魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について   作:ひざぎ

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2-2 現実主義者の憂鬱

「うーん、流石にそろそろかなぁって、思っていたんだけれどね」

 

 白い空間の床に、いつも通りというべきなのか、僕の鮮血がそこに飾られている。

 

 他の魔法使いであるならば、大してそこに血液がばらまかれることはないはずなのだが、僕の血液は一向に魔法へと還元をしようとしない。それは、夏休みが始まって、そうして明けてからもずっと続いている。

 

 以前までは抱いていた出血に対する怖さや痛みに対する嫌悪感も、今となっては何も感じなくなってきていた。それほどまでに自傷行為に慣れてきた、ということなのだろうが、果たしてそれが善悪として正しいことなのかはよくわからない。

 

 立花先生は、僕の鮮血を見て、困ったように苦笑をする。どうしてここまで魔法が発動できないのだろう、とそんな意志を孕ませた視線で僕を見つめている。その原因が自分でもわからないのだから、どうしようもない。

 

 以前、立花先生は、僕が現実主義であるからこそ非現実を反発してしまうのだと、それらしい原因を言っていた。確かに当時こそは魔法という世界にあまり馴染みがないせいで、非現実というものを心の底から理解せず、上辺だけで過ごしていたような気もするがそれも過去の話だ。

 

 心の中では非現実を信じている。信じている、といっても、縋るような願いを込めてではあるが。

 

 別に、魔法なんて発動できなくても、そんなに憂う必要はないと葵が声をかけてくれるけれど、それでも自分自身で納得ができないのだから、僕は自傷行為を繰り返し続けている。その光景を見て明楽は少し血の気が引いたような顔をしていた。

 

「ほんと、よくも躊躇いなくリスカできるよな」

 

「……まあ、慣れだよ」

 

 慣れ、というか、意地というか。

 

 切ることに対してはもう何も思わなくなってしまった。それよりも、切ることを過程とした結果が未だに現れないことのほうが、僕の劣等感を加速させる。

 

 いつまでもついて離れない劣等感。幼い頃から噛みしめているその感情は、いつにも増して重く心を占有している。それは肺をも蝕んで、そのせいでため息が絞られてしまうくらいに。

 

 この劣等感が晴れるまでは、きっと僕は自傷行為を続けるのだろう。果たして、それは魔法というものを希ってのものなのか、それとも自分自身に対する否定心なのか、もうよくわからない。

 

「……もう、やめときなよ。時間も時間だし」

 

 葵がそんな声をかけてきたから、僕はナイフをしまった。だんだんと血液を帯びたせいで参加する刃は切れ味を失いつつあるような気がした。

 

 

 

 ◇

 

「無理してない?」

 

「……いや?」

 

 僕は彼女の声に対して、そんな言葉を返すことしかできない。それ以上に言い訳が思いつかなかったからだと思う。ここで何か取り繕うことができれば、それで葵を納得させるだけの言葉の材料を彼女に与えることができるのだろうが、今の僕にはそんな余裕さえ存在していないような気がした。

 

 ……何を焦っているのだろう。

 

 もともと魔法使いじゃなかったとしての生活を想像してみる。それなら、いつも通りに葵と過ごして、孤独ではあるけれど充実した学校生活を送って、それだけなのに、その日々を取り返そうとしているかのように、この行動を続けているのはなぜなんだろう。

 

 答えが劣等感だということを知っていても、そこから目を逸らしたい気持ちが大半だから、別の答えを探している。結局、それも見つからないから、すぐに探すことをやめるのだけれど。

 

 夏の雰囲気は終わりを醸し出す。あの時期にはあったはずの、夜でさえ鬱陶しいと思える粘っこいと思える風が、今は冷風と化して頬を撫でる。それが時間の経過を嫌に認識させるから、更に焦りが加速する。

 

 いつまでこのままなのだろう。いつまで僕は葵の顔を曇らせることを続けているのだろう。いつになったら、僕はこの劣等感を殺すことができるのだろう。

 

 そんな気持ちが反芻して仕方がない。

 

「……あのさ」

 

 葵が口を開く。

 

 夜の街灯に照らされた彼女の茶髪は、以前よりも明るい色を感じさせる。きっと、彼女もこの夏で変化をしたのだろう。僕の知らないところで日射にあたり、誰かと関わって、そうしてこの場に立っている。

 

 自分の知らない葵の姿を考えると、寂しい気持ちを覚えた。ただでさえ、彼女が魔法使いであるという秘密を知ったばかりだからか、彼女にはまだ秘密があるんじゃないかと、僕はどこか疑っているのかもしれない。幼馴染だから全部を知っている、という価値観もおかしいと自分自身で気づいているけれど、それでも、彼女について知らない側面があるのを、僕はひどく哀しいと思ってしまった。

 

「……なに?」

 

 そんなことを考えていたからだろうか、少し冷たい声で彼女の声に反応をしてしまう。彼女に冷たい態度をとりたいわけでもないのに、どうして僕はここまで余裕をなくしてしまっているのだろうか。

 

 惨めで愚かで劣悪で仕方がない。どうしようもなく僕はまだ人間の価値観のままで生きている。

 

「……いや、やっぱりなんでもないや」

 

「……そっか」

 

 そうして会話は終わる。何を伝えたかったのか、いつもなら気になるはずなのに、特に言及をすることもなくただただ時間は失われていく。

 

 もう終わってしまった夏休みで、彼女と帰り路で雑談することも少なくなってきた。

 

 以前ならば、単純に会話をする必要がないほどに互いを知り尽くしていたからだと納得することができたけれど、この現状はどうだろう。

 

 真空が互いに肺を殺して、そうして言葉を紡ぐことが出来ない感覚。幼馴染という関係性は、ここまで希薄に感じてしまうのか、とそういう憂いがいつまでも帯び続ける。

 

「……ごめんな」

 

 彼女にそう言うべきだと思って、僕はそう言葉を発した。

 

「……別に、大丈夫だよ」

 

 意味のない会話。それ以上に沈黙は緩和されることはなく、どこまでも二人だけの空間。帰り路が遠く思えるほどに、彼女との時間は前よりも長く感じてしまった。

 

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