔法少女に変身するっていう、なんかそういうアイテムがあるじゃない」

 

 もしかすると、マルタは私以上に物語を作る才能があるのかもしれない。私はまったくそのことを考えていなかった。そうか、それはそうだよな。魔法少女といえば変身アイテムだ。ステッキとか、コンパクトとか、タクトとか、なんとかジェムとか……そういうものがないと彼女たちは変身できない。マルタにも是非そういうものを用意してあげないといけないのだが……

 

 私はマルタに言った。

 

「ほら、マルタさんは黄金のしっかりとした十字架を首からネックレスのようにして下げているではありませんか。それを変身アイテムにしてはどうでしょう?」

 

 我ながら良い案だと思ったが、マルタは見るからに嫌そうな顔をした。

 

「これは私が毎日イエス様とマリア様にお祈りをする時に使うものなの! これを変身アイテムにするのはなんか嫌! 絶対に嫌!」

 

 嫌って言われても……けっこう良い感じだと思うんだけどなぁ。

 

 そう思っていると、マルタがさらに言った。

 

「例えばあなたたち日本人が魔法少女になるとしてよ、数珠や木魚とかの仏具が変身アイテムになったら、なんか違うなこれって感じにならない? そう、日本人っていつもそうよ。ホテルの部屋に鳥居があったり、仏壇の前に刀が飾ってあったり、ガラス張りの和室の中に鎧が飾ってあったり、そういう変な日本描写がされている外国映画についてはぐちぐちいつまでも恨みがましく文句を言うくせに、いざ自分が外国人のキャラクターを作るとなったら、深く考えもしないで『その十字架を変身アイテムにしたらどう?』なんて軽々に言う!」

 

 正論だった。そして私はそれに反論する方法が見つからなかった。私が黙っていると、マルタはやや語気を大人しくして、そして呟くように言った。

 

「これ、私のおばあちゃんが使っていた大切な十字架なの。日本に来るとき、お母さんが私にくれたのよ。これで毎日お祈りをしてねって。おばあちゃんは変わった人で、しょっちゅう家族を置いて家から姿を消していたらしいんだけど、その時でも必ずこの十字架だけは持っていっていたそうだわ。そんな大切なものを、私は変身アイテムにしたくない」

 

 素晴らしい。これは良いネタになる! 書いていて私の妄想は爆発的に成長した。マルタのおばあちゃんもきっと魔法少女だったのだ! いや、魔法老年だったのかもしれないが、とにかくマルタのおばあちゃんは魔法少女で、その十字架で変身をしていたに違いない! こういう設定は美味しいぞ。

 

 もはや、ここまで来てこれ以上うだうだと書き続ける必要はない。私はここに書く。「ポーランドから留学してきた女子高校生マルタは、魔法少女である。彼女の変身アイテムは、彼女と同じく魔法少女をしていたおばあちゃんの形見の十字架である。マルタは魔法少女として、今日も東京都杉並区と三鷹市、武蔵野市周辺に跋扈する巨悪とその配下たちと戦うのだ!」

 

 ああ、ようやく、ようやくこの作品の方向性が決まった。この作品はメタフィクションナルなファンタジー小説である。ジャンルは魔法少女ものである。マルタは今後いかなる戦いを繰り広げるのであろうか?

 

 それについては次章以降をどうかお楽しみに。

 

 いかんいかん、まだこの章を終えてはならない。どうせなら、マルタにはここで魔法少女になってもらおう。私はマルタに言った。

 

「マルタ、十字架をかざして、なにやら聖書の言葉を言うんだ!」

 

 突然の言葉にマルタは動揺したようだった。

 

「えっ? なんで?」

 

 私は言った。

 

「そうすれば君は魔法少女に変身できる! さあ、早く!」

 

 マルタは言った。

 

「こんなたくさん人が乗っている電車の中でそんなことができるわけがないじゃない! それにそろそろ久我山駅に到着するのよ!」

 

 大丈夫だ。周りの乗客の反応について私は書かない。だからマルタが魔法少女に変身しても誰も見咎めないし、動画に撮ってSNSに投稿するようなこともない。久我山駅に到着するのも、これからの一連の流れが終わってからにする。

