小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第二章 出会い
【11】図書館と血煙の裏切り者


 新年を迎え、冬が本格的に寒さを増す頃。戦争は膠着状態が続いていた。

プロキアとシンラギククルフォンは軍事的な連携がうまく取れていないようで、まだヴァルファにとって大きな脅威にはなっていない。

その膠着状態と冬休みを利用して、私はほぼ毎日調べ物をしていた。

ドルファンの国立図書館の所蔵量はスィーズランドよりもかなり少なかったし、受付の女性の対応速度は半分以下だった。

 だが私が調べたかった事はだいたい一週間でほぼ調べ終わった。

ドルファン王家の表向きの歴史、プリシラ王女の出生記録。

プリシラ王女の公式訪問での日程、行程、過去どこを訪れたか。

私が元々知っているドルファンの歴史と、この国が公式に発表している歴史との差。

プリシラ王女がどんな行動を取っていて、どこに行けば目立たずに暗殺できるか。

彼女を暗殺したところで戦争に変化が起こるわけではないだろう。

だが少なくとも父と私の恨みは多少でも晴れる。

それに、唯一の王家の跡取りが死んだとなればこの国の政治に一瞬の動揺を作る事が出来るかも知れない。

それを機にプロキアが再び攻撃をしかければ言う事無しだ。

プロキアでなくても構わない。

ヴァン=トルキアでもいいし、ハンガリアでもいい。

とにかくドルファンの国政に一箇所のひび割れを作り、王国の瓦解の礎になれれば私たちの目的は達成できる。

 すっかり夢中になって調べており、気が付くとすでにあたりは暗くなっていて動作の遅い受付嬢が迷惑そうに私を見ていた。

 

「そろそろ閉館時間ですよ」

「あなたがさっきの本をもう少し早く見つけてくれていれば、こんな時間までいなかったわ」

「そんな言い方しないで下さい! 私だって一生懸命やっているんです」

「職を変えたほうが賢明だと思うけれど」

 

私の言葉が気に障ったのか、彼女は眉毛を吊り上げて凄みを効かせてこちらを睨んでいた。

私は軽くため息をつき、外に出た。

 

 外は肌を刺すような北風が吹き渡り人の数も少なかった。

城東大通りの燐光灯の仄かな灯りに照らされながら、私は寮へと急いだ。

馬車がストライキで完全に止まっていたのは誤算だった。

大通りを抜けていく。寮のあるフェンネル地区までは夜だとあまり人通りもない。

今夜は月もないし、仮に人を襲うならばもってこいだ。

そんなことを考えていると後ろに気配を押し殺して尾行してくる二人の男がいる事に気付いた。

やれやれ、占い屋でもはじめた方がいいかもしれない。

その尾行はお粗末なもので、私が例え素人だったとしてもすぐに気付いたはずだ。

彼らが歩速をあげて距離を詰めてくる。

どうやら尾行するだけではなく、強盗か強姦か、とにかく世間一般的に見て良くない事をしたいようだ。

 

 私は鞄の中から護身用のダガーを気取られないように取り出した。

備えあれば憂い無し。私のような人間は、どこで命を狙われても不思議はないのだ。

それに、私の得意の武器とこのダガーというものは相性が良く、鍛練は十二分に積んでいる。

ダガー一本でもヴァルファの一員としての実力は存分にお目にかける事ができるだろう。

片方の男が走り出して私に飛び掛ってきた。

私は十分に引き付けておいてから振り向きざまにダガーの一撃を見舞った。

横一直線に切り払ったダガーから軽い手ごたえが感じられ、鮮血が冬の夜空を舞った。

私が先手を打って攻撃してくるなどまるで考えていなかった男は右上腕部と胸を切り裂かれ、地面に転げた。

出血量と手ごたえからしても大した傷ではないだろう。

 

「どうした!」

 

