コールブランド召喚 作:比叡たん♡
通常のものよりは薄く、さりとて臭くないとはとても言い切れない電子タバコの匂いが部屋に満ちている。その部屋の主である垣根はかなり嫌そうな顔をしているが、匂いを積極的に生み出している側である垣根が匂いを嫌うはずもない。FAXから出てきた文書こそ、彼の端正な顔を歪ませている元凶であった。
「厄ネタ指定だけした上でこちらで一時預かりと……親父のやつ飛ばし過ぎじゃないかこれ……?」
そう呟く垣根の瞳には、”極秘”の文字が映っていた。
「まあ、異世界の戦艦が艦娘になってやってきたってのはどう考えても厄介すぎるもんな」
故地である異世界とは行き来できるのか、また帰れなかったとして一体どの国に帰属させればいいのか、またその”異世界"とは別宇宙かそうでないのか、異世界にすら存在するとなれば艦娘とはなんなのかなど、話題は尽きない。
「確かに全く見知らぬ土地よりはわずかでも知った顔がいるここの方がいいと主張したのは俺なんだが……。これで俺も極秘存在持ちの仲間入りかぁ」
当然極秘であるため詳細な情報は出回っていないが、極秘指定された艦娘関連の情報はかなり与太話も混じっているが噂されている。
轟沈した後の艦娘の行方、深海棲艦の正体、タウィタウィの青髪の亡霊、シンガポールのラジコン艦娘、父島の不知火軍団、消えた足柄、横須賀の二重艦娘などだ。
なお2番目については実例がショートランドにいるし、最後についても片割れがいるのですでにその時点で極秘存在持ちも同然なのだが、泊地に馴染みすぎているため垣根は忘れている。
吸い終えた電子タバコを捨てると、垣根は執務室を出た。
時に5月21日、朝5時50分前後のことである。
突如として威勢のいいラッパが鳴らされ、コールブランドは驚き勢いよく起き上がるとゴン!と大きな音を鳴らして頭を何かにぶつけた。
「痛っ」
見るとぶつけたのは木の板だ。何が起こったかよく分からずにいると、右手から声がかけられた。
「コールブランドさん……?」
「ふふっ」
山城の呼びかけと扶桑のちょっと堪えきれなかった笑いを聞き、彼女はやっと昨夜一時的な処置として扶桑山城姉妹の部屋で眠る事になったことを思い出し、同時に目の前の板が二段ベッドの上段だということも理解した。
「あっ、ヤマシロさん、おはようございます。フソウさんも」
「えぇ、おはよう」
そう言って挨拶する間に、すでに扶桑も山城も寝具の整理を終え、それぞれのクローゼットから着替えを出そうとしていた。
「ぅゎ……お早いですね。後先程はすみません。起床ラッパ、船魂の頃は遠くからかすかに聞こえてくるだけで、あんなに大きいとは……」
「慣れればあなたもこのくらいできると思うわよ。今はまだ身体を得てそんなに経ってないから違和感とかあるでしょうけど、それも気にならなくなっていくわ。……それに山城も、昔一回だけ起床ラッパに驚いて二段ベッドの上段から転げ落ちたことがあるのよ」
「お、お姉様!?その話は!……ふ、不幸だわ!?朝からお姉様に不幸にされるだなんて、今日は不幸に違いないわ!?」
そのやりとりを聞きながら、コールブランドは己の手を見た。
傷ひとつない、真っ白い手。船魂の頃と違わない、綺麗な手だ。
ただ一つ、違うことを挙げるとすれば、それは実体化していることのみ。
肌に布団が触れる感覚、肌が南洋の空気に包まれる温かさ、わずかに空いた窓から流れ込んでくる、名も知らぬ花の甘い香り。
全てが未知のものだった。初めて感じてから1日も経っていない今、その鮮烈さは彼女自身に強烈に自身が肉の器に入っていると感じさせ、思い起こさせた。
「あっ!窓が開いていますわ、お姉様!」
「なんですって!?さては閉め忘れたわね!?道理で虫が多かったはずだわ、えい!」
扶桑が力任せに窓を閉めた段になって、やっとコールブランドもベッドから出て、見様見真似ながら寝具の整理をし始めた。
「そういえば、コールブランドさんはご飯まだでしたっけ」
「そう……なりますね」
「全く、あの女は碌なことをしない。いい加減10日くらい三食抜きで研究なりなんなり出来るのは自分だけと覚えて欲しいですわ……」
昨日、コールブランドは彼女の艤装を一人で組み立て直している明石につかまれ、組み立てが終了するまでおよそ12時間ほど艤装に関することを根掘り葉掘り聞かれたのだ。結果、精魂尽き果てた気分となったコールブランドは工廠から出るなり倒れ、とりあえず扶桑山城部屋に寝かせることになった。
垣根も扶桑も、まさか明石がそんなことをしているとは思わず、また明石が昼食や夕食を忘れるのはよくあることである為全く気にしなかった故の悲劇である。
