特別な日々が特別じゃなくなるまで 作:文才の無い本の虫
第五話「身嗜み」
――生活音が聞こえる。
ソウジはアラームが鳴る前に起床し、スマホのアラームを消す。寝床が変わった程度で崩れる程、軟なリズムはしていない。
起き上がったソウジは掛け布団を畳み、部屋を出る。洗面所で軽く顔を洗い――数少ない私物である――安物の歯ブラシと歯磨き粉で歯を磨く。それが、ブラックマーケットで生活してきたソウジの最低限の身嗜みだ。
そうして歯を磨き終わったソウジは、リビングに向かった。
「やあ。おはよう、ソウジ君」
キッチンで朝食の準備をしていたウタハがソウジに言う。その言葉にソウジは「ああ」と返しながら――
(寝れたみてえだな)
――と、ソウジは表情に出さない様に内心で安堵する。
それから周囲を見回し、言う。
「ウタハ、何か手伝う事あるか?」
「うーん・・・・・じゃあこれをテーブルに運んでくれるかな」
「お安い御用だ」
そうして暫く。
テーブルの上には二人分の朝食――トーストにベーコンエッグと簡単なスープ――が湯気を立てていた。
ソウジは相変わらず手が込んでいるなと思いながらウタハの対面に座る。
「じゃあ、ご飯にしようか」
そして、二人は手を合わせた。
「「いただきます」」
そうして食事が始まった。丁寧に食べるウタハに対し、ソウジは丁寧ではあるもののやや粗暴さが目立つ。だが、その粗暴さがブラックマーケットで舐められない為のソウジなりの身嗜みだった。
ソウジはウタハの丁寧さを見て思う。
(・・・・・少し、直したほうが良いかもしれねえな)
此処では、また違う身嗜みが必要なのかもしれないと。
そう、黒服から押し付けられたスーツを思い浮かべながら。
「で、黒服。こんな真夜中に何の用だ」
「少し贈り物を、と思いまして。クックック・・・・・」
「あん?・・・・・これはスーツか?」
「ええ。貴方に合わせて作ったものです。私なりの誠意というものですよ。これから身嗜みを気にしなければいけ無い貴方にとって、このスーツはきっと役に立つことでしょう」
◣◥◣◥
最寄り駅からミレニアムサイエンススクールまでの道を、ソウジとウタハは並んで歩いて行く。
道はミレニアムサイエンススクールの生徒で溢れており、ウタハの荷物を持つ
その様子を気にせず、マイペースにウタハは言う。
「ソウジ君。そのスーツ、似合ってるよ」
「そうか?知り合いから
ソウジは荒くれ者である自身がスーツを着ていることに少しの違和感を抱きながらもそれが最低限の身嗜みであると自身を納得させ、周囲を見回して言う。無論、周囲への警戒は解かずに。
「それにしてもミレニアムっつうのはデケェんだな。すげえ活気だ」
ブラックマーケットの騒がしさとはまた別の
するとソウジが騒がしさを活気と言った事が可笑しかったのか、ウタハは笑いながら言う。
「ふふふ、ソウジ君も通ってみるかい?」
「あー・・・・・」
少し考える。
脳裏に過ぎ去る記憶。
だが。
「・・・・・まぁ、それも悪くねえかもしれねえな」
「そうだね。それはとっても楽しそうだ」
そうやって歩いていると、ミレニアムサイエンススクールの校門が見えてくる。
ソウジは校門の周囲を見回し、監視カメラの数、警備員の配置を頭に入れる。
(ほー・・・・・流石にキヴォトスの最先端技術を育ててる自覚はあるみてえだな)
この警備状況なら外部への誘拐などは起きないだろう。内部犯で無ければ。
「じゃあ、ソウジ君。行ってくるよ」
「おう。帰りには迎えに来るが、何かあったら連絡しろよ」
「わかってるとも」
ソウジはウタハに鞄を渡し、ウタハが校舎の中に見えなくなるまで校門の前からひらひらと片手を振っていた。ソウジは気付いていなかったが、彼の口角は少し上がっていた。
そしてウタハを見送ったソウジは踵を返し、駅に向かって歩き出す。好奇の目に晒されながらもソウジは改札を通り、電車に乗る。
それから数十分程電車に乗り、ブラックマーケットの最寄り駅で下車。するとタイミングを図ったかの様に携帯が震えた。ソウジは画面に表示された二文字を一瞥し、少し考えてから携帯を耳元に宛てる。
「ったく。黒服、何の用だ」
携帯から男性の声が聴こえる。
『おやおや、酷い言い草ですね。貴方の邪魔をしない様に待ったと言うのに』
「はっ、何言ってんだ。ミレニアムに盗聴されると面倒な用件って事だろ?」
ソウジは先程考えた黒服がこのタイミングで電話をして来た理由を突き付ける。
『クックック。相変わらず頭の回転が速いことで・・・・・ええ。ソウジさん。貴方に頼みたい仕事があるのです』
間を置いて黒服は言う。
『アビドス砂漠の調査。それが今回の依頼です。報酬は4000万クレジット。前金として1000万クレジット払いましょう』
アビドス砂漠。数年前の砂嵐が有名な場所だったか、とソウジは思う。それから、黒服の意図に当たりをつける。
(黒服の事だ・・・・・どうせオーパーツ絡みの面倒事か何かだろ)
その金額――何時の黒服の出す依頼料の軽く2、3倍――からも重要度合いがわかる。ソウジはどうせ面倒事だろうが、金が在ることに越したことは無いだろうと受けることを決意する。
「良いぜ。その依頼、受けてやる」
『では詳細は何時ものカフェで話しましょうか』
ソウジは通話を切り、ブラックマーケットの一角にあるカフェに向かって歩き出した。
そうしてソウジのブラックマーケットでの一日が始まる。
そして、この依頼にまつわる面倒事も大きく動き出したのだ。