魔法使いの幼馴染を助けたら俺も魔法使いになってしまった件について   作:ひざぎ

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2-19 炎の嵐

 理解を放棄したい気持ちになった。それほどまでの情報量が視界に映るからこそ、その情報をすべて捨て去ってしまいたい。

 

 ──でも、目の前にある光景は明らかに現実であり、それ以上に情報は存在しない。魔法の世界に来てから繰り返した非現実的な感覚とは異なって、現実の世界にありうる非現実。ありふれているかもしれない世界の裏側にあるもの。

 

 ──目の前で人が死んでいる。暗闇の中であろうとも認識できる倒れている人間と、そして少年らしき声。

 

 どうしようもないほどに、呆然とする意識は続いて、それより先の行動を起こさせてはくれない。それは葵も同じようで、言葉を発することもなく、ただただそれを呆然と見ている。

 

「──このままではいけない。天使の時間などもうどうでもいい。それ以上に今は血を……、血を得なければ」

 

 よくわからない言葉を彼は呟いている。肉塊を殴ることはなく、そうして何かを取り出すような動作。

 

 ──血?

 

 少年の言葉を理解しようとする。いや、理解しなければいけない。

 

 今アイツは血を得るっていう言葉を発した。血に関連することが自分の記憶にある気がする。でも、それが何なのかは思い出せない。けれども思い出さなければいけないのだ。

 

「──吸血鬼」

 

 葵が、そうつぶやいて思い出すのは、最近話題になっていた吸血鬼事件。立花先生が魔法教室を閉校した原因。人の血を抜き取る、魔法使いを殺しかねない事件。

 

「──誰だ」

 

 聞こえたくない声。気づかれたくはなかったのに、葵が無意識的に呟いた声で、肉塊に向いていたであろう視線がこちらに向く。視線が僕たちをさすような感覚。

 

『あれは、魔的だ』

 

 劣等感がそうつぶやく。何をどうしてそう思ったのか、問いかける暇もなく、聞こえてくる声。

 

『Enos Dies』

 

 ──聞き慣れた言葉、言い慣れてしまった言葉。

 

 その言葉を吐くということは、その言葉を知っているということは──。

 

 考えるよりも先に身体が動く。

 

『Magna Shitrum』

 

「炎の嵐?!」

 

 葵が詠唱を聞いて、僕に答えを示すように発する。

 

 暗がりにあった視界に明かりが伴う。葵の前に差し出した身の前に、──炎の壁が立ちはだかる。

 

 ──どうしよう。勢いで身をのりだしたが、この後にどうすればいいのかわからない。

 

『本当にそうか?』

 

 ──ああ、そうか。別に、そういうわけでもない。

 

『お前は魔法を憎むべきなんだ。どこまでもその劣等感を持ち続けるんだ。それがお前の存在意義で、俺の存在意義なんだ』

 

 ──劣等感が心に寄り添う。座れるように、すべてが灰色に染まっていく。

 

 心地のいい感覚がする。どこまでも、気持ちがいい。

 

 ──殺してもいい魔法使いが、目の前にいるんだから。

 

「はは、はははっ」

 

 ああ、なんて気持ちがいいんだ。

 

 今まで制限してきた感情を解放する感覚がひどく心地がいい。

 

 目の前にある炎嵐なんてどうでもいい。どうせ触れてしまえば反発してしまうのだから、どうでもいいとしか認識できない。それ以上に感情を持つ余裕もない。

 

 視界が暗いのがネックではあるが、反発した炎の明かりを頼りにすれば、簡単にあいつを殺すことができる。

 

 ──意識が加速する。

 

 目の前にいるのは少年だ。少年の魔法使いだ。それを殺すことができる。目の前にいるのは吸血鬼事件の人間だ。それならば、公的に殺すことができる。殺すことが容認される。

 

 俺は目の前にある炎の壁を突っ切って走り出す。足をばねにする感覚、天原の時にやったときを思い出しながら、そうして弾ませて身体全体の勢いを加速する

 

 ──目の前に炎の壁がある。どうでもいい炎の壁が。俺はそれに手を触れながら、ポケットに入れていたナイフを取り出す。手に触れる炎の嵐。

 

 ──反発する感覚。それを横に逸らす意味もない。目の前にいる少年を目的とするならば、そのまま手を広げていれば目の前に反発する。

 

「──ほう、面白いな」

 

 少年から声が聞こえるが、どうでもいい。

 

 世界が明るい。どこまでも明るい。暗い路地裏にともる光のすべてが心地がいい。殺すための状況を世界が組み立ててくれている。俺のすべてを世界が肯定する。

 

 ──ああ、殺したい。殺してあげたい。どこまでも気持ちがいい殺戮を繰り返したい。気持ちがいい快楽を得たい。

 

 魔法使いを殺せる。魔法使いを殺せる。魔法使いを殺すことができる。それを許してくれる世界が嬉しい。世界が俺を肯定してくれている。劣等感をはらうように。

 

 途端に聞こえてくる声、赤い色。

 

「Enos Dies」

 

 ──魔法が来る。どんな魔法が来るのかはわからない。でも、目の前にいるのだから、すぐに殺せる。

 

 ナイフをどのように突き立てようか。いや、どこを切ればいいだろう。経験を得るためにどんな殺し方をしてあげよう。首をねじ切るのも悪くない。腕を裁断してあげようか。いや、でも喉元を切ってから魔法を塞ぐように殺す方が的確だろう。

 

「──Farafarta Sainas,Airem Togtoronorm」

 

 聞き覚えのない詠唱が聞こえてくる。その瞬間、──青い光が世界に包まれる。炎の嵐と混ざり合って、白くも見える景色を目の前に見て──。

 

 そして、消えた。

 

 何もなかったかのように。目の前の景色はすべて消えた。

 

 死体も、少年も、すべてがすべて、消えていた。

 

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