もう一人の男があわててベルトに挿したナイフを引き抜こうとした。

だが私はすでにその男の懐に飛び込んでおり、その首筋にダガーを突きつけていた。

 

「て、てめえ、何者だ!?」

 

喉の奥から恐怖とともに搾り出したような声だった。

男の声はかすれており、僅かに酒の匂いがした。

 

「それはこちらのセリフだわ。あなたたち何者なの」

「お、おれ達は頼まれただけ、頼まれただけだ」

 

その時、先ほど私に腕と胸を切り裂かれた男が立ち上がりナイフを片手に後ろからせまるのが視界の隅に映った。

私はまさにそれを警戒していたので、素早く目前の男を突き飛ばしてその攻撃を避けた。

避けられた後に何をしていいのかわからなかったのであろう。

明らかに練度が低く隙だらけの男の背後に一瞬で回ると、後ろから首筋にダガーを突き付けた。

そして突き飛ばされた方の男へ言った。

 

「動くな。動けばこの男の命はないわ」

 

突き飛ばされた男はよろよろと立ち上がり、観念したようにナイフを捨てた。

 

「わ、判った。だからそいつを殺さないでくれ」

「物分りが良くて助かるわ。図書館の受付に向いているわよ、あなた」

「は?」

「いいえ、こちらの話し。それよりあなたを雇ったのは誰」

「それが……教会のしんーー」

 

言いかけて男の体がぐったりと地面に倒れた。

私は瞬間的な恐怖というか、得体の知れない嫌な『何か』を感じて飛び退いた。

それは言葉では形容しがたい物で、幾多の戦場や潜入先で私に向けられた『殺気』とでも言えばいいのか。

今まで私が押さえていた男の体に鋭い何かが突き刺さり、もしも私がそこにいれば仲良く串刺しになるところだった。

 

「いやあ、お見事。さすが、とでも言いましょうか」

 

闇の向こうから聞き覚えのある声が響いた。

その声に私は吐きそうなほどの嫌悪感を持った。

 

「何故ここにいる……ゼールビス!!」

 

男の死体から武器を引き抜き、かつてのヴァルファバラハリアン八騎将の一人、血煙のゼールビスは私を見ていやらしく笑った。

 

「久しぶりにお会いしたのに、随分つれないですね」

「裏切り者と話す言葉は持ち合わせていない」

「裏切り者。どちらかと言えば、貴女とお父様なんじゃないですか? 裏切ったのは」

 

彼、ミハエル・ゼールビスはヴァルファ八騎将の一人、だった。

性格は残忍かつ狡猾で、一対一の決闘よりもむしろ爆弾などを使った後方撹乱や奇襲などを得意としていた。

元々はどこぞでテロリスト紛いの事をやっていただけあり、その残虐で卑怯な戦い振りはあまりにも騎士の精神とかけ離れていて、彼が父の側近ミーヒルビス参謀の甥でなければ、誇り高きヴァルファバラハリアンに入隊すら叶わなかったはずだ。

入隊後は要人の暗殺や特殊工作などで八騎将入りを果たすものの、今回のドルファンとの戦争が始まるや否や部隊も放り出して勝手に脱隊。

行方をくらましていたのだ。

 

 ゼールビスは手に持った武器の血を布で拭った。

それはパッと見では教会の神父が使う司祭杖にしか見えなかったが先端が異様なまでに尖っており、鋭く冷たい光をはなっていた。

彼の風貌も、髪を伸ばし、肩下で切りそろえた上に司祭服をまとっており、見た目は神父そのものだ。

だがその目は油断なく私を見ており、神経質そうな顔に気持ちの悪い薄ら笑いを浮かべていた。

 

「私の恰好が気になりますか」

「敵と話をする気はない」

「敵? 心外ですね。私たちは仲間ではないですか……」

 

そう言って彼はまたいやらしい笑いを浮かべた。

 

「そう、あのヴァルファバラハリアン八騎将という、下劣で野蛮な集団の」

 

