【オルクセン王国史二次創作】ニンフとニンフ(前編)   作:てぃーぽ・あばると

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当作は、樽見京一郎先生著作『オルクセン王国史 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』の二次創作作品です。
投稿主がWeb版『オルクセン王国史』未読(書籍版読後の閲覧を楽しみにしているため)であり、一部想像で書いていたり、意図的に文字を○としている部分があるため、原作Web版との一部相違が発生している場合がございます。
(※これらの点につきましては、投稿主が原作Web版読了後に修正を行なわせていただきます)

また、当作品はフィクションです。実在する人物、国家、組織、作品などは無関係であり、それらを貶める意図は一切ございません。閲覧時はご了承ください。



対エルフィンド戦争終了後、かつて誓った思いを実現するため、再びエルフィンドの地を踏んだ、1頭のオークと1人のドワーフの物語。
あるいは、フライ・フィッシングは水辺の女神の夢を見せるのか?


【オルクセン王国史二次創作】ニンフとニンフ(前編)

 

星欧歴八八六年、五月初旬。

このあたりの気候としては、初夏というより、遅い春といった風情だが、季節の変化に乏しい針葉樹でさえ、新緑が芽生え始め、山道の脇を流れる川面も、雪解け水により水かさを増し、陽光にきらめいている。

ベレリアント半島南西部の都市アルウィン。そこから少し下った、エイセル峠からさらに少し外れた、半ば獣道に近いような細い山道。

普通なら地元民でもめったに通らないような山道を往く、1頭のオークと1人のドワーフの姿があった。

年齢はどちらも中年から壮年にかかろうかというところ。その割に山道を登る二人の脚は健脚そのもの。

ただしドワーフの方からは、少々山登りに飽き始めた声が上がった。

「中佐殿。いっちょこの辺で、物は試しにやってみませんか?この辺もなかなかいいポイントかと…。」

「何度も言わせるなよボーディ。私はもう退役してるんだから、フィーゼラーと呼んでくれ。

 それにもう少しだ。もう少しで例の秘密の場所という中佐、おっと、○○さんからのとっときの話だ。」

 

オークの名はハインツ・フィーゼラー。元オルクセン国軍北部方面軍の工兵隊において、大隊長まで務めた牡である。

根を上げかけているドワーフは、ガルガン・ボーディ元オルクセン国軍大尉。長年にわたるフィーゼラーの相棒であり、彼が率いた工兵隊のまとめ役的存在だった男だ。

二人は対エルフィンド戦争終結後、しばらくして軍を退役。共同でアーンバントを本拠地とする道路整備の会社を立ち上げ、エルフィンドの復興需要の波にも乗り、それなりの業績を上げていた。

今回は二週間の日程で、エルフィンド各地の現場進捗を確認して回る傍ら、合間に二日間の休暇を取っていた。

 

それは二人の共通の趣味である、釣行のためだ。

専門は川釣り。首都ヴィルトシュヴァインを流れるミルヒシュトラーセ川で鯉釣りに興じることもあれば、国内各地に点在する湖沼の畔にテントを張り、朝まずめ夕まずめにパーチやトラウトを狙う。

まだ軍にいた頃には、秋になると、軍都ラピアカプツェから足を伸ばし、“あの”大河シルヴァンの河口から中流にかけて、産卵のために遡上するサーモンを釣り上げることもあった。

そんな二人は、近頃オルクセン国内でも知られ始めた、ある釣り方を、ずっと以前から続けている。

 

-フライ・フィッシング-

 

釣り針に、木材や鳥の羽根、動物の毛といった諸々の材料を、糸で巻きつけ、昆虫を模して造られた、“フライ”と呼ばれる毛鉤を、ロッドとリールを用いて、まるで川面を飛び交う羽虫や、水中を巧みに泳ぐ水生昆虫のように操り、獲物に喰らいつかせる。

フライの作り方も様々で、どんな虫に姿を似せるか、その虫は水面すれすれを飛び回るのか完全な水生なのか、材料は、糸の巻き方から巻く回数、水を弾くワックス状の成分の有無など、まさに千差万別。

ただの生餌での釣り方と違い、先に述べたようなフライの作り方から、釣り糸の出し方、まるで“生きている”かのように魅せるフライの操り方など、魚たちとの知恵比べを存分に味わえる釣り方である。

 

フィーゼラーがフライ・フィッシングと出会ったのは、もう数十年以上前になる。

「わ、私がキャメロット訪問団に、でありますか!?」

「うむ!」

若い頃、デュートネ戦争において、危険、困難、無謀ともされた、グロワール軍撤退路上の橋梁破壊を見事成功させた事で、シュヴェーリン大将の目に留まったフィーゼラーは、我が王による、キャメロットとの修好通商条約締結の主席随員となったシュヴェーリンから突然呼出しを受け、なんと、彼御付の武官の一人として、キャメロットへの帯同を命じられたのだ。

