小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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第三章 戦い
【20】東洋人傭兵と不動のボランキオ


 戦場からなんの報せもないまま一週間が過ぎた。

毎日学校に行き校舎の窓から戦場の空を眺めているだけで日々が過ぎていき、ついに土曜日の夜にレッドゲートが開かれて傷ついた戦士たちが凱旋した。

兵士たちはみな疲れ果て一様に足取りが重いがその表情はどことなく明るい。

微笑を浮かべている者もいるし、故郷に戻り歓喜の涙を流す者もいた。

彼らの表情を見た瞬間、私はすべてを理解した。

ヴァルファは敗れ、彼らドルファンの騎士達は勝利したのだと。

しかし何の動揺も感じなかった。

むしろそれが当り前の事のように感じる。

負け戦は、始まる前から負け戦なのだから……。

 

 一夜明けた日曜日の朝、私はキャラウェイ通りをあてもなく歩いていた。

『勝利』の文字が大きく書かれたトピックスの号外が道端にたくさん落ちていて汚れていた。

ここを歩いていればあの東洋人傭兵に会えるかもしれない。

私は彼の姿を探してこんな所を新聞紙を踏みながら歩いているのだ。

午前中はなんの収穫もなかった。

街中が勝利の喜びにお祭り騒ぎになっていて、私だけ浮いている気がした。

昼食もとらずにまたあてもなくぶらぶらと通りを行ったり来たりした。

もう何往復しているだろうか。

朝早くにトピックスの号外を配っていた男が新しい号外をもってきて、またそこら中にばら撒いていた。

午後に入りお祭り騒ぎはすっかり落ち着きを見せていた。

すでに受け取る人も少なく、道端で汚れている『勝利』の文字。

この街では戦争の勝利の報せなどすでに風化しているのかもしれない。

ましてやそこで戦った者達の生死など自分の家族や知人でなければ、この踏まれて汚れたトピックス以上に価値の無いものなのか。

 

 彼は死んでしまったのかもしれない。

よくあることだ。

死人のでない戦争はない。

もうこれ以上ここにいても仕方がないと思ったとき、その彼がなんの前触れも無く視界に現われた。

 

「よう、ライズ。なに世界の終わりみたいな顔して歩いているんだ」

 

私は驚いて声も出なかった。

今の今まで探していた男が突然あらわれたのだから。

何を言っていいかわからずに黙っていると、ヒューイは私の顔を覗き込んだ。

 

「なんだ、その幽霊でもみたようなリアクションは」

 

私はどうにか平静を装い呟いた。

 

「突然声をかけないで欲しいわ。か、考え事をしていたから、驚いたのよ」

「それは悪かったな」

 

彼は反省するそぶりなどこれっぽっちも見せずに微笑んだ。

 

「どうやら死なずにすんだようね」

「まあな」

 

私は何を言っていいかわからず、言葉を探したが思いのほか浅い言葉が口をついてしまった。

 

「号外で勝利を伝えているけど、実際のところどうなの」

 

彼は不思議そうな顔をした。

 

「トピックスの通りさ。勝った。一応はな」

 

ヒューイにしては珍しく言い淀んだ言葉に、私は違和感を覚えた。

 

「一応なんて、もったいぶるのね」

「……ここじゃなんだ。どこか静かな所にでも行って話さないか」

「構わないわ」

 

彼は頷いて、ゆっくりと歩き出した。

私は彼の横に並んで歩いた。

今更ながらに冷静に観察してみると色々と興味深い点をみつけた。

長袖の服を着ているが左手が右手よりも太い。

これは服の下に包帯を巻いているからだろう。

いつものとおりに歩いているようだが、少しだけ左半身をかばうような歩き方だ。

そして首や頬の露出した部分にいくつもの細かい擦り傷や切り傷がある。

彼が戦場で戦ってきた事を否が応でも感じさせた。

 

 彼が向かった先は国立公園だった。

公園といえども数多くの芸術品や遺跡を配置しているこの場所は観光地としても名高い。

だが人出はあまり無く、いつ来てもどこか寂しい感じさえする。

エントランスまで歩くと今はフラワーガーデンが開園しているとの案内書きがしてあった。

 

