小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【17】五月祭の潜入

 五月一日の朝、私は昼前に寮を出発した。

今日は五月の恒例行事の五月祭で、人々は収穫祭の時と同じ牧歌的な衣装を着て練り歩き街は賑わう。

何を基準にして選んでいるのかわからないナイスガイコンテストや五月の花嫁コンテストなどの催しが開かれ、人々は大いに盛り上がる。

その分人出も多く軍部による街の警備も厳重になっている。

収穫祭の時と同じく酔っ払いや騒ぎに便乗した犯罪などを阻止する為だ。

だが今年はダナンへの第二次派兵を目前に控えていることもあり、多くの兵士はそちらの準備に労力を割かれているだろう。

そうなってくれていれば私には願っても無いチャンスだ。

 人の波に飲まれながらサウスドルファン駅まで歩き、そのまま駅前を突っ切ってドルファン城の前まで来た。

ここにもまだ人の姿が多く見られる。

私は例の祭り衣装は着ておらず、ノースリーブの灰色のワンピースの下に黒いズボンを穿き、同じ色のローヒールという出で立ちだ。

これならばどこからどう見ても五月祭の見物客にしか見えない。

 

 ドルファン城前の道へと右折して祭り会場と反対の方向へと少し歩くと、人通りも無くなり歩いているのは私一人になった。

この地区は裁判所をはじめこの国の政治を司る機関が多く、祭りの日にここを訪れる者はいない。

真っ直ぐに歩いて軍統合本部の前を通り過ぎた。

素早く廻りを見渡し誰もいないのを確認し、すかさず脇道にそれる。

軍統合本部を囲う煉瓦の高い壁にピッタリと体を押し付けて少し進む。

もう一度左右に人の気配がない事を確信する。

思った通り、今日の軍本部は手薄だ。

 軍本部を囲う壁は高さ五メートルほどだろうか。

普通の人間が飛んでどうにかなる高さではない。

だが私は訓練を積んだ騎士で普通の人間ではないし、そのための準備もしっかり用意してある。

私は壁から離れると少し助走をつけるなり迷いなく飛んだ。

明らかに高さは足りないが靴の先に小さな鉄製の鉤爪が仕込んであり、右足のそれを壁に引っ掛けると壁を駆け上がる要領でさらに上に向かって飛んだ。

勢いを利用して左足の鉤爪でも壁を蹴上がる。

そうして高さを稼ぐと、ぎりぎりで右手が塀の上部に届いた。

右手一本で体を支えるのは至難の業だが、全身の力を振り絞り左手を引き上げて両手を掛けると、懸垂の要領で頭を押し上げて塀の内側を覗いた。

見回りはいない。

体中の筋肉が悲鳴を上げているが、残った力を駆使して必要最低限の動作で塀を乗り越える。

音も無く内側に飛び降りると手近な木陰に身を隠した。

そこで一分ほどかけて息を整えると、改めて軍統合本部の建物を見上げた。

茶一色の煉瓦積みの真四角の建物で、いかにも重厚な造りは見るものを威圧的に圧迫する。

 

 そう、私はここに忍び込むつもりで寮を出たのだ。

先日ヒューイとゴンドラに乗った日から私の心持ちの何かが変った。

言うならば良い意味で吹っ切れたのかもしれない。

もしくは、このドルファンでの生き方に覚悟が決まったのかもしれない。

例え今日ここに忍び込み戦争に関する重要機密文書を発見したとしても、ヴァルファバラハリアンを取り巻く状況は変らないだろう。

だが私は八騎将の一人、隠密のサリシュアン。

戦況を変える起爆剤にならなくとも、ヴァルファにとって少しでも有益な情報と思われる物はすべて届ける。

それが私の使命で、このドルファンに潜入している意義なのだ。

 