「キャメロットで興った“産業革命”というのは、君も聞いたことがあるだろう。わしも勉強中だが、メインは蒸気機関を主役とする、紡績業の発展や、機関車による鉄道輸送網の発達だ。

その蒸気機関には、キャメロット国内でも豊富に産出される石炭が欠かせない。石炭は鉱物資源だ。ということは…」

「採掘のために必要なのは…、!、発破技術と火薬!」

「さすがだ少尉!君にはキャメロット訪問中、かの地における最新の火薬研究や発破技術に学び、わが軍の工兵技術の更なる発展に活かしてほしいのだ!!」

こうしてフィーゼラーは、キャメロット訪問団の一員として、各地の火薬工場や石炭鉱山を、精力的に視察して回った。

その過程で、上官であるシュヴェーリンが、数々のキャメロットの文化に魅了されたように、彼もまたキャメロット文化の一つの虜となった。

 

それが、フライ・フィッシングだった。

出会いはキャメロット首都の大通り近くの本屋で見かけた、一冊の本であった。

『釣魚類大全』

かつてこのキャメロットにおいて、釣り好きとして知られた随筆家によって記されたこの本は、単なる魚類や釣りの学術・研究書的な書物ではなく、釣りの実践的手法や、釣りというものを哲学的な側面からも論じてみせた一冊であり、幼い頃から釣り好きだったフィーゼラーの目に留まったものだった。

何気なく読み進めたフィーゼラーは、その中でも、はじめて目にするフライ・フィッシングの手法と、美しく仕上げられたフライのイラストに目を奪われた。

フィーゼラーも、疑似餌を使った釣り方ならルアーを経験済みだったが、繊細で、微細で、儚げなフライの数々と、フライを本当の虫のように空中で操るテクニックは、それまで触れてきた釣りの手法とは、まったく違うものであった。

なおかつ、工兵仲間からも一目置かれるほど、生来器用な手先を持つフィーゼラーには、自分でフライを作ってみたい。自分で作り上げたフライで大物を釣り上げたいという思いが、その瞬間に芽生えたのである。

フィーゼラーは、武官としての給料をつぎ込んで、『釣魚類大全』をはじめ、キャメロット語で書かれたフライ・フィッシング関連の書籍や、見本となる実物のフライとその材料、ロッドとリールを買い込み、オルクセンに持ち帰った。

つまりフィーゼラーは、オルクセンにフライ・フィッシングを持ち込んだパイオニアになったのである。

 

そして軍務の傍ら、書籍を読み漁り、見本であるフライを、まるで小さなフライパンくらいの大きさのルーペで徹底的に観察し、オークの巨躯や大ぶりな手先からすれば、まるで芥子粒のような、小さな小さなフライを作り始めた。

フライの製作に試行錯誤を繰り返しながら、休日はあちこちの水辺に赴いて、既製品のフライを用いて、フライ・フィッシングの技法を磨く日々。

その執念は実を結び、フライを作り始めてから一年が経過したころ、ついに自作のフライに魚を喰らいつかせる事に成功したのだ。

普段は物静かなフィーゼラーも、このときばかりは狂喜し、同じ工兵隊の部下であり、釣り仲間だったボーディに、釣り上げた時のエピソードを、嬉々として語り続けたものだった。

「だからな曹長。フライがこう、カゲロウが飛び回るように水面を跳ねつつ。水の流れに呑まれそうになって、そこを魚に喰らいつかせる一連の流れは、そりゃあ美しいもんだよ。」

「もう何度も伺いましたから、その話は。まったく中尉は、完全にフライ・フィッシング狂いになられてしまいましたなぁ。」

フィーゼラーのあまりのフライ・フィッシングへの傾倒ぶりに、最初は圧倒され、呆れ、懐疑的だったボーディも、「物は試しだ。ひとつ君もフライを作ってみろよ。」という、フィーゼラーの熱心な誘いに根負けし、フライを作り始めてみると、生来職人肌であるドワーフであることと、釣り好きに共通する負けず嫌いの資質から、あっという間にフライ・フィッシングの虜となり、こちらも一年強で、自作のフライとフライ・フィッシングの技法をモノにするに至ったのである。

以来二人は、いつかフライ・フィッシングの故郷である、キャメロットへの釣行を夢想しつつ、オルクセン国内のあらゆる河川や湖沼で、フライ・フィッシングに興じたものだった。

 

