小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【12】共同墓地と未亡人

 次の日に始業式があり、学校生活が再び始まった。

私はとてもではないがそんなものに参加する気にはなれなくて、学校を休んで馬車に乗っていた。

行き先はサンディア岬駅だ。

午前中の馬車は非常に空いていて、正午少し前にサンディア岬駅に着くことが出来た。

平日の昼時にこの駅を利用する者はほとんどいない。

閑散としている、という言葉がまさに適切で人影もない駅は静まり返っていた。

風がほのかに潮の香りを運び、遠くに荒々しく波が砕ける音がする。

岬と言うくらいだから、海が近いのだ。

駅から海に向かう小高い丘を登り目指す場所へと急いだ。

 

「私はドルファン教会にいますので、懺悔でもしたくなったらいつでも来てくださいね。ふ、ははは!」

 

あのときのゼールビスの声が耳にこびりついて離れない。

つい一昨日のトピックスには、中東で名を馳せた爆弾テロのスペシャリスト、アジル・メサムが遺体になって発見されたニュースが載っていた。

犯人はわかっていないらしいが間違いなくゼールビスだろう。

同じ爆弾を使ったテロリストとして、邪魔だったのだ。

あの男の狙いはなんなのか?

もしもヴァルファに不利な状況を招くような事を企んでいるのなら排除しなければならないし、何よりもあの男は部隊の裏切り者なのだ。

手に持った細長い赤い革の袋を持つ手に、無意識に力が入ってしまう。

必要とあれば私の独断であの男を消さなければならない。

 

 歩いていると目指すドルファン教会が見えてきた。

白い壁に美しいステンドグラス。青い屋根の頂上に掲げられているのは、教会だと主張するための大きな十字架。

そのすべてがゼールビスという存在には不釣合いだ。

私は大きく重い正面扉を開き、教会の中へと入った。

大きなステンドグラスからこぼれる光で中は意外なほどに明るかった。

 

「あら、こんな時間に珍しい」

 

奥から白い修道服を着たシスターらしき人物が声をかけてきた。

その女性は私を見て優しくにっこりと笑った。

 

「ドルファン教会へようこそ。本日はどんなご用でしょうか」

「祈りに来たわけではないわ。神父はいるかしら」

「まあ、神父様にご用ですね」

 

この無害そうな笑顔のシスターも、もしかしたらゼールビスの仲間かもしれない。

幾分警戒をしつつ同意の印に頷いたが、彼女は怪しむそぶりも見せずに奥の扉の方を見た。

 

「あちらの扉から裏の共同墓地に行けます。多分そちらにいらっしゃるかと思いますよ」

「そう。ありがとう」

 

言われた通りに裏への扉を抜けていくと、目の前に広々とした芝生の広場がありそこに整然と並んだ墓石の列、そしてその向こうに雄大な海の景色が広がった。

 

 私はゆっくりと墓地に入っていった。

神経が油断なく張り詰めているのでピリピリとしている。

ゼールビスならば物陰から突然襲い掛かって刺し殺す事など、蝋燭の火を吹き消すのと同じくらいの感覚でやってのけるからだ。

広々としてよく整備された墓地の中を慎重に歩いていると、突然強い海風が吹いた。

私の三つ編みが風になびいて大きく揺れて、それと同時に少し先の一角から花が舞い上がった。

誰かが供えた花だろうか。

そう思った時、不意にその角から一人の女性が立ち上がった。

 

「……」

 

後ろでしばった長い髪を手で押さえながら物憂げな瞳で舞い上がった花をみつめるその眼差しには、深い悲しみと絶望の色が見えた。

彼女は私に気付くと遠慮気味に微笑んだ。

 

「風でせっかくの花が台無しになってしまって」

「残念だったわね」

「そうね。でも、こんなに海に近いところですものね」

 

彼女は深い緑色の長い髪をした、二十代後半と思しき美しい人だった。

凛とした雰囲気を持ちつつもどこか気だるげな彼女は、コートの裾をそっと抱き寄せて寒そうに肩をすくめた。

 

「年をとるとダメねえ。寒さが身にしみるわ」

「このあたりで神父を見なかったかしら」

「神父様。私が来たときにはこちらにはいらっしゃらなかったけれど」

「そう」

 

ゼールビス。どこまでも人を欺き、常に苛立たせる男だ。

 

「あなたはお墓参り?」

 

彼女の声に私はハッとして、あわてて答えた。

 

「いいえ、神父に用があって」

「教会にもいらっしゃらないかしら」

「ええ。いないみたいだし、日をあらためるわ。それじゃ」

 

私はそう言って来た道を引き返そう振り返った。

すると、ちょうど教会の方から先ほどのシスターがこちらに向けて歩いてくるのが見えた。

 

「あら、神父様はいらっしゃいませんでしたか」

「ええ」

「そうでしたか。よろしければ中で少しお待ちになりますか。その間に神父様もお戻りになるかもしれません」

「そうね……」

 

私が考えていると、さっきの女性が私の横まで歩いてきた。

シスターが親しげな様子で声をかける。

 