 開いている窓を探す。無い。すぐ近くの窓は閉まっている。

中はどうやら小さな会議室のようだ。

いくつかある会議室の一つだろう。

祭りの当日に会議室を使うようなことは無いだろうとタカをくくり、髪止めのピンを一本引き抜いた。

もう一度まわりを確認してから素早く窓に取り付き、鍵穴にピンを差込むと五秒足らずで開ける事に成功した。

これは父の側近、幽鬼のミーヒルビスにしこまれた開錠術だ。

窓を開けて中に滑り込むと間髪を入れずに再び閉めた。

鍵をかけてふっと一息つく。

室内はあまり広くなく、中央の長いテーブルに向かって左右に椅子が四つずつ置いてあり、上座には大して立派ではない椅子がある。

その椅子の奥の壁にドルファン国軍のシンボルマークである盾にイルカと剣のマークの大きな軍旗が飾ってあるだけで、ほかに室内装飾品は何も無くなんとも色気の無い部屋だ。

 

 私は入り口のドアを調べた。

とりあえず内側から鍵がかかっている。

鍵を回してドアを開ける。

非常にゆっくりと静かに開きながら、廊下の様子を伺った。

人はいないがどこかで話し声が響いていた。

出て行くには危険すぎる。

またドアを閉めて、鍵をかけた。

十秒ほどその場で考えていたが、次の行動に移ることにした。

椅子の一つを部屋の隅まで持っていきそれに乗り天井を調べた。

コツコツと天井材を叩いてみると何か響いた音が返ってくる。

上は空洞だ。

力任せに天井を押してみた。

何も反応が無い。

椅子から降りて移動するとためしに反対の隅の天井も押してみた。

私が押した一角だけ、なんの抵抗もなくフッと天井が浮き、その向こうに真っ暗な空間が現れた。

ここから天井裏に忍び込める。

忍び込みの達人、ライズ・ハイマー。

乾杯したいところだがそんな暇もおいしい紅茶もないのでやめておこう。

 私はその天井裏の空間にもぐりこみ、内側から元通りに天井を閉めた。

ポケットから携帯用の小型ランプを取りだし、マッチで火を灯す。

まわりを照らしてみると、私のいる一角が一番広いようで他は人一人がやっと通れるほどの四角い管になっている。

どうやら屋根裏ではなく換気や点検の為の管のようだ。

その管の中へ匍匐前進で進んでいく。

空気が薄く狭いので、息苦しさを感じるがこれは心理的なもので実際に空気が薄いわけではない。

ランプがちりちりと音を立てて顔を照らしていて熱い。

私は通気孔を這って進んだ。しばらく進むと突き当たり、左右に道が別れている。

どちらにもランプを当ててみる。一寸先は闇。小型ランプの光は弱々しい。

オイルもせいぜい持って十五分といったところだ。急がなくては。

迷うのは時間の無駄なので、右に進んだ。

 

 しばらく進むと少し先にわずかに光の漏れる一角を見つけた。

私が忍び込んだ部屋とおなじような造りになっているどこかの会議室であろう。

壁に耳を当ててしばらく気配と音を探った。

中から小声で囁きあう男の声が聞こえる。

こんな祭の日に仕事熱心な事だ。

光の漏れている箇所に音を立てないように接近し、部屋の中の様子を伺う。

初老の男が大きな椅子に深々と座り、ドルファン軍の兵士と思われる男と小声で話していた。

白い口髭と禿げ上がった頭に鋭い眼光。貫禄十分の大きな体に、片眼鏡。

その初老の男の軍服の襟には数え切れない程の勲章がついており、悪趣味な光を放っていた。

勲章の一つ、やけに大きな勲章がひときわ目立つ。

イルカと剣、そして三日月を模ったドルファンのシンボルの勲章は、間違いなく王室議会のメンバーの物だ。

先のクリスマスパーティーの時にプリシラ王女の傍らにいたのを覚えている。

 

怪老アナベル・ピクシス卿。

 