「たまには花を愛でるっていうのも悪くないな」

 

彼の言葉に私は頷いた。

どこに行くのかよりも彼の話してくれる事のほうが、よっぽど興味深い。

 フラワーガーデンは公園の東端に位置する広い庭園だ。

毎年4月から5月、9月から10月にかけてのみ一般開放している花園で、普段から花になどまったく興味のない私には初見の場所だ。

だが、庭園への入り口のゲートをくぐってみれば、そこはまるで想像だにしえない別世界だった。

色とりどりの花が競うように咲き乱れ、まるでこの世の物とは思えない光景だった。

花の名前などはまるでわからないが、こうして見ていると悪いものではない。

もしも天国というものが存在しているのならばこことそう遠い世界ではないだろう。

咲き乱れる花たちの圧倒されるような色彩とむせかえる花の匂い。

ここは戦争の匂いなどまるでしない。

 

「ここは平和の園……。花って……綺麗なのね」

 

私が呟くと、隣に立つヒューイはしばらく花園を眺めてから言った。

 

「そうだな。ここにいると、ここが現世なのか天国なのかわからなくなるな」

 

並んで少し歩いていくと人の影もほとんどない一角にあるベンチに彼が腰掛けた。

私も隣に座った。

ソフィアのように隣いいですか、などと聞いたりはしない。

彼は暫くの間目を細めてその美しい光景を眺めていた。

 

「不思議なものだ。昨日まで血と埃まみれの大地を見ていたのに、今はこうして花を眺めている」

「生き残ったのだから、当然でしょう」

「……そうだな。生き残ったからこうして眺めているんだな」

 

彼は大きくため息をついた。

私ははやる気持ちをどうにか落ち着かせて聞いた。

 

「それで、どんな戦いだったの。ドルファン軍が勝ったのは知っているけれど」

「勝った。確かに結果だけ言えばドルファン軍の勝利だろうさ」

 

彼の言葉はどこか投げやりな感じさえする。

普段あれほど飄々とした男がこんな態度を取るのは知り合ってから初めてだ。

 

「辛い戦いだったみたいね。あなた、怪我をしているでしょう。特に左半身を中心に」

「わかるか? そう見せないように気をつけていたんだが」

「わかるわ」

「そうか」

 

彼はまた大きくため息を吐いた。そして静かに語り始めた。

 

「こんな事を一般人に話したら、本当はいけないんだろうけどな。だが、ライズなら冷静に受け止められるだろう」

 

私は黙って頷き続きを促した。

 

「ドルファン国軍は確かに今回の戦いで勝利を収めた。それは嘘偽りない事実だが、その裏では七大隊のうちの三つを失った。それも数で言えば千騎たらずの部隊を相手にな」

「七大隊のうちの三つですって?」

「ああ。軍本部はヴァルファバラハリアンの恐ろしさを改めて知っただろうさ。実際、オレも怖かった」

「戦場が怖くない人間なんて、いないわ」

 

私の言葉に彼の顔が一瞬こわばった。

 

「いや、いる。……違うな。いた、だ」

 

彼は目を閉じて、何かを思い出すように呟いた。

 

「ヴァルファバラハリアン第四部隊隊長、バルドー・ボランキオ。あいつは戦場も死も、まるで恐れていなかった。オレはあんな男をいままで見たことがない」

 

 私の体を電流が走った。

ヒューイは、この男はあのバルドーと対峙したのだ。

不動のボランキオと戦ったのだ。

そして、さっきヒューイはこう言った。

いた、と。

 

「死んだのね、そのバルドーって言う男は」

「ああ」

「一騎打ちで」

 

無言で頷く。

 

「勝ったのはあなた」

 

また無言で頷いた。

私はその言葉に息が詰まりそうになるのをこらえつつ、潜入捜査員として精一杯の言葉を吐いた。

 

「そう。敵の部隊長を討ち取ったのね。おめでとうと言っておくわ」

「ああ……。だが、恐ろしく強い男だった」

「そう。でもあなたが勝った。だからこうして花を眺めている」

 

