魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について 作:ひざぎ
「いや、葵。違うんだよ。これは事故というものであってね、別に触ろうと思って触ったわけじゃないんだ。なんというかたまたま小石に躓いて転んだ先に葵がいたというかね、うん。あーなんであんなところにあったんだろうなー。それはさておき胸に触ってしまったことはごめん。事故とは言えども、女子の胸を触るなんて、そんな非道なことをしてしまったことを僕は謝らなければいけないね。本当に申し訳ない。今度からはきちんと道を見て歩くことに──」
「──饒舌ですね、環さん」
やばい。殺意がこもっている瞳を、視線をしている。天原が以前僕に向けたような視線が、というかあれよりもキツイ殺意が身体に響く。
やばい。どうしよう。どんな言い訳を連ねても、彼女の殺意をかわせそうにはない。素直に謝ったほうがいいような気がする。いや、でももう時すでに遅しというか、時が動いているというか。
「というか、なんでここに環がいるのさ。しばらく魔法教室は閉校だっていう話だよね」
「……いや、それについては紆余曲折あるというかなんというか……」
ここまでの現状をどう説明すればいいのだろう。そもそもさっきまで不可解な状況だったのに、どうして今は時間が流れているのだろう。
……というか、時間が流れている?
「なあ葵」
「言い訳なら聞かないけども」
「いやそれはどうでも……、じゃなくて、それはさておいて聞いてもいい?」
「さておくのは普通に憤りを感じます」
「……それについては本当にごめんなさいでした。普通に性的な欲求でした。本当に申し訳ございませんでした」
「……いきなり正直になったね」
それならとりあえず今は置いておくけどさ、と葵は言葉を続ける。
「それでなにさ。ただの話の転換なら許さないからね」
「それは大丈夫だ。きちんと話をするから」
僕はそうして息を吸い込んで、話す。
「今から突拍子のない話をします」
以前、葵が前置きをしたように言葉を紡ぐ。葵が躊躇いながら、はい、と返事をする。
「先ほどまで時が止まっていました」
「……誤魔化さず言ってください」
「いや、本当なんです……」
突拍子もないことを言っているのは理解しているけれど、そうとしか言いようがない。
「……本当に?」
「本当なんです……」
そう返すしかない。そう返すしかないのだ。
「時間が止まっている世界で、男子高校生がやることって、胸を触る事だと思うんです」
「そんなことはないと思います」
「そうでしょうか」
「うん。男子高校生がそんなにけがれた存在だと私は思いたくないです」
「今度、明楽に聞いてみれば分かると思います」
「……明楽くんはけがれているから」
明楽の扱いが少しひどい気がする。……いや、明楽がそういう振る舞いをしているのが悪いとは思うのだけれど。
「雪冬も同じことを思っていると思います」
「……雪冬くんが?」
「うん、雪冬も」
知らないけれど、どうせあいつもむっつりと性欲を抱いているだろう。というか抱いてくれないと困る。確実に彼が返答を間違えたのなら、その後に僕の命はないかもしれない。
いや、本当にないかもしれない。
「ひとまずは納得をすることにします。それはさておき時間が止まっていたのは本当なのでしょうか」
「僕がここにいることが証明だと言えます」
時間が止まっていたのならば、瞬間的にここに僕が現れたことになるのだから、それが証明になるのは間違いないだろう。
「……確かに、瞬間的に来たもんね。ひとまず納得することにします」
「……本当にありがとうございます」
いや、諸々の感触とかも含めて。うん。
「今、余計なこと考えたね?」
「いや、えっと、違います」
そういうしかなかった。
◇
とりあえず立花先生に相談しに行こうか、と葵に言われてから僕たちは歩きだした。その際に、心の底からの謝罪を何度も繰り返したけれど、言葉を繰り返すたびに、謝罪の重みがなくなるような気がする、と葵に言われたので、それ以降は言えなくなった。
だとすれば、感謝を伝えるべきなのだろうけれど、ありがとうの言葉を言おうとした瞬間に睨まれたからやめる。ここまで怖い葵は久しぶりに見た気がする。
そうして歩いて行って、人気のない路地裏に。
「……というか、なんで路地裏に?」
「そりゃあ先生に会いに行くために」
「……そっか」
こんなところに人なんて住んでなさそうだけれど。
以前に赴いた路地裏よりも人気が存在しなさそうな暗い路地裏。街灯さえも存在せず、人がここに来る気配など存在する訳もないのに。
──「どうしてどうしてどうしてどうして」
路地裏に意識を向けた瞬間に、声が聞こえてくるような気がする。
少年の声。若く高い声がいつまでも繰り返して繰り返して、そうして止まない。
「私は確実に間違えていない!確実に”天使の時間”はやってきたはずだ!なのにどうしてどうしてどうして!!」
──人が、いる。
「……なに、あれ」
葵がか細い声で呟く。その声に頷いて返す。それは彼女に届いたのかはわからない。
「何が足りない、何が足りないのだ。よくわからない。ここまで手順は完璧なんだ。”天使の時間”は確実にやってきたはずなんだ」
独り言をつぶやく少年の声。だが、その声に似つかわしくない口調で、呟いている。
──ぐちゃ。ぐちゃ。
何かを殴る音。
暗がりで良く見えない。でも、どこか容易に想像できる音。暗い世界にノイズが走りながら、僕は、見届ける。
──死体だ。あのしょうねんのまえには、したいが、あるんだ。