小説みつめてナイト ライズ氷解 【完結】   作:ケルティック☆タイチ

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【21】雨の日の邂逅

 次の週は天気が落ち着かず、ほとんど毎日のように雨が降っていた。

ヴァルファバラハリアンはダナンでの決戦に敗れ、撤退。

そもそも事前の情報通り、ダナンにいたのはバルドー率いる第四部隊だけであったし、それ以外の本隊はテラ河上流へ布陣しており、そちらは敗れていない以上、ヴァルファ自体が敗れたわけではない。

だが、国境都市ダナンからの撤退は事実だし、シンラギククルフォンとプロキアの連合軍を退ける事には成功しているものの、実際のところは第四部隊を失い不動のボランキオを失った我がヴァルファの戦力喪失は大きい。

しかし、それはドルファンも同じだ。

公にはされていないが、ヒューイの情報通りドルファンは七大隊の内の3つの大隊を今回の戦争で失っているのだから。

痛み分けとはとてもいかない損失であり、陸戦最強を誇るドルファン騎士団にとっては、あってはならないスキャンダルといっていいだろう。

ヴァルファはダナンから撤退したものの、ドルファンにとっては引き続きの脅威であり、戦争が終わったわけではない。

 

 今日も昨日からの雨が降り続き、私とソフィアは傘をさしながら歩いていた。

先日ソフィアとハンナと駅前でアイスを食べて以来、ソフィアとは一緒に帰る日があり、今日もそのうちの一日だった。

 

「そう、この前の歌姫一般公募のオーディションから連絡が」

「はい。昨日手紙で送られてきました」

 

そう言って傘を肩と首に挟みながら、器用に鞄から一通の手紙を取り出した。

 

「読んでみてください」

 

私は頷き、雨に濡れないように手紙を開いた。

内容はいたって簡単だった。

来週の日曜にオーディションを開催するので、シアターに指定時刻に集合せよとの事だ。

 

「そ、それで……」

 

ソフィアは私が読み終わるのを待っていたかのように小声で言った。

 

「良かったら、その、観に来てもらえませんか」

「私が?」

「は、はい。一人だと緊張しちゃって……。一緒に来てもらえれば、落ち着いて頑張れそうな気がするんです」

「呆れたわね。歌姫になったら、大勢の人の前で歌うのなんて当り前なのよ」

「それはわかっているんですけど……」

 

ソフィアはうつむいて口篭もった。

やれやれ、仕方のない子だ。

 

「わかったわ」

「え!?」

「シアターに行くわ。ただ、観させてもらうだけよ」

「ええ! ありがとうございます!」

 

途端にソフィアの顔が明るくなった。

ころころとよく表情が変わり一緒にいるとそれだけで何かおかしくなってくる。

従順な仔犬のようだがどこか芯の強さを感じるこの少女は、一緒にいても苦ではない。

物心ついた頃から傭兵団の中で生活してきた私にとって、こんな気持ちを持てる人間はほとんどいないと言っていい。

例外があるとすれば、それは軍団長である父とその側近のミーヒルビス、そして八騎将の中で私以外唯一の女性であり、姉替わりとなってくれていた人だけだ。

 

 それからしばらく話していると、いつの間にかいつもの分かれ道にきていた。

ここからソフィアは右に。私は左に帰る。

たまにソフィアと下校するようになってからは、いつもここで別れるのだ。

 

「それじゃ、ライズさん、約束ですからね!」

「わかったわ」

「また明日、学校で」

 

振り返るソフィアに軽く手を上げて見せると、私は寮の方に向かって歩き出した。

だが、寮に帰るつもりはない。

さっきからずっと気になっていたのだが、誰かが私を尾行している。

最初こそ気付かなかったが時折後ろにぴったりとくっついてくる気配と、茶色いマントが何回か視線の隅に止まった。

この私に今まで気付かれなかったとは、かなりの熟練者とみてまず間違いはない。

ゼールビスが私を襲わせたような素人ではない。

学生寮の前を素通りすると、私はカミツレ高原行きの馬車をつかまえて乗り込んだ。

大した相手でなければこれでまけるはずだし、これでまけなかったら私も覚悟をする必要がある。

しばらく馬車に揺られていたが、怪しい人影もなければ数人の他の客も私より前から乗っていた客だ。

それなのに私を食い入るように見つめる視線を感じっぱなしだ。

 

