小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
十二月二十四日の夜。
今日は誰もが知る通りクリスマスイブだ。
人々は陽気に歌い、家族や友人、恋人と時を過ごし、子供達はサンタの幻想を信じ眠れない夜を過ごす。
私はプリシラ王女の姿を一目見るためだけに過ごしている。
会いたい人に焦がれているという意味では、子供達も私も大した差ではない。
サンタクロースは夢物語だがプリシラ王女は実在する。
その分私のほうが幾分マシというものだ。
私はあのパーティードレスを着て、特別にあつらえた薄い黄色の大きなリボンで髪をまとめ、目立たないように会場を歩いていた。
さっきレズリーに会ったが、彼女は胸元と肩が大きく開いた黄色いまぶしく輝くようなドレスを着ていた。
その隣には彼女を姉のように慕っている中等部の女子もいたが、こちらはピンクのフリルを散りばめた着せ替え人形のようなドレスをまとっていた。
他の来場者も皆美しく着飾っており、まるで一人一人が競い合い光を放っているかのようだ。
私のドレスは茶色と緑、白でまとめていてシックで落ち着いている。
光あれば影あり。
中庭が立食パーティーの会場になっていた。
私はしきりにプリシラ王女の姿を探したが、みつかったのは燐光石のビジネスで一代にして財を成した成金のザクロイド財閥の令嬢ぐらいだった。
夜がふけていくにつれて人の数が増えていき動きづらい。
給仕が銀の盆の上にシャンパンの瓶とグラスを持って私の横を通り過ぎた。
私はその給仕に頼んで紅茶を一杯頼んだ。
すぐに持ってきてくれたそのお茶はシナモンティーだった。
一口飲んだ。スィーズランド製のお茶に劣らず素晴らしいバランスだった。
さすがに王宮の味か、と妙なところで感心してしまった。
騒がしくきらびやかな会場の隅に装飾過剰のツリーが寂しく立っており、私はその影でゆっくりと王宮の紅茶を味わう事にした。
ここにはプリシラ王女の姿はない。あとは中のダンスホール。
考え込んでいると、一人の東洋人がツリーに近づいてきた。
巷で大人気のヒューイ・キサラギだ。
彼は私に気が付くと温かみのある微笑を浮かべた。
「メリークリスマス、ライズ。聖夜をいかがお過ごしかな」
「人並みに楽しんでいるわ。あなたも来ていたのね」
「祭り事は嫌いではないし、それに」
彼は手にもったシャンパンのグラスを少し持ち上げた。
「オレたちの給金じゃ滅多にのめない酒もあるしな」
そう言って彼はまた笑った。
私は笑わなかった。しかし、彼が気にしている様子もなかった。
私のカップのシナモンティーはもう無くなっていた。
こんな所でクラスメイトのダンスパートナー相手に油を売っているほど暇ではない。
「私は用があるのでこれで失礼するわ。ハンナがきっとあなたを探しているはずよ」
私はそう言うと空のカップを手近なテーブルに置いてその場を離れた。
何故かわからないが、彼と一緒にいるのが嫌だった。
また微笑んでしまうのも嫌だった。
私が今夜成すべき事とクリスマスという浮かれた行事とのギャップが腹立たしかった。
足早に移動しダンスホールに入るとき、一度ツリーの方を振り向いた。
可愛いドレスを着たソフィアとハンナがヒューイと笑顔でなにか話していた。
今更ながら彼が軍の礼服を着ているのがわかった。
ダンスフロアはすでに多くの人でにぎわっていた。
ダンス自体は丁度中休みのようで楽団は演奏をしていない。
私は談笑している人々をかきわけてフロア中を歩き回り、王女の姿を探した。
いない。これでは何のために来たのかわからない。
と、その時、人々の間にざわめきが起こった。
何事かと思い彼らの視線の先をたどって、思わず身を乗り出す。
奥の間へと通じる扉の上にあるバルコニーに彼女が立っていた。
豊かな金髪は縦にいくつも巻いてあり宝石を散りばめた王冠が髪型に見事にマッチしている。
一本一本の絹糸が光を放つほど上等のドレスは彼女が歩くたびに軽やかに優雅に揺れる。
緋色のマントは風をはらみ、重力など知らないように踊る。
まだあどけない少女の面影が残るその面立ちに自信と気品を湛えた瞳。
見るものすべての視線を一身に背負い、彼女、プリシラ・ドルファンは輝かんばかりの笑顔を浮かべて言った。
「メリークリスマス! 皆さん、楽しんでいますか? 今夜は常の忙しさを忘れて、最後まで存分に楽しんでいって下さい!」
もう一度目がくらむほどのまぶしい笑顔を見せて、彼女はカーテンの裏に消えた。
この女こそが、父が、そして私が憎まなければならない呪われた王族の一人なのだ。
その顔は忘れない。絶対に。
人々がわあっと大きな歓声を上げる中、不意に楽団が音楽を奏で始めた。
しまったと思った時にはもう遅かった。
私はフロアのほぼ真ん中にいたのだ。
このフロアにいるという事は誰かと踊らなくてはならない。
パートナーのいない私は手近なところにいる人間の誘いを断ることが出来ないという事だ。
すでに何組かのカップルが円を描きながらワルツの調べにのせて華麗にフロアに躍り出る。
仕方なしに辺りを見渡すと、幸いな事に知っている顔を見つけた。
頼りがいのない傭兵、ミスター情報漏洩のリン・コーユーだった。
彼も私に気付きおずおずと近寄ってきた。
「ら、ライズさん、メリークリスマス! まさか会えるとは思っていませんでした」
私は軽く頷いて答えた。
「そんなことより、踊るわよ。ここで立って世間話は出来ないわ」
「そ、そうですよね。会場をうろうろしていたらここに紛れ込んじゃいまして」
私は呆れてため息をついた。
そして素早くリンの手を取ってリズムに合わせて踊りの輪に加わった。
意外にもリンはダンスが上手かった。
「あなたが踊れるなんて、意外ね」
彼は照れて笑った。
「いやあ、実は剣術よりもこっちの方が自信があるんです」
「そう。なんでも自信を持てる事があるのは、いい事だわ」
私は幼い頃からどこに潜入しても通じるように、ダンスを始めとしたあらゆる教養を仕込まれていた。
だが、ダンスが楽しいと思った事は一度もない。
今回も同じようにまったく楽しくないダンスに耐えていると、ようやく曲が終わった。
私は礼式通りスカートの裾を軽くつまんで会釈をする。
リンも恭しく頭を垂れると、自信気に言った。
「もう一曲、踊りませんか」
「そんな暇ないわ」
私は一刻も早くその場を離れたくて、それだけ言うとリンの方を見向きもせずに歩き出した。
ハンナはヒューイと踊れたのだろうか。
そんなどうでもいい事がなぜか浮かんできて、私は足早に会場を後にした。