あなたは無力な生徒である   作:暇じゃない暇人

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セミナー会計 ミレニアム

 公園を出てから数時間。

 

 空の色は蒼穹から茜色に変わり、アホー、アホー、とカラスの鳴く声が聞こえる時間帯。

 

 

 そろそろ夕飯のにおいが漂ってきそうな住宅街を歩いていたあなたは、現在ピンチの真っ只中にいる。

 

 

 「あーやられたよクソが。肩いっちまったわー(棒)」

 

 「おいおい、どうしてくれんだよ仲間のこと」

 

 「そうだぜお嬢ちゃん。詫びくらい入れてもらわないとな~」

 

 

 御覧の通り。現在あなたはいかにもスケバンですといった格好をした不良集団に絡まれていた。

 普通に道を歩いていたあなたのすぐ脇を通り過ぎた後に、いってえ~、などという声が聞こえたと思ったら肩を掴まれ、身に覚えのないことを詰められた。

 

 なんでも。あなたとすれ違ったときに肩が当たったせいで連れが怪我を負ったので弁償しろやおおん?(意訳)ということらしい。

 

 

 あなたは全く身に覚えがないのでそう主張したが、相手らは聞く耳を持たず、あなたに対して賠償を求めてきている。

 

 もちろんあなたはこれがただの言いがかりであることくらい気づいているが、相手に背を向けて逃げ出すことが出来ずにいた。

 

 

 理由は相手が持っている銃。それに尽きる。

 

 

 丸腰のあなたが銃で武装しているチンピラに勝てる道理はない。もしかしたらあなたは格闘技の世界チャンプ級の実力を持っていて、素手でも銃持ちに勝てたのかもしれないが、どうにもこの体では前に出来たことは出来ないようだ。

 

 (確率的には非常に低いが)仮に、あなたが地下闘技場やら違法格闘技の大会で優勝できるほどの実力者であったり、従軍経験があったりしてもその実力を発揮することはまず無理と言える。

 

 

 どうやらあなたは、現在の身体が出来ることしかできないらしい。ほかの例を言ったら、例えばあなたが剣道の有段者だったとしても剣の振り方どころか握り方から分からない。アーチェリーやクレー射撃の選手だっとしても的に当てるどころか構えすらなっていないだろう。1フレーム単位でコマンドを入力できるゲーマーだったとしても、そのような芸当どころか、目押しだってできないだろう。

 

 

 今のあなたは、かつて持っていた(かもしれない)技能、スキルを一切使えないのだ。

 

 一応、一般常識や変なところで使える豆知識をちらほら持っているようだが、これも前からあなたが持っていた知識なのか非常に怪しいものだ。自分の頭の中にある知識が自分の物なのか、いまいち信用が出来ない。

 

 

 今のあなたの中にある知識はもちろん常識すら、出所不明の怪しいものでしかない。日本に住んでいた男性という自覚すらも実際のところどうだったのやら。

 

 

 しかし、それを言っても仕方ない。真実が何なのか文字通りさっぱり分からない以上、現状持っている情報は正しいと仮定するしかない。それこそ疑い出したらキリがなくなってしまう。

 

 

 「なあなあ、何とか言えよ」

 

 「そうだぜ、無視はひでえな」

 

 ……別に、無視をしていたわけではない。ただここからどう切り抜けようか考えていただけだ。

 しかし、あなたの努力は実を結ぶことなく事態は進む。あなたの機転はうまく回らないようだ。

 

 

 「なあ、こいつどうする?」

 

 「ブラックマーケットに売るとか?」

 

 「いや、流石に足が付くぞ」

 

 

 う~んどうしよう。顔を突き合わせながらそんなことを言い合うスケバンたちを見て、流石にあなたも焦り始めてきた。

 

 

 ブラックマーケット。直訳すると黒市場。どう考えてもまともな場所ではないだろう。

 それこそ、戦後日本の経済を支えたと言われる闇市より、危険度的に断然高いことなど想像に難くない。なぜなら銃で武装することが当たり前な世界なのだから、そこの闇市とくれば一般人が入ったら最後、骨も残さずあの世へ一直線だろう。

