小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
【1】プロローグ
喉が渇く。
口の中はカラカラで、埃っぽい風のせいでマントで顔を覆わなくてはならなかった。
そこかしこで響く怒声、罵声、金属音、爆発音。
爆薬で吹き飛んだ瓦礫が空を舞い、肉片が飛び、悲鳴が飛び交う。
雨のように血飛沫が降り注ぎ、大地は真っ赤に染まる。
──ここは戦場なのだ。
私は自分に言い聞かせながら、両部隊の戦闘区域を遠巻きに迂回して小高い丘に登った。
ここからなら戦場が一望できる。
そんな私の後を長身で白髪の男がついてくる。
その男の名は、キリング・ミーヒルビス。
この戦いを仕掛けた我が傭兵部隊の作戦参謀にして、父の腹心の部下だ。
「何が見えますか」
幽鬼のミーヒルビスという二つ名を持つ彼は盲目の騎士であり、その目は光を映さない。
だが彼の声は低く落ち着いていて、心の中まで入ってきそうな迫力がある。
私は努めて感情を殺しながら答えた。
「いつも通りの戦場だわ」
彼は私の答えに満足したように微笑むと、光を失って久しい目を開きこちらを見た。
「そろそろ決着がつく頃でしょう。ドルファンが撤退を始めたようですね」
再び戦場に視線を落とす。
確かに蒼い鎧と水色の軍旗を翻したドルファン軍は、徐々に後退を始めている。
そんな中で、敵国であるプロキア国軍の中から一人の騎士が飛び出した。
そして、ここまで届くほどの澄んだ声で高らかに名乗りを上げているのが見えた。
「我こそはヴァルファバラハリアン八騎将が一人、疾風のネクセラリアなり! ドルファンの犬ども! オレと一騎打ちをしようって奴はいないのか!?」
自信に溢れた声が、ここまで響いてくる。
「あれは……セイル。セイル・ネクセラリアだわ」
私の言葉にミーヒルビスは珍しく顔をしかめた。
「ネクセラリアが動いたと。なぜ、誰の指示で」
名乗りを上げたセイルの前に、ドルファン国軍の騎士が一人立ちふさがった。
彼もまた高く響く声で名乗りを上げた。
「ネクセラリア! オレだ、ヤング・マジョラムだ。オレが相手だ!」
ヤング・マジョラムの名は聞いた事があった。
以前ハンガリアの狼と言われた、高名な剣士だ。
その狼が今や外国であるドルファン騎士団にいたとは驚きだ。
両軍は彼ら二人を取り巻くように遠巻きに睨み合った。
その真ん中で、疾風のネクセラリアとハンガリアの狼は数回打ち合った。
ヤングの剣が煌き、ネクセラリアの槍が風を斬る。
金属の無機質な音が響く中、鋭い気合の声と共にネクセラリアの槍が深々とヤングの腹部を貫いた。
ヤングがゆっくりと膝から崩れ落ちる。
プロキア国軍から一斉に歓声が上がり、ドルファン国軍には動揺が走ったのがわかった。
だが、一気に士気の下がったドルファン国軍の中から一人の騎士が進み出た。
そしてネクセラリアの前に立つと、彼を睨み付け、剣を抜いた。
一瞬にして戦場が静まり返る。
「サリシュアン、何が起きましたか」
ミーヒルビスは事態が把握できず、私に聞く。
私はその男を出来る限り観察し、個人の感想を差し挟まないよう客観的に答えた。
「ネクセラリアの前に男が立ちはだかっているわ。黒髪の……そう、東洋人のようね」
疾風のネクセラリアは何か言った後に、その東洋人に必殺の一撃を繰り出した。
東洋人はそれをいとも容易く弾いてしまった。
そこにいた誰もが驚きの声を上げた。
ヴァルファバラハリアン八騎将の一人疾風のネクセラリアの槍を防ぐという事は、それだけの事なのだ。
ネクセラリアの怒りの声が響いた。
しかし、次の瞬間。
そこにいる誰もが信じられない速さで、東洋人の剣が閃いた。
まるで時間の流れがそこだけおかしくなってしまったかのように、ゆっくりと倒れたセイル・ネクセラリア。
「そんな」
私は信じられず思わず言葉を漏らした。
誰かが声を上げたのをきっかけに、戦場はまた叫び声の嵐に包まれた。
それは八騎将という絶対的な指揮官を失ったヴァルファバラハリアンの怒りの声と悲鳴、敵の大将を討ち取ったドルファン軍の雄叫びが混じり、誰もがその光景に興奮し、猛っていた。
指揮官を失ったプロキア国軍は一旦退却を始め、こちらも指揮官を失い数的にも不利なドルファン軍もここぞとばかりに後退を始めた。
その様子を私は、半ば呆然と眺めていた。
「サリシュアン」
ミーヒルビスの声に、私はハッと我に返った。
「何?」
「ネクセラリアは敗れました。これで八騎将も一人欠けてしまいました」
「そうね」
「軍団長からの指示は覚えていますね?」
私はふっとため息をついてみせた。
「覚えているわ」
「いいでしょう。それでは、これより任務を開始してください。それともう一つ」
私は黙って後を待った。
「ネクセラリアを破ったあの東洋人、少し気になります」
「わかったわ」
「くれぐれもお気をつけください……お嬢様」
「任務中よ。その呼び方はやめて」
私はそう答えると、ミーヒルビスに背を向けて歩き出した。
ミーヒルビスはしばらく立ち尽くしていたが、やがて私とは反対の方向へ歩き始めた。
ドルファン王国首都城塞へは、ここから徒歩で二日ほどかかるだろう。
これから私の戦争が始まる。そう思うと胃のあたりがギュッと掴まれるような気がする。
水筒の水を口に含み、吐き捨てた。
口の中の渇きは取れたが、胃の辺りのしこりは取れない。
セイル・ネクセラリアの死に様が、目を閉じる度にまぶたの裏によみがえる。
あの東洋人の顔は忘れない。
私は強い風に目を細めながら、歩き続けた。