小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【2】東洋人傭兵との邂逅

 その日は、残暑が厳しくて蒸し暑い日だった。

私はドルファン学園の寮の自室で鏡に映る自分の姿を見ながら、学校へ行く支度をしていた。

母譲りでどちらかといえば黒くそれなりの長さになる髪を手早く三編みにしてたらす。

前髪を軽く櫛で梳かし鏡で確認した。

ドルファン学園の制服も髪型も、ピシッとしていて完璧だ。

最後の仕上げに赤い革手袋(これは私のトレードマークになってしまっている)をして寮を出た。

 外は九月とはいえ日差しがきつく私は少し目を細めた。

ドルファンの街並みは今日も平穏で道行く人々はそれぞれの目的のためにせわしなく歩いていた。

私の横を楽しそうにおしゃべりをしている女子生徒達が通り過ぎた。

 

──ここは戦争の匂いがまったくしない。

 

ここでは、戦争の事など微塵も感じさせない。

それはドルファンをとりまく鉄壁の城塞レッドゲートがあるという安心感からか?

しかし、それでもここドルファン王国は戦争の真っ只中にある。

 

 ドルファン王国の北に位置するプロキア帝国が今年に入り侵略を始めた。

自国は内陸で海上による貿易手段をもたないため三方を海に囲まれたドルファンを攻め落とそうというのだ。

もともとプロキアは近隣王国の中でも非常に危険視されている。

政治は安定しておらず内乱も絶えない。以前一週間で政権交代したこともあるほどだ。

それに引き換えドルファンの政治は安定している。

現国王デュラン・ドルファンの下、旧家の両翼と言われるピクシー家、エリータス家を中心とした貴族達との合議制がひかれ、王制であって絶対王政ではない。

しかし事軍事力においては常に戦争をしているようなプロキアの方が一枚上手であったし、さらに勝利を確実なものにする為にプロキアはこの南欧で最強の呼び声高い傭兵軍団「ヴァルファバラハリアン」を投入してきた。

 ヴァルファは軍団長である通称「破滅のヴォルフガリオ」率いる戦闘集団で、彼の下「八騎将」と呼ばれるそれぞれの部隊長がおり、近隣諸国のあいだでは知らぬものはなしと言われるほどの実力を持っている。

もっともプロキアに声をかけて破格の値段で条件を吹っ掛けたのはヴァルファの方からであったが、それは今はいい。

かくして最強のヴァルファ・プロキア連合の前にドルファン陥落も時間の問題かとも言われていた。

 だが、ただ黙ってやられるほどドルファンも甘くはなかった。

元来陸戦最強と言われたドルファン騎士団の戦力強化を図るべく、永世中立国のスィーズランドを通して世界中の傭兵を集め一大外国人傭兵部隊を作り上げた。

 つい二ヶ月ほど前に両軍は国境線の北に位置するイリハで初めて直接対決を行った。

初戦は数で勝る上に練度の高いヴァルファ・プロキア軍の勝利に終わった。

それによってドルファンは国境都市のダナンを接収され、その上急造りの外国人傭兵部隊の隊長であったヤング・マジョラム大尉も失っている。

しかしヴァルファ・プロキア軍も無傷の勝利であったわけではない。

八騎将の一人、疾風のネクセラリアが死んだのだ。

彼を討ちとったのはその外国人傭兵部隊の一人の東洋人だ。

私はその瞬間を今でもハッキリと思い出す事が出来る。

 

 そこまで考えたときすっかり気分が滅入ってしまっていた。

鳥がさえずり、日差しの眩しい朝なのに。

私は軽くため息をつき頭を振った。

もう学校は目と鼻の先。

気を取り直して歩き出した瞬間、

 

「あっ」

 

反対側を歩いてきた人と肩がぶつかり、私はしりもちをついてしまった。

不覚。

いくら考え事をしていたからとはいえ、こんな無様にも転んでしまうとは。

自分に嫌気がさしながら立ち上がろうとしたときすっと手が差し伸べられた。

その手の主を見上げて、私は一瞬声を飲んだ。

 