 途中レリックス駅で馬車を降りた。

ここからは遺跡群が近く、雨の日ならば人出はほとんどない。

遺跡は身を隠すのに利用することも出来る。

ここで私を尾行するなどという大それた行動をとる人物を捕える事にした。

私はぶらぶらと遺跡を見るようなふりをして、ゆっくりと歩いていく。

だが、とある建物の遺跡の影に入った瞬間、傘を捨てて全速力で走った。

後ろで慌てて駆け出す足音が聞こえた。

どうやら雨の中で足音を消して走る術は知らないようだ。

ではプロの殺し屋ではないのだろうか。

それにしては気配の消し方があまりにも上手すぎる。

私は追跡者から十分な距離をとったことを感じながら、次の遺跡の柱の影に身を隠した。

鞄の中から護身用の例のダガーを取り出し、鞘から抜き放った。

場合によっては最悪の事態を想定しなければいけないかもしれない。

呼吸をととのえ、追跡者の気配を探った。

静まり返った世界で雨の音が急に大きくなり、自分の呼吸が耳に煩わしく感じ始めた。

 

 追跡者は私の意図する事をいちはやく感づいたようで、走るのをやめてどこかに隠れたようだ。

こうなると持久戦だ。

どちらが先に相手の裏をかき、仕留められるか。

彼または彼女が私を殺そうとしているのかはわからないが、誰かを尾行するような人間は聖人ではないことはわかっている。

もちろん、私もそうだ。

手にしたダガーをもう一度強く握ると、じりじりと動き出した。

柱の陰すれすれまで身を乗り出し、周囲を探る。

誰もいない。

私は自分の服がドルファン学園の制服である事を呪った。

こんなに赤く、派手な服装では隠密行動などできるはずがない。

しかも、傘を捨ててしまっているのですっかりびしょ濡れで、体中が濡れて気持ち悪い。

たらした三つ編みから、雨がつたい落ちている。

 

雨音。

 

このままここで待っているのは何の解決にもならない気がした。

通常、誰かを尾行していて見失ったときは、素直に諦めるか、とにかく先にすすむかだ。

私は自分が走って逃げたあたりを確かめると、目立たないように遠巻きに遺跡の影から影へと移動を開始した。

足音を消せる私と消せない相手とでは、圧倒的に私が有利だった。

相手は動けば音がする。

私は反対にどれだけ動いてもそれを相手に気取られる事はない。

着実にその場所へと距離を詰めていく。

私が追跡者を引き離したその場所まで、あと1ブロック。

こちらから見える柱の陰に、茶色いマントの端が見えた。

そこで様子を伺っているのがわかった瞬間、私はギアを一つ上げて加速した。

奇襲の強みはこちらにあるのだ!

 

 物陰から一気に距離を詰めようと踏み込もうとした時、背中に固い物を押し付けられ私はその場に固まった。

体中を冷たい緊張が走り抜けた。

不覚。

追跡者は私が来るとわかっていて、わざとマントを見える位置ギリギリにかけておき、自分はマントを脱いで別の場所で待ち伏せいていたのだ。

私は持っていたダガーをそのまま地面に落とし、両手をゆっくり上げた。

私は志半ばで、こんな所で誰ともわからぬ相手の剣にかかって死ぬのか。

そう思うと悔しさと怒りで、強く噛んだ唇の端から血が薄く流れた。

ヴァルファバラハリアン八騎将として、なんと不甲斐ない事だろうか。

どんな手でもいいので何か一矢を報いてやろうと、雨の遺跡を睨みつけていると、すっと背中に押し付けられていた物が離れた。

 

 私は弾かれたように前に飛び出し、前転をしながら体の向きを変え追跡者に向き合った。

そして、その姿を確認した瞬間、私は驚愕のあまり声を上げる事も出来なかった。

マントを捨てたその相手は、女だった。

燃えるように赤い長い髪の毛は顔の半分を隠し、覗いている左目だけがこちらを見ていた。

体には髪の毛と同じような深紅の鎧をまとい、左右の手には鞘に納められた剣が一本ずつ握られていたる。

彼女はこちらを無表情に眺めていたが、不意に唇の端を緩めた。

そして、忘れようにも忘れられない懐かしい声でこう言った。

 

「まだまだね、サリシュアン。私なんかに後れを取るようでは」

 

低くて感情を抑えたような冷静な声。

でも、どこか優しさと安らぎを感じられる。

 

「久しぶりね、ライズ。元気にしていたか」

「……な、なぜ、ここに」

 

私が喉の奥からようやくしぼりだした言葉が、これだった。

そこにいたのは、

稀代の騎士にして最強の女剣士と名高く、私の正体を知る数少ない一人。

ヴァルファバラハリアン八騎将が一人。

そして、私の姉と言っていい。

ルシア・ライナノール。

氷炎のライナノール、その人だった。

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