コールブランド、初めての空腹感を味わう。
別にこんな理由で腹を空かせる羽目にならなくてもいいじゃない、彼女はそう思った。
その時、
油の刺さってなさそうな音を立ててドアを開いたのは目の下にかなり濃い隈を作った垣根だった。
『提督!?』
「提督さん!?」
入ってくるなりフラとよろけたのを見て、扶桑はサッと駆け寄り垣根を支える。垣根は生気を振り絞ったような疲れた声を発した。
「おうお前ら。コールブランドが決まったぞ。正式な決定が下されるまでここで預かるんだ。あと親父がかっ飛ばすから多分正式決定でもここの配置になるぞ。やったぜ」
言い終えると、垣根はガックリと首を落とし、扶桑に身を預けて寝入ってしまった。
それを聞いたコールブランドと山城はお互いを見つめ合う。
「コールブランドさん!」
「ヤマシロさん!」
『私たち、一緒にいられるんですね!』
そう言って二人はひしとお互いをかき抱いた。自身と同じように待ち望んだ初陣で奮戦の後沈んだ*1ことが山城の琴線に触れ、いつの間にか”不幸仲間”のような意識が芽生えていた。
明石によって二食食べ損ねたのも形成に一役買っているだろう。
はしゃぐ二人をよそに、扶桑は抱えた垣根の体をやさしく自分のベッドに横たえ、ベッドの縁に腰掛けて見守り始めた。
扶桑の柔らかい表情を見て、二人はジャージ*2に着替えてそっと部屋を出ていった。
「部屋、出ちゃいましたけど……何します?」
コールブランドが質問した。
「ジャージを着た時点で一つしかないでしょう。ランニングです」
部屋を出た二人は寝巻きを洗濯室脇のカゴに入れ、玄関で靴を履いて外に出た。時刻は6時15分前後、日の出の十数分前であるため、天を仰げば左から右へ深い青から赤へと移る綺麗なグラデーションが見れた。
「暑いですね。これが南国ですか……夏とはいえ、カルトアルパスなんか目にならない程ですよ」
「ふふ……今は冬にあたる時期ですよ」
その言葉を聞き、コールブランドは弾かれたように山城の方へ振り返った。
「え?で、でも、こちらの今って、ごっ、5月じゃないんですか?」
そういうと、山城は不思議そうに首を傾げた。
「あら?北半球と南半球では季節が逆になるって話、知らない?」
「……初めて、聞きました。何分赤道付近に海魔……あー、船を襲う怪物がウヨウヨいるらしくていったことがないので」
海魔という言葉に山城が質問しようとした矢先、後方から元気のいい声が聞こえてきた。
「山城さん、コールブランドさん!」
振り返ると、昨日会ったメガネをかけた活発そうな少女がいた。ジャージと相俟って中々にボーイッシュになっている。
同じ元船魂で、元の艦種はクチク艦……向こうで言う小型艦だったはずだ。名前は確か……。
「……アマギリ、さん?」
「あの!ちょうどいいので、一緒に走りませんか?」
「はい、喜んで!」
コールブランドの返事は実に嬉しそうだった。
ランニングコースは鎮守府建物の外回りであり、ジャングルのすぐ隣である。
名も知らぬ下草が足をくすぐり、すぐ脇に生えた椰子の垂れた葉が視界を遮り、地面は赤ちゃけた石だらけの悪路。
コンクリートで固められた港よりは鍛えられるので、ランニングをするものは誰もがこのコースを使用していた。
ゆえに誰ともすれ違わない道理はない。
向こうから走ってきたのは胸の辺りまである髪を後ろにまとめた黒のタンクトップの女だ。
「おはようございます、弓谷さん」
「山城さん、おはようございます。天霧さんも————そちらは?」
「お初にお目にかかります。本日よりここショートランド泊地預かりとなりました、ミスリル級魔導戦艦一番艦コールブランドです」
「ああ、貴女が昨日保護された艦娘ね。私は弓谷龍虎、ここの陸戦隊長をしているわ。階級は一等海尉」
そう言って彼女は去っていった。振っている腕には筋肉が薄く付いてるのが見え、長年の鍛錬の程が窺える。……それにしては異常に若く見えるのは気のせいだろうか。
結局その後は誰とも会わなかった。
3人は玄関から入るとそのまま食堂へと向かう。
「とうとう初めての食事……!ヤマシロさん、おすすめのようなものはありますか?」
「そうね……そもそも補給の事情から品数が豊富ではないのだけれど……」
山城がどれを薦めるか悩んでいると、横から天霧が割り込んできた。
「それならかぼちゃの煮付けにしたらどうスか。ここのカボチャは全部あたしと涼月が育てたもので、味は保証しますよ」
