小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】 作:ケルティック☆タイチ
退屈な午後の歴史の授業が終わり、学校はいっせいに活気付いた。
部活動に勤しむ生徒や早く帰ってアルバイトや遊びに精を出す生徒達。
そんな人々を私は下駄箱の片隅で壁にもたれながら眺めていた。
時折クラスメイトが物珍しそうにこちらを見ている。
それもそうだろう。
私が誰かを待つなんて事は今まで一度も無かったし、彼女達は好奇心の抑えられない年頃なのだ。
逆に考えるとそれだけ私が学校やクラスに馴染んでいないという事かもしれない。
それはそれで潜入捜査に支障を与える可能性もあるので今後改善が必要だ。
そんな新しい気付きは今までの私にはありえなかった。
気持ちの持ち方一つで起こる変化は、今までに経験のなかった事で刺激的ですらある。
そのまましばらくマンウォッチングをしているとソフィアが慌てて走ってきた。
「ハ、ハイマーさん! ごめんなさい、待ちましたか」
「大して待っていないわ」
「本当にごめんなさい。ホームルームが長引いてしまって」
ソフィアは心底申し訳そうな顔をしている。
「気にしなくていいわ。さ、行きましょう」
「はい!」
さっきの申し訳なさそうな顔はどこへやら、打って変わり嬉々とした表情を見せる。
彼女が以前私を迷子の仔猫と表現したが、彼女はまるで仔犬のようだ。
ソフィアと私は並んで歩き出した。
いつも一人で歩いている通学路を誰かと一緒に歩くというのは不思議な感じがした。
「それで、どこに向かっているのかしら」
「えっと、サウスドルファン駅の近くのシアターです」
「シアター?」
「はい!」
シアターは読んで字の如くだ。
音楽の演奏会、演劇、オペラ、とにかくなんにでも利用できる、この国で唯一のホールだ。
ドルファンは私の故郷スィーズランドほどではないものの、案外文化的な施設は充実している方だ。
これは比較的政治が安定しており、軍事力もそれなりにあるが故の副産物と言えるだろう。
私は音楽の公演も演劇もオペラも好きではない。
「観劇をするつもりなら遠慮させてもらうわ」
「あ、いいえ、違います。実は今日、劇団アガサの練習日なんです」
劇団アガサの名は聞いた事があった。
幼い頃スィーズランドでその公演を家族で観た事がある。
アガサ・マテライドの設立した人気劇団だが数年前にアガサが亡くなり、ここ数年は休演が続いているはずだ。
「劇団アガサは今は活動していないんじゃなかったかしら」
「良くご存知ですね。今年からようやく劇を再演する事になったそうなんです。それで……」
彼女は少し緊張した様子で続けた。
「次の劇の歌姫を、一般公募することになっているんです。それの応募締め切りが実は今日で……」
確か先日海に連れていかれたときに、歌が好きだと言っていたのを思い出す。
「そう。それに応募するつもりなのね」
「……はい」
彼女の声のトーンがいくらか下がった。
「無理だって事はわかっています。でも、それでも夢に近づく為になにかしなきゃって思って」
そう言って私を見た。
「実を言うと、一人だったら怖気づいちゃってここまで来れない気がしていたんです。でもハイマーさんと一緒なら大丈夫かなって」
「なぜ?」
「だってハイマーさんってなんだか大人っぽくて落ち着いているし…。それにハイマーさんなら黙って後押ししてくれそうな気がしたんです」
「おかしなことを言うわね」
「そうですか?」
「まあ、いいわ。自分で決めた事なら頑張りなさい。それがあなたの満足のいく、誇れる自分の為への道なのならば」
「はい! 私ちょっと行って来ますね!」
気が付けばシアターはすでに目と鼻の先だった。
ソフィアは一度振り向いて私に微笑んで見せると、ゆっくりと建物の中へと入っていった。
自信の無い者は笑えない。
どのような結果になったとしても、彼女は大丈夫。そんな気がした。
ソフィアを待つ間読書でもしようと近くのベンチに腰掛けたとき、思っても見なかった声が飛んできた。
「あれー、ライズ! こんな所でなにやってるの」
聞き覚えのある声に振り向くとそこにはあのハンナがいた。
「人を待っているのよ」
「人? ははあ、男の人でしょ」
私はため息をついた。
「女性よ。それにあなたもよく知っている人だわ」
「ええー!? 誰、誰」
ハンナが興味津々に声を上げたとき、シアターから当のソフィアが出てきた。
「ハイマーさん、お待たせしました!」
「あれー? ソフィア!」
「え……ハンナ!」
二人はお互いの顔を見合わせてから私を見た。
私はため息まじりに事情を説明する。
すると二人は納得がいった様子で、声をあげて笑った。
「そうかあ。ソフィアついにチャレンジしてみるんだね!」
「ええ。夢に向かって少しでも前進したくて」
「でも、ソフィアがライズと一緒だなんて驚いたね。いつの間に仲良くなったのさ」
ソフィアが思わせぶりにこちらを見てきた。
私は小さく肩をすくめて見せる。
「今日から、ですよね」
そう言って悪戯っぽく微笑むソフィアに、ハンナはポカンとした表情をしていた。
なんにせよソフィアの応募を見届けるという私の役目は終わったはずだ。
帰ろうと思い腰を上げた時、ハンナが明るい声をあげた。
「そうだ、せっかく三人そろったんだからさ。駅前でアイスでも食べようよ!」
その言葉にソフィアも同意の声を上げる。
「わあ。いい考えね。ハイマーさん、行きませんか」
断ろうと思ったが、ハンナが私に喋る間も与えずに続けた。
「新しく出来た露店のアイス屋さんのチョコミントがね、すっごく美味しいんだよ! さ、行こうよ!」
ハンナはさっさと歩き出してしまった。
ソフィアが目でどうするのか、と合図を送ってくる。
仕方がない。
私は肩をすくめてあとに続いた。
ソフィアが安心して笑った。
彼女達には秘密だが、私はチョコミントのアイスが大好物なのだ。