ヒューイは花を眺めつつも、その目は遠くをみつめていた。

それは戦場で戦ってきた者特有のものだろう。

彼の目は、まだ戦場を見ているのだ。

 

「オレは今までそれなりの数の戦場に立ってきたし、いくつもの命のやり取りを経験してきたつもりだ」

 

頷く。

 

「だが、あれほど怖いと思った相手はいなかった。その強さもさることながら、そういう事じゃない」

 

ヒューイの声は淡々として落ち着いていたが、つい昨日までの記憶を反芻しているようで低い声に言い知れぬ迫力が伴っていた。

 

「一騎打ちで対峙して、最後の一撃を覚悟した時。あの男は死の間際でどうしたと思う」

 

私は黙っていた。

殆どの騎士は最後の瞬間怒りだったり、悲しみだったり、憎しみだったり、悔しさであったり、そういった感情を爆発させるか、死を覚悟して信じられないほど落ち着いた様子でいるかだ。

私も実際の戦場でそういった場面を少なからず見てきた。

バルドーが最期の瞬間にどういった感情を見せるのか。

勇猛果敢なあの男が。

ヒューイは目を閉じた。

 

「笑ったんだ。満足そうにさ」

 

私はしばらく返事が出来なかった。

バルドーの不敵な笑みなど、ありありと想像できる。

そして、死の瞬間に笑ったという事も私には納得できた。

 

「……そう。きっとその男は戦場で死ぬのが夢だったんでしょう。たまにいるわ、そういう人が」

「あいつはただ死に場所を求めていただけのような気がする。だが、強すぎる故に死ねない。そんな不幸な男だ。多分な」

 

 私はヒューイのその言葉に、嬉しいといったら語弊があるが、深い共感と感謝を覚えた。

不動のボランキオこと、バルドー・ボランキオ。

まさに彼は死に場所を求めて自ら危険な戦場に向かっていく人だった。

彼がまだ部隊長になってすぐの頃、酒に酔ってこんな話をしてくれた事があった。

自分は昔、愛する妻と子供とともに死ねなかったと。

まだ騎士になどなる前、彼は好奇心の旺盛な一介の平民だった。

仲間と共に世界を見て周ろうと村を飛び出し、帰ってみれば伝染病にやられ、妻も子供もそして村さえも失ってしまった。

そのときに彼は生きる意味も一緒に失った。

かと言って自死を選ぶことも彼の性格が良しとしなかった。

苦しみ死んでいった家族の事を思えば、自分が楽な死に方は選べないと。

その後ただただ死にたい一心でヴァルファバラハリアンに入隊し、その強さ故に部隊長にまで上り詰めたのだ。

そんな彼はついに家族の下に飛び立つことが出来たのだ。

そしてそんな彼の心を少なからず感じ取り、なおかつ討ち取ったヒューイ。

同胞を殺されて不謹慎かもしれないが、私はヒューイが勝った事が嬉しかった。

豪放で、不器用で、それでも優しさの欠片を見せるバルドー・ボランキオはようやく念願が叶った。

 ヴァルファバラハリアンにとってこれ以上の痛手はないが、どこの馬の骨かもわからない者に遠くから銃で撃たれるよりも、まがりなりにも彼を理解してくれた騎士に討たれればバルドーの魂も少しは救われるだろう。

 

 彼は私の方を見て微かに微笑んだ。

 

「悪いな、しけた話で。まだ疲れているんだな、きっと。そろそろ行こう」

「……そうね、今はゆっくりと休んだ方がいいわ」

 

公園の出口で馬車を拾い、私が乗り込むと彼はそのまま立っていた。

 

「どうしたの、乗らないの」

「せっかくだが、今日は歩いて帰ることにするよ。気分転換にな」

「そう……疲れているみたいだし、せいぜい足元に気をつける事ね」

 

ヒューイは苦笑すると、走り出す馬車に向かって軽く手を振った。

私は答えず、遠ざかるヒューイに向かって自分でも聞こえないくらい小さな声で言った。

 

「ありがとう」と。

 

 

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