 

 私はさらに促すように言った。

 

「産声を上げろ、たった今この世に生まれ出でた魔法少女マルタ! この作品の……じゃなかった、この世界の未来は君の双肩にかかっている!」

 

 マルタはノリの良い子だった。やはり大人びているとは言ってもまだ十七歳の女の子である。彼女は首に下げていた十字架を取り出すと、恭しい態度で目の前に掲げ、朗々と聖書の言葉を述べ始めた。

 

「『されど我は汝らに告ぐ、汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ!』」

 

「マタイ福音書」第五章第四十四節だ。なるほどマルタらしい。そしてけっこう魔法少女らしい言葉ではないか。

 

 そうこうしているうちにマルタは眩い黄金色の光に包まれた。マルタの制服が一枚、また一枚と脱げ、下着も脱げて全裸になり、マルタは驚愕の面持ちで、「えっ、ちょっ、待って! 嘘でしょ!? ほんとに!?」と叫んでいる。そうだ、ルールを追加しておこう。「お約束はできるだけ盛り込んでおくこと」 ごめんね、マルタ。でも魔法少女とはそういうものなのだ。

 

 叫んでいる間にも変身のシーケンスは進んでいく。そして脱げ落ちた制服が銀色の細かな粒子となって新たな服を魔法的に再構成する。それは戦いのための衣装であり、祈りのための衣装である。あー、しまった! これではお約束そのものではないか! 直前にお約束を書いたから、ここでは破っておきたかった。次からはもっと約束破りなことを書かねばならないが、まあこれで保守的な世間に対しては一応の言い訳ができただろう。

 

 変身が終わった時に、そこに立っていたのは魔法少女だった。

 

 ただの魔法少女ではない。その衣装は黒い修道服をベースとしていて、ところどころに金色の複雑な紋様が描かれている。なんというか一般的な魔法少女と比べて「重戦車」という感じだった。頭に被っているウィンプルの真っ白さがマルタの金髪の美しさを際立たせている。胸には黄金の十字架、そして手には学校のカバン。そこに私が入っている。うん、悪くない。たぶんマルタは火力型の魔法少女だろう。

 

 呆然とし、確かめるようにペタペタと自分の体を触っているマルタに向かって、私は言った。

 

「初めての変身おめでとう、マルタ! これから君は魔法少女マルタ、いや、聖魔法少女マルタだ!」

 

 そして私もおめでとう。これでようやく話の方向性が決まった。この後はマルタを学校に行かせて、そこでバーンと敵を出してガ―っと戦わせて、ギューンと大活躍させれば良いだけだ。もちろん新キャラとか、敵キャラとか、ボスとか、そういうのを用意する必要があるだろうが……

 

 しかし、マルタは怒っていた。憤然とした表情で私の首根っこを掴まると、カバンから取り出して目の前につまみ上げた。そして言った。

 

「なんてことしてくれるのよ! こんな格好じゃ学校に行けないじゃない!」

 

 ちょうどその時に車内アナウンスが響いた。

 

「久我山、久我山です。出口は右側です。お忘れ物などございませんよう……」

 

 ごめんね、マルタ。作者の特権を使わせてもらった。だって、このあたりで話を終えるのが第二章の締めくくりとして一番都合が良いんだもの。マルタは私を乱雑な手つきでカバンへと押し込むと、聖魔法少女の格好のまま、久我山駅のホームへと降り立った。

 

 さてさて、マルタは学校でいったいどんな活躍をするのだろうか? 実を言うと、私はまだプロットを作っていない。今後も作ることはないだろう。私は常に不安を覚えていなければならないからだ。

 

 それでもマルタには大いに動いて貰わなければならない。考えることは多いが、私は今、非常に満足している。このまま小説を終わりにしても良いくらいだ。しかしそんなわけにもいかないので、とりあえずこのように言っておく。

 

 どうか次章をお楽しみに。

 

(つづく)




 次章もどうぞお楽しみに!

※2025/07/25/金
幕間を追加しました。
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