 

 

 おとなしくしていてもバットエンドスチル(コンティニュー不可)を回収するだけで、あなたの未来は失われてしまう。なんとしても逃げなければ。

 

 

 

 「とりあえず縛るか」

 

 「そうだな。そのあと考えよう」

 

 「賛成」

 

 

 方針が決まったらしく、あなたを捕縛しようと歩み寄ってくる三人。そのうちの一人。肩を痛がっていたやつは、もはや痛がる演技をやめたようで何食わぬ顔で動いていた。

 

 というか、最初は賠償金を請求しようとしていたのにあっさり誘拐へとシフトしたようだが、行き当たりばったりすぎないだろうか。あなたは自分のことを棚に上げて、スケバンたちの無計画さを攻める。もし、あなたの考えを読める者がこの場に居たら鏡を見ろと怒られることだろう。

 

 無計画に歩き回った末の結果なので、そこを突かれたらぐうの音も出ない。

 

 

 「は~いそんじゃおとなしくしててね~」

 

 「手荒なことはしないからな~」

 

 

 とのことだが、どう考えても嘘だ。

 

 万が一、いや億が一手荒な真似をされなかったとしても、おとなしくしていた先で手荒どころじゃない目に遭うことは間違いない。

 

 

 じりじり、じりじりと後ずさりするあなたに余裕はない。走って逃げても撃たれる。腕を振り回しても三人にはかなわない。そして逃げ場もない。完全に四面楚歌であった。

 

 

 後ろに下がっていたら背中に、トンという感覚が伝わる。

 それの正体は民家の塀。これで後ろにも下がれない。横に逃げても撃たれて終わり。完全に詰んでいる。

 

 

 

 スケバンの一人があなたに手を伸ばしてきた。気が付くとあなたの身体はわずかに震えてる。どうやらあなたは情けないことに怯えているようだった。

 

 男なのに情けない。そんな考えが脳裏を過るが、すぐに気にならなくなる。目の前に迫っている危機に対してあなたは恥も外聞もなく、つい反射的に 

 

 ‘‘助け、モガっ’’

 

 助けて。そう叫ぼうとしたが、至近距離にいたスケバンの一人に口を抑え込まれてしまい、あなたの救難信号は誰にも届かずあなたの口内へと反射した。

 

 

 「おっと、危ない」

 

 「おい、気を付けろよ」

 

 「わるいわるい」

 

 

 あなたの口を塞ぎながらスケバンは仲間に対して悪びれた感じもなく謝罪する。大してあなたはパニックに近い状況に陥っていた。

 

 息が苦しい。心臓が耳裏に移動したのかと思うほどドキドキと鼓動がうるさかった。

 

 

 しかし、スケバンの行動は口を塞ぐだけでは終わらない。

 

 口を押えるスケバンは後ろに回り、別のスケバン一人があなたの前に出てきて、

 

 

 鈍い痛みが響き渡った。

 

 みぞおちよりもわずかに下。へそよりも上のところを固いものでドスッとやられた。

 それは前に立ったスケバンが持っている銃の柄の部分で、あなたの知識ではそれが何の銃なのかは分からない。

 

 ただ、一見するとあまり太くない柄だったが、あなたの主観では極太の鉄杭か槍でも突き刺されたようなものだった。

 

 

 激痛と衝撃はあなたの臓腑を駆け、吐き気のような気持ち悪さが食道を逆流して登ってくる感覚。

 

 幸か不幸かあなたは今日一日固形物を胃に入れておらず、精々公園の水道で飲んだ水くらいだ。

 そのため喉をせりあがってくるものは、唾液のような、痰のような。えぐみに近いまずさと酸っぱさのする胃液だけだ。

 

 

 我慢は出来なかった。

 

 食道をのぼって喉を通り、口にまで達した胃液を口内に溜めておくことも。まして飲み込むことすら出来ずにそれを吐き出す。

 吐き出したと言っても相手の手があなたの口の蓋をしているで、スケバンの着けてるグローブの指と指の間を液体が漏れ出てきたといった方が適切か。

 

 

