小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【13】レズリーと国境都市ダナン

 窓から朝の光が差し込み、私は目を覚ました。

洗面所で顔を洗い、制服に着替えて、いつもの三つ編み、いつもの手袋。

いつもと変わらない朝をいつもと変わらない憂鬱な気分で迎えた。

部屋の窓を開けると日の光があたたかでやわらかく、風の匂いはわずかに甘い木の芽の香りがした。

ドルファンにも春がやってきたのだ。

少しは気が晴れるかと思ったが結局気分は晴れず、憂鬱なまま机に向かった。

走り書きのメモを純銀のペーパーナイフで切り取り鞄に入れた。

このペーパーナイフは一月の私の誕生日にヒューイがくれたものだ。

それ以来、彼とは会っていない。

 

 あの日、ゼールビスに会いに教会に行きクレアと知り合い、その話を聞いてからというものどうにも釈然としない日々が続いていた。

常に気分が滅入っており教会に行く気も起こらず、結局ゼールビスに会う事もなかった。

戦争の方もこれといった動きがなく膠着しており比較的平和な毎日が続いている。この国に潜入している事が無意味にさえ感じられる程、無気力で無意味な毎日にうんざりしていた。

 

 無力感に苛まれていたとしても規則正しい生活は必要だ。

役になっているかわからない任務でも、それが任務である以上はこなさなければならない。

朝食を食べに食堂に行くとまだ早い時間だったので席はがらがらだった。

窓際のいつもの席を取っておいて、カウンターからトースト一枚とママレード、トマトのサラダの小さなボウル、ポーチドエッグにミルクをトレイに載せて席に戻った。

四月も半ばになれば朝にコーヒーを飲まなくても平気になる。

ママレードを塗ったトーストをゆっくりと食べ、サラダをレタス一かけらずつ食べていると隣の席にレズリーが座ってテーブルにトレイを置いた。

 

「おはようライズ。隣、いいかい」

「構わないわ」

「一人暮らしだとどうしても食事が手抜きになるからね。ここの食堂はありがたいよ」

 

レズリーはそう言った言葉の内容とは裏腹に、どこか不機嫌そうな雰囲気を漂わせていた。

置いたトレイにはトースト二枚とブルーベリイジャム、ハムエッグにマッシュポテト、さらにソーセージが三本とコーヒーが載っていた。

炭水化物とタンパク質は十分な量だが、野菜類が圧倒的に足りないメニューだ。

彼女は何か言いようのない怒りを食べることで消化しているようで、あっという間にトーストを二枚食べた。

私はその間にゆっくりとポーチドエッグを味わった。

ハムエッグとマッシュポテト、ソーセージを早々に食べ終え、ようやくコーヒーを飲んで一息ついたようだ。

その頃には私もようやくサラダを食べ終えた。

 

「そう言えば、ライズはスィーズランドの出身だったか」

 

レズリーが窓の外を見ながら言ったので、私は頷いて答えた。

 

「そうよ」

「家族もそっちにいるのかい」

 

私は少し考える。

 

「いいえ、家族も仕事の都合で留守にしているわ」

「そうなのか」

 

レズリーは大して興味もなさそうに私の言葉を聞きながら、ハムエッグのかけらをフォークでいじっていた。

そして唐突に言った。

 

「ダナンへの第二次派兵が決まったんだってな」

「え?」

 

突然の思いもよらない言葉に、私はミルクを飲む手を止めてレズリーの顔を見た。

レズリーは私を見ずにスカートのポケットから四つ折の紙を取り出して、私の方に押し出した。

広げてみるとそれはトピックスの号外のようだった。

どうやらここに来る途中で配っていたようだ。

ざっと目を通すと、確かにダナンへの第二次派兵が行われると書いてあった。

今まで足並みがそろわず初戦でヴァルファバラハリアンに負けを喫しているドルファンとしては、ここは面目躍如の意味もあるのだろう。

騎士団のほぼ全勢力である、七大隊すべてを投入すると書いている。

 