かぼちゃは大体夏から秋にかけてが収穫期であり、ちょっと旬からはズレているが、かぼちゃはかなり保存が効く野菜なので問題はなかった。そもそもここショートランドは熱帯であり季節の差がほぼない為そこまで問題もない。
「かぼちゃ?」
「そうっス。あ、かぼちゃってのは……うーん、黄色、いや橙色?の、これくらいの大きさの実……って言って良いのかな、あぁまぁ、そう言うものっス。まあ育ててると言っても涼月の方が多いんすけどね……あいつの勢いには付いてけねえよ」
明るくて活発な天霧が育てたか……かぼちゃ?ならきっと”美味しい”と感じられるのだろう、そう思いながらコールブランドは食堂の扉を開けた。
その瞬間、食堂にいた艦娘たちが一斉に扉の、彼女の方へ振り向いた。コールブランドは思わず情けない声をあげてしまう。
「ひっ!?」
そして彼女たちはそのまま立ち上がるとコールブランドの方へ駆け寄り、一斉に喋り出した。
「夜戦、好きか?」
「ドイツ的じゃ……なさそう」
「……ぽい?」
「おおっ!貴女が噂の艦娘ですね!異世界から来たと言うのは本当でしょうか?ぜひ取材をぅぐはっ!?」
「大丈夫!?起きてから今までにまたなんか明石にされてたりしない!?」
怪しい笑みを浮かべながら聞いてくるオレンジのワンピースを着た少女、何故か水着らしきものを着て本を抱えている眼鏡に、頭の横にあるのが逆毛なのか耳なのか見分けがつかない赤目の獣人っぽい少女、カメラを構えて取材だなんだと突っ込んでくる少女、その少女を突き飛ばして心配してくるどことなく高貴な感じのする黒髪の女性。怒涛のように押し寄せてくる彼女らとの間に、天霧が割って入ってくれたことでなんとか一息付くことができた。
「寄んな寄んな、びっくりしちまってるよ。あと川内さんこいつは戦艦だ夜戦は無理すよ」
「戦艦かぁ……じゃあ僚艦じゃなくて相手だねっ!」
「いやだからそう言うんじゃ……あっ古鷹さん青葉はあっちです」
「あ、ありがとう天霧。……青葉〜!こら逃げるな!カメラは没収されたはずでしょ!?」
先ほどのカメラの少女を追いかけて、オッドアイの少女が駆けてゆく。
天霧がなんとかしてくれたとはいえ、それは矛先がコールブランドへ向かなくなっただけのことであり、一部屋に凝縮された泊地の喧騒は感慨を彼女に与えていた。
先ほど心配してくれた女性が少し申し訳なさそうに名乗ってくる。
「・・さっきは詰めちゃってごめんなさいね。私は水上機母艦の瑞穂よ」
「ミスリル級魔導戦艦一番艦のコールブランドです。あと、さっきのは大丈夫です。今日はまだ一度もあの人を見てませんし」
「そう、なら良かったわ。あの子がはしゃいでしまうのはたまによくあることだけれど、お大事に……」
「えっ、ちょっ、たまによくあるってどう言うことですか!?ミズホさぁん!?」
「おっ、何やってんすかコールブランドさん。こっち行きましょうよ。夕姉!席空いてるか!」
不吉なことを言って去っていく瑞穂に意味を尋ねようとするが、強引に天霧に引っ張られる。
「やっと来たわね。朝うるさいのに遅れすぎよ。ほら、向こう側にさっさと座りなさい」
「あいよ」
天霧に引かれてやってきた食堂の一角には、夕霧とともに見覚えのない艦娘が二人いた。3人ともすでに朝食を食べ始めている。
「あたしの同室たちを紹介するぜ!まず朝に弱い夕姉」
「一言多いわよ。……綾波型駆逐艦四番艦の夕霧よ。昨日ぶりね」
「次にさっきも勧めたかぼちゃを育ててる涼月!生粋のかぼちゃ狂いだ!」
「秋月型三番艦の涼月です。あと天霧。かぼちゃ狂いって言い方はやめてくださいと何度か言いましたよね?」
「最後!いざという時は頼りになるけどいつもはふわふわしてる我が泊地の癒し、山雲!」
「はい〜、朝潮型六番艦の山雲です〜。よろしく〜」
「コールブランドです、よろしくお願いします!」
つられてそう言ったら、大爆笑が起きた。
コールブランドも笑っていたが、気が付いたら涙が溢れ出していた。
こうして、コールブランドのショートランド生活は始まった。
日本国召喚って意思疎通が自動翻訳現象の独壇場だから向こうの言葉が出ないんで海外艦特有の母国語混じりの台詞言わせられないんだよね……知らないだけでなんか出てたりするのかな……
あとミリシアルの食卓事情に関しては、原作で服飾が文明圏外国とそんな変わんなかったりしてるので、首都とか発展してるとこの上流階級はいろんなとこの食材使ったりして美味しいもの食べてるけど、地方とかではみんな仲良く朝食にビールスープ食ってそうなイメージある。某タウィタウィが召喚された話のコラボ企画では紅茶化してたし、北部にはハギス的な野生味あふれるゲテモノがありそう