 「うわっ! こいつやりやがった!」

 

 「きたねえ」

 

 「乙女のプライドないのかよ」

 

 

 なにか言われているようだがあなたに聞き取る余裕はない。

 口に広がる苦味と吐き気をブレンドした感覚を出し切りたくて、喉奥の痙攣が収まらない。

 

 

 「あーマジきたねえな」

 

 軽い一言と共にあなたの口を覆っていた手は顎から下に移動して、グイっと顔を上に向けされられる。

 逆流した液体の行き場がなくなり体に再度落ちていく。一瞬気管に入りかけたがむせずに済んだ。

 

 

 「わるい、グローブ汚しちまった。まさか吐くとは思わなくて」

 

 「ああ、別にいいよ。売れ残りの品をさらに値切って買ったもんだからさ」

 

 「そうなのか。でもなんか詫びさせてくれ」

 

 「え、じゃあなんか甘いものでも買ってよ」

 

 「高いのは勘弁してくれよ?」

 

 

 

 ……一体何なのだろうか。あなたがまるでいないものとして会話が続き、しかも楽しそうだ。

 所詮この三人組からすればあなたなど、道端の小石程の存在でしかないらしい。

 

 

 「二人とも、さっさとズラかろう。もたもたしすぎると嗅ぎつけられるかもしれない」

 

 「確かに」

 

 「そうだな、そうしよう」

 

 

 あなたはもう色々と限界だった。

 

 朝起きたら知らない世界で知らない体になっていて、常識は通じず自分自身のことさえあやふやにしか覚えていない。

 そして、行動を起こした結果が難癖付けられ嘔吐も満足に出来ず、そのうえいないもの同然と扱われる。

 

 もう泣きたかった。叫びたかった。

 

 

 なぜ自分がこんな目に遭っているのか分からず、助けも満足に求められず、このまま昏い未来を歩むことになる。納得できない。否定したい。しかしそんな力があなたの体のどこにあるというのか。

 

 

 “(せめて、最初に助けを求めていれば)”

 

 目を付けられたタイミングで悲鳴なりを上げていれば誰かが助けに来てくれたかもしれないのに。あなたは気恥ずかしさからその選択を自ら除外した。

 

 

 男は泣いちゃダメ。弱音も泣き言もダメ。助けを求めることだってカッコ悪い。

 

 いつからあるのか分からない男の美学はあなたに助けを求める選択を躊躇させ、自分で自分を追い込んだ。

 

 あまりにも情けない。カッコ悪い。死にたいとすら思ってしまう。

 

 

 でも、あなたは結局こう思ってしまう。カッコ悪くて情けないにもほどがある。そんな言葉を。

 

 

 “誰でもいいから誰か助けて”

 

 

 そしてあなたの意識は薄れていく。疲労、空腹、ストレス。原因は複数あるが、とにかくあなたは限界だった。

 このまま意識が落ちたら最後。次に目を覚ました時は暗い部屋で鎖に繋がれているかもしれない。

 

 控えめに言って絶望だが、この場を切り開く力などあなたにあるはずがない。

 

 

 あなたの視界はカーテンが降りるかのように見えなくなり、意識が消える。その瞬間に、

 

 

 

 やや遠い距離から銃声が聞こえた。

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 はっと、あなたの意識は覚醒する。

 

 

 ここはどこだと目を動かし周囲を観察。自分が寝ているベットを始め寝室にありそうな家具類が一式揃っている部屋だった。

 

 

 “?” 

 

 疑問符が浮かぶがこれはしょうがないことだろう。

 

 絶体絶命な場面で気絶して気が付いたらどこかの寝室で目を覚ます。意識を失う前と後の差が激しすぎるったらありゃしない。

 

 これはあれだろうか? 秘めたる力が覚醒して……とか、実は襲ってきた不良は悪い奴じゃなくて保護されただけだったとか。

 

 

 自分の状況を理解しようと動き始める頭を邪魔するようなタイミングで、誰かが扉を開ける音が聞こえてきた。

 反射的に扉を見て誰が入って来たのか確認する。

 

 そこにいたのは、

 

 

 