 ダナンはプロキアとの国境線にあるドルファンの国境都市。

去年の夏に起きたプロキアとの戦争によりダナンは陥落している。

その後プロキア軍は内乱によって撤退しているが、今はヴァルファバラハリアンが駐在して事実上その拠点となっている。

だが今やプロキアはヴァルファの敵であるし、現実としてヴァルファはダナンに取り残されていると言っても過言ではない。

 もともとダナンはドルファンの政治の中枢、王室議会の五議席の一つであるベルシス家が統治している。

その当主であるゼノス・ベルシスは、王室会議の筆頭ピクシス家との折り合いが悪く、ドルファン王室議会においても野党と言える派閥だ。

そして、そのベルシス家が統治する国境都市ダナンはドルファン首都城塞からの物理的距離と政治的な距離も含め、ある意味分権化している。

だからこそヴァルファバラハリアンが拠点として長く居座る事が出来ているのだが。

 今回の第二次派兵はヴァルファ対ドルファンの全面戦争になるだろう。

シンラギククルフォンの不穏な動きもある。

私自身も、もう少しヴァルファ本隊の動きを知っておく必要があるかもしれない。

そんなことを考えているとレズリーが吐き捨てるように言った。

 

「なんでヴァルファはいつまでもダナンに居座るんだ」

 

私は答えずトピックスの号外を返した。

彼女はそれを受け取ると、くしゃくしゃにして空の皿の上に投げ捨てた。

 

「なんで、よりによってダナンなんだよ」

 

レズリーの声は暗く、その目にはわずかに涙が溜まっているように見えた。

 

「ダナンに何かあるの?」

 

その質問が彼女の琴線に触れたようで、レズリーは俯いて絞り出すような声で言った。

 

「……両親がいるんだ。ダナンに」

 

そう言えばレズリーは一人暮らしをしていると言っていた。

彼女が何のために一人暮らしをしているのか、その事自体にはまるで興味はないが、両親がダナンにいるという事はヴァルファバラハリアンのすぐ近くにいるという事だ。

 

「あたしの両親は軍部に勤めていて」

 

レズリーはポツリとつぶやく。

軍部。

軍部のどんな部隊でどんな仕事をしているのだろうか。

もしや私と同じような潜入捜査をするようなスパイ部隊だと非常に厄介だ。

だがレズリーは私のそんな思惑などまるで意に介さず、濡れた声でつづけた。

 

「子供の頃から仕事ばかりで、あたしの事なんて放っておいたくせにさ。今だってあたしが一人暮らしをするのをなんの追求もなく容認するような放任主義のくせに」

 

その声は小さくて震えている。

 

「ダナンで大きな戦争になれば、両親も死んでしまうかもしれない。あんな両親でも、あたしの大切な物の一つなんだ!」

 

そしておもむろに顔を上げると、涙でくしゃくしゃになった顔で私を見た。

 

「なんでヴァルファは戦争なんてしているんだ。なんでダナンなんだ。なんで、なんであたしから何もかも奪おうとするんだ」

 

いつもクールな素振りで斜に構えているが、面倒見がよく、姉御肌で周りから頼られがちなレズリーが声を押し殺して泣いていた。

一人では抱えきれない不安を吐き出しているのだろうか。

それだけ両親に対する愛情が深いのだろうか。

後ろを通りかかる他の生徒達が心配そうにこちらを見ていた。

 

私は、

私はレズリーにかけるべき言葉が見つからなかった。

かけるべき言葉がないからだ。

慰めるつもりもないし、この娘の両親が軍部で働いているなら、戦争に巻き込まれても仕方のないことだ。

だが、その戦争の相手が今まさに隣の席にいる、私に他ならない。

私は戦場にいるわけではないがこの娘の両親を間接的には殺すのかもしれない。

そして、逆を返せばそれは私にも当てはまる。

 私の父は、ヴァルファバラハリアンは、今ダナンにいる。

ドルファンの七大隊が攻撃を仕掛けたらもしかしたら負けてしまうかもしれない。

もちろん軍団長である父を信用しているし参謀のミーヒルビスもいる。

他の八騎将達もいる。

私は彼らを信頼しているし実力が折り紙付きだという事もわかっている。

だが、戦争に絶対はないのだ。

レズリーは戦場にいるわけではないが、間接的に私の仲間を殺すのかもしれない。

私も泣きながら父や仲間の心配が出来ればどれほど楽だろうか。

だが私は任務でここにいるのだ。

無力感に苛まれても、戦場に赴きたくても、父の隣に立っていたくても、ここで任務をこなさなければならない。

 

「レズリー、私、行くわ」

 

私は机に肘をつき涙をこらえる彼女に言うと、食事のプレートを持って静かに席を立った。

ただ胸の奥に何か重い物がのしかかり、息をするのが辛かった。

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