小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【15】ライズとソフィア①

 その華奢な見た目とは裏腹に驚くほどの力強さで私の手を取り先を歩いていたソフィアが目指していたのは、どうやらシーエアー地区の浜辺のようだった。

夏の盛りには多くの人で賑わうこのビーチも、今の時期の夜には誰一人の影も見つけることは出来ない。

ソフィアはそこにあるのを知っていたかのようにごく自然なそぶりでに大きな流木に腰かけて、その隣に私を座らせた。

そこで初めて握っていた手を放してくれた。

私達はそばらくの間何も喋らずに浜辺に座り、寄せては返す静かな波音を聞いていた。

 

 どれくらいの間そうしていただろうか。

私はすっかりいつもの平静さを取り戻していたし、涙の跡は白く乾いていた。

なぜこんなことになってしまっているのかを考えていると、ソフィアがためらいがちに口を開いた。

 

「あ、あの……すみません。勝手にこんな事をして……」

「そうね」

「本当にすみません。でも、なんだかこうするのが一番良いように思えて」

 

私が答えずに黙っていると、彼女は言葉を続けた。

 

「私、落ち込んだりするとよくここに来るんです」

 

彼女は夜の海のどこが境界線だかわからなくなった水平線の、はるか彼方をみつめていた。

 

「ここで静かな海を眺めながら歌を歌うと、なんだか悩み事なんて吹っ切れてしまう気がして」

「歌?」

「ええ、私歌が大好きなんです! だから落ち込んでも大好きな歌を歌えば気が晴れる。海が受け止めてくれる、そんな気がして」

「そう」

「あと、宝物のオルゴールがあるんですが、それを聞いたりするのも慰められます」

「そう」

「ハイマーさんは、そういう何か好きなものや好きな事はありますか」

「ないわ」

 

考えるまでもなくきっぱりと言い切った言葉に、自分でもひどく冷たい態度をとっている事は判っていた。

それでも私はそういう風に生きてきたし、ここは敵国なのだ。

この国の人間と慣れ合うこと自体ありえないこと。

さっきはつい不覚を取って涙なんかを流してしまったが、今は冷静だ。

ヴァルファバラハリアンの為になることを、何か父の力になれる事をしなくてはならない。

こんな所で夢見がちな少女に付き合って時間を潰している暇はない。

だが、今の私に何ができるのだろうか。

敵国の中で、安全な城壁の中で、血で血を洗うような戦場でもないこの浜辺で。

 

 私は黙って立ち上がった。

ソフィアもあわてて立ち上がる。

 

「もう、行くわ」

 

私が言うと、ソフィアはまた私の手を取った。

 

「ま、待ってください。もう少しだけ話しませんか」

「そんな暇、ないわ」

 

私の言葉にソフィアは少しだけ傷ついたような顔をした。

その瞳から、困惑、猜疑、悲痛、そして同情がみてとれた。

私が歩き出そうとするとソフィアは思いもよらぬ言葉を吐いた。

 

「ハイマーさんって、なんだか迷子の仔猫のような目をしていますね」

「迷子の仔猫?」

「寂しくて、打ちひしがれているのに、誰にも頼れない。寄る辺もない迷子の仔猫のような目」

 

この女は突然何を言い出すのだろうか?

私の何を知っていて、そんな事を言っているのだろうか。

ただのお節介にしては度を越しているし、仮にそうだとしてもなんだと言うのだろう。

所詮私はただの他人だと言うのに。

 

「どうしてそんなに悲しい目をしているんですか」

「そんな目をしているつもりもないし、なぜそう思うのかしら」

「私と、同じだからです」

「同じ?」

 

ソフィアは私の顔を真正面からみつめて続けた。

 

「そうです。助けて欲しいのに、声が出ない」

「助けて欲しいなんて思っていないわ」

「じゃあ、どうしてさっき泣いていたんですか」

 

泣いていたことを思い出し、私は思わずカッとなってしまった。

 

「泣いてなんていないわ! 例え泣いていたとしても、それが何だというの? あなたには何の関係もない事でしょう!」

「知人が泣きながら歩いていたら、放っておく事が出来ますか?」

「知人。知り合いですって? 私とあなたは一度話したきりで、知人でも友人でもない」

 

私はどうしようもない怒りが込み上げてきて、それが言葉となって溢れていた。

 

「あなたが何を考えているのかわからないけれど、余計なお世話だわ。私とあなたは他人だし、住むべき世界も違う!」

 

こみ上げる怒りを抑えつつも、感情が勝手に口をついていく。

 

「誤解の上の同情なんて、はっきり言って迷惑だわ……!」

 

私の言葉を受けてソフィアも声が少し上ずった。

 

「だったらなんでついて来たんですか? 途中で帰ることなんて、いつだってできたはずですよね?」

「あなたが無理矢理……」

「誰かに、助けを求めていたからじゃないんですか!」

 

思わずーー

 

思わず右手が出てしまった。

甲高い音が響き、ソフィアは何が起こったかわからずに私を見ていた。

その左頬が赤くなっていた。

 

「あ……」

 

私は一瞬にして頭に上っていた血がさめるのを感じた。

ソフィアは困惑した瞳に涙を溜めて私をみつめながら、左手で頬を押さえていた。

一体、何をしているのだろうか。

こんな何も知らない少女と言い争い、あまつさえ手をあげてしまうとは。

波打ち際に行きハンカチを濡らして軽く絞った。

それをソフィアに差し出す。

ソフィアはおずおずとそれを受け取ったが、悲しそうに目を伏せた。

 

「ごめんなさい……。私、勝手な事を言ってしまって……」

「なぜあなたがあやまるの。手を出したのは私だわ」

「いいえ、それはいいんです。ただ、私勘違いをしているとは思っていません」

「私なんかに構うのはやめて」

 

私はそれだけを言うと彼女に背を向けて歩き出した。

頬を叩いた右手がひりひりと傷み、冬の空気が肺に苦しい。

こんなに胸が苦しいのは何故なのだろうか。

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