ドルファンの政治を司る旧家の両翼の片割れ、そして王室議会筆頭、この国で国王よりも権力を持つと噂されるピクシス家の現当主に間違いない。

私は息を殺しながら、彼らの会話を聞き漏らすまいと耳をすませた。

ドルファン兵の言葉が聞こえてくる。

 

「それでは計画通り街のゴロツキ共を雇っておきます。なに、心配は無用です。こんな時の為に飼い慣らした連中がいますので」

「解った。だが、くれぐれも行動は慎重を期すように。特に国王やその周辺、堅物のメッセニあたりにはな」

「心得ております。ですが、本当にゼノス・ベルシスは召喚に応じるのでしょうか」

「それは間違いないだろう。あの男とて、国王を無視してまでダナンに居続けるわけにもいくまい。そもそも今回の派兵がここまで遅れた理由の半分はあの男が王室議会を無視し続けたからよ。ここでヴァルファを潰してしまえば、やつの後ろ盾も何もなくなる」

「承知いたしました。それでは手はず通り、帰りの馬車を襲撃いたします」

「頼んだぞ」

 

そこまで言って彼らは部屋を出たらしく、二人の足音がした後にドアを閉める音が聞こえた。

私は深く深呼吸をしながら、今聞いた情報をもう一度頭の中で整理した。

これは間違いなく重要で重大な情報だ。

アナベル・ピクシスが街のゴロツキを使って、首都に召喚されるゼノス・ベルシスの馬車を襲撃しようとしている。

つまるところ、暗殺計画に間違いない。

偶然のめぐり合わせとはいえなんと素晴らしい幸運だろう。

普段まったく信じていないが、今日ばかりは神とやらに感謝してもいい。

 ゼノス・ベルシスは現王室会議のメンバーであるベルシス家の当主だ。

王室議会筆頭であるピクシス家とは折り合いが悪いというか、そもそも王室議会の中でもベルシス家は味方がおらず、浮いていると言っていい。

なぜならベルシス家は現国王であるデュランではなく、死んだとされる双子の兄デュノスを支持していたからだ。

この兄王の失脚とともにベルシス家の勢いは弱まり、ピクシス家の陰謀により首都城塞から離れた片田舎の領地である国境都市ダナンでの駐留を強制されている。

そのゼノス・ベルシス卿とは、私が子供だった頃にお会いしたことがある。

彼がスィーズランドに秘密裏に訪れた際に、父を訪ねてきた事があった。

その時彼は、まだ年端もいかない私にお土産を沢山持参してとても可愛がってくれたものだ。

今回の派兵でアナベル・ピクシスはダナンの奪回を確信しているようだが、仮にヴァルファがダナンから撤退したとしても、ゼノス・ベルシス卿があの土地を治めている以上、ヴァルファに有利に働くのは間違いない。

逆に今彼が殺されでもしたら今後のヴァルファは足がかりを無くすことになり、かなり不利な状況になるだろう。

この情報の価値を考えれば、祭など無視して潜り込んだ甲斐があった。

 

 手元の小型ランプはすでに消えかかっており、小さな炎が心もとなさそうに揺れている。

潮時だろう。

来た時と同じように通気孔の中を這って進み、最初の部屋へと戻った。

そこから窓に鍵をかけ直すと今度は庭を回って正門から堂々と出て行った。

見張りの門兵は不思議そうな目を向けたが、中から出てきたからには怪しい人物ではないだろうとあっさりと見送ってくれた。

侵入者には厳しく、出て行くものには甘い。

所詮はその程度という事だ。

体中に疲れを感じ一刻も早く部屋に戻ってベッドに飛び込みたかったが、今手に入れた情報の有益さを考えると疲れなど吹き飛んで体が震えた。

この情報がヴァルファバラハリアンと父の今後に非常に重要な役割を果たす事になるだろう。

隠密のサリシュアンとしてこの国に潜入して以来、初めてとも言える満足な戦果に興奮していた。

五月祭のことなど、これっぽっちも気にならなかった。

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