「あら、クレアさん。もうお済みですか」

「ええ、今日はこれくらいにしておくわ。あまり長くいても、主人が喜ぶとも思えないし」

 

そう言ってそのクレアと呼ばれた女性は私の方を見た。

 

「いつも花を手向けた後にシスターとお茶をご一緒しているんです。よろしければあなたもいかが。神父様をお待ちになるのなら」

 

とりあえずこれで帰るよりはゼールビスに会う確率は高いかもしれない。

お茶を飲むのは気が進まないが、ゼールビスに物陰から刺されるよりはマシだ。

 

「構わないわ」

 

私が答えるとその女性は嬉しそうに微笑んだ。

 

「良かった。そうそう、私の名前はクレア・マジョラム。よろしくね」

「ライズ・ハイマーよ」

 

私たちは教会の中へと引き返した。

 

 礼拝堂の奥の小さな部屋に案内されて、私はクレア・マジョラムと一緒にソファに座っていた。

並んで座りたくなどないが椅子がそれしかないのだ。

 

「ライズさんは学生さんかしら」

 

クレアの問いに私は頷いて答えた。

 

「ドルファン学園かしら? それとも学院のほう」

「学園よ」

「まあ、そうなの。私もね、ドルファン学園の卒業生なの。あなたの先輩になるわね」

 

そう言って微笑んだ彼女の笑顔はどこか少し憂いを含んでいた。

 

「お待たせいたしました」

 

隣のキッチンから紅茶のカップを三つと白磁のティーポット、いくつかの菓子を銀色の盆に載せたシスターが入ってきた。

私たちの前の小さなテーブルにてきぱきとそれを並べていく。

ほんの僅かな事だが、その手に何か違和感を覚える。

日常の中に無い何か。普段の生活ではありえない何か。

私が日々剣の稽古を怠らない為にこの手にできた幾つかの痕跡のように、一般の生活をしていたら絶対にできるはずのないマメやタコの痕のような違和感。

彼女の右人差し指には、スナイパーが銃を構えるときに出来る引き金痕によく似たものがある。

ゼールビスと同じ空間にいるシスターだ。万が一という事はある。

このシスターに油断は出来ない。

 シスターは折畳式の椅子を器用に組み立てて、そこに座った。

 

「狭いところで申し訳ありません。さ、冷めないうちに召し上がってください」

「ええ、いただきます」

 

クレアがお茶をとったので、私も一口すすった。

その芳醇でさわやかな柑橘の香りと気品のある苦みと甘みのバランス。

 

「スィーズランドのウッドスター社のアールグレイだわ」

 

私が思わずそう呟いてしまった言葉に、シスターは嬉しそうに頷いた。

 

「まあ、わかりましたか! 私、この紅茶が大好きなんです」

「そう。私も紅茶はスィーズランドのものが良いと思うわ」

 

驚いた。こんな所でおいしい紅茶が飲めるとは思ってもみなかった。

何者かはともかくこのシスターの紅茶の趣味は良さそうだ。

私たちの会話を聞いていたクレアが、感心したようにカップをみつめながら言った。

 

「本当に美味しいわ。今度お店の店長にたのんで、紅茶の仕入先をここにしてもらおうかしら」

「それがいいですよクレアさん。私が自信を持っておすすめします」

「そうねえ。最近、未成年の常連さんが出来たから、これを使ったノンアルコールのカクテルが作れたら、きっと喜んでくれるでしょうね」

 

未成年の常連、そしてノンアルコールのカクテル。

 

「クレアといったわね。あなた、仕事は何を」

「私、サウスドルファン駅の近くのバーで働いているの」

「地下のお店ね」

「そう! そこでバーテンやポーカーのディーラーなんかをやったりしているのよ」

「そう」

 

ドルファンでは大抵の女性は20代半ばで結婚して専業主婦になるし、結婚するまでの女性は家事手伝いを生業とする人が大半を占める。

それゆえにドルファンで仕事をする女性のほとんどは、子育てを終えたそれなりに妙齢の女性だ。

逆に彼女くらい若い女性が働かなくてはならないという事は、それ相応の理由があるという事だ。

クレアは私をまじまじと見てつぶやいた。

 

「丁度、あなたぐらいの年の女の子が最近よく来てくれるの。お店の雰囲気が気に入ったと言ってね。もちろんお酒はださないのだけれど」

「そう」

「その子もドルファン学園の生徒さんよ。レズリーさんって言うの」

 

その名前には覚えがあるし、思わず反応してしまった。

 

「レズリー・ロピカーナ?」

「あら、知っているの?」

「え、ええ。クラスメイトだわ」

「まあ、偶然ね! 今度会ったらよろしく伝えて」

 

にこにこと笑うクレアに私は戸惑いながら頷いてみせた。

こんな所でレズリーの名前が出るとは。どうでもいい事だが、世間とはせまいものだ。

 

「そういえばね」

 

クレアがシスターの方を見て続けた。

 

「この前、そのレズリーさんがヒューイさんと一緒にお店に来たのよ」

「まあ、本当ですか!」

「ヒューイ」

 

私は愕然として、なんとも間の抜けた声を出してしまった。

 