誇り高きヴァルファ八騎将を下劣だの野蛮だのと蔑む事は許されるはずもないが、そんな安い挑発に乗るほど私も愚かではない。

 

「よりによって神父の仮装なんてして、今までの蛮行を悔い改めたのかしら」

「おや、思ったよりも冷静ですねえ」

「なんの目的でドルファンにいるの」

 

ゼールビスは張り付いたままの笑顔で言った。

 

「そんな事をあなたに教える必要はありませんよ」

「ここであなたを裏切り者として殺したっていいのよ」

「あなたが? 私を?」

 

ゼールビスはさもおかしいと言わんばかりに、耳障りな声で笑った。

 

「あはははは、笑わせてくれますねえ。あなたが私を殺す? そのダガーで」

 

彼は手にした武器をこちらに向けた。

 

「お得意の武器でもない限り、難しいんじゃないですかねえ。私とて八騎将の一人、実力はよくご存じでしょうに」

「騎士として戦う事もできない爆破だけが取り柄の男が、よく吠えるわね」

「なにか思い違いをしているんじゃないですか。私は一対一の決闘でしのぎを削って戦うなんて無駄が嫌いなだけで、決して出来ないわけじゃないんですよ」

「ならば証明してみなさい」

 

私はダガーを逆手に構えていつでも反応できる体勢をとった。

だがゼールビスのいう通り今の状況で、この裏切り者を殺すのは容易ではないだろう。

先ほどの素人ならともかく、腐ってもヴァルファ八騎将の一人だった男だ。

 

 私とゼールビスはにらみ合いつつ、仕掛けるタイミングをお互い計っていた。

ゼールビスは相変わらず武器をこちらに向けていたが、不意にそれを下げた。

 

「止しましょう。今はあなたを殺したくはありませんからね」

「その男達に私を襲わせておいて何を言うの」

「何、ほんのお試しですよ」

「試す」

「そうです。あなたの腕が鈍っていないか。貴女も私の目的に役立つかもしれない、と考えているもので」

「何を言っているの」

「三日ほど前に図書館で偶然貴女を見かけたときは、本当に驚きましたよ。ですが、あなたの任務を考えれば当然といえば当然ですが」

「何の話をしている、ゼールビス!」

「いずれわかる時がきますよ……。今はまだ時機ではありませんから」

 

彼は大げさに通りを振り向いた。

 

「おっと、そろそろ誰かが通りかかるかもしれませんね。死体の処理をしておかなければ」

 

彼は司祭服の袖に手を入れて、なにか四角い箱を取り出した。

 

「彼らはヴァネッサ派(ドルファン極左派)の若者達です。今夜は爆弾テロをしかけようとして、事故により爆弾が誤爆。そして死亡と。筋書きとしてはこんなものですかね」

 

彼はその箱を死体の上に置くなり私のほうへ駆け出し、素早く私の横を駆け抜けた。

 

「何をしているんですか。あなたも巻き込まれますよ」

 

私は不本意ながらもゼールビスの後を追って駆け出した。

五秒と間を置かずに激しい爆音が後ろから響き渡った。

熱い爆風が私の三つ編みを揺らし、追いかけてくる衝撃波が体に伝わってきた。

立ち止まり振り返ると二人の若者の死体はバラバラに吹き飛んでおり、焦げてくすぶっていた。

私は吐き気をもよおしてその場に膝をついた。

その時、すでに闇夜に姿を消したゼールビスの声が響いた。

 

「私はドルファン教会にいますので、懺悔でもしたくなったらいつでも来てくださいね。ふ、ははは!」

 

彼の足音がどんどん遠ざかっていく一方で、近所に住む人々が爆音を聞きつけて集まり始めた。

私は吐き気と混乱した頭を抱えつつも、目立たないように物影を選んで出来る限り素早くその場を離れた。

喉の奥に言い知れぬ不安とむかつきだけが張り付いていた。

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