しかし、ここであの、対エルフィンド戦争が起こる。

最前線部隊である、第三方面軍指揮下の工兵隊の一翼を担うフィーゼラーとボーディも、キャメロット仕込みの工兵技術を存分に駆使し、必死に戦った。

峻険な山々が連なるエルフィンドの細く長い山道を、大軍が少しでも行軍や往来をしやすいよう、可能な限り造成したり、陥落させたエルフィンド側の陣地を素早く補修し、オルクセン側の補給拠点として使えるようにしたり。

敵陣後方へ回り込むための河川への架橋や、時には敵陣近辺での破壊工作といった、後世における特殊部隊じみた、危険極まる任務も成し遂げてみせた。

そんな過酷な任務の中で目にする、エルフィンドの大地を流れる幾多の河川や湖沼。そして、釣り好きならどうしても目がいってしまう、絶好の釣り場《ポイント》-。

いつしか二人の間で、同じやり取りが繰り返されるようになる。

 

「…中尉。」「…ですね。」

「いつか来よう。いや、きっと来るぞ。そして釣りまくろう。」「お供します、少佐。」

 

「だから、必ず、お互い、生き抜「くぞ」「きましょう。」」

 

そして、終戦。

なんとか生き残った二人だったが、多くの部下や戦友を失い、かつ、エルフィンド復興支援の実働部隊として、引き続き任務に忙殺される中では、とても趣味を再開する気になどなれなかったし、その余裕も無かった。

ようやく釣りができるようになったのは、軍務を退き、自分たちの興した会社の経営が、どうにか軌道に乗ったころ。

古びてしまった愛用のロッドやリールを整備し、久々にフライを自作し、会社にほど近い川辺でロッドをしならせ、フライを水面に浮かべたとき、フィーゼラーの目元に、自然と涙が溜まり、感慨深い思いが胸中をよぎった。

 

長かった。やっと釣りができる。

そして、あの時の決意と、約束を果たす事ができる-。

 

それでも、実現までにさらに一年。

相棒であるボーディも、道具の整備からフライの自作を重ね、ロッドさばきの感覚も戻ってきた。

さらに、自社で受注施工している、エルフィンド各地の主要街道復興整備事業の現場視察というタイミングが巡ってきたところで、二人は会社を興してはじめての、いやあの戦争を迎えてからはじめての、自分たちの趣味である、釣りをするためだけの休暇を取ることにした。

対エルフィンド戦争が勃発してから、実に十年目の初夏の事だった。

 

 




おかしい、どうしてこうなった-。

最初は、“#野生のオルクセン”を書かれているみなさんが楽しそうで、自分も飯テロのつもりで書き始めたはずだったんです。
短編で終わるはずが、そこにほんの少しのエッセンスとして、かつて目にした『釣魚大全』のキーワードを入れて、フライ・フィッシングのお話も添えてみようかな~、と思ったところから、文章量が前後編の規模になり、
「あ、あの人もお話にご登場いただけるじゃないか」と気づいたら、おいおい中編入れなきゃ終わらなくね?となり。

参考資料を読み漁り、書いては寝てはじたばたして書き直しを繰り返し、
「このままでは完成しないで放り出す危険がある。なら前編だけでも世に出して、退路を断つ!」
と、今回ひさびさに、本当にひさびさに、Webで二次創作小説を投稿する事になってしまいました。
お目汚し失礼いたします。

ちなみに本編内に登場した『釣魚類大全』の元ネタは、イギリスの随筆家A・ウォルトンと、彼の釣りの弟子C・コットンによる『釣魚大全』です。
コットンが加えた第二部に、フライ・フィッシングとフライの作り方が記されているため、フィーゼラーが本屋で見つけたのは、第二部が追加された標準版になります。
かつての英国本趣味が、こんなところで活きるとは…。
リンボウ(林望)先生、出口保夫先生、土屋守様に。
そしてもちろん、オルクセン王国史と樽見京一郎先生に、敬意と感謝を込めて。

登場人物の名前について少し。
オークのハインツ・フィーゼラーは、ドイツ空軍の新旧エースパイロットからそれぞれ。
ドワーフのガルガン・ボーディは、偉大なる国産TRPGの名作、ソードワールド・シリーズに登場する、ドワーフの先達たる、2人のドワーフの名前をもじったものになります。

前書きにも書かせていただきましたが、いちおうこちらでも。
投稿主がWeb版『オルクセン王国史』未読(書籍版読後の閲覧を楽しみにしているため)であり、一部想像で書いていたり、意図的に文字を○としている部分があるため、原作Web版との一部相違が発生している場合がございます。
これらの点につきましては、投稿主が原作Web版読了後に修正を行なわせていただきます。
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