「あら、ヒューイさんもご存知?」

「顔見知りだわ」

「うふふ、世間ってせまいものね。私もレズリーさんがヒューイさんを連れてきたときには驚いたけれど」

 

レズリーとクレアが知り合いなのはともかく、ヒューイとレズリーが知り合いで、さらにはこのクレアまでもがあの東洋人傭兵の事を知っているような口ぶりだ。

私は自分の住む世界とそれを取り巻く人間関係のせまさがあまりにもばかばかしく思えて、しばらく紅茶を飲む事すら忘れていた。

 

 その後なんとも情けない気持ちでお茶を飲み、クレアとシスターの世間話に付き合い終わった頃には、冬特有の早い夕闇が迫ってきていた。

私は時折彼女達の話に相槌を打っていただけでただただ時間を無駄に過ごしてしまった。

ゼールビスはいつになっても現れないし、これでは学校の始業式に行ったほうがマシだった。

シスターに見送られて私とクレアはサンディア岬駅へと帰ってきた。

聞くとクレアもフェンネル地区に住んでいるとの事で、そこまで馬車が一緒だと思うとさすがにため息がもれた。

馬車に乗り込んだときにはすっかり夕闇があたりを包んでおり、街の燐光灯が明るく灯り始めていた。

 

「すっかり遅くなってしまったわね。ごめんなさい、無理に付き合わせちゃって」

 

クレアが悪びれた様子もなく言う。

私は首を振った。

 

「構わないわ。私は神父を待っていただけだもの」

「そう言ってくれると助かるわ。ああ、そうだ。今度お店に遊びに来てね。今日のお詫びにご馳走しちゃうわ」

「気が向いたら行かせてもらうわ」

 

そんな社交辞令を交わしていると、馬車が軍隊の傭兵部隊専用訓練所の前を通った。

その途端にクレアの瞳が悲しげに歪んだ。

彼女のこの悲しげな表情は今日だけで何度も見ている。

その理由は私がそれほど鈍い人間でなければ、わかるというものだ。

きっと恋人や親しい友人、家族などが死んだのだろう。

それは遠い過去などではなく、おそらくすぐ最近の話だ。

私がいぶかしげに彼女の顔を見ていたので、クレアはハッして笑顔を作った。

 

「ごめんなさい。ちょっとここには忘れられない思い出があって……」

 

私は黙っていた。

特に何かを言う気にはなれなかった。

戦争で誰かを失うのは世の常だ。それが当然の出来事だ。

そして、私はその片棒を担いでいるし、それを生業としているのだ。

だがクレアはその思い出をゆっくりと反芻するかのように息を深く吸うと、私に語り始めた。

 

「ここにはね、去年の夏に亡くなった夫が勤めていたの」

「軍の訓練所に。ここは外国人傭兵部隊用の訓練所よ」

「そう。私の夫はね、ここの教官だったの。外国人傭兵部隊教官でその部隊の隊長。それが彼の最後の役職だった」

 

私はまさかと思って彼女の顔を見た。

外国人傭兵部隊を仕切っていた人物は、彼しかいない。

そう言えば彼女の苗字は……

 

「ヤング・マジョラム。それが私の夫の名」

 

私は驚きを隠しながら頷いた。

ハンガリアの狼、ヤング・マジョラム。

先の戦争で八騎将の一人、セイル・ネクセラリアに敗れたあのヤング大尉に他ならない。

私はネクセラリアの槍が彼の命を奪う現場をこの目で見ていた。

乾き切った砂埃の舞うイリハの戦場の真ん中で、その出来事はまるで舞台の上の役者の演技のように、そうなるのがさも当然のように行われ、今でも鮮明に思い出す事ができる。

気が付くとクレアの頬を涙が幾筋もつたっていた。

そして、またあの悲しげな微笑を見せた。

 

「だめね、年をとると湿っぽくって。あの人はもう、帰ってこないのに」

 

彼女は涙をハンカチで拭くと、静かに深呼吸をした。

私がヤング大尉を殺したセイルと同じヴァルファバラハリアンの一人だと知ったら、彼女はどう思うだろうか。

きっと私のことを恨むはずだ。

人は誰かを恨み、それが力となって生きていくのだろうか。

誰かを恨み憎しみを持って、それでも生きていき、その先にあるのはなんなのだろうか。

家族や故郷を奪われた者は、何を持ってその憎しみを忘れられるのだろうか。

考え込んでいると、フェンネル駅についた事をクレアが教えてくれた。

 

「大丈夫? 馬車酔いかしら」

 

心配そうに覗き込む彼女の表情からは、誰かを憎んでいるようには思えなかった。

 

「いえ、大丈夫よ。すこし、考え事を」

「そう? でも無理は禁物よ」

「そうね」

「うふふ、それじゃまたね。お店にも遊びに来てね!」

 

クレアはそう言って手を振り、夜の街並みに消えていった。

私はそれを見送ると、冬の風を肌で感じながら寮への道を歩き出した。

戦争は、いとも容易く人から何かを奪う。

だがそれはいつでも表裏一体となって奪う側にもなり得てしまう。

いつもよりも北風が冷たく、肌に突き刺さった。

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