 その顔にははっきりと見覚えがあった。

黒い髪は長くもなく短くもなくかるく流してあり、同じ色の瞳が心配そうに私を見ながらも何一つ見逃していない。

服の上からでもわかる鍛えられた体は無駄な肉が一切ついていない。

薄い青色のシャツを着ているが腰に剣が帯びられている。

この国の人間ではない、東洋風の異国めいた顔立ち。

忘れようにも忘れられない、疾風のネクセラリアを討ち取ったあの東洋人傭兵が、今まさに目の前にいた。

 

 私は平静を装い差し伸べられた手を無視して立ち上がった。

鞄を拾いスカートの埃を払っていると彼が言った。

 

「すまない。ケガは」

「ないわ」

「そうか、本当にすまなかった。少し考え事をしていたので」

 

彼が傭兵部隊の一次徴集から参加したのなら、ドルファンに来て半年程ということになる。

それにしては彼のルーマン語は完璧だった。

 

「そう、構わないわ。私も考え事をしていたので。それより、あなた傭兵部隊の人かしら」

「ああ」

 

もはや疑う余地はない。

 

「私の名前はライズ・ハイマー。出来ればあなたの名前も知りたいわ」

 

彼は少し戸惑ったが、「オレはヒューイ・キサラギだ」と名乗った。

この傭兵が今後の障害になる可能性は否めないし、ミーヒルビスからの依頼もある。

もう一言二言、言葉を交わそうと思った時にドルファン学園の予鈴が聞こえた。

私は軽い溜息をつくと、彼、ヒューイ・キサラギをもう一度まじまじと見た。

 

「そう。ヒューイ、縁があったらまた会いましょう」

 

私は戸惑いの表情を浮かべる彼の横を通り過ぎて校門へと急いだ。

 

 自分のクラスに入り席につくとクラスメイトのハンナ・ショースキーが駆け寄って来た。

 

「おはよう、ライズ!」

「……おはよう」

 

ハンナはクラスの中でも飛びぬけて明るい性格の子で、友達でもない私にまで声をかけてくるような娘だ。

茶色い髪をショートカットにしており、そのイメージ通りスポーツが得意で勉強は苦手。

 

「ねえねえ、さっき学校のすぐ前で東洋の人と一緒にいたよね」

「ええ」

「あれって、ヒューイ?」

「知っているの?」

 

ハンナは嬉しそうに頷いた。もっとも他に動作を知らないだけなのかもしれない。

 

「前にちょっと、身分証明書を拾ってあげてね。それ以来知り合いなんだ!」

「そう」

 

私は仲間の仇を目の当たりにしたばかりで気持ちが昂っており、ハンナと話しているのが苦痛だった。

しかしハンナはお構いなしに続けた。

 

「夏休みにさ、ボク、花屋でアルバイトをしていたんだけどね。ほら、ロムロ坂の。そこに、なんと彼もバイトをしに来てさ」

 

そこまで言ってハンナは、くく、と笑いをこらえた。

 

「あの顔でエプロンして花をいじるんだよ! もう最高に面白くって!」

 

私はハンナの相手にほとほとうんざりしていた。

この無知でおしゃべりな女の子は彼が傭兵で、人を殺し、この国を戦争の勝利に導くためにいる事を知っているのだろうか。

見様によっては救済の戦士だが、他方から見ればただの死神だというのに。

ちょうど先生が教室に入ってきて話はそこで終わった。

ハンナは名残惜しそうに席に戻っていき嵐が去った。

私はため息をつき再びヒューイと名乗った傭兵の顔を思い出した。

彼がセイル・ネクセラリアを、疾風のネクセラリアを殺したのだ。

この国に来て以来大した事が出来ておらずくすぶっていたところだったし、思いがけず現れたまっとうな「仕事」だ。

思いがけない偶然に苦笑しながら、日直の号令にあわせて起立した。

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