 「目が覚めたの」

 

 青系の髪をハーフアップ(という名前だったような)にした女の子だった。

 

 

 「大丈夫? 気分は平気?」

 

 心配そうな声色でそう聞いてくる少女に対し、あなたは大丈夫と伝える。少なくとも体の方は問題なさそうだ。

 

 

 「そう。ならよかった」

 

 ほっとした様子で息を吐く少女。彼女の正体は分からないが悪い人ではなさそうだとあなたは思った。

 

 

 「それで、聞いてもいい?」

 

 突然聞いてもいいなどと聞かれても何のことなのかさっぱり分からないので、思わず疑問符と一緒に首をかしげてしまう。

 

 

 「ッ! ……聞きたいことはなんであなたは銃を持ってないのかって事なのだけど」

 

 

 “??”

 

 どうやら少女は理由を言ったようだが、それでもあなたの頭から疑問符は消えない。

 極々普通の一般男性(だったとあなたは思っている)でしかないあなたが銃を持っているはずないのだから当然ではある。

 

 しかし、あなたにとって普通のことは少女からすると異常なことのようで、続いてこんなこと言ってきた。

 

 

 「キヴォトスでは銃を持ち歩くのが当然でしょう? それこそ銃を持っていない人なんて全体から見たら1%いるかいないかだったはずだけど。……もしかしてあなた。そんなことも知らないの?」

 

 

 あなたは頷いた。

 

 無知を晒すようで恥ずかしいが、今この場で。というよりは恩人であろう人物がいるこの場で嘘をつきたくはない。

 あなたはそう考えて自分の無知を認めたのである。

 

 

 思い返せば確かに道行く女子生徒たちは必ず銃を持っていた。

 

 ぱっと見では持っていなかった人もどこかに隠し持っていたのだろう。

 

 

 しかし、みんなが持っているからとはいえあなたも銃を持とうと思わなかった。

 あなたからすれば銃なんて別世界の物にしか思えない。自分で銃を持つという発想は日本住まいの一般人からすれば考えもしないことだった。

 

 

 「(え、本当に知らない? ……この娘。一体……)」

 

 

 目の前の少女が何かを小声で言っているようだが、あなたには聞こえない。

 

 少女の言っていることが分からず不安に陥りそうになるが我慢する。あなたにはまだ、おとこの子のプライドというやつがある。

 美少女を前にして不安がる様子を見せつけるなど笑止。男とは。カッコつけてなんぼなのだから。

 

 

 「(ブツブツ)…………あ、ごめんなさい。……それで、えっと」

  

 どうやら少女は少女で何を言えばいいのか分からないらしい。

 

 その光景を見て、褒められたことではない自覚はあったが思わずほほえましく思えてしまう。

 

 「(あっ。ちょっと笑った。カワイイ)」

 

 

 なぜか今度は少女の方がほほえましいモノでも見たような顔をするので、あなたは少し疑問に思う。

 

 しかし、どうやら何を言おうか迷っていた少女は言うことを決めたらしく、あなたの目を見て言ってきた。

 

 

 「自己紹介が送れたわね。私は早瀬ユウカ。ミレニアムサイエンススクールのセミナーで会計をしている者よ」

 

 

 ミレニアムサイエンススクール? はて。どこかで聞いたことがある気がする。だが、セミナーとは、何ぞや?

 

 あなたはセミナーとは何なのか良く分からない。そもそもあなたがいた世界のセミナーとこちらの世界のセミナーが同じものを指すとは限らないが。

 

 

 しかし、あなたは恩人の名前を知ることが出来た。これはとても大きなことだろう。

 

 何せ、まともに関わることのできた最初の人物なのだから。

 

 

 

 だがしかし、あなたは恩人である早瀬ユウカの名前を知って最初に取った行動は彼女にミレニアムサイエンススクールとはなにか。あとセミナーとは何なのかといったことを尋ねることだった。

 

 

 何も知らなくて質問責めをしてるかのような格好になっていることを自覚して、惨めな気持ちになりそうだが、悟られないように我慢する。

 

 今あなたにできることはそのくらいだった。 




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